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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ 〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜  作者: 采火


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王女殿下のお誘い

 ……さすがにはしたないことをしてしまったかしら。


 エドモンが天上を仰いだまま動かなくなってしばらく。

 アリエルが不安になり始めたころ、家令のセルジオが休憩をと声をかけてくれた。


 もうそろそろ昼時だ。エドモンはもうそんな時間かと呟き、アリエルもそっとエドモンから一步を引いた。そのタイミングでセルジオが書斎へと入ってくる。セルジオはエドモンの肩のショールに目を向けると、柔らかく微笑んだ。


「旦那様、よくお似合いでございます。それはアリエル様が?」

「そうだ。器用なものだろう?」

「左様でございますね。屋敷のメイドが羨みそうでございます」


 エドモンが自慢げに話し、セルジオにも褒められて、アリエルはほんのりと頬を朱に染めて小さく感謝を述べる。セルジオはその様子を微笑ましそうに見てから、本題へと入った。


「旦那様、アリエル様、軽食をご用意しております。お食事になさいませんか」

「そうだな。アリエル、休憩にしようか」

「ありがとうございます」


 椅子から立ち上がったエドモンが、その足で一歩の距離を詰める。アリエルに左手を差してくれた。

 アリエルが気恥ずかしくなりながらもその手を取ると、エドモンも目元を和らげた。ほんのり目尻が赤い気がしたのは気のせいかしら。


 軽食はティールームの方に用意してあるそうなので、アリエルはエドモンの歩みに揃えながらゆっくりと歩く。

 その途中、穏やかな時間をかき消すように、廊下の向こうから慌てた様子のメイドがやってきた。


「旦那様! セルジオ様もこちらにいらしたのですね」

「どうしました」

「急ぎのお手紙をお預かりしました。使者の方が折り返しで返答を預かるとのことでして」


 困った様子のメイドから手紙を預かると、セルジオはその差出人を確認する。


「旦那様、王女殿下からのようです」

「プリシラから?」


 エドモンが不思議そうに目元を少しだけ細める。

 とりあえずこの距離はもうティールームが近いからと、一行は再び歩き始めた。


 ティールームに入ると、白いクロスのひかれた小さなテーブルに、埃よけのかけられたティースタンドとティーセットが並べられていた。

 エドモンにエスコートされてそのテーブルにつくと、彼も同じ席へとつく。彼はセルジオから先程の手紙とペーパーナイフを受け取り、封蝋を切って中身に目を通した。


 一読したエドモンはふむ、と何やら考え込むように手紙の差出人をもう一度見ると、視線を上げた。

 じっとその様子を見ていたアリエルと視線があると、目元を和らげた。


「私宛というよりは、貴女宛のようだ」


 エドモンに手紙を差し出されて、アリエルは軽く目を瞠った。王女殿下とはまったく面識がない。彼女が社交界デビューする年にアリエルは離婚して生家へとで戻ったので、挨拶も何もなかったから。

 不思議に思いながら手紙を受け取った。

 目を通して、なるほどと納得する。


 要約すると将来の公爵夫人として、城でともに学びましょうという内容のお誘いだった。子爵家の出ならば他国の王族と関係も多いエドモンの人脈の社交は荷が重いのではないか。外交関係の勉強も兼ねてよければ一緒にどうぞ、との旨が丁寧にしたためられていた。


「貴女が王都にいるというのも知られているようだな。全く、どこから漏れたのか」

「心あたりがあるとしたら、ルノアール夫人くらいですけれど……」

「あり得る話だな。夫人からロビンにいって、兄上にいって……プリシラにまで伝わったか。もしくは帰りがけにシャルロットが王城に寄って挨拶をしたときか」


 全員が全員、齢三十を目前にしてようやく結婚が見えてきたエドモンの今後に期待している人物たちだ。アリエルはくすくすと微笑んだ。


「皆さん、エドモン様のことが気になってしょうがないのですね」

「子供じゃないんだぞ。プリシラまでが興味を持つとは、兄上は一体何を吹き込んだのか」

「そんなことは仰らず。王女殿下の単純なご好意ではありませんか」

「そうだろうが……なんというか、面白くはないな。貴女は私のために遥々王都まで来てくれたというのに、プリシラに取られるというのは」


 手紙を返せば、エドモンがそうぼやくので、アリエルの胸がきゅっとした。

 これは、拗ねているのだろうか。アリエルがエドモン以外の人に構われるのに嫉妬しているのだろうか。

 自意識過剰とは思うけれど、そうとも取れる無意識なエドモンのつぶやきに、アリエルはなんだか気恥ずかしくなる。

 そんな照れを隠すように、アリエルは真面目な表情を作った。


「このお誘いをお受けしようと思います。二年近く社交界から離れておりましたし、王家の方と比べましたら、勉強不足というのは必ずありますから」


 勤勉に努めようとするアリエルの姿勢は大変好ましい。エドモンも表情をゆるめた。


「あまり気負いすぎないように。貴女なら卒なくこなしそうだが、何かあったら頼ってほしい」

「はい」


 こうやって気にかけてくれるだけでも十分。

 結婚に向けての準備は着々としている。

 嫁入り道具を集めるのも、結婚式のドレス決めや、公爵夫人としての心構えの勉強など、少しずつやってきた。


 けれど、こうして実際にエドモンの身内に会うとなると、これはまた別の実感がこみ上げてきたのだった。




 ◇  ◇  ◇




 プリシラ王女のお誘いは、二日後に決まった。

 王都内でのやりとりだからか、冬にも関わらず返事がくるのはすぐだった。


 アリエルはすぐに手持ちの中で登城しても問題なさそうなドレスを見繕った。濃紺色の細身のドレスに、首筋を内側からのぞく白いカラー。立てられた襟とドレスの裾には銀糸で刺繍が施され、重たくなりがちな濃紺の色を引き締めてくれる。

 これがアリエルのドレスで一番上等な仕立てだ。冬とはいえ、外出用のドレスを持ってきていて良かった。


 見繕ったドレスを身にまとい、髪をきっちりと結い上げた。公爵邸ではエドモンが何故か用意してくれていたドレスを着ることが多かったから、きちんとした正装は久しぶりだった。


 登城のため正装に身を包んだアリエルを見送りに、エドモンが玄関まで来てくれる。コートをクララから受け取っていると、エドモンがふと何かに気がついたようだ。


「そういえば、貴女は襟の高いドレスが多いな。そういう形のものが好みなのか」


 思ってもいなかったことを言われて、アリエルは目を瞬く。それからそろりとクララを見ると、クララは公爵の前だというのに憤怒に彩られた顔を隠そうともしていなかった。

 そのクララの表情をエドモンもばっちりと見てしまったようで、怪訝な表情になる。


「……何か理由があるのか?」

「……結婚していた頃の名残です」


 アリエルが曖昧に微笑んだ。詳しく語るつもりはない。けれどそんな様子の二人に何かを悟ったらしいエドモンは険しい表情になる。


「……以前、メイドから報告があった。貴女の首元に痣があると。今はすっかり癒えているようだが、あの痣はシーキントン伯爵によるものか?」


 アリエルの表情がすっと消えた。

 いつ。

 いつ、エドモンはそのことを知ったのだろう。


「過ぎたことですから」



 メイドが、というあたりこの屋敷の誰かが見たような口ぶりなのが気にかかる。当時、この屋敷に出入りしていた日は限られている。もしかして、と心当たりがあるとしたら、アリエルが倒れた時だろうか。正体をなくして眠っていたアリエルの介抱をしてくれたメイドが気がついた可能性が高い。

 知られている以上、隠しきれるとは思わなかったけれど表情を取り繕うように微笑を浮かべれば、エドモンのルビーの瞳が剣呑に輝く。


「アリエル」


 エドモンの声が低く耳朶を打つ。

 アリエルが誤魔化そうとしたのを、エドモンは許してくれなかった。


「貴女のそういうところは治したほうがいい。頼ってほしいと言ったそばから、こうして突き放されるのは信頼されていないのかと悲しくなる。貴女が私を心配するように、私も貴女のこととなると心配になるんだ。だろう、クララ?」


 それまでチャールズに心のなかでありったけの呪詛をこめていたクララが突然話をふられて、驚いたように目を丸くする。彼女はすぐに力強く頷き返した。


「仰るとおりでございます! お嬢様、お嬢様はご自身で思っている以上に私どもが心配していること、そろそろご自覚なさいませ!」


 耳が痛い話だった。

 似たような話をつい最近、エドモンとしたばかりな気がする。

 アリエルは困ったように微笑むと、小さく頷いた。

 エドモンはようやく表情をゆるめる。


「私も貴女も、似た者同士だな。お互い、直していこう」


 アリエルもエドモンも、見栄をはったり、相手に不要な心配をかけないようにと、本心や事実を隠してしまいがちだ。

 エドモンに言ったことを自分で実践できていないのは、あまりにも説得力がなさすぎる。相手に望むなら、まずは自分から変えていかないといけない。

 アリエルはエドモンの言葉を胸に刻むと、殊勝な態度で「はい」とうなずいた。

 エドモンも同じようにうなずき返すと、ちらりと家令のセルジオへと視線を向ける。セルジオは懐中時計を取り出すと、そろそろ登城する時間になることを告げた。


「アリエル、気をつけて行きなさい。馬車とはいえ、道中は冷えるだろうから、ひざ掛けはしっかりとかけておくといい」


 本当はエドモンも登城するつもりだった。

 床から上がったので早速騎士団に復帰したいと考えていたのだが、うっかり雪で滑って悪化したら元も子もないと医師から止められてしまった。

 アリエルはエドモンに微笑んだ。


「行ってまいります」


 まるで家族のように見送ってくれるエドモンの言葉がくすぐったい。

 冬の寒さなんて感じないほど、アリエルの胸の中は温まっていた。


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