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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ 〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜  作者: 采火


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予想外のお見舞い

 エドモン・ジラルディエールはおよそ二ヶ月ぶりに帰還した自室の中で、なかなか人心地つく暇もなく、憮然とした表情で自分のベッドの傍らにいる人間を見た。


「……寝られないのだが?」

「いいじゃないのー。私と貴方の仲でしょう?」


 エドモンの枕元でくふふ、と笑っているのは、長い赤髪を一本の縄のように編み込んだ白衣の女性だ。碧の瞳が楽しそうに細められている。


「貴方の部屋、相変わらず見栄えがしないわねぇ。それでも元王族なのかしら」

「同じ言葉をそっくりそのまま返すぞ、シャルロット。というかいつまでうちに居る気なんだ。部屋に入ってくるな。寝させろ」

「ばっかねぇ、何度も言ってるじゃない。私ってば従軍医師よ。今回の遠征で貴方が一番重症。貴方の連れてきた医療従事者よりも的確で、完璧で、素晴らしい治療ができたのは、私がいてこそでしょ?」


 そ・れ・に、と、シャルロットがにんまりと紅い口紅を引いた唇で弧を描く。


「噂の貴方の婚約者も見てみたかったし?」


 そっちが本音だろうと思いつつ、エドモンはげんなりとため息をついた。頭が痛くなりそうだが、幸い都合がいいことにもう冬の足がすぐそこまできている。


「残念だったな。お前がここにいるうちに彼女はこないぞ。もうじき冬だ。彼女の領地は雪深くなるから、王都にはこれない」

「それはどうかしらね〜」


 何やら一人で笑うシャルロットに、エドモンは不気味なものをみたかのような目を向ける。


「案外、婚約者の危機と聞いて駆けつけるかもよ?』

「それはない。彼女は落ち着いた思慮深い女性だ。駆けつけるにしても、まずは何かしら便りを―――」


 コンコン、とエドモンの部屋がノックされる。

 エドモンが誰何すると、家令のセルジオが見舞い客の来訪を伝えた。


「見舞い客……? 一体誰が……」


 団員には見舞いは不要と伝えたし、親しい者たちも既に見舞いに来てくれていた。また見舞いに来るとは言っていたものの、なんの連絡も受け取ってはいない。

 エドモンが訝しげに思っていれば。


「エドモン様……ご無沙汰しております」


 黄金の麦穂色の髪に、透き通るように綺麗な空色の瞳。

 貴婦人らしい、禁欲的でクラシカルなドレスに見を包んだアリエルが、その腕にバスケットを提げ、扉の前で丁寧に挨拶をしてくれた。

 とはいえ、ここはエドモンの私室。それどころか寝室だ。

 たった今、話題に出たばかりの突然の婚約者の登場は、間違いなくエドモンの胸中をかき乱した。


 髪型はぐしゃぐしゃになっていないだろうか。服装は……夜着のまま! せ、せめて身を起こすくらいは―――


「い"っ!!」

「ばっかねぇ。骨が折れてる手を使うなって言ってるでしょうが」


 痛みに悶絶するエドモンに、寄り添っていた赤毛の美女があきれたように述べた。アリエルを連れてきた家令のセルジオも渋い顔をしている。エドモンはひどい脂汗を額ににじませながら、それでも扉の所で所在なさげにたたずむアリエルを見つめた。

 そんなアリエルは困ったように、申し訳なさそうに、控えめに微笑んでいる。


「あ、アリエル? なぜ、ここに。領地にいるはずでは」

「その……冬の間は王都近郊にあるタウンハウスに滞在するつもりで来たのです。今日は見舞い品をお預けするだけで、言伝だけして帰るつもりだったのですが……」

「私が引き止めたんです。たまにはいい仕事をするでしょう?」


 アリエルの後ろから、背の高い男性がひょっこりと顔を出す。猫っ毛な黒髪に深いディープブルーの瞳。人懐こく笑う彼は、この国のものとは違う騎士服のようなものを着て、帯剣していた。


「ユリウス。さすが私の騎士。いい仕事をする」

「愛しいお嫁様のためだもの。喜んで」


 ユリウスと呼ばれた騎士は、シャルロットと呼ばれた赤髪の白衣の女性の元へ大股で歩み寄ると、猫がするようにするりと彼女に寄り添い、その髪に頬を寄せた。


「はぁ、シャルロットの匂いがする……落ち着くぅ」

「ははは、この変態め。それはたぶん公爵家の石鹸の香りだたわけ」


 口では饒舌なことを言いながらも、騎士の好きなようにさせているシャルロット。ユリウスはすんすんと満足そうにシャルロットの髪に顔を埋めている。

 そのおかしな二人の距離感にアリエルは困惑しているし、図らずしも二人の一番近くにいるエドモンは頭痛がするかのように左手で顔面を覆った。


「旦那様もお二方を見習ってみてはいかがですか」

「冗談はよせ、セルジオ」


 しれっとハードルの高いことを言うセルジオに、ますますエドモンの頭痛がひどくなる気がした。


 今のアリエルには領地で会った時のようなのびやかさの代わりに、女性としての色香のようなものが浮き出ている。華やかな金の髪と禁欲的な紺のドレスのコントラストのせいだろうか。そんな彼女とあんな距離でいたらハグだけですまないだろうが、という反論は胸の奥に隠した。


 深く息をついたエドモンは、横に立つ医者と騎士の夫婦に声をかける。


「シャルロット、ユリウス、客人が来たからお前たちは向こうに行け。何なら国へ帰れ。滞在する理由はもうないだろうが」

「あるわよぉ。私が主治医だっつってるでしょうが」

「……お前、従軍するようになってから口が悪くなったな。というか所属する軍が国からして違うだろう」

「ほほほ」


 頬に手を当て、いかにも令嬢っぽく笑ったシャルロットは、エドモンの批難を無視して椅子から立ち上がった。そんな彼女につられるようにユリウスも一歩下がって、後ろに立つ。


「まぁ、積もる話もあるでしょうし、少しだけ席を外して差し上げるわ。行くわよ、ユリウス」

「仰せのままに」


 シャルロットとユリウスが退室すると、セルジオも扉の向こうで一礼して、寝室の扉を閉めてしまった。アリエルが入り口の脇でそれを見送っていて、そんな彼女をエドモンは呼び寄せる。


「アリエル、すまない。こちらに来てもらえないか? 椅子に座るといい」

「えっ、あ、はい……」


 アリエルは何故か動揺しながらエドモンのそばへと近づいてきた。そっとドレスの裾を直すようにして椅子へと座る。


「あの、今のお二方は……? ご挨拶しそびれてしまいましたが……」

「気にするな……と言いたいが、これからも会うことになるだろうな。後できちんと紹介する。先に名前だけ伝えておくと、女性がシャルロット・ロゼッタ・バートン。一緒にいた騎士がユリウス・バートンだ」

「シャルロット様……」


 アリエルが退室したシャルロットたちの背中を追うように視線を扉の方に向けた。それから何かに気がついたように空色の瞳を大きく見開く。


「もしかして、鮮血王女と呼ばれた、隣国の……?」

「知っていたか」

「直接の面識はございませんが……社交界でお見かけした姿とは全然違いましたので驚きました」


 今の今まで部屋にいたシャルロットは、白衣のよく似合う、勝ち気でさばさばとしていた男勝りな女性だった。けれども社交界で見かける彼女は、どこでその皮を被ってきたのかと言わんばかりに『隣国の元王女』として振る舞う淑女の鑑になる。本来の彼女を知らなければ困惑するのも無理はなかった。

 アリエルがぽつりとこぼした言葉にエドモンが、くつくつと喉の奥を震わせる。


「それを言うなら貴女もだな。今の貴女を見て、一目でアリエル・コールソンと分かる人はいないだろう」

「私の場合は見た目が変わりましたから」


 困ったように微笑むアリエルに、エドモンは優しく微笑む。


 確かに見た目の変化は大きいけれど、まとう雰囲気も少しだけ変わっている。初めて会ったときから凛とした雰囲気の女性だと思っていたが、どこか張り詰めていたような緊張感があった。それが今はほどよく肩の力が抜けているのか、微笑む時の笑顔が可憐な花が咲きほこるように愛らしい。エドモンは今の彼女のほうが好きだった。


 ベッドの上で敷き詰めたクッションにもたれるようにして起き上がったエドモンは、改めてアリエルを見つめた。


「それにしても急なことで驚いた。どうしてまた、こんな季節に王都へ? 何か用事でも?」


 エドモンの問いかけに、アリエルは視線をそよがせた。


「その……心配で。エドモン様から帰還の伝書をいただきましたが、別口でルノアール侯爵夫人から貴方のご様子をお伺いしたものですから」

「侯爵夫人……ああ、そうか、貴女は夫人と仲が良かったのか」


 エドモンはアリエルが自分のことを知った経緯に気がついて、失敗したと天井を仰いだ。

 その様子を見たアリエルがすっと視線を伏せる。


「……申し訳ありません。突然押しかけるような形になってしまい、ご迷惑でしたよね」


 ぽつりと囁いたアリエルの言葉に、エドモンは目を丸くする。

 迷惑だなんてこと、そんなことはなかった。


「そんなことはない。むしろ来てくれて嬉しい」

「ですが、その……便りもなく、先触れもなく……」


 自分の失態だと言うように落ち込む様子のアリエルに、もしかしてシャルロットとのやり取りが聞こえていたのかとエドモンは冷や汗をかいた。確かに先触れなくアリエルが来たのは驚いたけれど、それは嬉しい誤算でもある。


「気にするな。貴女は私の婚約者だ。私としては、こうして駆けつけてくれたのが嬉しい」


 穏やかにエドモンが微笑めば、少しだけアリエルが顔を上げた。恨めしげなその視線はエドモンが初めて見る表情だ。困ったように微笑むか凛然と背を伸ばしている印象が強かったからか、アリエルのその表情が意外で、場違いであると思いつつも可愛らしく思えてしまう。


「ではなぜお怪我されたことを隠されたのです。夫人のお手紙で知らされた私は、それほどにひどい怪我なのかと気がしれませんでした」

「いったい夫人は手紙にどのように書いたんだ……」


 アリエルがこうして駆けつけてくるくらいだ。少しばかり誇張されて書かれていたのかもしれない。

 とはいえ実際のところ、エドモンの怪我は全身に渡っての大怪我ではあった。ただ、治療が長引いているのは骨が折れた利き腕だけで、他はシャルロットの迅速な治療の甲斐があって、だいぶ傷が癒えてきている。


「その、言い訳をさせてほしい。貴女に無事を約束した手前、こんな情けない姿を見せるのは非常に具合が悪く……春には治るだろうと思ってだな」


 ばつが悪そうにぼそりとエドモンが囁くと、アリエルはいつもの困り顔を浮かべた。


「せめてもう少しだけ、詳しくご様子を教えて下さい。無事に帰還……とは言えませんけれど、元気であることくらい、伝えてくだされば安心できましたのに」

「すまない……自分では手紙が書けなかったし、代筆させるのも気のりしなくて……貴女を安心させたかったつもりが、逆に心配をかけてしまったな」

「本当に。人づてに聞くとどうしても不安だけが募るものなんですよ」


 申し訳ない、とエドモンは肩を落とす。アリエルはそんなエドモンにバスケットを差し出した。

 籐で編まれたそれに、エドモンは顔をあげる。


「アリエル? これは?」

「きちんとしたお見舞いの品はセルジオさんにお渡ししたのですが……元々、エドモン様へ差し上げようと思っていた贈り物です。ただ、まだ完成してなくて」


 アリエルはそっとバスケットの蓋を持ち上げた。

 中には編み針と、毛糸、それから編みかけのショールが入っている。


「こちらで編んでもよろしいでしょうか。冬は長くて、ショールができるにも時間がかかります。ひと冬の話し相手になっていただけますか?」


 少しだけ悪戯めいて微笑んだアリエルは、まるで少女のような可憐さがあった。淑女らしいクラシカルなドレスと相反する可愛らしさに、エドモンの心臓がバックンと鼓動する。


「ぐぅ」

「エドモン様っ!?」


 思わず呻いて胸を押さえる。アリエルが青ざめて立ち上がったけれど、エドモンはなんでもないと首を振った。



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