その8
闘技場の階段を上り、ステージに出た。42番は既に甲冑を身につけて、準備万端だ。
「よう、兄さん。調子はどうだい?」
「いつもと変わらず、ですね。お宅様はどうでしょうか?」
「同じだね。悪くったって手加減はできんのだがね。」
「お互い精一杯やれれば良いですな。」
「全くだ。でも、あんたとならそう出来そうな気がするぜ。」
案外話しやすい相手だ。特に時間稼ぎしている風もない。この次元の戦士は、邪気が少ないのが特徴な気がする。高次元ゆえなのだろうか?
「特に申し入れはないか?」
審判が二人に聞いた。お互い何もない。
「では、お互いに、礼。」
互いにお辞儀をする。顔面に防具は着けていないので、シワだらけの顔が剥き出しだ。視界を奪われるのが嫌なのだろうか?
「いざ!尋常に、勝負!」
相手はしゃにむに突進してくる!そして口元があらんスピードで動いている。呪文詠唱が超早い!
「...ライフドレイン!」
どこから取り出したのか、赤く光る複数のラインが彼の背後から複数方向へ伸びる。先端には、聞いていた通り鋭利なクナイの様な武器が付いている。
俺は分子剣を構える。大したスピードではないので、避けようとして立ち止まり、5m以上手前で相手の武器を斬り落とす。地面に真っ二つになったクナイが転がる。
「ほう、これを見切ったか。しかもダメージなしとは。」
42番は、ニヤリと笑った。こいつ、やらしい手を使ってくる。
俺の回避しそうな全方向へ生命力吸収効果付きのクナイを飛ばす。命中か一定距離に接近することで魔法が発動する仕組みだろう。
相手は当たらなくても掠めるだけで体力を奪える技だろう。あのシワ顔は、魔法の後遺症か?伸縮自在の分子剣があって良かった。
「全く武器が見えない。どうやってクナイを斬り飛ばしたんだ?」
そう言いながら再度クナイを飛ばし、腰の長剣を抜き放ち突進してくる。
うーん、参ったな。手の延長があんな数だと、流石に通常格闘では厳しいな。近寄られるのも嫌だしな。上に飛ぶと逃げ場がなくなりそうだ。
俺はクナイを全て叩き落とした。相手が剣を逆袈裟に斬りつけようと、構えながら迫ってくる!
俺は距離を保ちながら回避し、分子剣を瞬間的に膝へ突き入れ、また瞬時に戻した。
出来るだけ手の内を見せないように、何をしているかギャラリーにも理解させないようにしなければ。
余りに強力すぎる手段だと、今後禁止されるかもしれないしね。膝の膝眼のツボを射抜いた。
42番の足が途端に停止する。何とか倒れずにいるのが奇跡だ。普通ならバランスを取れなくて転けるだろう。
「ううっ、この感触は...貴様、何をした!」
「いえ、別に何も。(笑)」
震える足を何とか動かそうとするが、無理そうだ。と言うか動けたら人間じゃない。俺もだが。(笑)
彼は足の回復を諦めると、片膝を地面に着けた状態でクナイを飛ばしてきた。さっきより精度が悪いのか、幾らか隙がある。
そちらへ回避しようとした瞬間、先読みして長剣が飛んできた。メインの武器を投擲!何て思い切りが良い奴だ。
俺は最初からゾーンモードなので、飛んでくる剣が俺の逃げる方向へ誘導されていることに気付いた。仕方がないので速攻で斬り飛ばす。
同時に、気舎の点穴(鎖骨の喉側先端)に分子剣を穿つ。
彼は何か呪文を唱えようとしていたが、途中で空気が漏れているような音がヒューヒューと出る。
42番の表情が苛ついた表情になった。再度クナイを飛ばしてきた。俺は素早く彼の後方へ回り込む。
すると、ラインとクナイが誘導されて追いかけてきた。クナイの形状がさっきと違う気がするが、あれを斬ると何かトラップ発動するのかな?
俺は周囲を一定方向へ腰を落としながら素早く周回した。すると複数のラインが俺の動きに追従して彼の体に巻き付き、絡み始めた。
焦って何とか止めようとしているが、無情にもクナイはラインを巻き取られながら、徐々に彼へ近付いて行く。
グルグルグル...ドドーン!! 一定距離へ近付いたクナイは彼の周辺で派手に爆発した。
そして、そのまま場外に吹き飛ばされてリングアウトになった。ちょっとカワイソス...(笑)
「勝負あり!13番!」
審判が軍配を挙げた。試合終了。(笑)
42番は、ピクピク痙攣しながら担架で運ばれて行った。瀕死のようだが、俺は見た目では接触してないので、特にクレームはつかないらしい。
まあ、ほとんど自爆だしな。俺知らね。(笑) 点穴で射抜いた所だけは、修復してあげた。
うーん、動き回ったから汗をかいたな。そう思いながら闘技場を降りると、マニがタオルを持ってきてくれた。
汗だくなので手を握って来たマニが、フィジカルコンタクトで情報共有後に、前屈みで大爆笑している。涙目で地面を平手打ちしているんだが。
「くっくっく、あなた性格悪いわね!そんな攻撃方法があるなんて、人体の神秘ね!」
ダメだこの人、暫く立ち上がれない位にウケてる。汗を拭いて、スポーツドリンク風を飲みながら落ち着くのを待たなければならなかった。
「ひいひい、お腹が痛いわ。ね、ねえマサ、あの技は前次元の?」
「そうそう、本来は気血循環を改善して疲労回復させる手法なんだ。角度や突き入れる方向がミリでも違うと、効果がでないのな。」
「何それ、神業じゃない!相手が動いているのに、よく狙えるわね?」
「そこはね、経験だね。とっさに離れた位置から正確に狙う訓練をしないとね。」
「ヤダ、面倒すぎて想像したくないわ...」
ボックス席に戻ると、アズ様と村長が俺を両側から挟んで、質問攻めされた。俺はマニと同じく説明する羽目に。
「マサよ、後でその技術を教えてくれないかね?」
「私もよ!格闘に使えそうだわ。」
「良いですよ。ただ才能は別にして、あそこまでだと習得には数年~数十年はかかりますよ?」
「構わんさ。疲労回復にもなるんだろう?」
「ええ、血行が良くなるので、体力も早く回復します。マナもね。」
「研究所の仕事は肩が凝るのよね...マサさん、今度治療して貰えないかしら?」
「ほい、ここ。」
俺はひょいと肩井のツボを押した。すると、アズ様がすんごい気持ち良さそうな顔をして固まった。
「ああ...何かこれ、この快楽が癖になりそう...」
座ったまま寝てしまった。余程お疲れで。(笑)
「凄いわ。今度私も治療して貰いたいわ。」
マニがアズ様の様子を見て唖然としている。あんた、それやらなくても回復力MAXだろうに。(笑)
「大会が終わったら村でやろう。以前からやりたかった事と一緒に治療するから。」
彼女は納得したようだ。ナルと一緒に楽しみだあ!とか言ってる。と言うか、疲労してないとそんなに気持ちよくないぞ...。
プルがさっきから何か言いたそうな目をしている。
「ひょっとして、プルも点穴を知りたいとか?」
「銃がにゃい時の対策で、有効かにゃと。」
確かに。それにこいつ爪があるしな。そう言えばあまり爪で戦っているのを見たことがないな。
「プルさ...爪を使うことはないの?」
「普段は手入れしているにゃ。そうしなければ只の猫だにゃ。」
「爪って、点穴には都合良さそうなんだがね。肉球だと治療にはなると思うがね...」
「そんなに強度がないにゃ。その辺の動物と一緒にしないでほしいにゃ。」
うーん、針とかを持たせるのが適当かな。と言うか、あの手(足?)で持てるんだろうか?まあ銃は普通に使っているけどな。(笑)
「マニ達と一緒に講習会を受ければいいじゃない。役に立つかはわからんけどね。」
「分かったにゃ。私次第だというのは理解しているにゃ。」
...こいつ、疲労回復要員でマッサージ屋でもやってる方が人の役に立つんじゃないか?肉球マッサージとかウケるんじゃね?
そう言ってる間に、大会はベスト16が決まった。順調なら残り3試合だ。
さて、次の試合は見ておかないとな。ギュスタヴの技を、念のために見極めておかないと。まあ、状態異常なら素で効かないんだけどね。(笑)
俺が立ち上がると、マニもついてきた。腕相撲で俺に勝てば、彼女が対戦する確率が非常に高いだろう。
2人で階段を降り、闘技場まで。闘技場の下には、ベスト16が揃っていた。ギュスタヴも居る。俺達が会場入りすると、チラとこちらを見た。
「第17試合を行います。対戦者はステージまでお越しください。」
場内放送が流れた。闘技場に、両手で大きな斧を持った巨漢とギュスタヴが上った。
試合が始まった。斧使いは、片手の斧を投げつけた。ギュスタヴは見切りを途中で諦め、後方に飛んだ。放たれた斧は、鎌鼬を発生させている。
真空の刃がギュスタヴの服に穴を開けた。が、本人は回避できたようだ。斧はブーメランのように斧使いの手元に戻った。
今度は、時間差で左右の斧を投げつけた。ギュスタヴは鎌鼬の範囲に見切りをつけて、回避しながら斧使いに突進する。
武器を持っていない斧使いに近接する瞬間、ギュスタヴは急にしゃがんだ。戻ってきた斧が後方から迫ってきたが、スレスレで回避できた。
そしてキャッチした片手の斧をギュスタヴに振り下ろしながら、もう片手で斧をキャッチする。
しゃがんだ状態のギュスタヴは、斧使いの斬撃を後ろに飛んでかわした。風圧で、着衣がはためいている。
斧使いは突進して、水平に薙いだ。ギュスタヴが同時に、腰の刀に手をかけた。
キン!!と鋭い音がして、斧使いの片手の指が斬り飛ばされた。驚いたのは、ギュスタヴが刀を抜き放った瞬間が見えなかった。
斧使いは片手の斧を落としながらも、もう片手の斧を上段から振り下ろした。それを横に回避してから、持っている刀でもう一閃。
今度は斧使いの脇腹が深く斬られた。ドバッと鮮血が吹き出し、倒れた。ギュスタヴの勝利だ。
悠々とステージを降りてくる。口元に皮肉な笑みを浮かべながら、彼はベンチにドカッと座る。どうやら次の試合を見物するようだ。
「うーん、凄い居合いね。あれは避けられる自信がないわ...」
「そうだね、あの抜刀術は一流だ。だけど、別に何をされたか分からないと言う程では無かったね。」
「ああ、アズ様の話ね。確かに、あれが居合いだと分からないと言うことはないわね。そう言う意味では参考にならなかったわ。」
「だあねえ。と言うか、あの実力なら決勝まで正体不明の技を使う必要が無いでしょ?」
「私もそう思うわ。決勝の相手は彼で確定ね。」
「そうかもな。まあ、状況によるんじゃないかな。」
「あの内容で、負けると思うの?」
「ふふふ、彼のような奴と二位がコラボすると、どう言う事になるかなと。」
「ああ、試合前に八百長で負けろとか此方が脅される?」
「だね。あり得ると思わない?」
「...それは、そうかも。」
「今回は社長が居るからね。もしかすると、途中介入で反則負けなんてあるかもね。」
「あなた、それ最初から読んでたでしょ?」
「流石我妻。(笑) そう言う訳で、皆にはそろそろ避難してもらおうかね。マニ、君は出来るだけ俺の近くにいてくれ。そうすれば守れる。」
「打合せ通りね。分かったわ。」
俺達はボックス席に戻った。そして家族達に状況を簡単に説明して、クラフトで目隠し用の衝立を作り、囲いの中で次元部屋を開いた。
二位が人質をとって来ると睨んでの事だ。次元部屋には大型モニターが設置してある。中で観戦して貰う為だ。
そして闘技場内部で飛行しているクラフト品の虫型ドローンから直接中継がモニターに入る仕組みになっている。
皆の避難が終わると、俺達は闘技場に戻った。今は第4試合が始まる所だ。次はマニの試合だ。
次元部屋で少し休憩をとり、マニと俺は再び闘技場に戻った。
前大会の2位と3位が俺たちによって脱落したので、ギュスタヴ以外に目ぼしい選手は居なくなった。
ベスト8は、それまでの試合に比べてあっけなく、大人しめに終わった。ベスト4も、同じだった。
そして準決勝になった。ギュスタヴの相手は、頭にターバンを巻いた中東風の装いの女性だ。
美人だし、結構長身で胸がやたらでかい。マニが俺の耳をアテテテテテ...(笑)
ギュスタヴは、ニヤニヤ笑っている。それを見て、女性はムッとしていた。
こいつ、さっきまでは冷淡な顔をしていたのに。少しは本音を隠せよ...(笑) 女好きというのは本当らしい。
「何アイツ、気持ち悪いわね!おまけにやらしい笑い方だわっ!」
マニが大声でヤジを飛ばした。女性がウンウンと頷いていて、観客からもブーイングが飛んでいる。
「やらしい顔だな毒蛇野郎!」とか聞こえたし。結構キビシイ感じだ。この次元は、結構意識高いのかな。
ギュスタヴがメッチャこっちを睨んでいる。ここまで来たら、もうどうでも良いか。(笑)
「マニ、俺達の試合が終わったら、急いで次元部屋に入ってね。あれ、多分危害を加えてくるよ。」
「分かったわ。さっき、物凄い目で睨んでたものね。」
「君...何も怨みを買うこと無かったんじゃない?」
「ああいう奴が許せないのよ!女を道具としか思ってない顔だわ!」
まあ、奴は今までの行動でそれを示しているからな。マニにそう言われても、誰も否定しないという。(笑)
ギュスタヴの機嫌が目に見えて悪い。どうやら怒りの矛先が対戦相手に向かった様だ。ひきつった顔で女性を睨みつけている。
彼女は冷静だ。審判が申し合わせを聞いている時も、落ち着いていた。
「いざ!尋常に、勝負!」
女性は呪文を唱え始めた。ギュスタヴのオーラが黒く大きく膨らみ、目が赤く光った。
すると、女性が呪文の詠唱を止めた。よく見ると、小刻みに体が震えている。声が出せないらしい。
「彼女、何か様子がおかしいわ!」
マニが指差した。ギュスタヴが構えを解いて女性に歩み寄った。しかし、女性は動かない。いや、動けないのだろう。俺の予想が当たっていれば。
奴は女性の前に立つと、がっと左胸を片手で掴んだ。何かメリメリッと音がして、片方の乳房が握り潰された。周囲から悲鳴や怒号が飛び交う。
女性は白目を剥いて、口から泡を吹いていた。残忍そうに笑いながら、ギュスタヴはもう片方の胸も掴もうとした。
「し、勝負あり!シード。」
審判が慌てて軍配を挙げ、女性とギュスタヴの間を割って入った。奴は残忍そうにやらしく笑うと、くるりと振り向いてステージを降りた。
「マサ、お願いがあるんだけど。」
担架で運ばれる女性を見ながら、マニが懇願する表情でフィジカルコンタクトしてきた。
「解ってるよ。君が煽ったせいでもあるものね。既に治療済みだよ。」
女性の胸部は大量に出血し、さっきまで血が滴っていた。救護班がヒーリングの魔法をかけていたらしく、今は止まっているようだ。
そして今さっき、俺がクラフトでパーツ補正した。ガーゼとさらしで応急措置しているので状態は確認出来ないが、元に戻っているはずだ。
「あ、ありがとう。あなた、感謝してる。」
「お安いご用だよ、マニ。」
しかし、ギュスタヴは失格にならないのだろうか? 不必要な危害を加えても良いルールではなかったはずだ。
とは言え、彼女が動けないのに気付いた者は少ないとも思えた。審判は多分、奴が異常行動に出て女性が気絶した所での介入だったのだろう。
もしかすると血族だから見逃した、なんてあるのかもしれない。社長は介入してこないのだろうか?
「準決勝第2組を始めます。対戦者はステージへお越しください。」
場内放送があった。俺は、物陰でレスリング台をクラフトした。木製のしっかりしている台で、肘の滑り止めがついている。
近くでクラフトの瞬間を見ていた人は、目をパチクリしている。まあ、衝撃だったろうに。(笑)
俺が台を担いでステージに上ると、大歓声が沸き起こった。実は、この次元でアームレスリングは超人気の競技で、毎年大会が催されるとか。
そして武道大会でも、こういうケースで用いられることが多いらしい。相手が友人で傷付けたくない場合とか。
ドカッと台を中央に据え付けた。ヤジや声援が飛ぶ。さっきのギュスタヴ戦とはうって代わり、白熱した雰囲気だ。
マニは客席に手を振りながら、台の前へ来た。俺は審判にお願いして、台がずれない様に押さえて貰えるようにした。
男性が4人で、競技の邪魔にならない位置を押さえ込んだ。これで準備は出来た。
俺も客席に手を振った。同じく歓声が沸き起こる。すると、社長が審判の服を着てステージに上ってきた。
「一応、審判長なのでね。こんなに盛り上がっているのに、レフリーやらない訳ないだろう?」
「社長、美味しいところを持っていきますな。(笑)」
「このまま決勝戦の審判もやるから。宜しくね。(笑)」
社長は楽しそうに、台の側面に立った。俺達は台に肘付き、利き手をガッチリ組んだ。社長がマイクを持って、解説を始めた。
「レディース&ジェントルマン。今から夫婦腕相撲を、両者申し合わせにより行います。無制限一本勝負です。」
社長は組んだ手の上に、自分の手を置いた。
「では2人共、行きますよ。いざ!尋常に、勝負!!」
その瞬間、台がギッ!と軋んだ。おっスゲエ、マニ案外強い。(笑)
お互いの初速が同じだったので、序盤の力は拮抗した。押しつ押されつのチェイスを楽しんだ。
俺達より観客が盛り上がりすぎて五月蝿い。(笑)何でこんなに盛り上がってるんだこれ?
勝負がつかなそうなので、俺は仕方なく技巧勝負に持ち込んだ。手首を捻る角度に絶妙な力加減で、手首関節を極めた。
「イタタタタタタタタタタ!」
マニの腕の力が抜けた。すかさず押し込んで、マニの手の甲が台についた。
「勝負あり!13番!」
社長は、軍配を挙げた。ドッと更に大きな歓声が沸いた。大フィーバーだなこれ。(笑)
「いったあ...何すんのアンタ!」
「ふふふ、こういう技もあるんだよん。」
「ずるーい、後でそれ教えて!」
あはは、怒った顔がカワイイ。(笑)
「決勝は、20分休憩後に行います。しばらくお待ちください。」
場内放送が流れた。俺は腕を押さえながらプリプリ怒っているマニを、ボックス席まで送った。
そして到着した途端、衝立の影から黒装束が襲いかかってきた!しかしこれは予想済みだった。
突き出された短剣を見切ってかわし、小手返しで極めた。「グッ!」と男の声がして、反対の手を突き入れてきた。それを分子剣で切り落とす。
「ギャーッ!!」と男は叫んだ。切り落とされた手首の爪が、紫色に変色している。毒手だ。触れただけで即死する猛毒だ。俺には効かないけど。
「あなた、これ...毒よね?」
「うん、まあ大丈夫だけど。触れるとちょっと苦しいからね。」
手首から吹き出す血をクラフトで止血し、口の中にセラミックの詰め物を出現させた。これで舌を噛みきる事は出来ないだろう。
「モゴモゴ!モーモー!モヒッ!」
何か言ってる。腕と足をクラフトした結束バンドで縛り終えた頃に、社長が飛んできた。
「あっこいつ二位の三男だ。マサ、怪我はないかね?」
「お陰さまで。社長、証拠が増えましたね。(笑)」
「まあ君が殺られるとは露とも思ってなかったが、見事な手際だね。」
「...と言うことは、見ていたんですか?」
「スマン、ちょっと決勝戦の仕込みで目を離した隙だったよ。2人で階段を上っていくのが見えたから、安心してたがね。」
「じゃ、こいつはよろしく頼みます。」
「分かった。そら、こっち来い。そこの2人、こいつを控え室まで布を被せて運んでくれ。中身は見せてはダメだぞ!」
社長はたまたま通りがかった運営委員の人を捕まえて、暗殺者を運ばせた。多分魔法か何かで自供させるか、情報を引き出すんだろう。
ヴァンパイアの権能で魅了があったよな。簡単に喋ってくれるでしょ。
落ちていた手首は、分解して有効活用させてもらった。合成毒で、蟲毒系だな。
忍者とかがよく使った奴で、通常は複数の毒虫を食い合わさせて生き残った蟲の毒を使うんだけど、その生き残った蟲数匹をまた食い合わさせて、それを数度繰り返すんだよね。
そして生き残った蟲の毒を秘術合成するという仙術の1つだ。触れただけで即死するレベル。
今のところ使い道は思い浮かばないけど、取っておいて損はないだろう。成分解析して封印だね。
次元部屋を開くと、ライエが走ってきて俺とマニの頬にキスをした。
「ママ、大丈夫だったの?腕痛かった?」
「痛かったわよう、パパに苛められたの。(笑)」
「その程度で俺に挑んでくるなっちゅうの。てかそんなにアイツと対戦したいの?」
「私なら真っ平ゴメンよ。」
アズ様が横槍を入れて来た。ギュスタヴの話が出ると、女性陣は全員不快な顔をしていた。当たり前か。
「あいつ最ッッッッッ低よね!!あなたが殺らないなら、私が殺るわ。」
「マニ、殺意はダメだ。罪深くても存在は否定しないこと。OK?」
「...あなたはそれで納得いくの?疑っていないけど、男性不信になりそうだわ。」
「因果応報。蒔いた種は刈り取られるのさ。もうすぐ分かるよ。」
俺はマニとライエを室内に入るように促した。気配はないけど、今襲撃されるのはマズイ。
扉を閉めて、その場でひと休憩する。後10分弱だ。闘技場に戻らないと。
ナルがメッセージで「旦那様、負けないで!」との言葉を貰った。俺も「安心して待ってて。」と返信しておいた。
「決勝戦を行います。参加者は闘技場にお越しください。」
場内放送だ。急がないと。俺は小走りに闘技場へ移動した。
ステージに上ると、ギュスタヴが苦虫百匹の顔で睨みつけてきた。多分弟の失敗を知っているんだろう。すんげえ分かりやすい性格だ。(笑)
「...さっきのはお前の家族か?」
「別に答える義務はないと思いますが?」
「この試合の結果がどうであれ、お前達には相応の代償を払って貰う。怯えて待っているがいい。」
ギュスタヴはニヤリと笑った。俺は楽しそうに笑いながら、
「あなた方、血族一同が都の所有権を剥奪されている事をご存じですか?」
「...何?試合前に脅しをかけている気か?」
「いいえ、事実ですよ。何なら終わった後に確認してみたら如何です?」
「フン、戯れ言を。」
「ついでに言いますと、血族としての能力も失っていますよ。もう、寿命や再生力は普通の人間と変わりませんよ。」
「もう、お前の嘘は沢山だ。一瞬で捻り潰してやるから覚悟しろ。」
「やれやれ。あなたの不幸は、ここまでの試合で傷が付かなかったことにありますね。そうすれば自ずと理解したのに。」
「うるさい、黙れ。」
社長がやって来た。すごく楽しそうな顔をしている。多分仕込みはバッチリなんだろう。
「レディース&ジェントルマン。決勝戦を始めます。出場者を紹介します。こちらは前回優勝者のギュスタヴ氏です。皆さん盛大な拍手を!」
盛大なシュプレヒコールが起こった。「出ーてーけ!出ーてーけ!」さっきあんなことをやった後だからな。当たり前だ。
皆ブーイングを飛ばしている。ここまで下げられるのも珍しいよな。(笑)
「そしてこちらはこの都の最高管理者、マサ氏です!つい1か月前に就任したばかりです。皆様盛大な拍手を!」
観客はどよめいた。そんな話聞いてないぞとか、どういう事?とか、聞こえてくる。
ギュスタヴは、社長を睨みつけた。
「おいジジイ、貴様処分されたいのか?運営委員は何時からでたらめを喋るようになった?」
「小僧、私にそんな口をきけるのか。お前らの血統は、誰のお陰で得られていると思っているんだ?」
社長は指をパチン!と鳴らした。闘技場中央の空間に映像が映し出された。
運営委員とタワーの衞士が、複数の人間を拘束して縛り上げている映像だ。それを見たギュスタヴは、口をポカンと空けたまま見入っている。
何故ならそこで縛られているのは、血族郎党全員だったからだ。勿論二位も居る。町の広場に集められているようだ。
広場の中央上空にも、闘技場内の映像が映し出されて居るのが見える。二位が何か叫んでいる。
「この、無礼者共!ワシを誰だと思っている!血族第二位、イグナシア・ドラクレシュティであるぞ!」
「五月蝿い豚め。私が誰だか、まだ判ってないようだな!」
社長の姿が、変化し始めた。背が伸び始め、髪型が銀の長い髪になり、秀麗な若い顔になった。深紅の目を更に赤く光らせた。
身長が190cm位の長身で、黒い燕尾服に裏地の赤いマントを着けたイケメンだ。それを映像で見た二位が、口を空けたまま放心状態になった。
そして一言、「真祖様...」と呟いたシーンが、大音声で会場と広場の映像にアップされた。
次の瞬間、都の全員が社長に、いや真祖ドラキュラ伯爵に、その場でひれ伏した。
ただ2人、二位とギュスタヴはその場で放心したまま立ち尽くした。
あはは、これで印籠が出てきたら面白いのにな。さて、もう家族を部屋に押し込めていなくても大丈夫だろう。
ボックス席に次元部屋を開き、全員に出てきて貰った。案内はマニがしてくれている。何かあった時の為に、マルタとライエ以外は完全武装だ。
「お前達血族の所業、ここ数百年の間見せてもらった。豚に血を分けても、豚だということがよく分かった。」
伯爵は、悲しい顔をした。そして俺を指差して話を進めた。
「この者は、私が直接認めた人間だ。お前達を、今迄より更に高みへ誘える資質と実力を持っている。」
伯爵は、指を鳴らした。すると、広場と闘技場の映像が切り替わった。
今迄の二位と取り巻きの、庶民に知られては不味い映像が、ダイジェストで流れ始める。
広場の縛られている連中が「ぎゃああああ、ヤメロー!」とか叫んでいるのが笑う。映像はざっと5分くらい流れた。ギュスタヴも映っていた。
「こんな日が来ると予想して、都のあちらこちらに映像を記録しておく魔法を仕込んであったのだ。この映像は数百年分の内のほんの一部だ。」
伯爵は俺を見てニッと笑った。何だか、この姿の方がカッコイイ。(笑)
「そう言う訳で、お前達には既に何の権限も無い。自分の体を傷付けてみれば、マサの話が真実だと判るだろう。」
誰もそんなことする奴はいない。何故なら、確信的に自分が普通の人間に戻ったと悟らされたからだ。
伯爵は都の古参から、絶大な信頼を勝ち取っていた。その言葉を嘘とは、誰も考えないのだろう。俺なら指でもちょっと切って確かめるけど。
「お、お、お前など絶対認めん。俺が血族ではない?何の冗談だ?」
ギュスタヴは、狂ったように高笑いした。そして伯爵に向かって、
「おいジジイ、俺がこいつを殺せたら、この都は俺のものだよな?優勝商品は都の権利だとかいう噂だったよな?」
「いいですよ。貴方が私に勝ったら、私が権利を譲りましょう。伯爵、それでいいですね?」
「君は、皆の運命を豚に盗られても良いと思っているのかい?」
「伯爵より、この者は弱いでしょう。私がここで負けたなら、この方より弱い為政者なんて、今以上に都を守れなくなるのでは?」
誰かが、そうだそうだ!と叫んだ。伯爵は俺をチラと見ると、
「分かった。では、お前の言う通りにしよう。優勝商品は、都の権限だ!」
オーッ!!と、歓声が上がった。と同時に、不安の声も漏れ聞こえる。だが、明確に反対するものは居なかった。
「後悔しな、お前は俺に負けるんだ!それが運命なんだよ!」
ギュスタヴは、挑発しながら体の気を貯めているようだ。その顔からは、自信が窺えた。
それを見て、伯爵は自ら審判を買って出た。
「いざ!尋常に、勝負!!」
ギュスタヴの目が光った。すると、体の筋肉が一瞬硬直した。これ、居すくみの術って奴だな。催眠術の一種だ。しばらく金縛りになるんだよな。
次の瞬間、奴は間合いに飛び込んで来た。前にも言ったが、俺の体は状態異常無効だ。
実はコンマ数秒で金縛りは溶けている。だが、奴の間合いに飛び込むのは、後の先を取られる。だから、この瞬間を待っていた。
抜刀しようとした瞬間、俺の足先が刀の塚を蹴り押さえた。奴は動揺して隙が出来た。ここだ。
奴は飛び退こうとしたが、俺は懐に飛び込んだ。今度は刀の柄にかかっている手首を掴んで、抜刀を封じた。
それを強引に抜こうとした瞬間「アッ!」と叫んだ。俺のもう片手が、奴の肘を掴んだ。同時に内側と外側にある点穴を押し痛めたからだ。
実は分子剣も1寸ほど刺し入れてある。奴は握力が抜けて、刀を利き手で扱えなくなった。そのまま飛び退く。
ギュスタヴは、もう一度居すくみを使ったが、俺は悠然と歩いて近付いた。
「ば、馬鹿な。何故効かない?」
パニック状態になった奴に、勝機はない。俺は両目に分子剣を浅く突き立て、瞬時に視神経を焼き切った。同時に、もう片方の肘も封じた。
「グワアアアッ!目が見えん!貴様何をしたあっ!」
「貴方の視力と握力を永久に奪いました。この上言葉の暴力を使うようなら、喋れなくしますよ?」
ギュスタヴは、呻きながら沈黙した。恐らく女性に暴行を働いた時にも、こんな手を使っていたのだろう。もう永久に使えなくしたが。
「勝負あり!優勝はマサ!!」
伯爵の軍配に、場内の全員が歓声を上げた!ここに、千年続いた血族支配の時代は終わりを迎えた。
ギュスタヴは運営委員に手を引かれて、壁伝いに闘技場を下りて行った。最低な奴だが、最後まで生を全うして贖罪して貰いたい。
「私、真祖ドラキュラ伯爵は、この時をもって都の管理権限の全てを19番村のマサに譲渡した。どうか我々を更なる高みに誘ってくれたまえ。」
伯爵の宣言に、場内は再び熱く沸き上がった。俺は観客に手を降りながら、商品の1年間食事無料パスと都の管理パスを受け取った。
「皆、今日は解放記念日だ!私から観戦者と参加者全員に、記念品と食事券を無料でプレゼントする!今夜は、各酒場や食堂でお祝いしよう!」
ワーッ!という歓声を聞きながら、俺達は勝利の余韻に浸っていた。
マニが走り寄って、俺に抱きついた。俺達は無言で抱き合うと、熱い口づけを観客に見せつけた。会場は更に盛り上がった。
依り代からラヴィ様が実体化された。気付いた観客がざわめく。
伯爵は、畏れ敬いながら司会らしく神を皆に紹介した。
「皆、聞いてほしい。ここにおわす御方は、慈愛の神ラヴィダース様だ。マサは、その司祭を勤めている。これから主のお言葉をいただく。」
お辞儀すると、マイクをラヴィ様に渡した。
すると御姿が巨大化し、会場の天井に頭が着く位のサイズになられた。同時に広場にも、同じ御姿が現れた。
そして、いつの間にか会場の人達全員の傍らに、等身大の御姿が現れた。広場の血族や群衆の傍らにも。観客は騒然とした。
「神は遍在なり。お前達の側に、常に我は寄り添っておる。」
ラヴィ様は群衆の手を握り、頭を撫で、両手で頬を優しく挟んだ。全てが実体だ。人々は、慌てふためいて驚いた。
「約千年前は、この都を守護しておった。血族の者に依り代を砂漠へ捨てられ、最近まで虫の虜になっておった。今は、マサが代表で管理しておる。」
広場の血族の面々は、ガックリ落ち込んでいた。最早、都には居られないだろう。
「故に、我は再びお前達が加護を望むなら、再び祝福しようと思う。今後完成予定の神殿へ詣でるがよい。そこから、我との縁が再開されるであろう。」
ラヴィ様は、両手を広げて皆を包み込む様に、穏やかな光を発した。そして姿が消滅した。伯爵は地面に置かれたマイクを拾い上げると、
「今より暫く後に出現する、巨大都市に神殿は建設される。詳細は今後明らかになるであろう。」
と、高らかに宣言した。この粋な演出に、観客は惜しみ無い拍手を贈った。