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【改訂中】молитва~マリートヴァ~   作者: 羊
第1章 それは痛みを呼び覚ます過去
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第20花


レンが初めて翠と出会ったのは17歳になったばかりの頃だった。その頃には既に、翠の歌は国中で有名だったのだが、何故だかレンは翠と会わせてはもらえず、16歳の時にプロセルピナ国内で起こった火山事故でベアートゥスの力を使い、幾度となく呼ばれるようになった女王の茶会で顔合わせをした。


初めて翠を見たレンの感想は、同い年の少女、という認識しかなかった。実年齢を聞いて、驚いてしまったのは致し方がないことだろう。それほど、翠の容姿は幼く、レンのほうが年上と言われてもすぐに納得出来てしまうほどだった。


翠は耳は聞こえず、口から声も出せなかったが、何故だか歌だけは歌える、という奇跡のような存在だった。幼い時の事故により、耳が聞こえなくなり、声も出せなくなった、ということだったが、翠はそのことを悲観せず、前向きでとても明るく、レンはすぐに翠と打ち解けて仲良くなっていった。


翠の歌を初めて聞いた時は、身体中の血が沸騰するほどの興奮と、それなのに涙が止まらない衝動に襲われた。透き通った水晶の上を、清純な水が流れ落ちていく。そんなイメージがレンの頭の中にいつまでも残滓として残った。


翠は身体的年齢のことを口にされると落ち込み、からかうとお手製の変わった武器を持って追いかけ回してくる。そんな日常が、レンにとっては堪らなく大切だった。






それが変わらざる負えなくなったのは、レンが馬車事故に巻き込まれたことがキッカケだった。突然の浮遊感と、身体を襲う衝撃。その後からのことは、レンもよく覚えていない。ただただ熱くて痛くて、この苦しさから逃れたい一心だった。


そんな中で、レンは翠の夢を見た。真っ暗闇の中にレンは佇んでいたが、不思議とその暗闇を怖い、とは感じなかった。そんなレンの手を突然握り締めたのが翠だった。驚くレンを見て、静かに頭を振って、繋いでいる手をしっかりと握りしめ、まるで道がわかっているかのように暗闇の中を進み続け、光が見え始めた場所を笑って指差した。


「あそこに行って」


その翠の想いは、レンにとても明確に、何故か伝わった。


翠の手を離して、光のほうへと歩き出したところで、レンは意識を取り戻した。医師も、レンが助かったことに驚愕の表情を浮かべていた。


家族や王族や、親しくしてくれている者達が喜ぶ中で、レンは何故かどうしても、翠に会わなければならないような気がして、起き上がろうとするのを必死で止められた。レンの掠れ掠れの言葉を聞いていたシュレーが、顔色を変えてその場を飛び出して行った。






その後は、レンの時以上に大変だった、とプロセルピナの王太子妃が苦笑いするほど。


翠は森の奥の寂れた教会で倒れているところを発見されたが、意識が戻らず、昏睡状態に陥っていた。慌ただしく人々が行き交う中で、レンは早く身体を治すことに専念した。そうでなければ、翠の側に行くことなど許可されない。


レンの身体が回復しても、翠は目覚める様子を見せない。それは当然とも言えた。ベアートゥスが叶えられない願い事の1つに、『ベアートゥス同士のことを祈ること』もある。過去、幾人ものベアートゥスが、他のベアートゥスを助けようとしても無理だった。だからこそ、どれだけ翠がベアートゥスとして規格外の力を有しているのかがわかるというものだ。翠の出自が、ドルドーナ国に舞い込んできた異世界人である、と聞かされて、納得出来るほどに。


ドルドーナ国の王族やそれに近しい者達以外が翠を虐げてきた、と知り、レンは憤りを覚えずにはいられなかった。生まれ育った世界から切り離され、それでも自分に親切にしてくれた人達のために力を使い続けた結果がそれでは、ドルドーナ国の国王や王妃が怒りを覚えてしまうのもわかる。






王妃ノバラは、アエネアのことだけは正確にはレンに伝えなかった。翠の気持ちを慮ったのと、王家の闇の一端でもあるからだ。ドルドーナ国で王弟妃殿下は、結婚して13年も経つというのに、今もって懐妊の兆しが見られないらしい。身体に障害等はないらしいので、もうこれは授かりもの、ということだろう。


クインティが、何故あれほど王弟妃殿下の話に対して声を荒げたのか、今ならばレンにもわかる。王弟妃殿下はベアートゥスだ。今度こそ、翠が死んでしまう未来しか見えない。それに、翠の叶う望みのあった恋を散らせた人間でもある。政略結婚なのだから、そこに文句はつけられないが、レンにとっては充分、気を付けて然るべき人間である。






熟睡している翠の手を再び握り締め、レンは決意を新たにする。


今度は自分が翠を守るのだ。







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