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謎の卵ともふもふ

 牧場主のトニーは夜中、牛の声に起こされて目が覚めた。

 トニーの家は牛の厩舎に隣接している。もぅもぅとひっきりなしに鳴く牛たちの声に、妻や子供に様子を見てこいとせかされたトニーは、カンテラを一つ手にして牛の厩舎へと向かった。


 厩舎では牛たちが何かを訴えるように鳴いていた。中にはそわそわと落ち着かなさそうに足踏みしている牛もいる。

 なんだなんだと思っていても、牛たちは落ち着かない。何か人間には分からないものに反応しているのかと、厩舎の中や外を巡って、不審なものがないかを探してみた。


 すると、牧場内に設置されたサイロの近くに誰かがいるのに気がついた。


「おい、そこで何をしている!」


 影はトニーの声に、弾かれたように走り出した。逃げ足の早かったその影はあっという間にトニーの視界から消える。距離がなければ追いかけられたのに、トニーは舌打ちした。


 あの影がサイロで何をやっていたのかが気になる。

 トニーは影の人物がうろついていたサイロへ近づくと、不審なものがないかをくまなく探した。

 サイロの周囲には何もなかった。まさかとは思うが、サイロの中に何かしたんじゃないかと思って、念の為サイロの扉に近づいてみる。本来ならば鍵がかかっているはずだけれど。


「……何?」


 そのサイロの扉は、器用に錠前が外されていた。






「それで、サイロの中にこれが?」

「はい。なにかの卵のような……でも俺らにはこれが何か検討もつかねぇんで」


 そういって牧場主のトニーがアリエルのもとにおかしなものを持ってきたのは、夜が明けてすぐのことだった。


 庭で庭師たちにまざって花壇の手入れをしていたアリエルは、トニーが持ってきたものを地面において、まじまじと見下ろした。

 赤と白の斑模様が少しだけ不気味な赤子サイズの卵のようなもの。かなり固くて、ちょっと落としたくらいじゃ割れなかったという。


 アリエルもクララも、こんな卵は見たことがなかった。

 アリエルがおそるおそるコンコンとノックしてみても、うんともすんともしない。流石に得体のしれない卵をどうすればいいのか、トニーが困ったようにアリエルを伺った。


「さすがに何者かもしれない奴が置いていったもんです。どうも良いようなものには見えねぇので壊したほうがいいとは思うんですが……硬くて硬くて」


 高いところから落としても、ハンマーで殴っても割れなかったので、トニーはしぶしぶアリエルのところに持ってきたらしい。


「お嬢様なら何か知らないかね」

「私も見たことがないわ」

「旦那様にお伝えしましょうか」


 三人で卵を囲いながら話し合う。

 この卵を置いていったという不審人物についてもヘンリーに伝えておきたい。なら卵を持っていって改めて話し合ったほうがいい。じゃあ今すぐ行こう、そうしようと三人でヘンリーの書斎に移動することにした。


 トニーが卵を持って、先導するようにクララが立ち上がる。アリエルがトニーの隣で卵をちらちらと見ながら歩いていると、ふと、卵が揺れた。


「んお?」

「あら」


 立ち止まったトニーの腕の中で卵が震える。

 カタカタとしばらく震えると、やがてパリッと殻にヒビが入る。


「はっ?」

「まぁ」

「お嬢様?」


 今か!? と、トニーが素っ頓狂な声を上げて、アリエルが目を丸くする。クララが振り返って立ち止まったアリエルに声をかける間にも、パリパリパリと殻が割れていく。


「くぅん」

「まぁ、可愛いわ」


 割れた卵の中から出てきたソレと、一番最初に目があったのはアリエルだった。


 鳥の翼のようにわさわさした耳は垂れ耳ウサギのように下向きになってる。ふさふさとした尻尾はリスのように丸まっていて、白い毛並みに囲まれた額には大きなルビーのように赤い石みたいなものが生えている。

 額の石と同じ赤い目がきゅるるんとアリエルを見つめた。ふんふんと鼻をひくつかせて、アリエルを見ている。


「生まれちまった……」

「見たことのない獣ですね」


 ぽかんとしたトニーの前で、クララも割れた卵の中身を覗きみた。


「くぅぅん?」

「可愛いわ」

「可愛いですね」

「えぇっ?」


 見たことがないけれど、可愛いのは間違いなかった。

 アリエルとクララがうんうんと頷きながら、卵から孵った獣を見ていると、トニーがおろおろと身体を揺らした。まさかこんな見計らったかのようタイミングで孵化するなんて思わない。


「お、お嬢様、どうしやしょう」

「とりあえずお父様に見せて……」


 アリエルが言い終わらないうちに、もふもふの白い獣がころりんと卵から身を乗り出した。

 あっ、とトニーが声を上げてた時には卵から身を乗り出しすぎて、落ちてしまう。

 アリエルが慌てて腕を差し伸べて、地面に激突する前に獣をキャッチした。一連の動きを見ていたクララがほっと胸をなでおろす。


「生まれたばかりなのに、やんちゃですね」

「そうね。……すごいわ、もふもふしてる」


 その不思議なもふもふを腕に抱いたアリエルが、へにゃりと微笑んで白いもふもふを撫でていた。白いもふもふも撫でられるのがまんざらでもないのか、不思議な形の耳をパタパタさせて、鼻をアリエルの胸にすりすりさせている。控えめに言ってとっても愛らしい。


 とりあえず三人は当初の予定通り、この白いもふもふをヘンリーに見せに行くことにした。トニーが割れた卵の殻をひとまとめにし、アリエルが白いもふもふを抱いて、クララがもう一度先導した。アリエルはもうこの白いもふもふにメロメロだ。笑顔でもふもふを堪能している。


 そして書斎にいた父にこの白いもふもふを見せると、ヘンリーも見たことのない獣だったようで、難しそうな顔で黙ってしまった。


「一応、これがなんの獣か調べようか。アリエルに懐いているようだから、世話は君がしてもいい。ただ、噛みついたり引っ掻いたりしないように、よくよく見ているんだよ」

「分かったわ」


 普段から牛や羊の世話をしているアリエルなら、知らない獣の一匹や二匹くらい、お世話するのは難しくないだろう。

 それにこの白いもふもふはヘンリーの言うように、一目見たアリエルに懐いたようで、さっきからアリエルの匂いをくんくんとかいでは、パタパタと耳を動かしてた。


「この赤いのは宝石だろうか」

「ルビー、レッド・スピネル、ガーネット……どれにしてもこんなにも綺麗な真紅は珍しいわ」


 もふもふした白い毛に覆われた額の赤い石。おそらくはこれがこの獣について調べるのに一番の手がかりであるのは違いなかった。

 その上で、こんな不思議生物の卵を置いていった謎の人物のことについて、アリエルはヘンリーに伝える。

 ヘンリーはそちらも神妙にうなずいて、不審人物の出入りについてはよくよく注意しておくよう通達すると話した。これで一段落したと、一緒に訪れていたトニーが胸をなでおろす。


 お礼を言って帰ったトニーを見送って、さっそくアリエルはこの白いもふもふの世話をすることにした。とりあえずはこの子が何を食べるのかを調べないといけない。


 生まれてからまだ何も口にしていないもふもふの獣に、アリエルはクララに言いつけてミルクを持ってこさせる。

 自室のソファーで白いもふもふを膝に乗せ、アリエルは人肌に温められたミルクをスプーンにすくって、その小さな口に差し出した。


 だけど白いもふもふは、ふんふんとミルクの匂いを嗅ぐだけで口にしようとはしない。


「食べ物だってわからないのかしら?」


 アリエルは一匙のミルクを一度自分で飲んでみた。

 食べるのよ、と言い聞かせながらアリエルはもう一度スプーンでミルクを差し出すと、今度は手ずから飲んでくれる。


「クララ! 飲んでくれたわ!」

「良かったですね。歯も生えているようですから、固形物も少しずつ与えましょう」


 とりあえずコップ一杯分のミルクを与えたら、白いもふもふはお腹がくちたのか、大きなあくびをしてアリエルの膝で丸まってしまう。

 すよすよと寝息が聞こえてきて、アリエルとクララはお互いに顔を見合わせて微笑んだ。


「名前はどうしようかしら」

「お好きなようにおつけすればよいかと」

「そうねぇ」


 白いもふもふを膝の上で撫でる。体毛はもふもふなのに、耳だけは鳥の羽のようにサラサラで不思議だ。

 そして額に煌々と輝く赤い宝石。ルビー、レッド・スピネル、ガーネット。

 それらの石言葉を思い返して、アリエルは笑顔を浮かべた。


「確か、レッド・スピネルの石言葉は好奇心だったわね」

「よく覚えていらっしゃいますね」

「ふふ。花言葉も石言葉も、覚えていると素敵じゃない?」


 優しい笑顔を浮かべながら、アリエルは白いもふもふを撫でる。その瞳が懐かしそうに細められた。

 花言葉も、石言葉も、アリエルにそれを教えてくれたロマンチストは、まだ幼い少年婚約者だった。かつてのアリエルもそんな大人っぽい彼にいつも胸がときめいていた。


 懐かしい記憶にそっと蓋をして、アリエルは白いもふもふの喉をくすぐる。ぷすーと可愛い寝息が聞こえた。


「決めたわ。スピナ。あなたはスピナよ。良い子に育ってちょうだいね」


 アリエルが白いもふもふに、優しく声をかける。

 スピナと名付けられた白い獣は、アリエルの声に一度だけ顔を上げて、その赤い瞳でアリエルを見つめた。

 それからまた満足そうに丸まると、気持ちよさそうにお昼寝を再開する。


 スピナを撫でながら、アリエルはふふ、と小さく笑い声をこぼした。

 その赤い瞳がまるで、最近再会したばかりのかの軍神公爵みたいだわと、アリエルはひっそりと思ったのだった。


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