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出戻り子爵令嬢の二度目のワルツ 〜軍神公爵に愛されて、幸せになってもいいですか?〜  作者: 采火


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元夫の確執

 羊毛をいっぱい刈り取ってご満悦なアリエルがクララと一緒に子爵家の小さな屋敷へと帰ると、その門の前に見覚えのある馬車が停まっていた。


 品良く黒く塗られた馬車の胴体に、鈍く輝く銀色の家紋。

 それは見間違うことのない、シーキントン伯爵家の家紋だった。


 存在をすっかり忘れかけていたその人物に、クララの顔が強張る。アリエルは表情を引き締めると、ぐっと背筋を伸ばした。


「お客様がいらしているのね」


 そう言って、上品かつ堂々と馬車の横を通り過ぎようとするアリエルに、クララが思わず前に出てアリエルの進路を妨害した。


「お嬢様! 今はだめです、裏から戻りましょう。表から入ってアレとはち合わせたら大変です……!」

「気にし過ぎよ、クララ。世の中そんな悪い方ばかりに進むものでもないわ。もしかしたらチャールズ様も目が覚めて、謝罪に来たのかもしれないわよ」

「お嬢様のその万が一にもなさそうな期待はどこから湧いてくるんですか……!」


 クララがぼやくと、アリエルはちょっとだけ困ったように笑う。

 シーキントン伯爵家にいた頃、よく見かけていたアリエルの困り顔。

 クララはそれに気がつくと、肩を落としてため息をついた。


「……お嬢様はいい加減、あの家と縁を切るべきです」

「切れたと思っていたのだけれどね。向こうから来るのだから、放っておけないわ」

「お嬢様はお人好しすぎます」


 ぶつぶつと言うクララに、アリエルはくすりと笑った。

 それから門をくぐりぬけ、前庭を通り抜け、玄関に行こうとして―――横からかっさらわれた。


「きゃあっ」

「お嬢様……っ! ……って、マテュー……?」

「やぁ、娘さんたち。ごめんよ、旦那様の指示でね。お嬢様はこっちねー。あんまり騒がないでねー」


 庭師のマテューがへらりと笑いながらアリエルを担いで前庭から撤退する。お嬢様を荷物のように担ぐマテューにクララが目くじらを立てたけれど、アリエルは大丈夫だと笑いながら呑気にクララに手を振った。

 マテューは裏庭に通じる使用人用の裏口にアリエルを連れてくると、そこでようやく彼女を降ろす。


「マテューは力持ちね」

「見直しました? 庭師は力仕事ですからねー」

「ふふ、たくましい人は好きよ」

「はははっ! 惚れないでくださいねー、お嬢様!」


 へらへらと笑いながら冗談を言うマテューにアリエルがくすくすと笑っていると、真面目な顔をしてクララがマテューに尋ねた。


「マテュー、それで? 旦那様の指示とは」

「あー、そうそう。今あのクズが来てるから、お嬢様を隠せってー」

「マテュー……」


 身も蓋もないのはクララもだが、それよりもマテューのほうがストレートでひどい。


 マテューはシーキントン伯爵家のタウンハウスで雇われていたから、アリエルやメイドたちがチャールズから受けた仕打ちをよく知っている人間だ。アリエルを慕って子爵領にまでついてきた。だから、チャールズに対してあたりが強いのも仕方ないけれど。


 使用人たちのチャールズの低評価に、アリエルは改めてなんとも言えない気持ちになる。

 確かに、チャールズの癇癪を起こすとすぐ暴力に訴えようとするところは悪いところだった。だけど凡人の才能でそれなりに努力して伯爵家を回していたのだから、その部分くらいはほんのちょっとだけ認めてあげてほしかった。


 けれどそんな甘いことを思っているのはアリエルだけだ。実際のところ、そのチャールズの努力以上のフォローをしていたのがアリエルであるのを使用人たちは知っていた。だからチャールズに対する評価は、使用人たちの中でぶっちぎりに低い。低すぎて、穴を掘って井戸でも作れるくらいに低かったりする。


 アリエルと使用人で思うことは違うけれど、意見をすり合わせるようなことはない。使用人たちは名前を言うのも嫌がるくらいチャールズを嫌っているので、仕方なかった。


 三人でこそこそと話しながら、裏口を開けてそうっと屋敷に入る。

 クララが先導しつつ、アリエル、マテューと続いた。

 子爵家の屋敷は伯爵家に比べたらずいぶんと小さい。使用人用の裏口から入って、アリエルの自室がある二階へ続く階段を登る途中、その先にある応接室から大きな声が聞こえた。


「そんな話は聞いていない!」


 間違いなく聞き覚えのある声に、クララとマテューの機嫌が一気に下がる。アリエルがそうっとそちらの方へ顔を向けようとしたけれど、マテューがひょいっと身体を割り込ませて遮った。


「お嬢様はお部屋にお戻りくださいー」

「もう。……分かったわ」


 アリエルがスカートの裾をさばいて、とんとんとんと階段を登る。

 階段を登りきったところで、バンッと大きく応接室の扉が開かれた。


「納得がいかない! これは彼女の陰謀だろう! 僕から離婚を持ち出したことに嫉妬したんだろうな! 次は諸々証拠を揃えてきてやるから待っていろ!!」

「こちらは正当な主張をしているまでです。ご理解できないのなら、どうぞお帰りください」

「くそ……ッ」


 口汚く罵倒をこぼしたチャールズが応接室から出てきた。その向こうから父の声も聞こえて、アリエルは立ち止まる。クララとマテューは早く奥へ進んでほしいと視線で訴えたけれど、アリエルはそれを黙殺した。

 応接室の中から厳しい表情で父が出てくる。


「二度と娘には近づかないでいただきたい。そうして頂ければ、我が子爵家からは今後一切伯爵家に関わりはいたしませんから」

「分家の分際で……!!」


 顔を真っ赤にしたチャールズが、忌々しそうに父へと背を向けた。振り返るときに、アリエルと目が合う。


「チャー―――」

「お前……!! くそッ、すべてお前のせいだ。お前がいなければ最初から……ッ!!」

「チャールズ・シーキントン伯爵!」


 チャールズの名を呼ぼうとしたアリエルに、チャールズが憎悪の眼差しを向け、そのチャールズにコールソン子爵である父ヘンリーが大きな声を張り上げた。


 普段は穏やかで温厚なヘンリーの、厳しく怒りの孕む声に、さすがのチャールズもぐっと言葉を飲み込んで、たじろいだ。

 チャールズは何か言いたそうにはしたけれど、結局アリエルを一瞥しただけで、その後は何も言わず帰っていった。


 階段の上で一連のそれらを見ていたアリエルは、チャールズが出ていった玄関ドアが閉まる音が聞こえたのを確認すると、パタパタと階段を駆け下りていく。


 扉が開け放されたままの応接室からは母アリエッタも難しい顔で出てきて、夫のヘンリーへと寄り添った。


「お父様、お母様」


 アリエルが不穏だった今の空気に不安になりながらも二人に呼びかければ、二人ともこちらを振り返ってくれる。

 ヘンリーは穏やかな表情で両手を広げると、一人娘をそうっと抱きしめた。


「……アリエル。お前は何も気にしなくていい。お前はよくやった。後はもう、父に任せなさい」

「お父様……」

「さっきの言葉も気にしちゃダメよ。アレは自分がやってきたことを正しく見られていない人間の戯言なのだから」

「お母様まで」


 チャールズのことには母も随分とお冠だったようで、なかなかキツイお言葉だ。

 アリエルがヘンリーの抱擁から解放されると、ヘンリーは改めてクララとマテューにも視線を向ける。


「考えたくはないが、あの男は正直何をするのかわからないところがある。クララ、マテュー。アリエルの身辺に気をつけるように。他の者にも周知しておいてくれ」

「「かしこまりました」」


 クララとマテューがそろって承諾の礼をとる。

 ヘンリーは頷くと、アリエルに向き直した。


「危険を避けるには屋敷にいてもらいたいところだが、お前はずいぶんとここでの生活を楽しんでいるようだからね。お前を屋敷に閉じ込めたとなっては、領民にも怒られそうだ」

「ふふ。王都では淑女の鑑と言われていた貴女の今の姿を見たら、皆様度肝を抜かれるんじゃないかしら」


 ずいぶんと幼かった頃のお転婆の片鱗が顔を出し始めているアリエルに、ヘンリーもアリエッタも懐かしさで目を細める。


 アリエルは両親の言い様に、それもそうだと思って、くすくすと声を上げて笑ったのだった。


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