第13花
次の日の夜明け前に、翠達一行は出発し、ドルドーナ国の様々な地域の砦に足を運ぶようになった。
翠という『神の贈りもの』という存在のお陰で士気は増し、不味い状況などにおかれると、翠は砦内にある小さな教会で祈りを捧げた。
『リョンロート国の人達が退いてくれますように』
『戦いにドルドーナ国や各国が勝てますように』
『負傷した人達の傷が癒されますように』
『敵方の人達の心にまだ良心が残っているのならば、降伏してくれますように』
翠を導入したことによりリョンロート国の残党達はジリジリと追い詰められていった。
ここで誤算だったのは、リョンロート国の残党達の執念深さであった。
落ち着いた、と思ったら戦を仕掛けられる。
首謀者の王族達が捕えられても、しつこくしぶとく食い下がってくる。
そのために、翠はほぼすべての国内の砦を回る日々が続いた。
戦を仕掛けてくる者達もバカではない。
翠は一度祈ると、願いの大きさによって眠り込んでしまう日数がバラバラだった。
敵はそんなところを突いてくる。
翠も最初の頃のように完全に意識がなくなることはなかったが、幼い身体にはやはりキツイため、高熱に魘され、体調が回復してもベッドから抜け出せない日々がよく続くようになった。
それでも、病気も治って体調も良くなると、翠は砦にいる兵士達のために料理や洗濯、掃除、負傷した兵士達の治療を手伝い、砦にいる兵士や騎士、下働きの者達に不自由のないようにと努め、幼いのに一生懸命になって動く姿は、戦の中に身を投じている者達の心身をとても癒していた。
王都から至急の連絡が届いたのはそんなある日のことであった。
『王妃様が国内に潜入していたリョンロート国の残党の手により毒を盛られ、生死の境を彷徨っている』
これにはすべての者達が動揺してしまい、収拾をつけるのにシュレー達は苦労した。
ドルドーナ国は以前から豊かな国であったが、今の国王と王妃に代わってから、更に豊かになり、民達のための政を心掛けるその姿に、国王夫妻は貴族達ばかりでなく、庶民達からも厚い支持を受け、ドルドーナ国にとって、なくてはならない存在となっていた。
翠はすぐに教会に行って祈ろうとしたが、シュレー達をはじめとした多くの者達に止められ、遮られ、ベッドに連れ戻された。
先日祈りを捧げたばかりの翠は、日々の疲れも相まって、風邪を拗らせて大熱をだしてしまっていたからだ。
ベッドの側には誰かしら見張りが付き、翠が無茶をしないように、との気配りがなされたが、翠は祈りたかった。
自己犠牲と笑われても構わない。
王妃は翠にとってこの世界での伯母のような存在になっていた。
『・・・・・・どうか・・・どうか・・・、王妃様を、お助け・・・・・・下さい・・・・・・ッ!・・・』
翠は熱に魘されながらも、胸元を握り締めた。
そこには、アエネアから贈られた生花を水晶に閉じ込めたリボンのペンダントと、それに括りつけるようにして、青い蝶のペンダントトップを付けていた。
翠にとっては、何にも代えがたいお守り。
二日後、まだベッドから起き上がれない翠の元に、報せが届いた。
フィアナ・テカルドが王妃様の命を救うために祈りを捧げ、ベアートゥスとしての力を使った、ということ。
王妃様は命の危機を脱した、という報せだった。
砦中が歓喜して、一晩お祝いが続いた。
翠も心の底から安堵した。
フィアナは祈った後、翠と同じように倒れて寝込んでいるらしい。
フィアナも翠と同じように苦しい思いをしているのだろう。
フィアナが元気になってくれることを翠は願った。
約一年と数ヶ月をかけて、リョンロート国の一方的な戦争は幕を閉じた。
翠は秘密裏に王宮に帰還した。
けれど、祈り続けた代価のせいなのか、翠は体調不良で寝込むことが多くなってしまっていた。
国王、王妃、王太子夫妻、アエネア、クインティ、サザリ達からは、涙ながらに帰還を喜ばれた。
「スイ、体調は大丈夫ですか? 熱は引きましたか?」
翠が寝込むと、国王や王妃、王太子夫妻、アエネアがよくお見舞いに来てくれて、翠は寂しくとは感じなかった。
今日はアエネアがお見舞いにやって来てくれて、翠はベッドの上でアエネアに、
「ありがとうございます」
と伝えながらも、ドキドキしていた。
他愛無い話を聞かせてくれていたアエネアが、思い出した、という表情で口を開く。
「そういえば、私もそろそろ結婚しろ、と大臣達にせっつかれはじめて、少し気が重いよ」
翠はその言葉にドキリ、とした。
「まあ、私よりも年下のサガが結婚しているのだから、いずれは口にされるとは思っていたから、あんまり驚きはなかったけれど」
「・・・・・・お相手は・・・。どのような・・・・・・女性・・・ですか・・・・・・?」
体調不良のせいではない掠れた声が口から零れる。
「重鎮達が押してるのは、一様にフィアナ・テカルド嬢かな。義姉上を救ってくれた人だからね」
フィアナ・テカルド。
あの妖精のように可憐な女性がアエネアの隣に立つ姿は、とてもお似合いに思えた。
翠はもうすぐで十二歳。
でも、アエネアとの年齢差は十一歳も離れている。
二十二歳のアエネアは王族だ。
先代の王の時代に色々とあったらしく、王族なのに婚約者がまだ定まっていないアエネアが特殊だっただけ。
胃に冷たいものが滴しずくのように落ちていく。
「・・・・・・素敵な方・・・ですものね・・・・・・」
自分の気持ちの揺れなど、アエネアに見せたくはなくて、無理にでも笑顔を顔に張り付かせる。
寝込んでいるから、少しの笑顔の微妙さは隠れてくれるはずだ。
「でもまだ「候補」というだけだし。それに、私としては妻に迎えるならばスイみたいな女性がいいと思ってるんだ」
お見舞いの果物を分けながら、アエネアは世間話でもするかのようにそう口にした。
「・・・・・・はッ?!? ええぇッ!!」
「そんなに驚くことかな? 私は理想の妻像を口にしただけだけれど?」
「い、いえ! ・・・で、ですが・・・! 何故、私・・・・・・?」
「スイのように、一緒にいても楽しくて、息が吐けると私自身としてはとても嬉しいんだよ。勿論、王族の妻に求められるものはそれだけではいけないけれど」
「は、はあ・・・」
翠は顔が湯でダコのようになっていくのを止められない。
「スイ? 顔が赤いけれど、やはりまだ熱があるのかい?」
「え、えっと!! そうかもしれません!! 少し寝ますッ!!」
「うん、そのほうがいいね」
アエネアは翠が好きな果物を剥いてあげるようにとクインティに頼むと、退室していった。
アエネアの足音が完全に遠ざかるのを確認して、クインティが翠の側までやってくる。
「スイ! ここは押しの一手よ! 歳の差なんて考えちゃ駄目! フィアナ嬢よりも、スイのほうがアエネア殿下にお似合いよ!! 応援してるし、何でも協力するわよ!!」
ベッドに潜り込んでいた翠の手を掴み、ブンブンと音が鳴るほどに振るクインティに、
「う、うん・・・」
と返しつつ。
諦めなくても良いのかもしれない。
ちょっとぐらいなら、チャンスは残されているかもしれない。
そんな風に思えた。