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【改訂中】молитва~マリートヴァ~   作者: 羊
第1章 それは痛みを呼び覚ます過去
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第19花


ドルドーナ国の翠も滞在したことのある離宮に着いたのは、休みを入れつつの翌日の朝方だった。


馬車からレンと降り、王妃の後に続いて離宮に足を踏み入れる。






「うわぁ・・・!」






レンはプロセルピナでは見ることの出来ない特別に豪華な造りの離宮の内装に目を奪われている。






「王妃様、お帰りなさいませ」






侍女達が一斉に頭を下げて王妃を出迎える。


その侍女達の中に、翠は見知った顔を発見した。


王妃が応接室へと移動し、翠とレンもそれに倣う。






「王妃様、無事のご帰還、何よりでございます。・・・・・・スイ、大きくなりましたね」






十四年振りに再会したサザリに、翠は嬉しさを隠しもせずに抱き付く。


サザリの瞳には涙が溜まっている。


十四年という月日が流れても、サザリの美しさはあまり損なわれていないように感じる。






「スイは二十六になったのでしょう? それにしては・・・・・・。十代にしか全然見えないわねぇ・・・」






サザリの言葉に、翠はガン! とショックを受ける。


それを見ていたレンが大笑いし、怒った翠が義弟や義妹達が成長してから持ち歩くようになったお手製のハリセンでレンを追い掛け回す。


プロセルピナでは日常茶飯事の出来事だ。








翠自身も二十歳を過ぎてからも変わらないその童顔差には、世界的な人種の差をとても痛感した。


身体は成熟しているのに、いつも十代に間違えられるのだ。


クインティとシュレーを、






「養父様」、「養母様」






と呼んでも誰も違和感を覚えない。


レンと一緒にいれば、妹に間違われる。


もうこれは致し方のないこと、と諦めてはいるが、からかわれることは別問題だ。




















その日は豪勢な歓迎の食事と共に、それぞれが滞在する部屋へと案内された。


翠の部屋は、十四年前に翠が療養に使っていた部屋を割り当てられた。


侍女からの知らせで、お風呂に入る準備を整えた翠は、離宮の大浴場に足を踏み入れ、思わず感嘆してしまった。


離宮の大浴場は、王宮と差して変わらないらしいが、翠は常に部屋に供えられているお風呂を使用していたので、王宮の王族専用の大浴場を見たことがない。


圧巻の豪華さと、元の世界の温泉を軽く凌駕する広さに、思わず足が止まってしまう。






「スイ~、わたしも一緒に入ってもいい?」






脱衣所からレンが顔を出し、明るく翠に問いかける姿に何故だか安堵して、翠は了承の意を込めて頷いた。






「本当に凄いわね~。これだと王宮はどれぐらいの広さになるのかしら?」






レンの疑問に、翠は首を傾げる。






王妃が住まうようになってから離宮は拡張された、と聞いたから、同じぐらいなのではないだろうか? 






身体を洗い流し、髪も洗い、二人でまったりとお風呂に浸かる。


この十四年間で、翠は相手の唇の動きを読む読唇術を身に付けた。


元の世界のように便利な道具も手話もあるわけではないのだ。とても労力を有したが、数年後にはキチンと身に付き、この世界で暮らしていくための役に立っている。






「それにしても・・・」






いきなりレンが翠の胸を鷲掴み、翠は声にならない声で叫ぶ。






「スイは見掛けは十代にしか見えないのに、スタイルは抜群なのよね。一体どんな物を食べたらこうなるのかしら・・・?」






レンの喋っている言葉はわからないまでも、こういったやり取りはプロセルピナではしょっちゅうだったため、レンの頭に肘鉄をお見舞いする。






これのどこが貴族の令嬢だと言うのか?! 






頭を抑えているレンを尻目に、翠はお風呂から立ち上がる。






















頭を抑えつつ、見上げた光景に、レンは束の間、魅入られたかのように動けなかった。


翠の長く美しい黒髪の合間から、背中に浮かぶ鮮やかなベアートゥスの痣が見え隠れしている。


翠の雰囲気と相まって、とても神秘的な情景にレンの目には映る。


翠が首を傾げてレンのほうを見て、ハッ、と我に返った。






「ちょっと逆上せたみたい」






苦笑するレンに、翠はいつもと変わらない微笑みを向けた。


その日の夜は、宴のような食事が用意され、翠やレンを驚かせた。


料理に舌鼓をうちつつ、レンは翠を横目で見やる。


大国ドルドーナ国の賢王妃と普通に話す翠の姿は、小さな少女が大好きな小母さんを慕う表情そのものだ。王妃の侍女達も、翠の笑顔にニコニコと、終始ご機嫌の様子。


本当に翠はドルドーナ国にいた『異界のベアートゥス姫』なのだと、レンは認識する。








夜、宛がわれた部屋の上質な枕を抱えて、レンは翠の部屋の扉から魔法草の腕輪の光を灯して、来訪を告げる。


すぐに翠が扉を開け、レンがいることに驚いた顔を見せる。






「こういった場所で眠るのは緊張してしまうみたいで。一緒に眠ってもいい?」






枕を掲げて用件を口にしたレンに、翠はポカン、とした表情をした後、クスリと笑って、レンを部屋へと招き入れた。


翠は耳が聞こえないから、扉をノックしても気付かない。


だからこそ、翠の家族や知人達は、魔法草で造られた連絡用の光源の腕輪を必ず持っている。


翠以外の耳が不自由な人間にも有効で、役立っている。


翠はベッドに入ると、隣をポンポンと叩き、レンに、






「此処に来て」






と示す。


遠慮なく翠の横に陣取ったレンは、灯りを消した後も翠に悪戯を仕掛けて反撃された。








いつの間にか、翠とレンは眠っていたらしい。






「ん・・・」






初めての場所で眠るためか、身体は疲れているのにレンは真夜中に目を覚ましてしまった。


キチンと眠らなければ、明日からの王太子夫妻の謁見にも支障をきたしてしまう。


レンは寝返りをうって、翠と向かい合うような体勢になった。








暗闇に目が慣れたせいか、翠のはだけられた寝間着の胸元にある、ベアートゥスの痣が見える。


翠は熟睡していた。


恐らく、就寝前に飲んだお茶の中に、薬が入っていたのだろう。


そうまでしなければ寝付けないことがわかっている王妃の行動は、翠との付き合ってきた時間の長さを感じさせる。


レンは翠の手をそっと握って、目を閉じた。






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