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軍神公爵が踊れない理由

 建国祭からスタートした今シーズンの社交界。

 無事王女のデビュタントのパートナーとして務めをはたしたエドモンの元には、久方ぶりにいくつもの縁談が舞い込んで来ていた。


「いったい私をなんだと思っているんだ……デビュタントは私じゃないぞ」


 デビュタントの夜会からしばらく経った後も、縁談の話は後を引かない。騎士団の仕事や公爵としての役割の合間に断りの一筆を書くのも一苦労する具合だ。


 最近のエドモンの悩みのタネになっている縁談話であるが、今もまさか、兄であり、かつこの国の王でもあるダビデ経由で話を持ちかけられるとは思っていなかった。


「まあまあ、そう言わず。お前もいい年だ。そろそろ身を固めないと、せっかく興した公爵家も一代限りで終わってしまうぞ?」

「別にそれで良いのです。私は国に尽くすと決めて降下したのですから。騎士という仕事を兼ねている以上、いつ死んでも良い心づもりです」

「そんな寂しいことを言ってくれるな」


 ダビデはエドモンと同じ赤い瞳を伏せると、手に持っていた縁談の釣書を雑に執務机に放った。他の案件の書類と混じりそうになり、ダビデの斜向かいの執務机で書類を捌いていた宰相のロビンの眉がピクリと震える。彼の左目にかけられたモノクルがキラリと光った。


「陛下? 何してるんです? その書類、まだ未決済のものでしょう。なぜ混ぜたんですか!」

「混ぜてはいないぞ? 上に置いただけだ」

「エドモン様も無視してないで、貴方宛のそれらをさっさと引き取ってください! 邪魔です!」

「一応護衛の名目で呼ばれているから、手が塞がれるのは遠慮したい」


 兄弟そろって屁理屈をこねられ、ロビンはイラッとした。変なところで息の合う兄弟は本当に手に負えない。

 トントンと決済を終えた書類を揃えて束ねながら、ロビンはぼそりとつぶやく。


「……ダンス」

「…………」

「優良講師を紹介したのは誰でしたかね?」

「ふはははははっ!!」


 ダビデが思いっきり声を上げて笑った。為政者のわりに表情豊かで快活なダビデは、こういう時は特に自分の感情に素直になる。


「あれは傑作だったな!! なぜ剣を持って縦横無尽に大地を空をと駆けられるお前が、なんでダンスになるとああも木偶の坊みたいな動きになるのか!! 王宮七不思議にカウントしたいくらいだ!」


 敬愛する兄には笑われ、長い付き合いになる友人には冷めた目を向けられ、エドモンは居心地が悪そうに視線を逸らした。自分でもまさかあそこまでダンスの腕が錆びついているとは夢にも思っていなかったのだ。兄よ、大笑いしながら、そんな不名誉すぎるものにカウントはしないでほしい。


「ダンスは踊れるようになった。プリシラとのダンスも無事終えた。講師を紹介してくれたロビンには感謝している。……だが結婚は別だろう」


 ほとほと困って大仰なため息をついていると、ロビンが書類を端へと寄せ、インク壺の中身を補充しながら、ちらりとエドモンの方へと視線を向けてくる。


「では聞くのですが、エドモン様の理想の結婚像、もしくは理想の女性像はなんなんです? そこまで頑なだと、理想が高すぎるのか不能か、趣味が特殊すぎるのかと疑いますよ」

「ぶはははははっ!!!!」


 ロビンの身も蓋もない言葉に、ダビデの笑いが止まらない。国王の笑い声が廊下まで響いたのか、外にいた近衛騎士が扉を開いて中の状況を確認してくる始末だ。エドモンは何でもないと手を振って、近衛騎士を持ち場へと戻す。


 ひとしきり笑いの波が収まったダビデが、目尻に涙を浮かべながら「で?」と聞いてきた。


「実際、お前の好みの女性はどんな女性なんだ? この釣書の中にいるといいがな」

「いても結婚はしませんよ」

「分かった分かった。だが弟の趣味は気になるから、お前の好みの女性とやらは是非とも話してくれ」


 わくわくとした面持ちのダビデに、エドモンは苦み走った顔になる。王家の者らしくエドモンもダビデも、同じ銀の髪に赤い瞳を持つが、体格や性格はまるで正反対だった。


「あまり女性をそのような目で見たことはないですが……華奢すぎる女性は遠慮したい。私の握力で潰してしまいそうなのが恐ろしすぎる」

「うわぁ……」

「ぐふっ」


 ロビンが引いたような声を上げ、ダビデがまたツボに入りそうなのをこらえている。

 エドモン自身、自分でもこの判断基準はどうかと思うけれど、切実に大切なことだった。


 エドモンは体格に恵まれた。恵まれすぎていると言っていいほどだ。兄であるダビデと比べて、身長が高く、胴回りも大きい。兄は鍛えてもそれほど筋力がつかないと嘆くが、エドモンは鍛えれば鍛えるほど筋力がついて、身体は大きく、たくましくなった。


 その果てに。


「……兄上は良いですよね。義姉上と仲睦まじそうで。お子にも恵まれました。良いことではありませんか」

「あー、まぁ、そうだな。時折喧嘩はするが、夫婦仲が良いのは否定はしないな」

「ロビンも奥方と仲がいいだろう。お前のハンカチーフ、全て奥方の刺繍入りだと聞いているぞ」

「は? え、なんでエドモン様が知ってるんですか」


 兄に当てこすっても堂々とされる。ならばとロビンに話を振れば、思わぬ伏兵だったのかロビンが明らかな動揺を見せた。ちなみに情報をリークしてくれたのはロビンの奥方のベリンダだ。いつだったか、ロビンの屋敷で晩餐会が開かれたとき、ロビンが少し席を外した場で教えてくれた。


「それで? エドモンは何が言いたい」

「……今まで伏せてきましたが、私がかつて婚約破棄をしたのは、婚約者に『素手でドアノブを引き千切る奴とは添い遂げられる自信がない。閨で死ぬわ。』と言われたからです」

「ぶわっはははははははははははっ!!!」


 とうとうダビデの笑いの沸点を越えた。いや、元々越えていたけれど、ヒィヒィ言って執務机にうつ伏せで倒れ込んでる。外に立たせた近衛騎士が動揺した気配をエドモンは敏感に感じ取ったけれど、先程のこともあってか執務室の方に伺い立てるような気配はしなかった。


「まぁ、あの王女なら言いかねませんね……」

「悪かったとは思っている。あの頃は若くて、鍵がかかっていた部屋の扉を、建て付けが悪いと思ってやってしまったんだ。だがあれ以来、自分の力もコントロールできない未熟さでは、本気で女性に触れるのも躊躇われてだな……」

「まさか王女の目の前でドアノブを?」

「ああ」


 ばつが悪そうにエドモンは視線をそらす。

 笑いすぎて撃沈したダビデに代わって、ロビンがなんとも言えないような表情でエドモンに言葉をかけていたけれど、それ以上何も言えないのか黙ってしまった。


 エドモンの元婚約者は隣国の第八王女だった。

 たまたま年齢が見合うとのことで、外交強化の一環でエドモンが王女を娶ることになっていた。けれど、例のドアノブ事件があり、あっさりと婚約は白紙に。外交問題にはならず、エドモン側にも王女側にも、結婚には不安が残るということで、平和的に婚約解消がなされた。


 ちなみに隣国とは今も友好が続いている。先日の夜会でも、結局武勲を立てた騎士のもとに降嫁した元第八王女がエドモンをからかいにやって来ていた。


「ふっ、く……で、は、お前、華奢な女ではないなら、結婚するのか?」


 こみ上げる笑いをなんとか飲み下したらしいダビデが、ようやく顔を上げてエドモンに質問を投げかけた。

 エドモンは少し逡巡すると、首を振る。


「私よりゴツい女も遠慮する」

「そんな女性、そうそういませんよ」

「後、目がギラついている女性も遠慮したい……」

「夜会でお前を狙っているのは、火遊びしたいご婦人方か、寡婦となった者が多いからな」


 エドモンの苦手な女性像をロビンとダビデがきっぱりと切り捨てた。

 それからダビデはふむふむと顎をさすりながら、真面目な顔つきで思案しだす。


「お前の年齢的にはそろそろ薹が立つ者が多いから、訳ありの者が多くなる。かと言って未婚の娘となると、これまた家柄目当てのがめつい貴族ばかりだ。とはいえ、若い生娘じゃ、さすがに王女の二の舞いだしな??」

「もしやダンスを避けていたのも、それが理由で?」

「……」


 無言は時に雄弁だ。

 エドモンの心情を悟ったダビデとロビンは、なんとも不憫な男に同情の眼差しを送る。


「さすがに私が紹介したアリエル殿とは実際に踊りましたよね? そのためのダンス講師ですし」

「彼女とは……ああ、そうだな。結婚するなら、彼女のような人がいい。清廉で、凛としていて、芯のある女性だった。シーキントン伯爵が羨ましいと思ったな」

「アリエル・シーキントンか。あれはまた類まれな女性だな。皆が淑女の鑑と噂していた。だが今は生家へ戻っているのだろう?」

「ええ。ベリンダに挨拶の手紙が届いています。持病があったようで、静養のために」

「そうか」


 エドモンはアリエルのことを思い出す。ある時を境に、顔色の悪い日が続いていて心配していた。生家に戻っているのなら落ち着いて過ごせるだろう。

 一人で考え込む素振りを見せるエドモンに、ダビデがにやにやと笑っている。国王としてあるまじき顔に、ロビンがこほんと咳払いした。


「エドモン様も、さすがに人妻は望めないことくらい分かっておりますよね」

「何を疑われているんだ、私は。理想の女性の話をしただけで、別にシーキントン夫人とどうこうしたいわけじゃない」

「残念だな。そうなれば面白いことになりそうだったのだが」

「陛下も助長するようなことを仰りませんように」


 ロビンの尤もな言葉に、ダビデがつまらなさそうな顔になる。弟の恋路を明らかに楽しんでいる様子だが、これでもずっと独り身であるエドモンを案じてはいるのだ。


「まぁ、お前が納得するようにしたらいい。そこまでこだわるお前が決めた女性なら、どんな人間だろうと私の権力でどうにかしてやろう」

「陛下、またそんな大口たたいて……」

「機会がありましたらお願いいたします」


 ロビンはため息をつき、エドモンはしれっと社交辞令を述べた。

 ダビデがそれにカラカラと笑う。




 この日の執務室はずいぶんと賑やかで、外に控えていた近衛騎士たちは、中で一体何の話がされているのか気になってしょうがなかった。


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