その9
その日は、都中の人々に祝いの杯が振る舞われた。伯爵からのメッセージで、農村部や警備の人々が町に集まった。
皆が解放を喜び、新たな時代への風を感じ、その大元である俺達に関心を寄せた。
その行列とは逆方向に、城壁外に向かう一団が居た。二位と配下の元血族達だ。全員が都を追放される事になったと伯爵が言っていた。
自分達が行っていたことが、そのまま返ってきただけ。それが大半の人々の見解だった。その中にギュスタヴが居た。
力の入らない両腕をポケットにしまい、檻付の荷車で運ばれていた。奪われた握力と視界は元に戻らない。自分が普通の人間になった事を痛感している。
ふと、一団が止まった。何やら前方で話し声がしている。やがて、2つの足音が近付いてきた。そして至近で止まった。
「私の事なんて覚えてないだろうけど、お別れを言いに来たわ。今まであなた達に散々苦しめられてきたけど、それも終わりね。」
聞き覚えのある声だ。懐かしい。だが、思い出せない。まあ女性ならあれだけ沢山の関係があったので、当然顔も思い出せない。
「あなたを殺すなとマサにお願いしたのは私よ。一瞬だけの付き合いだったけど、縁のある人には最後まで全うして欲しいから。」
マサ!俺をこんな目に遭わせた奴の名前だ!何故俺がこうなった?全ては奴のせいだ。俺に何の恨みがあってこんな仕打ちをしたんだ!
「その顔を見ると、まだ解ってないようね。勝手にされた婚約だから、勝手に解消させてもらうわ。さようなら。これで、やっとあなたから卒業できるわ。」
「...行きましょう。気は済みましたか?」
「はい、吹っ切れましたわ。」
こ、この声は...奴か!あいつが目の前にいるのか!
「お、お前は!どの面を下げて俺の前に立っている!」
「まあ、こういう面と言っても見えないだろうけどね。」
「こんな体にしやがって!俺にどう生きろって言うんだ!」
「それはあなたが決めること。あなたは弱い。私に負けただけでなく、血族のチャンスもあなたが潰した。全てはあなたの失敗が原因だ。」
ギュスタヴは歯軋りして悔しがっている。俺に対しても、自分にも。
「チャンスをやろう。」
「な、何!?」
「3年後の武術大会、もしも出場することができて、あなたが優勝したら、都の権限を譲渡しよう。だが、次の一回きりだ。」
「...フ、フフフ...今の言葉忘れるなよ。」
「今回は伯爵が入ったから、色々動揺しただろう?もし今度まみえる時は、心行くまでやろう。それだけだ。」
「...首を洗って待っていろ。お前を絶対殺す。」
「ああ、待っている。絶対来いよ?」
俺は護送隊のリーダーに合図した。一行は再び城壁の外に向かって移動して行った。
「マサさん、ありがとう。これで心残りなく心機一転出来るわ。」
「いえいえ、お役に立てたなら、幸いですよ。我妻達の御姉様。」
「...そうだったわね。それを知ったときは、驚いたわ。」
「ええ、マニなんて、感動で号泣してましたからね。これからも、家族同然で居てくださいね。」
「でも、何でギュスタヴにあんな約束を?」
「せっかく生かしたんですから、自殺などされては困ります。この3年で、彼がどう変わるか。私の興味はそこです。」
「フフッ、貴方らしいわね。」
「次は、アズ様も参加してくださいね。マニとかナルも出るらしいし。」
「楽しみだわ。それとね...」
アズ様はこちらを振り向いて、俺の目を見つめた。
「これからはアズってお呼びください、管理者様。」
今までにない、晴れやかな笑顔で彼女は笑った。紅の後ろ髪が夜のそよ風に揺れて、琥珀色の瞳が月色に輝いた。そう、この人はこうでないと。
「そんなに畏まった言い方しないで。あなたと俺は家族同然でしょ?」
「...分かったわ。じゃあ宜しく、マサ。」
「アズ、こちらこそ。」
実はここまで瞬間移動だったけど、帰りは歩いて行く事にした。アズとは個人的にデートしたことはなかったので、良い機会になった。
結構マニと同じでお喋りなのな。とは言え、実務的な事ばかりだったけど。そんなにプライベートが濃かった訳ではないし、これからかな。
歩いているとベンチを見つけた。アズを促して、2人で座った。クラフトで、ボトル入りコーヒーを出して、彼女に渡した。
飲みながら、一緒に満月を見上げる。明るく、闇を照らし出す。彼女が、マニのようにくっついて来て、俺の肩に頭を寄りかからせる。
俺はアズを優しく抱き寄せた。お互い見つめ合いながら、口付けをした。浅く、そして確かめ合い、深く結びつくように。
「...マサ、今までありがとう。愛してる。」
「アズ、君に出会えて幸せだ。」
二人はそのまま、都の夜景とお互いを楽しんだ。そして結婚を誓った。
アズと俺は、着衣を整えると町へ向かって歩いた。
結構遅い時間なのに煌々と明かりがついている。家族達は、伯爵と魔導研究所で打ち上げパーティーしているはずだ。
都の問題は解決しただろう。大変なのはこれからだ。だが今は、この時を皆で楽しもう。アズの案内で、魔導研究所へ向かった。
魔法学園の地下に、研究所はあった。校舎の最上階からしか行けない構造になっていて、彼女の書斎に隠し扉があった。
螺旋階段を下ると、賑やかな声が聞こえて来た。明るい広間に出ると、幾何学模様のオブジェが壁に飾られている部屋に出た。
中央には大型のテーブルがあり、俺の家族と伯爵、プル、研究所の職員が祝杯で盛り上がっていた。アズの背中を押して先に行かせる。
「先生、どうでしたか?」
「マニさん、ありがとう。やっとけじめがついたわ。これもマサさんのお陰よ。」
「...あなた、それで?」
マニはフィジカルコンタクトで結果を聞いてきた。実は、事前にアズの事を2人で話し合っていたのだ。
「概ね予定通りだよ。」
「はあ、あっという間に妾が2人。何だか正妻って損した気分だわ。」
「マニ、ごめんな。俺はお前が居ればいいんだよ。」
「分かっているわ、旦那様。あなたが偉大だから、こうなるのよ。優秀な男と結婚できたのは誉れだわ。」
「マニ、愛してる。子供を作ろう。」
「案外、皆同時くらいかもね。それも一興かしら。」
パーティーには、セネル氏や大規模殲滅の戦友達が参加していた。彼等もこれで、憂いなく19番村へ来れる訳だ。
「マニ、いいかい?」
「仕方ないわね。先生、こっち。」
マニはアズを呼んだ。察したアズは、下を向きながら顔を赤らめて俺の隣に立った。
「えーっと、急なんだけど、皆聞いてくれ。」
全員が注目した。結構な人数で、70人弱位居るな。俺はアズと手を繋ぐと、一同を見回して報告した。
「アズ様と俺は、結婚の約束をしたんだ。その、皆は認めてくれるかい?
」
「皆、急でご免なさい。でも、私は彼の事を愛しているわ。」
俺の問いかけは、彼女の弟子や所員に対してだ。今後のプロジェクトに深く関わる人達なので、それを気遣ったつもりだった。
セネル氏が俺の前に進み出た。彼の目には涙が光っていた。
「マサ殿、お嬢様を受け入れてくださって、感謝の言葉もない。この老いぼれも、やっと安心できます。」
彼は分厚い両手で、俺の手を握りしめた。他の所員も、その気持ちは1つの様で、祝福をしてくれた。
「所長、おめでとうございます!」
「アズ様バンザーイ!」
「ああ、アズ様...やっと、やっと....(泣)」
女性所員で泣き崩れた人もいた。そんなに思ってくれていたんだなあ。ま、アズの人徳なら当たり前か。
村長と伯爵は、複雑な顔をしていた。まあ、親父様はマニとの事だろうし、伯爵は事情が上手く飲み込めていないのだろう。
「皆、ありがとう。そして、長年の夢だった魔導研究の究極の目的、民草の為の文化向上を成し遂げる準備が整ったわ。」
ワーッ!と、拍手が巻き起こる。皆の目が輝いていた。どれだけ待ち望んでいたか、一目で理解できた。
伯爵と村長の後ろに、ラヴィ様が実体化された。ちょっとパーティー風な服装だ。(笑)
2人共にすぐ気付いたが、気付かれないように付いて来いとご指示されたようで、こっそり会場を抜け出して行った。
俺はラヴィ様に、「感謝です。本当に助かります。」と念じた。すると、「我に任せるのじゃ。」と返信されてきた。いやほんと、ありがたや。
ナルもプルも、マニと一緒にアズへ駆け寄った。
「先生、とうとう家族になれましたね!」
「ん、皆一緒。」
「マサとにゃら、何も言うことはにゃいにゃあ!これ以上は多分望めにゃいにゃあ!」
「フフッ、皆ありがとう。やっと姉妹が一緒になれたわね。」
「パパー、アズ様は今度からはアズ母様になるの?」
ライエが?マークをいっぱい頭にくっつけた顔で聞いてきた。俺は彼女を肩車すると、
「ナルもアズも、そう言うことだね。でもね、何て呼んだら良いかは本人に聞かないと。」
そう言いながら、ナルの前に連れて行った。
「ナル母様?」
「ん、それでいい。」
そしてアズにも。
「アズ母様?」
「そうねえ、貴女の好きに呼べば良いわよ。」
俺はライエを下ろして、3人の妻を両手で抱いた。
「今度ナルとアズの結婚式を、一緒にやります。19番村で行いますが、その際は皆さんにも出席して頂きたいです。」
皆、いいぞ!とか、必ず行くわ!とか言ってくれた。
「皆さんのご足労を少しでも減らすために、村と都を繋ぐ最初のワープポータルを近々製作予定です。将来は、各地方に同じものを設置し、物流と人間の往来をスムーズにする予定です。」
おおっ!と、所員達はどよめいた。大規模殲滅に参加した人は、うんうんと頷いている。
「そして、まだ知らない人のために発表しますと、19番村を浮遊都市化します。着工は数ヵ月後で、工期は1年位を見込んでいます。」
アズが前に出た。丁度良いタイミングで、ラヴィ様、村長、伯爵が戻ってきた。2人とも、娘を嫁にやる父親みたいな表情をしていた。
「フロートジョイ計画と言うの。19番とその周辺に農地や工業地帯や神殿を含めた都並みの居住区を作り、それを纏めて空中に浮遊させるわ。」
アズは、俺が以前に作った立体画像付の再発行版契約書を、未契約の所員全員に配布した。両手に持った瞬間、目が光り始め驚きの声が沸き上がった。
「なんだこりゃ、スゲエ!」
「ああ、空を飛んでるわ!」
「どうなってるんだこれ?」
「ああ、そう言う...成る程。」
そして各々が、居住者認証を得た。大規模殲滅戦参加者との違いは、生活水準や居住区の位置だ。参戦者は、優遇されている。
更に、最新鋭の武装やテクノロジーの優先的使用権限、家族の同居、労働時間売買の経済システム用魔石の配布、緊急時の防衛戦参加義務等々を同意の上で、認証する仕組みだ。
全員が契約書にサインした様だ。これで、当面の人口は稼げるかな。この面子は、魔法学園と魔導研究所の構成だから、労働内容は決定している。
皆がサインを終えると、アズは嬉しそうにスピーチを続けた。
「我々の居場所が、もうすぐ出来る。都との往来も自由よ。皆、これからの展開が楽しみね!私も旦那様と、精一杯頑張るから。皆、共に生きましょう!」
嬉しそうに、子供みたいに、皆はしゃいだ。ガッツポーズを決めたり、抱き合って泣き崩れたりしている。
伯爵は、それを幸せそうな顔で見ていた。何て穏やかな顔なんだろう。邪神の事など関係ない様に、満足そうに、子供の成長を見届けた父親のように。
「皆、楽しんでくれたまえ。私はちょっと失礼する。」
と言い残して、階段を上っていった。何だろう、もう会えなくなるような予感がした。俺は皆が騒いでいるのを邪魔しないように、追いかけた。
書斎に上ったが、伯爵の姿は無かった。広域で気配を読み取ってみると、何となくだがタワーの方が気になった。
瞬間移動すると、タワーの前に出た。やはり、この辺りだ。どうも後方からの気配が強い気がする。
回り込んでみると、思った通り地下の水源へ降りる扉が開いていた。ここは伯爵以外が開くと川の上につながってしまうはずだ。
注意しながら階段を降りた。水源にたどり着くと、伯爵がうずくまっていた。近くにカップが落ちている。どうやら水を飲んだようだ。
「伯爵!大丈夫ですか?」
俺は駆け寄って彼を抱えた。目が爛々と深紅に輝き、犬歯が剥き出しになっている。
「ま、マサ、離れてくれ...」
彼は絞り出すように、声を出した。俺は、彼を近くの壁に寄りかからせて座らせた。
「邪神の意志が...私を動かそうとしているんだ...善くないことが起こる...」
「それで、ウィルスを取り込んだのですね。解呪は出来ないのか...?」
「いや、彼は長年呪いの影響を受けてきたので、身体と同化しているのさ。彼がウィルスを取り込んだら、存在が消滅してしまうんだ。」
サットが解説してくれた。これ、手の施し様が無いだろ...。
「マサ...いいんだこれで...私はお前に会えて...何だか満足してしまった...」
「前から気になっておったろう?こやつはな、前世で御主の父親だったのじゃ。実はマニとの出会いの人生で、な。」
いつの間にかラヴィ様が後ろに立っていた。ええ...そうか、でも何故か納得できる。色々振り回されたけど、何だか好ましかった。
「ああ、そう言う...事か...お前はあの時の...私が反対して...」
「そうじゃ。御主が反対したから、2人は駆け落ちしたのじゃ。ライエは、その最中に飢えで死んでしまった子じゃ。」
「息子よ...ベルゼバブが...侵食を始めている...頼むから滅してくれ...」
「ラヴィ様、これは...」
「マサよ、感情を抑えるのじゃ。こやつが魔神覚醒する前に、滅さなくてはならん。そうしなければ、この世は闇に没する。」
「親父...」
「早く、早くしてくれ...限界だ...ガ、ガ、ガ...」
伯爵の眼光が一際強くなった。もう理性は飛んでいるらしい。俺はこれ以上苦しませないように、彼を分子分解した。
伯爵は光の粒子になり、虚空へ消えた。散り際に、穏やかな顔で笑いながら。そして「ありがとう、ありがとう...」と声が聞こえた気がした。
「マサや、よくぞ理性を保ったの。辛かったじゃろうが、これがあの者の最後の願いじゃ。大義であった。」
「...何となくですけど、こう言う時が来るって思っていましたからね。主よ、助けて頂き、ありがとうございました。」
階段を降りてくる音がする。マニが、心配して来てくれた。俺の様子を見て体をくっつけた後、マニは悲しそうな顔をした。
「そう、そうだったのね...マサが悲しいと、私も悲しいわ。でも、こうする以外救いようがなかったと私も思うわ...」
俺達は、伯爵が散った場所を眺めていた。数千年の努力も、物質をあの世には持ち帰れない。残ったのは魂の経験と、俺達の中の記憶だけだ。
「...行こうか。皆が待っているしな。」
「そう、今宵はお祝いじゃからの。湿っぽいのは、今は忘れることじゃ。」
俺達は、水源を後にした。後日、伯爵の散った場所に小さな石像を建てた。永久に、きれいな水が出続けますように。
気分的に吹っ切れなくて、ちょっと複雑な顔をしていた様だ。マニが、両手で俺の顔を優しく包んだ。
「あなた、そんな顔をしないで。」
マニも、精一杯明るく振る舞ってくれているんだな。俺も見習わないとな。
「マニ、愛してる。」
俺は心の底からそう思った。マニは、黙って俺に寄りかかってきた。ラヴィ様と3人で、夜道を歩いた。
次の日、俺は都の組閣に着手した。今までは半独裁だったが、これからは評議院政にする。
都内の各部族が選挙制で評議員を2名決めてもらい、代表評議員達で合議の上で意思決定する。
内閣本部は魔法学園&魔導研究所跡地で、学園&研究所は数か月後にフロートジョイへ移転する。所員達は、引っ越し準備で超忙しい。
立法、選挙、役員人事、方針演説、各省庁の創設、人事発表と、2ヶ月を要した。俺はあえて、選挙管理委員長&第三者委員長を兼任した。
長寿のメリットを活かし、政府、行政、司法御目付役をする。
自由に冒険や技術開発をしたいしね。(笑) 伯爵の意思を踏襲、反映しつつ、比較的負担の少ない職にして貰った。
そして、第三者委員会の御目付役を、人猫族が担う事になった。族長が代表に選ばれた。
何故、人猫族なのか?それは、大規模殲滅戦にまで遡る。各村との連携を図るため、プルを派遣して各リーダーの協力を求めていた時期だった。
俺と直接話がしたいとかで、プルに引きずられて19番村にやって来たのが族長だった。彼女は、プルの祖母だった。
「ばんちゃん、あれがマサだにゃ。」
「おお、お初にお目にかかる。私は人猫族長を任されておる者だ。」
「初めまして。マサと言います。マニ、お茶をお持ちして。」
俺は自宅の中庭で、椅子を勧めた。マニはプル用に飲茶を持ってきた。
それにむしゃぶりつこうとしたプルの頭を、何処から出したか長キセルで打ち据えた。「馬鹿者、失礼にも程があろう!」
凄い大きなたん瘤が。涙目で抗議するプル。(笑)
「ばんちゃん、痛すぎにゃあ!そんなに力一杯ぶたなくてもニギャアアアアアアアア!」
反抗したプルの巨大なたん瘤に、さらにもう一発キセルが入った。(笑)
2重のたん瘤で半べそかきながら沈黙したプル。お前、行儀が悪すぎなんだよ。(笑)
「何時も、この阿呆がご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ない。」
「いえいえ、俺はプルが気に入っているのでね。ここでは勘弁してあげて下さい。近い将来、最も重要な目付役を任せようと思ってますから。」
「ええ...この様な者で、御役に立てるのでしょうか?」
「いえいえ、とんでもない。彼女は、稀に見る才能の持ち主ですよ。」
「...あなた様がそう仰るのなら、間違いないのかもしれませんね。」
「ええ、常人では持ち得ない美徳をお持ちです。懐深くに入り込み、油断させて情報を得て、韋駄天で短時間情報収集。こんな才能を放置しておけますか?」
「...そこまでこの子の事を理解して頂けているとは、何とありがたい。どうか、末長く可愛がって下さいまし。」
俺は飲茶を勧めた。プルと違って、族長は品行方正だ。水と油だな。上品に食べている。
「族長さん、実は数年後には、ここに第2の都を建造する予定なんです。あなたの一族も、是非こちらに住んでみては如何でしょう?」
「我々一族は、ある時代から文明を捨てたのです。都の御神体が盗まれた事件がありましてね。その当時、我々は都に住んでいました。」
ラヴィ様の事だ。この時はまだ出会っていなかった。
「当時、我々は神を熱く信仰しておりました。しかしながら、その御加護を捨て去ったのは、血族でした。高貴な血の一族が、森羅万象を司る主を拒否した。何と言う傲慢と無知でしょう!」
族長は憤慨した。俺には、その話が痛いほど理解できた。そして居眠りしていたプルの2重のたん瘤にもう一発。(笑)
「結局、行き過ぎた文明や権力は、悪用される。我々は、精神的な純粋さをもって神を信仰したいと願っているのです。」
「なるほど、深く共感します。我々は霊です。その進化無くして、人類の平和と発展など、何が出来ましょう?」
「仰る通りです。あなたはお若いのに、知恵をお持ちですね。」
「いえいえ、俺の里も、かつてそのような理由で滅びましたから。これは愚者の経験です。」
「ああ、何と言う素晴らしい経験をお持ちなのでしょう!...しかしながら、そのあなたが何故文明を創ろうとしていなさるのか?」
「俺は、どんな文明であろうと真理無くして栄えなしと思っています。逆に言えば真理を学び取れば、どんなに文明が発展しても朽ちることは無いとも思っているのです。」
族長は頷いた。
「寧ろ発達した文明でさえ磨き粉として、魂を輝かす事こそ神の威光を体現できるかなと。まだまだ青い考えかもしれないですけど。」
「...一族に強制はしませんが、我々は文明の外から、あなた方を見守りましょう。そう言う役目があっても、素敵ではないでしょうか?」
「ええ、仰る通りだと思います。どちらを選んでも、神を見失わなければ同じことです。後は、きっと趣味の問題でしょう。」
「ああ、今日は何と善い日でしょう!あなたのような知己を得るとは、幸せなことです。神に感謝を。」
族長は胸に手を当てた。プルは美味しそうな飲茶を前に、テーブルで溶けていた。山盛りのたん瘤と共に。(笑)
...そう言った訳で、御目付役を快く引き受けてくれたのだ。万が一俺達に穢れが見つかったら、俺は彼等の裁定に全てを委ねる気だ。
逆に、第三者委員会も、人猫族を政治的に監視する。これで、お互いの腐敗に歯止めをかけることが出来るだろう。
政治を利用して悪事を働こうと思い立ったら、権力さえあれば何でもできてしまう。だから、出来るだけ集中させない様に工夫していくしかない。
今は、これで充分だろう。時間が経ったら見直さないとね。
プルには、韋駄天&隠密の特性を活かして筆頭御目付役をやってもらうことにした。それと、同族を率いて後進の育成と、加速術式の伝授もね。
その情報を受けて俺達、委員会が動く。プルの役目は重大だ。怠けると、都の政治バランスが狂ってしまうから。
アズは心配したが、俺は気にしていない。奴は、やる時はやる女だ。それに、あれが怠けていても大丈夫なように後進の育成もするんだからな。
方針演説の日、俺はアズと一緒に広場の演壇に立っていた。全住民には、広場に集まって貰った。
アズは都の良識派として顔が広い。得体の知れない者のスピーチでも、彼女が近くに居れば皆が安心するだろう。
「皆さん、最初に悲しいお知らせがあります。我々の大恩人である真祖様が、先日急に御亡くなりになられた。病死でした。」
まさか邪神の侵食とは言えないから。アズは少し涙ぐんでいた。伯爵が消滅したと聞いた時の、彼女の取り乱し様は無かった。
今日も、そう言った事が心配だったので、一緒に連れてきた。心の喪失を埋め合わせられるのは、愛だけだ。
住民が、全員悲しみに打ちのめされている。すすり泣く声や、嗚咽が漏れた。俺は少し間を置いた。
「最後は、皆の事を案じておられた。我々がいつまでも悲しんでいるのを、彼の魂は喜ぶだろうか?いや、そんな事はないと俺は思う。」
まだざわついているが、少し落ち着いた気がした。俺は話を続けた。
「死者が喜ぶのは、我々が幸せに笑顔で暮らす姿だ。だから、皆精一杯幸せになろう。伯爵が喜ぶように、喜びを分かち合おう。」
そうだ!と、誰かが声をあげた。皆が泣きながらも、精一杯の笑顔で伯爵の魂を追悼した。
俺は、アズに目をやった。彼女は頷くと、演壇に立った。
「二位の独裁は終わりを迎えた!これからの都は、選挙で選ばれた代表による民主政治だ!」
ワーッ!と、歓声が上がった。既に選挙は終わっており、代表が演壇の周囲に並んでいる。
「皆の意見は、ここに居る代表が集める。手段は各々に任せてある。そして、それを元に政府が一丸となって議論し、最善の方法を探りだし、それを公布する。」
俺はアズの手を握った。アズはちょっと恥ずかしそうに、俺の目を見た。そのまま、また前を向き、スピーチを続けた。
「そして基本的な事と、先程の合議した事は、規律としてその後も永続的に反映される。私達を正すのは、規律である。これを「法律」と命名する。」
皆がざわついた。俺は、砕けた風に説明した。
「つまり、皆の意見を代表がまとめて、決めたことをルールにすると言うことだね。それに不平があるなら、またそれを代表に言えばいいのさ。」
なるほど!とかそう言うことか!とか聞こえる。見渡した感じ、多数の人が理解してくれていると感じた。
「よく解らなければ、魔法学園跡が政府庁舎になっているから。そこまで聞きに来てください。講習会もやっているので。」
皆は頷いた。アズは、微笑むと俺に頷いた。
「政府議長は、今後決めて発表します。まだ始まったばかりなので、至らない所はあるかと思うけど、そこも含めて良い都を皆で造って行こう!」
オーッ!と、皆が一斉に叫んだ。俺は解散を宣言した。
アズの書斎に移動した。ここも、将来は議長室になる予定だ。
「マサ、お疲れさま。あなたらしいスピーチだったわ。」
「何とか役に立てれば良いんだけどね。俺だって政治は素人だからね。仕組みは学んで知ってはいるけど。」
「民主政治...何て素敵な言葉かしら。こう言うのを、皆が待ち望んでいたのよね。」
「ところがね、これでも長い時間が経つと腐るんだよ。前次元では、正にそれだったのさ。」
「どういう事かしら?」
「うーん、一口では言い表せないんだけど、人猫族長が言ってた様に文明が発達して便利になると、精神的に堕落する人が必ず出てくるんだよ。」
「そうなのね。まあ、あなたの場合は経験しているから、そう言う事もあるのかとしか。」
「ま、それをさせない為の御目付役なんだけどね。そんな堕落した奴ばかりが政治をやりたがるようになるのさ。二位みたいにね。」
「結果が見えているって、つまらないものね。」
「ここは、高次元の世界らしい。だから、違った結果になるかもね。今から心配しても仕方ないしね。過剰に期待はしない方が良いかなと。」
「堅実ね。でも、リーダーはそうでないとね。」
俺はアズの頬に手を当てた。アズは俺の胸にもたれかかった。そして、お互いの目を見つめながらキスをした。
「...アズ、今日はね、君にちょっと用事があったんだ。」
「用事?何かしら?」
「うーん、通過儀礼と言うか、マニもナルも経験したことだから。」
そう言うと、俺は次元部屋を開いた。中へアズを誘う。マニとナルが、待ち受けていた。アズはビックリする。
「ええ?何故2人とも待ち構えているの?」
2人はニッと笑った。俺はアズを優しく抱き寄せて額にキスをした。途端に、若い男性の声が響く。
「やあ、赤い髪の素敵なお嬢さん。私はサットと言う。人類の父親のようなものだ。」
アズはビクッと驚いて跳ねた。それを見ていた妹達が、クスッと笑う。
「私は高次元生命体だ。マサの脳と同化していてね。分離は不可能なんだ。彼を夫とするなら、私もセットになるのさ。他の2人とも、受け入れてくれた。」
「義父様?」
「嫁達は、そう呼んでいるね。さて、マサの嫁になってくれたお礼で、君には同じになってもらう。」
「同じ?」
俺はアズを見つめて、口付けをした。すると、電撃に打たれた様に仰け反った。
全チャンネルでの波動レベル向上により、人知を越えた悦楽が彼女を生命エネルギーの大波で飲み込んだ。
彼女は力が抜けてしまい、全身から体液を吹き出させて失神した。絶え間なくうねる波のように訪れる膨大な光とエクスタシーが、その度に彼女の肢体を弓なりにした。
...ああ...ああ...何という幸福感なの...熱いエネルギーのうねりが...私の中で常に新鮮な喜びを湧き水のように満たして行くわ...私をあなたの中で溶かして...ああ...。
彼女は生命の海に没入して、自我が消滅してしまった。今まで見せたことのない喜悦の表情で、ずぶ濡れになり、昇天した。
その様子を、妹達がうっとりしながら見ている。マニは手を握りしめ、ナルは膝枕をして、アズの額に手を置いている。
アズは3日間、波に飲まれっぱなしだった。痙攣が落ち着いて、清潔化した後にベッドへ寝かせた。今度は助っ人が2人居るから、全然楽だ。(笑)
俺は部屋を出た。目覚めるまでは、嫁達とサットが面倒見てくれるだろう。
アズの書斎に戻った俺は、魔法学園の職員室へ移動した。学園は暫く休みで、政府の暫定庁舎になっている。
評議員の1人を呼んで、議長を評議員内で決めるように指示した。皆俺になってくれと言ってきたが、事情を説明して丁重にお断りした。
半日くらいで、モースという名前の人間が議長に決まった。重責なので、誰もやりたがらなかったらしい。こういう兆候は、安全だと思うの。
その後の議会の運営をフローチャートに残して、俺は村に帰ることにした。プルは、自宅の整理をして来るらしい。
アズの引っ越しは、セネル氏がホームメイドを使って運ぶとか。早くポータルを完成させないと。
「サット、ポータルの理論構築とブループリントは完成しているのかい?」
「もうとっくに完成済みだよ。」
「何故に教えなかったし。」
「だって君は超忙しかったじゃないか。こっちも気を遣うよ。」
「あーそうなのか。それはすまんね。それじゃあ、今から設置しちゃおうかな?」
「君、いくら血族の危機が去ったからと言って、コンプライアンスは考えないの?」
「打合せだと、契約書にサインしたものだけゲート通過出来る設定だったかと。」
「そう、そこの議論だよ。今度はその職員内から反乱分子が出たら?」
「うーん、愛が足りなかったか。そう言われてみれば、だね。」
「まあ忙しかったしね。(笑)」
「そうだなあ、確か契約の魔石で、機密保持は完璧だよね。後は後天的な反逆かな。」
「ポータルの出入りより拠点内で反逆が起こった場合の方かもね。これ、ポータル設置ですぐに発生する可能性がある案件だよ。」
「そうだよなあ。すると、プルとか俺が常駐してないと、と言う風にするか、超魔導クラフトで自動排除の案件か。」
「うーん、例えば予防案件で、犯罪予測や因子特定なんて、面白いのでは?」
「確かに議論は有意義だけど、そんなのどうやって?」
「例えば、この次元の犯罪者の脳波パターンを分析して、レッドサインの境界線を決めるとか。」
「ああ、抵触したらポリスを瞬間移動で送り込んで阻止するとかね。」
「そうそう、面白いのでは?」
「なあ、まず前提で犯罪者サンプルの分母が少なすぎね?」
「ふむ、確かにな。境界線が決められないのか。」
「御主等、我を忘れたのかえ?」
ラヴィ様が念波を送って来られた。あっそうか、加護があったのか。
「ラヴィ様すみません、失念してました。と言いますか、そもそも加護の効果をはっきり確認していなかったもので。」
「ホホ、そう畏まらんでも良い。ちょっと弄ってみたかっただけじゃ。」
「それでは、この件は解決ですかね?」
「そうじゃな、多分大丈夫じゃろうて。この状態で何か起こったら、御主のカルマじゃな。」
「そうですね。私としたことが、余りに楽しすぎて失念しておりました。ご容赦を。」
「よい、早めにポータルは設置するべきじゃな。我の信者も増やしたいでな。」
「仰せのままに。今からでもできます。」
「大義じゃ。善きに計らえ。」
俺は都の中央広場に向かおうとした。すると、ナルからメッセージが入った。
「マサ、アズ様が起きた。」
「ナル、ご苦労さん。今行く。」
その場で次元部屋を開いた。この時間だと、中は1週間位経ってるな。
入ると、アズは喜びの笑みを浮かべ、子供のようにクスクス笑いながら抱きついてきた。こっこれは...。
「マニの二の舞確定。」
サットが困った情報を。ナルとマニが呆然としながら立っていた。
「あなた、これって私と同じ...」
「ん、凄いことに。」
「あーこれはもう、アズの名誉の為に、俺に任せて。」
「そうよねえ...これは流石に治療案件よね...」
「旦那様、頑張って。」
「任せろ。サット、オペレーター頼む。」
「頼まれた。」
ラヴィ様が実体化した。嫁2人の背中をポンと押しながら、
「ほれ、我等は退散じゃ。」
と、外に連れて行ってくれた。本当に、神よ感謝いたします。(笑)
時間経過をMAXに設定して、俺は優しくアズを抱いた。もう幸せすぎて、笑み崩れながらディープキスを求めてきた。俺も彼女の望むままに。
高潔だっただけに、我慢していた欲求が吹き出して止まらないんだろう。
全身ずぶ濡れのアズの服を脱がし、シャワーで綺麗に体を洗い、ベッドでマニと同じくしながら治療した。副腎の刺激が効いたっけな。
アズを上に乗せて、背部肋骨の境目辺りに掌を当ててヒーリングした。彼女は何回も絶頂を迎え、呼吸が続かない位悶えた。
やがて、表情が安らかになり、治まった。そのまま寝息をたてて、深い眠りに落ちた。
俺はベッドとアズの体を清潔化すると、シャワーを浴びてさっぱりした。とても満足そうに、彼女の寝顔は微笑んでいた。
俺は部屋の外に出た。時間としては数時間だったので、外では一瞬だろう。ラヴィ様が嫁2人の背中を押した。
「先生、落ち着いたのね。良かったわ。」
マニは涙目で安堵していた。複雑な気分だろうな。対照的にナルは落ち着いていた。
「旦那様なら心配なし。」
「ナル、さすが分かっているなあ。マニ、もう大丈夫だよ。今寝てるから。でも暫く起きないんじゃないかな。ああ、部屋の設定は最大だったな。」
それから5分位して、アズが起きた気配がした。俺達は扉を開けて、中に入った。
顔を真っ赤にして毛布から顔を出したアズが、ベッドに座っていた。俺は毛布を取って裸のアズを抱き寄せた。
「アズ、聞こえるだろう?」
俺の口が動いてないのを見て、彼女は理解した。マニやナルが俺にくっついている理由が。
「凄いわね、あなたの情報が大量に流れ込んで来るわ。」
「アズナイル、新たな誕生おめでとう。君はマサと同じく、長寿化、身体機能向上、再生力強化、マナ・チャネリングのレベル拡張、マサの分子クラフトの知識やその他の情報共有が可能になったよ。」
サットはテンプレを説明した。マニとナルが部屋に入ってきて、フィジカルコンタクトしてきた。
「先生、おめでとうございます!これで私達姉妹は、マサの一部になったわ。」
「ん、めでたい。」
「驚いたわ、あなたを介してこうやって全員で共有化出来るのね!」
アズは裸なのも忘れて、共有化と愛の波動に浸っていた。俺は、下着を彼女に着けてあげた。赤面しながら自分でやると立ち上がった。
「わあ、体が軽いわ!羽みたいに軽やか!」
「だろう?サットのお陰だね。」
「義父様、ありがとうございます。そうか、結局長寿化してるわね。」
彼女はアハハと笑った。そう、この顔が見たかったんだよ。アズにはこれがピッタリだ。
時間はかかったけど、こうして3姉妹は俺の流れに組み込まれた。根拠はないが、これで縁の回収は終わったと言う、悟りのような感覚を覚えた。
後は、子供達かな。アズは確認してないけど、多分せがまれるだろうなあ。やぶさかではないけど。