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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ 〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜  作者: 采火


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軍神公爵とシーキントン伯爵夫妻

 一年ぶりに再会したアリエル・コールソンという女性は、記憶にあるよりもずいぶんとしなやかで、美しい人だった。


 黄金に輝く稲穂の髪はさらさらと風になびいていて、どこまでも澄んだ空の色を閉じ込めた瞳は、吸い込まれそうなほどに綺麗だった。


 最初、子爵に聞いたアリエルの居場所をエドモンが訪ねたとき、見覚えのある男が一人の女性を襲おうとしているのを見て、咄嗟に間に入った。


 助けた女性のことを、エドモンは女性にしては背も高く、殴られそうになっても凛とした雰囲気を纏う強かな女性だと思った。改めて顔を見てみれば、可憐でありながらも強い意志を持つ空色の瞳にひき込まれそうになった。


 どこか既視感をもったその空色の瞳だったけれど、エドモンは深く考えることはなかった。それよりも騎士としての役目を果たさなければならなかったので、目の前の女性に会いたかった人物の名を告げた。


 それがまさか、目の前の女性とは思いもしなかった。


 記憶にあるアリエルという女性は、茶色のひっつめ髪にワインレッドの眼鏡、紺の詰め襟のドレスを着たクラシカルな雰囲気の貴婦人だった。お伽噺に聞くエルフのように美しい髪を風に遊ばせながら、村娘と同じ膝丈のエプロンドレスを身に纏う、目の前の可憐な女性とは正反対。アリエルという女性の二面性に、エドモンの心臓はドキリと跳ねた。


 知り合いを見間違えるという失態を謝れば、アリエルの方も視力が悪くてきちんと挨拶ができなかったことを詫びてきた。地面に落ちていた見覚えのある眼鏡を渡してやれば、なんとなく記憶にある女性の顔に近づいた。それでもなぜか、見てはいけないものを見てしまったかのように、心臓がドキドキと妙に早く鼓動してしまう。


 そんな彼女に案内された孤児院の応接室で、一通り必要事項を確認する。

 外見が変わろうと、アリエルの本来の芯の強さが変わっていないことは話していて気づいた。概ね報告にあったことと相違なく、エドモンの用はあっけなく終わってしまう。


 アリエルともう少しだけ話したいという気持ちに後ろ髪をひかれながら、退出のために席を立った。気を利かせてくれた院長のおかげで、もう少しだけアリエルと話せる時間が増えたのは、エドモンとしては嬉しい誤算だった。


 助けた礼にと手土産をもらい、エドモンはアリエルと別れた。まだ孤児院でやることが残っていると言うアリエルに別れを告げ、エドモンは孤児院を立つ。


 今から馬で早駆けをすれば、おそらくシーキントン伯爵の馬車に追いつく。そのままシーキントン伯爵を連れて彼の領地に入り、アモフィックスの行方を調査するのが一番手っ取り早いだろう。


 そう考えたエドモンは、馬を走らせた。






 エドモンの読みどおり、シーキントン伯爵の馬車にはすぐに追いついた。エドモンはシーキントン伯爵であるチャールズに事情を説明し、領地までの同行の許可を得た。チャールズは渋っていたが、断る理由が思いつかなかったのか、同行を許した。


 エドモンとしてはアリエルとの関係について、改めてチャールズから話を聞きたいと思っていたけれど、アリエルが大事にしたくはなさそうだったのを思い出して口を閉ざしていた。チャールズ側は先程の件を見られていたのが気まずいのか、エドモンと目が合うと慌てて目をそらす始末。見られて困るようなことなら、最初からしなければよかったのだと、エドモンは呆れた。


 コールソン子爵領は小さい。馬車で四時間ほどで領地を抜け、半日ほどでシーキントン伯爵領のマナーハウスへと着いた。


 シーキントン伯爵邸では、黒髪に金色の瞳をした女性が、赤子を抱いて出迎えた。


「おかえりなさいませ、チャールズ様」

「ただいま、ミクリ。エジットもただいま」


 女性にしては低い声。チャールズが愛おしそうな表情で、ミクリと呼んだ女性に口づける。それからエジットと呼んだ赤子を抱き上げて、その額に親愛の口づけを送っていた。


「チャールズ殿。そちらの方は?」

「閣下。ご紹介いたします。こちらはミクリ。まだ正式に公表はしておりませんが、私の妻です。ミクリ、こちらはエドモン・ジラルディエール公爵閣下だ。ご挨拶なさい」

「はじめまして、ミクリと申します。仲良くしてくださると嬉しいです」


 朗らかに微笑んだミクリという女性は貴族のマナーを知らないのか、貴族であるエドモンに対してペコリと頭を下げただけだった。赤子は今チャールズが抱いているので、カーテシーをしないというのはエドモンを歓迎しないという意思表示になるのを、彼女は知らないのだろうか。


 エドモンがひっそりと眉をひそめるけれど、チャールズはそれに気づかない。あまつさえ自分の妻が公爵に対して舐めた態度を取っているのも注意しないというのは、あまり貴族として褒められたことではなかった。


 しかし今はエドモンも、公爵というよりは騎士団の一人としてここに来ている。いちいち目くじらを立てるのも面倒なので、何も言わずにとどめた。


「チャールズ殿。こちらに国からの使者が来ているはずだが、私も同席したい。席を設けられるだろうか」

「そう、ですね。……ミクリ、僕の留守中に誰かお客様は来ていたかい?」


 ミクリはチャールズに聞かれると、困ったように頬を当てた。それからとんでもないことを言い出した。


「申し訳ありません。確かに国からの使者を名乗る方は見えましたが……まさか本物だとは思わなくて。丁重にお帰りいただきましたわ」

「何?」


 エドモンが低く聞き返せば、ミクリは怯えたようにチャールズの背後にそろりと隠れる。


「やだ、恐ろしい。そんなに怒らないで。チャーリー、私なにか間違えてしまったかしら。だって、知らない方がアポイントなしに尋ねてきたら、追い返せっていつも言われていたから……」

「大丈夫だ。ミクリは悪くない。正規の手続きを踏まなかったんだから、ミクリがそうするのも仕方ない」

「本当?」

「本当だよ。さぁ、エジットを連れて部屋に戻っておいて。……あとでたっぷり可愛がってあげるから、心配しないで」


 甘く囁くチャールズに、ミクリは頬を染めて赤子を受け取った。それからそそくさと辞去の挨拶もなしに去っていくミクリに、エドモンは眉間にシワを寄せる。


「……ずいぶんとマナーがなっていないな。彼女は平民か?」

「申し訳ありません。その通りです。彼女と結婚するに当たり、まだまだ至らないことがございますので、公表はまだしばらく先になりそうなんです。ですから閣下も、今しばらくはご内密にしていただければ」


 別にエドモンも他家の内実を好き好んで吹聴する気はない。けれど一つだけ、どうしても気になる点があった。


「……あの赤子は連れ子か?」

「いいえ、正真正銘僕の子です。生まれたばかりで可愛らしいでしょう? 跡継ぎはあの子を据える予定なんです」


 照れたように話すチャールズに、エドモンの胸にはなんとも言えない感情がもやもやと渦巻いた。

 いつ生まれたのかはわからないけれど、首はとうに据わっているように見える。逆算すれば、あの赤子ができたのは、シーキントン夫妻の離婚の話がでるより前のような気がした。


 チャールズとの関係について触れるときの、アリエルの困ったような表情がエドモンの脳裏に浮かぶ。アリエルはこのことを知っていて、離婚をしたのだろうか。

 エドモンの中に、アリエルに同情の気持ちが芽生えた。


「とりあえずこちらへどうぞ。閣下とのお話は、国の使者の方と共に伺ったほうがよろしいのでしょうか」

「いや、彼らは私がここを訪れないことを前提で送られてきた使者だ。私がいることで二度手間になるため共に話せればと思ったが、いないならいい。時間が惜しい」

「そうですか」


 チャールズに案内されて、エドモンは応接室に入る。

 チャールズがエドモンにソファをすすめ、エドモンは言われるようにソファへと座った。

 シーキントン伯爵家の執事がお茶を入れて、脇に控える。それを見届け、チャールズがお茶をエドモンにすすめた。

 エドモンは礼だけ述べると、それよりもとさっそく本題へと入る。


「そちらに騎士団から塵旋鳥アモフィックスの討伐と瘴気の発生地調査について協力要請を送っていたが、そちらの件はその後いかがか」

「協力要請……ですか?」


 寝耳に水だと言わんばかりに驚いた様子を見せたチャールズに、エドモンは鋭い視線を投げかける。


「最初の使者は一週間以上前に送っている。先日も追加で送っているが、お会いしていないのか」

「申し訳ありません。最近はよく屋敷を留守にしているものでして……」


 歯切れの悪いチャールズに、エドモンは鋭く切り込む。


「留守にしていても、来訪客の管理はされているだろう」

「……そのあたりは妻に采配してもらっているので」


 歯に物が詰まったように言いづらそうに言われた言葉は呆れたものだった。だが、あのマナーも常識もどこかズレていそうな女性なら、そのあたりが雑な管理をされている可能性はありそうだ。それでも家の家令などは、そういったものをフォローするのも役目だと思っていたが、それすらないのはどうかと思う。仮にも国からの使者たちを知らぬ存ぜぬというのは、一歩間違えば国家反逆行為にも取られかねないのだから。


「……今回は見逃すが、あまりにもひどいといらぬ疑いをかけられることもある。それは肝に銘じておくように」

「申し訳ありません」


 小さく恐縮するチャールズに、エドモンはこくりと頷くと、事の顛末を語ってやった。

 アモフィックスという魔獣の出現と、日が経つにつれ増える被害、そうして目撃証言。これらを統合して、瘴気の発生源としての有力候補地がシーキントン伯爵領であること。そしてアモフィックスの巣となる瘴気の温床もまた、シーキントン伯爵領にある可能性が高いこと。それらをエドモンは説明した。


 話を聞いていたチャールズは、話が進むうちにぴくりと眉を動かしたり、なにか不機嫌そうに口元を歪めたりしていた。それも全ての説明が終わればため息をついて、エドモンの協力要請に同意する。


「お好きにお調べください。領民からそういった話は聞いていないので、僕から提供できそうな話がないのが申し訳ないです」

「いや、大丈夫だ。元々擬態能力の高い魔獣だ。目撃証言も少ない。だが、何か気がかりな陳情等があがれば、騎士団にも連絡するように」

「かしこまりました」


 どうしてこれまで難航していたのか拍子抜けするほど、シーキントン伯爵への協力要請はあっけなく終わった。


 エドモンとしては何かしこりのようなものが胸の奥に残ったけれど、一応これで任務がスムーズに進むのは間違いない。これでエドモンも、アモフィックスの討伐任務に集中できそうだった。


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