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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ 〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜  作者: 采火


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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ

 春爛漫。

 招待客がヴァージン・ロードを歩く花嫁へと散らす、真紅の薔薇と青いネモフィラの花びらが、交差して空に舞い上がっていく。

 花弁が舞い上がった蒼天の空は澄み渡り、白い浮雲は花嫁の純白に霞む。

 教会の鐘が響いた。

 ロマニーア王国最高位の教会の祭壇にて、王弟・ジラルディエール公爵が花嫁を待っている。

 そこへと続く真紅の絨毯を、純白のドレスをまとう花嫁が歩いていく。


 黄金の麦穂色の髪は薄いベールに隠され、空色の瞳は伏せられている。ぽってりとした艶のある真紅の唇はまるで、その先に立つジラルディエール公爵のルビーの瞳のように深みのある色をしている。


 出会いから数えて二年。

 再会から一年。

 目まぐるしい日々を経て、ジラルディエール公爵とコールソン子爵令嬢の結婚式が執り行われた。



 ◇  ◇  ◇



 まだ社交シーズンではないけれど、公爵家の結婚式となれば盛大なものとなる。

 教会での婚姻式の後は、場所を王城のダンスホールへと移した。

 これからアリエルとエドモンはお色直しをして、披露宴へと再び登場する予定になっている。

 その花嫁の控室で、アリエルは号泣するクララと微笑んでいる両親に囲まれながら、お色直しの仕上げを進めていた。


「お嬢様……っ、どうか、どうか今度こそはお幸せに……っ」

「クララ、大袈裟よ。私、今までも幸せだったわ」

「いいえ、いいえ! それはあのクズと離婚されてからでしょう!! 結婚されればまた変わってきます!! 今度こそは……!!」

「大丈夫よ、エドモン様はとてもお優しい方だし、私のことを大切にしてくださっていること、実感してるわ。私、きっと幸せになれるわ」


 感涙で顔をぐしゃぐしゃにしたクララに微笑んでいれば、そんなアリエルたちを両親たちが微笑ましげに見ていた。

 母のアリエッタが泣き崩れているクララの肩に手を添える。


「さぁクララ。貴女がそんなではアリエルも落ち着かないでしょう? 大丈夫よ、私達から見ても公爵閣下は誠実な方だもの」

「まさかうちみたいな弱小貴族が、王家の血と交わることになるとはなぁ……アリエル、気軽にとは言えないが、何かあればいつでも帰ってきなさい」


 アリエッタが好感度なエドモンへの評価を述べれば、ヘンリーがアリエルに穏やかに家族の繋がりを忘れないように告げた。どちらも娘への思いからくる優しい言葉に、アリエルの涙腺もじんわりとゆるむ。


「お父様、お母様……こんな不甲斐ない私ですが、大切にしてくださってありがとうございます。次こそは、私の幸せを生きたいと思います」

「幸せになりなさい」

「愛しているわ、アリエル」


 ヘンリーがアリエルを軽く抱きしめ、アリエッタが親愛の口づけを彼女の額に贈る。

 そうして両親との触れ合いをしていれば、コンコンと控室の扉がノックされた。

 誰何すれば、待ち人の訪れを知らせてくれる。


「さぁ本日の主役が訪れたな」

「私たちは先に会場に行っているわ」

「お嬢様……いいえ、奥様、私もこの後の段取りがございますので」


 両親とともにクララまでが控室を出ていく。

 それと入れ替わりにやってきたのは、今日、アリエルの夫となった人。


 鈍く輝く銀の髪を金のリボンで一つに括り肩へと流し、意志の強いルビーの瞳がアリエルを映す。

 金の刺繍が施されたホワイトグレーのタキシードには彼によく似合っていて、その胸元にはアリエルの瞳の色と同じ薄い青のネモフィラの造花が添えられていた。

 彼が一歩近づくごとに、慣れたジュニパーの香りが鼻孔をくすぐる。


「見違えたな。花嫁姿も見惚れるほど美しかったが、やっぱりこちらのドレスも貴女によく似合っている。私はいったい、貴女に何度一目惚れを繰り返すのだろうな」

「エドモン様こそ素敵です」


 アリエルだって部屋に入ってきた瞬間、エドモンに見惚れたのだ。お互いに目が合うとくすくすと微笑みあった。


「さぁ、アリエル。手を」

「はい、エドモン様」


 差し出されたエドモンの手のひらへと、アリエルは指先を重ねる。

 全てを包み込むような大きな手が、細く嫋やかな指先を柔らかく握る。

 手のひらから伝わるエドモンの気遣いに、アリエルは綺麗に笑う。

 その笑みにエドモンは微笑み返し、仲睦まじく控室を後にした。






 披露宴の会場はもう既に招待客でいっぱいだ。

 司会進行役のロビンの挨拶がうすらと聞こえる。

 入場の声とともに扉が開かれると、眩いばかりのダンスホールにジラルディエール公爵夫妻が入場する。


 それは雄々しい銀の毛並みを持つ気高い狼のような夫と、太陽の光をめいっぱい注がれた華のように凛々しく可憐な妻。


 お互いに適齢期を越えてから結婚・再婚ともなるのに、枯れたような印象など全くなく、相思相愛な仲睦まじい様子の二人に、会場中にさざめきの声が広がっていく。


「ジラルディエール公爵でもあのように柔らかい表情ができるものなのですな」

「あの方がシーキントン伯爵夫人だったアリエル様? 以前にお見かけしたときと雰囲気が全然違うわ」

「団長、おめでとうございます……!」

「あれがアリエル先生? とても綺麗……」


 さざめく声はどれも婚姻式には参加していない者たちの声で、今回の主役二人へと向けられたもの。意外な声や純粋な感嘆が入り乱れる。

 そんな中、アリエルはエドモンの手に引かれダンスホールの中央に歩み出た。

 多くの衆目にさらされながら、エドモンは周囲へを見渡した。


「本日は私エドモン・ジラルディエールと妻アリエルのためにお越しいただき誠に感謝いたします。さきほど両家と神の名の下、夫婦の誓いを交わし、晴れて私共は夫婦となりましたこと、ご報告させていただきます」


 エドモンの声は、この広いダンスホールの中でとても良く響いた。アリエルはその声に耳を傾けながら、はしたなくない程度に周囲を見渡す。

 知る顔も、知らない顔も多くある。

 知る顔はシーキントン伯爵夫人の頃に懇意にしていた人たちで、知らない顔はこれから懇意にしていく人たち。

 これから自分は再び貴族の世界に踏み出していくのを、否が応でも感じてしまう。

 本当のアリエルは貴族の世界にいるよりも、実家の高原でのびのびと牛や羊に囲まれている方が好きだ。エドモンもそれでいいと言ってくれるけれど、やっぱり貴族であるからにはその務めは果たすべきだと思う。


 エドモンの口上が止まる。

 招待客に感謝と返礼を述べた彼は、アリエルへと向き直る。

 アリエルもまた、エドモンへと向き直った。


「アリエル。ようやくだな」

「はい」

「ようやく、貴女へと(こいねが)ったものが手に入る」

「大袈裟ですね」

「大袈裟にもなるさ。私と貴女の出会いはここから始まったのだから」


 エドモンは左手を胸に当てると、腰を少し折り、右手をアリエルに差し出した。


「我が愛しき妻アリエルよ。私とファーストダンスを踊っていただけませんか」


 情熱の言葉を持つルビーの瞳にアリエルを映して、エドモンは彼女をダンスへと誘う。

 これは正真正銘、アリエルとエドモンのファーストダンス。

 練習なんかじゃない。アリエルとエドモンが唯一無二の夫婦であるからこそ得られる、ただ一人だけの権利。


「―――喜んで。我が最愛なる背の君」


 その言葉を合図に、エドモンがアリエルの手をすくい取る。

 少しだけ焦ったのか一拍早かったけれど、楽団が音楽を奏で始める。

 瞬間、ホワイトグレーの花がダンスホールへとパッと咲いた。


 ワン・ツー・スリー。

 ワン・ツー・スリー。


 エドモンの力強いリードでアリエルのホワイトグレーのドレスの裾が大きく翻っていく。


 ワン・ツー・スリー。

 ワン・ツー・スリー。


 アリエルが大きく背をそらし、エドモンがコルセットでしめられたその華奢な腰をぐっと支える。


 ワン・ツー・スリー。

 ワン・ツー・スリー。


 普通のご令嬢ならば、その体格差で身の丈に不釣り合いなヒールを履いて無理をしようものなのに、アリエルの軸は全くブレることなくフロアを巡っていく。

 エドモンも肩に力が入ることなく、滑らかにアリエルをリードした。


「……エドモン様」

「ん?」


 夢のようなひとときに、招待客の視線をものともしないで広いダンスフロアを二人で巡っていく。

 音楽も終盤に差し掛かった頃、アリエルはそっとエドモンにだけ聞こえるようにささやいた。


「私と結婚してくださって、ありがとうございました」

「急にどうした? 改まって」

「本当はずっとお伝えしたかったのです」


 くるりと一回転。

 ステップを刻めば、アリエルとエドモンの位置が入れ替わる。


「流されるようにしか生きれなかった私を叱咤してくださって、ありがとうございました、チャールズのことも、ニコラのことも。聖女の話からも、私を守ってくださいました」

「……いや、そんな改めて言われると、気恥ずかしいな……」

「ふふ。それでも私は、身分不相応にもエドモン様の支えがあったからこそ、前を向くことができたこと、お伝えしないとと思ったのです」


 エドモンが大きく一歩を踏み込む。

 アリエルはそれに追従するように、つま先を運ぶ。

 エドモンが照れたように口を引き結んでいた。ほんのりと赤く染まった眦に、さらに彼に気持ちを伝えるため、アリエルは微笑む。


「愛しています」

「!」

「大変遅くなりました。私の気持ちはようやく貴方の元へと追いつきました。一年かけて、貴方の優しさに触れて、私の思いが育まれました」


 ファーストダンス、ラストのターンまで後三回。

 くるり、とアリエルのドレスの裾が広がる。


「嬉しいことも、悲しいことも、貴方とすべて共有したいと思いました。それが私の理想の夫婦像です。……まだ私はその一歩しか踏み出せませんが……」


 くるり、とターンによってエドモンの肩に流していた髪が風に揺れる。

 アリエルは空色の瞳にエドモンを映し、とびきりの笑顔を浮かべてみせた。


「私、エドモン様を愛し、愛されて、幸せになってもいいでしょうか―――」


 最後のターン、エドモンはとうとう我慢ができず、アリエルの腰をさらい、ぐっと彼女の体を抱きしめる。


「きゃあっ!」

「おいおいおい!」


 予想外なエドモンの動きに対するアリエルの短い悲鳴や、招待客の驚愕の吐息の中で、兄王ダビデの焦れるような声が混じってくる。

 それでもエドモンは楽団の音楽の余韻が響き消えるまで、ダンスの作法なんてそっちのけで彼女を抱きしめ続けた。


「え、エドモン様……!?」

「アリエル、貴女が悪い」


 そう言うやいなや、エドモンはアリエルの顎をすくい取り、観衆が息を呑む中、大胆に彼女の唇を奪ってしまった。


「ぐふっ」

「え……」

「きゃあっ」


 腹を抱えて笑いをこらえる呻きや、呆れる声、はしゃぐ黄色い声がダンスホール内にさざめいた。

 そんななか、何が起きたのか分からずに目を白黒とさせていたアリエルがようやく唇を離され、くらりと腰が抜けそうになったのを、エドモンが抱きとめる。


「エドモン様……」

「すまない。つい、嬉しくて」


 顔を真っ赤にしてエドモンを睨みつけるアリエルに、エドモンがとろけるような笑顔を浮かべる。その表情にアリエルだけではなく、周囲にいた招待されていたご令嬢たちまでも、当てられてしまったかのように表情を赤くした。


 アリエルはこんな衆目の前で口づけなんてしなくても、とせめて抗議したくもあったけれど、あんまりにも唐突なことで動揺が過ぎた。結局何も言えずに、何もなかったかのように、少しだけぎこちなくも次の動きに移ることにした。このあたり、やっぱりアリエルは真面目だと自分でも思う。


 アリエルはエドモンから一歩離れると、スカートをつまむ。

 ダンスパートナーへ向ける礼儀に、エドモンも腕を胸に当てた。

 二人で礼を取れば、呆気にとられていた招待客も、ようやく状況が飲み込めたのか、まばらに拍手が起こり、最後には楽団の演奏よりも大きな拍手がダンスホール中に響く。


「アリエル」

「はい」

「愛している。私が貴女を幸せにしてみせるから、ずっと私の隣で笑っていてほしい」


 拍手が響く中、エドモンはアリエルの隣でそう言った。

 もちろん、アリエルは。


「貴方が望む限り、お側にいさせてください」


 二度目の結婚で、アリエルは心から愛せるような、そんな得難い人に隣りにいることを望まれた。

 それだけでアリエルは幸せだ。

 この、幸せな気持ちのまま。


「二人で幸せになりましょう、エドモン様」


 黄金の麦穂色の髪に空色の瞳。

 偽りの人生をやめたアリエルの、第二の人生が今日から始まる。






【出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜 完】

ここまでお読みくださりありがとうございました。

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