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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ 〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜  作者: 采火


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後始末とこれから

 アリエルがプロポーズを受諾してからのエドモンは、持ち前の機動の速さを存分に発揮し、婚約とその他諸々の厄介事を一息に片付けていった。


 まずは婚約。

 プロポーズをした足でエドモンと共にアリエルが子爵家へと戻ると、エドモンは挨拶もそこそこにアリエルの両親から婚約の許可をもぎとった。

 当然両親は驚きのあまりに動揺が隠せないようだったけれど、アリエルも納得し、その上ほんのりと照れてる素振りすら見せたものだから、両親は落ち着いてアリエルの意思を尊重してくれた。


 それからその場を借りてエドモンはアリエルを含め、彼女の両親にも国から派遣された騎士として、改めてアモフィックスの魔獣騒動の顛末を話した。


 まずアモフィックスは騎士団で保護することになった。聖獣に昇華されたため、討伐はできない。ただ魔獣とは違い、聖獣となったアモフィックスは瘴気の発生を防ぐことができるようになったらしい。状況が落ち着けば、定期的にアモフィックスを連れての巡礼が始まるそうだ。


 次にシーキントン伯爵家のこと。ミクリ・シーキントンはアモフィックスの一件で、瘴気の秘匿だけではなく、近年発生していたシーキントン伯爵領内の行方不明事件に関与している余罪も上がってきた。これらに関しては国から調査を行った後、正しく裁かれることが決まった。


 それからチャールズ。

 彼はアリエルが訴えなかったことにより、処分されることはなかった。五年もの間のアリエルへの仕打ちを知る使用人たちは憤慨したけれど、そんな彼らをアリエルが説得した。

 まだ母を必要とするような幼い子供を母親と引きはがし、さらには父親からも引きはがす。生まれてきた子供に罪はないと説き伏せて、アリエルはチャールズと二度と会わないことを条件に、彼の過ちを水に流した。

 今は生まれた息子と、格段と使用人の減ったシーキントン伯爵邸で暮らしているらしい。今回の件でしばらく社交界に顔を出すのも気まずくなってしまったようだし、何より彼の能力では死ぬ気で努力をしないと領地の経営ですら難しいだろう。シーキントン伯爵領には国からの監査が常駐することも決まったので、ある意味彼にとって更正と罰が一緒に与えられたようなものだった。


 最後に聖獣カーバンクルであるスピナと、アリエルの待遇について。

 アリエルとエドモンの結婚は国への監視下に置かれることを意味すると、エドモンは包み隠さずに告げた。父ヘンリーが難しい顔をしたけれど、アリエルを守るためでもあると言われてしまえば引き下がるしかない。

 スピナはあいかわらずのんびりとしている。コールソン子爵領の気候があうのか、のびのびと遊び回る日々で、結婚するまでのしばらくはアリエルがスピナの面倒をコールソン子爵領でみるべきだろうという結論に至った。


 エドモンが全てを話し終えたあと、アリエルはヘンリーから一度席を外すように申しつけられた。アリエルは父がエドモンと二人だけで話したいのだと察して、母アリエッタと共に応接室を出た。


「あ」

「クララ?」


 応接室の外に出ると、しまったと言いたそうな顔でクララが扉の脇に立っており、その後ろで「あーあ」とマテューが呆れたように顔を手で覆ってる。

 その様子にアリエッタが色々察したようで、苦笑した。


「クララ、盗み聞きはよろしくないわね」

「すみません、奥様……ですがどうしてもお嬢様が心配で」


 いつもアリエルのお供をしているクララは当然のことのようにエドモンのプロポーズの現場を見ていた。突然の求婚に戸惑っていたアリエルを知っていたし、これまでのアリエルの結婚生活で一番近くにいるのもクララだった。生まれ変わるかのようにのびのびと子爵領で過ごしていた自分の主人が、また貴族の縛りの中に身を戻すのを思うと、心配でたまらなかった。

 とりあえず応接室の前でたむろするのはよくないからと、場所を移動する。普段から家人がくつろぐ居間へ入ると、ソファに座ったアリエッタが、隣に腰を下ろしたアリエルの手を取った。


「ねぇ、アリエル。アリエルはあの方がいいの?」

「もちろん。納得して、私が受け入れたことだもの」

「ダメよ、アリエル。私の質問をちゃんと聞いて頂戴」


 アリエルは困ったように母を見た。アリエッタは誤魔化されてくれないらしい。


「私はあの方『が』いいのか、アリエルにとっての一番になれるのか、聞いたのよ」

「……お母様は意地悪だわ」


 アリエッタは意地悪だ。

 アリエルにとっての一番なんて、そんなの。


「ねぇ、アリエル。シーキントン伯爵家への義理はとっくに果たしているわ。もう貴女があの家に囚われる必要はないの」

「お母様」

「ニコラのことだって。彼のことはもう十年も前のことになるのだから、そろそろアリエルも、貴女自身が幸せになろうとしていいのよ」


 母はとても温かくて、優しい。

 その繊手でアリエルの手をつつんで、ゆっくりと語りかける。

 クララもマテューも、壁際に控えてアリエルの様子を窺っていた。二人とも、アリエッタの言葉に同意するように力強い意志を宿した瞳でアリエルを見つめている。

 どれほどの心配を、大切な優しい人たちにかけていたのだろう。彼らの気持ちを思い知らされたようで、アリエルはもう少しだけ早くチャールズと訣別するべきだったんだとアリエルは思えるようになった。


 そんな彼らに見つめられながら、アリエルはゆるりと頬をゆるめる。

 とても優しい、私の大切な人たち。

 その中にあの人も。


「……閣下はとても優しい人です」


 初めて会ったとき、ダンスレッスンで子供のようにアリエルからの評価をそわそわとしながら待っていた。

 レッスン中に気分が悪かったアリエルのことを気遣ってくれた。

 再会したとき、村娘の格好をしていたうえにアリエルだとも気づかなかったのに、チャールズから守ってくれた。

 アモフィックスに連れ去られたアリエルを一番に見つけてくれた。

 アモフィックスへと果敢に挑む力強い姿は、今もアリエルのまぶたの裏に焼きついている。


「私、あの方となら幸せになれるのかもしれない。そう、思ったの」


 アリエルができないことはエドモンが。

 エドモンが苦手なことはアリエルが。

 一方的に尽くすだけではなくて、思い思われるような、補いあえるような関係になりたい。

 両親がそうであるように、お互いがお互いを支え合うような夫婦になりたい。

 エドモンとなら、そんな未来を描けるような気がして。


「閣下は私が家と結婚するのではなく、閣下自身と結婚するのだと教えてくださったの。ありのままの私を望んでくれた。それだけで十分よ」


 エドモンならきっと、アリエルが牛や羊たちに紛れて牧草地を駆け回っても笑って許してくれるだろう。あの人は良くも悪くも愚直なくらい真っ直ぐで、曲がったことが嫌いだ。アリエルもそうだから、きっと気が合う気がする。

 それに何より。


「たった数回会っただけなのに、あの人の傍は安心できるの。どうしてかしら。あの人の雰囲気がとても柔らかくて……とても穏やかな気持ちになれるの」


 軍神公爵と呼ばれるエドモンは、身体が大きく、目つきも鋭く、騎士として、公爵として、衆人の前に立つときは厳格さと勇ましさが際立つ。

 けれど公の人から離れて私の人となってアリエルに微笑むエドモンの雰囲気に、アリエルはいつの間にか絆されていたのかもしれない。


 一つ一つ、アリエルが気持ちを伝えていくと、段々とアリエッタの表情が和らいでいった。マテューもにこにこと笑顔を浮かべ、クララなんかは涙ぐんでしまっている。


 そんな三種三様の反応を見たアリエルは、表情をどう作ったら良いものかと困ったように眉を下げた。

 そんな娘の姿に、アリエッタは微笑む。


「アリエルも恋をしたのね」

「恋?」

「あら、違うの?」


 からかうようなアリエッタの言葉に、アリエルは頬を染める。

 この気持ちは恋?

 ニコラに感じていた好きの気持ちとは全然違う。

 まだふんわりと芽が出たばかりの小さな蕾の気持ちが、急速に成長していく。

 ああ、どうしよう。

 もしこの気持ちを恋と呼ぶのなら。

 畢竟、アリエルがエドモンに惹かれるのも当然なわけで。


「……もう、お母様ったら。からかわないで」

「あら。今まで男運のなかった娘の恋路よ? 応援したくなるのは親心というものだわ」

「お嬢様! 奥様のおっしゃるとおりです! 私もがんばってお嬢様の幸せ結婚生活を実現するべくご尽力させていただきますぅうう!」

「あっ、こらクララ!」


 とうとう我慢できなくなったらしいクララが涙腺を決壊させた。そんな彼女をマテューがよしよしとなだめている。そんな主人思いの優しい使用人たちに、アリエルは笑顔を浮かべた。

 ソファから立ち上がって、ぼたぼた涙をこぼすクララの涙をハンカチで拭ってやる。長年仕えてくれている姉のような、親友のような、気のおけないメイド。


「クララ、今まで心配をかけてごめんなさい。私も幸せになるわ。だからどうか、これからもよろしくね」

「もちろんですっ、お嬢様ぁっ……!」


 感極まったらしいクララに、アリエルは笑いながら彼女の涙を拭ってやる。そんなアリエルとクララを見て、マテューはやれやれと言いたそうに苦笑した。

 結婚をした五年という月日、婚約の期間を含めれば十年もの月日だ。その間、シーキントン伯爵家に縛られていたアリエル。

 そんな中でも無為に過ごすだけではなく、使用人に愛されるような女主人だったのだとアリエッタは理解して、娘がこれまで折れずにいられた理由を見つけたような気がした。



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