その7
楽しい冒険者生活は、大会前日で終了した。実は社長が時空魔法を使って、新しく作った闘技場を見てほしいと言われたので、一応会場確認と出来栄えを見る為だ。
同行していた冒険者パーティーからは、かなり惜しまれた。特にマニの戦力とナルの華麗さで、男共は連日盛り上がっていた。一貫して両方俺の妻だという事実はスルーされたが。
まあ、目立たない方が良いので、都合は良かったのだが。悪目立ちして絡まれたり注目されたり頼りにされるのは御免こうむりたい。何しろ今後嫌でもそうなる立場なのだから。
町の中央に到着した。ここは広場兼市場になっている。先日は中央に噴水があったと思ったのだが、今は祭り会場のゲートみたいなオブジェが立っている。
俺以外の面子は次元部屋に居る。どうも社長がそこまで好きではないらしい。確かヴァンパイアは、生物に嫌悪される呪いがかかっていると何かで読んだ気が。
それじゃあ俺は生物ではないのか? 確かに取っつきにくい御仁だが、話してみると案外普通なんだけどな。面白いしな。裏切る可能性があるのは人間だって同じだろう。
ゲートの前に来ると、社長を探すがいない。おかしいな、待ち合わせ時間は2分程過ぎているんだが。ま、待ってみるか。
すると、にょっと手がゲートの方から伸びてきて、俺の肩をつかんだ。振り向くと、ゲートの枠内の空間から社長が顔を半分覗かせている。
「やあ、こっちだ。」
俺をぐいっと中へ引きずり込んだ。ゲートをくぐった瞬間、景色が一変して建物の中に入った。
とても豪華な飾りつけの受付が正面にあり、見える限り3つの大扉が正面の壁に据え付けられている。何処ぞの映画館みたいだ。
「やあ、素晴らしい出来ですね。会場に来た、って感じです。」
「そうだろう、でもイベント会場の雛型様式のひとつでしかないんだけどね。」
「ショーは、中身ですから。(笑)」
「そっちは、抜かりないぞ。役者は既に揃ってるしね。」
社長はフッフッフ、と笑いながら奥へ進んだ。俺も同行する。闘技場はコロシアムになっており、中央闘技場を観客席が立体的にぐるっと囲む構造になっていた。
闘技場は広く、200m四方のスペースで、予選は6区画に会場を区切って行われる。その後は決勝トーナメント方式になる。
上位3名に商品が手渡される。因みに上位入賞者全員に都内の飲食が1年間無料パスが進呈される。これも大きな魅力だろう。
そして優勝者には通常、選択肢が2つある。ヴァンパイアの血を継承できる道か、都の教育機関で魔法や技術を無料で学習できる道だ。将来的には、関連施設等で優先的に働ける。
最近の優勝者は圧倒的に血の継承を選択するらしい。勿論、今大会から変わるのだが、まだ公表されていない
寿命や身体能力が制約なしでアップすると思っているのだから、当然の選択だろう。そうやって、血族に歴代の強者が増えて行く仕組みなのかもしれない。
合理主義者の社長らしいアイディアだと思った。これなら、常に優秀な血がヴァンパイア化して残るわけだ。悪魔の勢力が増強されると言うことにもなる。
「今回の参加人数はいかほどです?」
「話によると、今の時点でおよそ120名位だそうだ。今日の夕方までがエントリー期間なので、まだカウントは終わってないのだがね。」
「それは、多い方なんですか?」
「そりゃあもう、通常の倍以上だからね。今回は色々面白くなりそうだ。もっとも、君が参加するとなると、果たして人で勝てるものがいるのか疑問だがね。」
「そんなことはないと思いますけど、負けないように戦いますよ。予定もありますしね。」
「はっはっは、謙遜だね。私に君の真の実力が分からないとでも?私を含めて勝てる人が居たら、そっちに都を譲っているさ。」
「そう言えば、二位氏の所の息子さん、まだ見ていませんね。」
「あいつは自宅で余裕綽々と酒でも飲んでいるだろう。バカめ、悪習に染まりおって...。」
「真面目な方なら、そちらが継承するのもありだったかと。」
「本当にその通りだねえ。そもそも、私が表に出てくる必要もなかったのに。」
社長はため息をついた。血統が優秀でも...という話を地で行く二位の息子。どんなやつなんだろう?勝ち負けに関係なく興味が湧いてきた。
社長は、観客席に案内してくれた。俺達家族はボックス席らしい。試合当日は、お忍びでアズ様も観戦に来る。
婚約者が負けるところを見学させるなんて趣味が悪いなあ。でも、社長が誘ってアズ様も来ると言っていたので、尊重するしかない。
何か気持ちの整理でもつけるのだろうか。あまり良い方法ではない気がするが。
会場の様子は大体判った。やはり奥の手は使わずに、済ませよう。あれは疲れるし、インパクトが強すぎだから。
そんな事を考えながら外に出た。社長とは、打ち合わせ通りに、という話になった。早くこんな行事は終わりにしよう。
俺はフロートジョイの方を早く仕上げたいんだよな。
次の日、俺達は家族一同で闘技場受付前に居た。村長やマルタ、マデュレ、サヴィネも一緒だ。アズ様やプルも居る。
マルタとサヴィネが弁当を作って来てくれた。昼食が楽しみだ。村の方は、緊急時にメッセージを入れてくれる手筈になっている。
まあ多分、何も起こらないだろう。そっちは安心しているんだ。
「しかし、マサも忙しい奴だね。まあお前の能力なら、責任者に推薦されるのも分かる気がするが。」
村長がやれやれと頭を振りながら、話を振ってきた。社長の話をしたときは、驚いたらしいが当然だな。
「仕方がないですね。貴方はそう言う人だもの。大規模殲滅よりは楽でしょう?」
と、アズ様。今回はフードを目深に被り、お忍びだ。親類とか婚約者に見つかると、何かと面倒らしい。
「貴方の試合、見させて頂きますわ。以前からとても興味があったのでね。」
「そうじゃの、マサがこう言う風に戦うのも初めて見るしのう。たまには見物も良いものじゃ。」
今日はラヴィ様も実体化している。ここの所ご無沙汰で、特に何のアクセスもなかったのだが。
「...こう見ると、御主も現地人じゃのう。すっかり溶け込んでおる。ターバンでも巻けば、アラビアン・ナイトじゃな。」
「そうかもですね。そう言えば、こうやってお声を聞くのは1か月ぶり位でしょうか?」
「そうじゃのう、ちと日本を覗いておったのじゃ。」
「そうでしたか。彼方は相変わらずですか?」
「それよ。世界は御主のいた時分よりかなりと言うか最悪になっておる。隣国に事実上乗っ取られているのう。」
「さもありなんですね。愚衆政治とはこの事で。」
「何も民衆のせいだけではないぞよ。政治家や役人も含めた、国内の人員が蒔いた種の果実じゃからの。」
「そうですね。痛々しいです。」
「ま、御主は目の前に集中するが良いじゃろう。今考えても仕方なき事ゆえのう。」
「そうさせて頂きます。家族や民草のために。」
「うむ、我はここで御主を見ておるでの。」
「はい、精一杯やってみようかと。」
俺は、村を豊かにすると決めてから、常にそのスタンスを取り続けている。「今を精一杯」これしか出来ることはないと。
「マサ、準備はできたかしら?社長がそろそろ下に降りてきてくれって。一緒に行きましょう。」
マニがボックス席の入り口から呼びかけた。俺はライエにキスをすると、立ち上がった。白地の道着に帯を巻いて、裸足で挑む。
道着は、前からコツコツとクラフトしていた。合成繊維で出来ており、丈夫で軽くて動きやすく、汗を気化させやすい。
「パパ、頑張って!絶対優勝してね!」
屈託のない笑顔に、頷く。過去世に実の娘だっただけはある。やはり破壊力が違うなあ。(笑) ラヴィ様が抱っこして優しく頭を撫でてくれている。
マニと一緒に、出場者用階段を下って行く。大扉を開けると、会場に出た。大勢の参加者が、各々のエモノを携えて大会の始まりを待っている。
俺たちの後ろから、長身で背の高い男が黒髪を後ろで束ねて、腰に帯剣して入場してきた。
目が鋭く、会場を一通り見回すと、不敵な笑みで口元を歪めながら中央に歩いて行った。周囲がどよめいている。
「あれが二位の息子よ。ギュスタヴって言うの。」
マニがフィジカルコンタクトで教えてくれた。話では抜刀術を使うらしい。
そう言えば、鞘が錦の拵えで緩やかに湾曲している。中身は日本刀なのかも。居合いだろうか?
中央に演説台が設けられており、そこがスポットライトで照らされた。そして地下より司会者がリフトで上がってきた。社長だ。
麦わら帽子と赤いアロハシャツを着ている。如何にも遊び人のジジイという感じだ。
「レディース&ジェントルメン、今日は3年に一度の大会へお越しくださり、ありがとうございます。」
社長はマイクに向かって帽子を胸に抱え、御辞儀をした。群衆が待ちに待ったと立ち上がり、拍手喝采だった。社長は挨拶を続ける。
「今年は参加者も多く、例年に比べて倍以上です。これを勝ち残れるのは、相当な実力の証でしょう。ルールに則り、秩序正しく大会が行われる事を願います。大会運営一同、皆さんの御武運をお祈りいたします。」
シンプルだが、熱意ある挨拶だった。社長は再び、ステージ下へ降りていく。武術大会の始まりだ。
「マニ、受付は何番だった?」
「81番ね。あなたは?」
「13番だね。試合は俺が先かな。」
「応援、いる?」
「見ててくれれば他は要らないよ。」
「あーあ、余裕な人は良いわよね。あたしの相手なんて、名うての格闘家よ。」
「どんな奴なの?」
「魔法で身体強化してくる、ベタな戦法だけど非常に面倒くさい相手ね。魔法の耐性が高いし、近接に持ち込まれると厄介だわ。」
「今のマナ・チャンネルのレベルなら、余裕なんじゃないの?ああ、周囲に拡散しちゃうしね。」
「一応、避雷針はあるから大丈夫かと思うけど、どの程度の加減で倒れてくれるかによるわね。」
「おい...何だか超面倒臭いな。君も今後は範囲限定の魔法とかを研究するべきなんじゃね?」
「時間がかかるわよ。今回の大会には間に合わなかったわ。」
「ま、今あるもので精一杯、しかないよな。」
マニは苦笑した。俺達は闘技場の周囲に設置されているベンチで、観戦している。会場ではすでに予選が始まっていた。激しい戦闘音が響く。
大会のルールは実に単純で、相手が戦闘不能になったと審判が判定するか、どちらかのギブアップで勝者が決まる。リングアウトも負けだ。
但し、戦闘前に両者合意の上での約束事は、適用される。例えば、魔法の使用はお互いにしないとか、武器は使わないとか、そう言った感じだ。
それから、相手を間違って殺してしまうと、そこで生存者の負けになる。生かさず殺さずに仕止めなくてはなのが、難しい所だろう。
「危ない!」
誰かが叫んだ。俺達の方向に向かって、火球の呪文が飛んで来た。
次の瞬間、霊波バリアーで弾かれて弾道が不自然に折れ曲がり、観客席に飛んで行った。社長の空間断絶シールドに当たって、消滅する。
周辺の視線が、俺達に釘付けになった。俺もマニも、何事も無かったかのように、余所見してイチャイチャしている。
ま、あれを見たら誰でもそうなるよな。目撃者からは絶対マークされたと思うんだが、実は試合では自主的に使わない予定なんだよね。
と言うか、自主的に制限、と言うのが多すぎて困る。社長は全力でやれって言ってたけど、警戒されて逃げられたら困るのはこっちなんだよな。
あー、運営の制服を着た女の子が、俺を呼びに来た。いよいよか。
「マサ、手加減してあげてね。」
「君は優しいなあ。そのつもりだけど。(笑)」
「13番の方、第1会場へどうぞ。ご案内します。」
俺は後をついて行った。この闘技場は、予選終了後に仕切りが撤去されて単一の本戦会場になる。
ふと見ると、ベンチに社長が座っている。今は着替えて、地味な格好をしている。こちらに気付いて、ニッと笑った。
小階段を登り、1m上の闘技場に出る。相手は既に準備して待っていた。両手に細剣を持っている。格好は普通の服装だ。
「何か、申し入れはあるかな?」
一緒に登ってきた審判が、両者に問い合わせる。特にお互い無い様だ。
「では両者、お互いに礼。」
俺は会釈した。相手も礼儀正しい。
「いざ!尋常に、勝負!」
審判が腕を上から下に振り下ろし、後ろに飛び退く。さあ、戦いの始まりだ。
相手が、呪文をとなえている。俺は、一気に間合いを詰めた。俺の居た位置に、風の刃が無数に発生している。
それを尻目に、手刀を横凪ぎにする。相手は片方の剣で受けようとするが、次の瞬間には剣が真っ二つに。
分子剣を光らせないように使っているんだよな。相手には剣筋が見えないだろう。
動揺して後ろに回避しようとした相手に、距離を離させない様に追従する。突き出された細剣を半身で避けて、手首を取り小手返しする。
アッ!と叫んで、相手は剣を落とす。そのまま膝が崩れ落ちて前屈みになった相手の顎に、膝蹴りを入れた。無言で崩れ落ちて、失神した。
「勝負あり!13番!」
審判が間に入り、俺の腕を掴んで上に挙げた。呆気なく初戦は終わってしまった。なんかつまらん。(笑)
階段を降りると、社長が拍手しながら近付いてきた。
「まったくお惚け屋め。全然余裕ではないか。」
社長はニヤニヤ笑っている。まあ、この人ならそう言われても仕方ないよな。
「いえいえ、魔法使いとの対戦は初めてなので、少し緊張しました。」
事実なので、ありのままに感想を述べた。彼は笑うと、
「はっはっは、君の動きについて行けてなかったね。初手があの距離で詠唱始めるなんて、殴ってくれと言っているのと同じだな。」
「まあ、10mは距離がありましたからね。やれると思ったのでは?」
「実に呆気なかったな。次は楽しませてくれる相手だと、私は嬉しいな。」
社長は俺の肩をポンと叩くと、出口へ去っていった。マニが、入れ替わりにやって来た。
「余裕だったわね。あなた、何故バリアー使わない訳?」
「そりゃ君、ギュスタヴ氏が逃げちゃったら大変でしょ?」
「まあそうなんだけど、使ったって見てないと思うわ。予選なんて、いつも会場にさえ居ない人だもの。」
「さっきは居たけど?もう帰ったのかあいつ。」
「彼はシードだから。本戦トーナメントにならないと、来ないわよ。」
俺はマニを優しく抱き寄せた。フィジカルコンタクトする。
「あの目を見て、油断ならんなと思った。恐らく会場を魔法か何かで覗いているんじゃないかと思ってね。」
「そんなに用心深いかしら?毎回運営の女の子を捕まえてヤラしい事をしているって、もっぱらの噂よ。」
「いや、そう言う風に芝居をうっていると見た。あの目は、誰も信用していない奴の目だ。ああいう奴も、この次元には居るんだな。」
「そうだとしても、バリアーはさっき見せちゃったでしょう?今更なんじゃない?」
「対魔法はね。一切の攻撃エネルギーを無効化するとは、流石に思ってないだろうよ。」
「うーん、そう言われると、そうね。」
「君の時にも使わないから、そのつもりでね。大丈夫、怪我は俺が治す。(笑)」
「ま、あれじゃあつまらないしね。(笑)」
腰に手を回し、連れ立って歩く俺達に参加者の視線が突き刺さっているが、余裕でスルーだ。油断させるのも戦略の一環だからね。
「オイ、貴様。」
不意に後ろから声をかけられた。口ひげを蓄えた巨漢が、俺達を見下ろしている。でかいなこいつ、身長が2m位あるだろ?
「はい、何でしょう?」
「ここは独身者も居るんだ。見せつけてるんじゃねえよ。そもそも、その女は参加者なのかよ?」
「そうですが何か?そういった配慮をしなくてはならない程のチキンが、この会場に居るとでも?そう言う方は、参加を諦めた方が良いと思いますがね。」
「言ってくれるじゃねえか。お前と当たったら、只で済むと思うなよ。」
「是非、全力で来てください。そうしないと後悔しますよ。」
フン、と鼻で笑うと、男は去っていった。その後ろ姿を、マニが腹を抱えて爆笑していた。
「ヒイヒイ、何あれ?すんごいテンプレ?じゃないの。あの実力で、よくもまあここに立って居られるわよね?」
「やめなよ、失礼だろ?俺達があれと同類になることは無いぜ?」
「...そうだった。無視しないとね。相手にするだけ無駄ね。」
気を取り直して、マニは微笑んだ。おお、成長したなあ。
ボックス席に帰ると、ナルが近付いてきた。後ろにプルも居る。
「...旦那様、カッコいい。」
「ナルってば、何かにつけて旦那様、旦那様って五月蝿いにゃ。まだ予選も終わってないにゃ。」
ナルは、冒険者としての治安維持活動をしてから可愛くなった。(笑) 何かとヒヨコみたいに後を着いてくるのがイイ。
「ナル、次は銃を極めて参加してみたら?下でもマサと一緒に居られるわよ?」
と、マニが無責任な発言を。
「ん、考えてみる。」
「マニは無茶振りが好きだにゃ。向き不向きまでは考えない性格にゃ。」
「そうかしら?でも別に強要してる訳じゃないわよ?」
「そもそもこんな事必要ないにゃあ。何で実力を人間同士で決めるんにゃ?前から疑問だにゃあ。」
「うん、まあ人間は好戦的なんだよ。ガス抜きが必要になるのさ。それに、今回はここで優勝することで、俺達の拠点が早く出来上がるのだから意味はある。」
「マサは、何かする事に色々な利益を期待したがるにゃ。一見すると損な事でも、時間が経つと意味がわかることもあるにゃ。」
プルの発言に、周囲が一斉に振り向いた。
「今、プルが凄くまともな意見を言った気がするわ。今日は雨ね。」
マニが真顔で突っ込みを入れ、ナルが真剣にウンウンと頷いている。(笑)
「もういいにゃ。皆バカにしているにゃ。」
あらら、ちょっと涙目になってる。(笑) 俺は彼女の背中をポンポンと優しく叩いて慰めた。
「俺はお前と知り合ってから、たまにこう言う瞬間があるからな。バカにはしてないぞ。」
「マサああああああああああああああ(泣)」
プルは懐に飛び込んできて、顔をグリグリと服に擦り付けた。鼻水がタップリ...(笑)
「おっちょっキタネエ。(笑)」
ナルが後ろを向いてしゃがんで、肩を震わせている。メッチャうけていた。こいつ最近、根が明るくなってきたな。
「あなた、着替えて来たら?」
「いや問題ない。清潔化。」
たちまち服が綺麗になる。クラフト様々だなあ。
ナルが遠慮がちに、マニと逆側の腕に掴まり、フィジカルコンタクトしてきた。それを見て、マニもくっついて来る。
「もっと近くで見学したい。」
「ナル、選手以外は立ち入り禁止よ。次からは出場すればいいのよ。命がけだけど。」
「オペラグラスでも作ろうか?」
「それ何?」
ナルの顔が?マークでいっぱいに。その場でクラフトして見せた。
「...簡易遠眼鏡。」
「あんたねえ、乙女心が解ってないわね。あなたの近くにいたいのよ。」
マニが苦笑している。いやそんな事はわかるって。何の為のフィジカルコンタクトだっての。
「今回はちょっと色々計画があるんだ。試合が終わったらここへ戻ってくるよ。」
「分かった。」
「そうそう、そっちの方が嬉しいわよね。」
マニを見てナルがニッコリ笑った。ああそうか、俺も修行が足りないな。
アズ様が複雑そうな顔をしていることに気付いた。俺は機嫌を伺ってみる。
「何かお悩みのようで。」
「...そんな風に見えたかしら?」
「何だか気分が優れないように見えましたよ。」
「そう...そうね。御免なさいね、何だか昔を思い出してしまってね。」
「確か、アズ様も武術大会に?」
「ええ、かなり前の話だけどね。」
「私で宜しければ、話を聞きますよ。嫌ではないなら、ですけど。」
アズ様はしばらく黙っていたが、やがて思い出すように喋り始めた。
「私の親はね...真祖様にお仕えしていたのよ。でも、崩御されたと思っていたから、二位の配下についた。そうしないと、ここでは生き残れなかったわ。」
「...それ以外は粛清されたのですか?」
「ええ、そうね。実際は城壁外の遠地の村へ、何かと理由をつけて飛ばされたわ。都以外の生活など、血族には無いに等しかったわ。野性動物に襲われ、次々と倒れていった。」
まあ確かに、あのでかい猪とか虫が来たら、流石にヤバイだろう...。
「御父様は、誇り高い人だったわ。二位とはちょっとした事で口論になり、壁の内側の村の農産物を管理する役目に回されたわ。でもそれは、足枷だったのよ。」
「それって...つまり、アズ様と息子を結婚させるために手の届く場所で人質をとっている、とか?」
「そんな感じね。言うことを聞かなければ、両親ごと壁の外へ追い出すぞ、と脅されたのよ。」
アズ様の表情が苦悩で歪む。違う、この人はこんな顔をさせてはいけない人だ。
「二位はね、魔導研究所に興味があるのよ。魔石製造が量産化すれば、魔力の無い人でも魔法を使える。そう言う武器を作れと言う命令が来たわ。」
アズ様はため息をついた。勝手に人の研究で自分の欲を満たそうとするとか、クズの所業だな。
「それで、都の外に行く決心をされたのですね。御両親は無事なんですか?」
彼女は首を振った。
「ギュスタヴとの婚約が決まって暫くして、御父様が事故死という連絡が入ったわ。現地に行って私も調べたのだけど、原因は判らなかったわ。」
「どんな事故だったのです?」
「農地を検分中に、虫に襲われたらしいの。砂漠にしか居ないはずなのに。背中から針が胸部に抜けていて、即死だった。御母様は、そのショックで...」
両手で顔を覆って、アズ様は俯いた。まだ悲しみと怒りが、彼女の中で渦巻いている様に見えた。
「私にはもう、魔法学園と魔導研究所しかないの。誰かを傷つけるための研究なんて、まっぴらだわ。」
「...ギュスタヴ氏とは、今はどうなっているので?」
「もうかれこれ20年以上まともに会ってないわ。さっき会場に参加者の値踏みに来たでしょう?顔だけは前回の大会以来で久しぶりに見たけど、変わってないわね。」
「婚約してから、進展は無かったので?」
「肉体関係で相性が悪いとか言われたわ。それっきりね。相手も私が邪魔なのではないかしら?早く諦めてくれれば良いのだけど。」
「婚約解消しないのは、二位の影響ですかね。まあそんな人物に見えましたけどね。」
「仰る通りだと思うわ。私が所長を辞めたら、自由になれるかもしれないわね。でもね、研究は民草に必要なのよ。簡単に諦めたくないわ。」
立派な決意だなと俺は思った。プライベートを捨てても、民衆のために仕事を取った訳だ。前から分かってはいたけど、高潔な魂だ。
俺は、彼女の両手を握り締めた。
「今日これから、きっと面白いものが見れますよ。アズ様も元気になりますから。お楽しみに、です。(笑)」
「貴方がそう言うのだから、そうなのかもね。落ち込んでも仕方ないものね。楽しみにしているわ。」
アズ様は、力無く笑った。
「マサ、試合行ってくるからね。」
マニから声がかかった。俺はアズ様に行ってきますと声をかけ、会場に降りていった。
マニの試合会場脇のベンチに座った。ここ、結構観戦しやすい場所だ。リングからは適度に離れており、安心感があるな。
マニはさっきまで一緒に座っていた。今はリング上でシミターを鞘ごと背中に回し、ストレッチしている。
対戦相手も準備中で、体格のごつい、ボディービルダーの様に腹筋が割れている人が準備運動している。武器は持っていないな。
突然、上から人が降ってきた!かなり向こうの会場でドカン!!と音がして、人が飛ばされて来た。マニと対戦相手の丁度中間に落ちた。
よく見ると、さっき威嚇してきたデカイおっさんだな。ピクピク痙攣しながら、首が明後日の方向を向いている。死んじゃったかな?
運営の男性が2人、担架を持ってやって来た。そのまま医務室へ運んで行った。あれ、手遅れな気がする。何だかカワイソス...。
マニは呆気にとられていたが、ヤレヤレと両手を開いた。本当にガタイが良いだけだったな、おっさん。安らかに眠れ。(笑)
「特に申し入れはないか?」
審判が二人に聞いた。何もないようだ。
「では、お互いに、礼。」
互いにお辞儀をする。流石に不意討ちする奴はいなそうだな。
「いざ!尋常に、勝負!」
マニの試合が始まった。相手は距離を取りながら呪文を詠唱している。マニも動きながら詠唱している。
「身体硬化!」
「エアフロウ!」
ほぼ同時に呪文は完成した。マニは宙に浮き上がり、相手は体表が黒光りする何かに変質した様だ。
次の瞬間、相手は高くジャンプして、マニに襲いかかった。
彼女は無重力戦闘のように空中で攻撃を回避しながら宙返りして、地上に落下して行く相手の真上で次の呪文が発動した。
「ショック!」
バチン!と一瞬青光りして、電撃がビルダーを直撃した。そのまま頭から煙を立ち上らせて、崩れ落ちる。
「勝負あり!81番!」
審判が軍配を挙げた。マニもあっさり勝ってしまった。(笑)
階段を降りて来たので、タオルとクラフトで作ったレモン水風ドリンクを新型ボトルで差し出した。以前村でウィルス散布の時に作ったやつだ。
ストローに口をつけて、マニは一息ついた。
「これ、酸味が爽やかで運動に合うわね!美味しいわ。」
「でしょ?前はね、こう言うのをスポーツドリンクって言ったんだよ。」
「ライブラリーで観たわ。どんな味かと思ってたけどね。」
「色々あるんだよな。これは、こう言う風味なんだ。」
「これで、充分だと思うわ。何だか元気が出るし。」
マニは満足そうに笑った。
「真上から着地寸前で電撃ね。よく考えたね。」
「でしょう、結構これでも工夫したのよ。」
「でもさ、この手はもう見られたから、次は変えないとね。」
「良いわよ、アイディアは幾らでもあるわ。」
「流石我妻。(笑)」
2人で腕を組みながら、会場を出る。何かあちこちから、ヒューヒューとか言われている気が。(笑)
予選は、俺達からすると和やかに過ぎていった。まあ、そもそも超人家族だし、最初から普通の人が敵う筈もないのだが。
その後、俺達は順調に勝ち進んだ。参加者は、例の噂も兼ねてあわよくばと言う連中ばかりだったので、大した実力者はいなかった。
結局、3回勝ち抜いたら決勝トーナメント進出になった。マニも、同様だ。
予選が終わった直後、運営の坊やが箱を抱えて近付いてきた。
「13番、予選突破おめでとうございます。こちらは本戦の対戦相手を決めるクジ引きです。」
まあ社長が目を光らせてるし、例えイカサマがあっても、流石にいきなり出場停止にはならないだろう。俺は手を入れてくじを漁った。
引き抜いた三角のクジを開けると、42番と書いてあった。ま、誰でもいいだろう。俺は精一杯戦うだけだ。
その後、遅れてマニもクジ引きが終わった。1時間の休憩が入ったので、ランチを食べにボックス席に戻る。
マデュレとサヴィネが、弁当を食べている。何故ここに居るかと言うと、村が平和すぎて暇だから、観戦したいとお願いされた。ま、すぐ戻れるし。(笑)
その横で、村長とアズ様とマルタが雑談をしていた。ライエはサヴィネからご飯を食べさせてもらっていた。
プルとナルが見当たらない。あまりうろついて都の関係者に見つからなければいいのだが。ああ、プルは隠密が得意だったよな。何とかなるかな。
噂をすれば、社長が二人を連れてやって来た。全員分のクレープとソフトクリームを持っている。
孫にお土産買ってきた爺様みたいに嬉しそうだな。ああ、こういうシチュエーションは中々無かったんだな。
皆、社長にお礼を言うと、あまりの美味しさに口数も少なくなりながら堪能した。プルとライエは、口の周りにクリームが。(笑)
「ふむ、こう言うのも中々乙じゃ。感謝するぞえ。」
ラヴィ様まで、ソフトクリームを頬張っていた。何か可愛い。(笑)
「いえいえ、お気に召されたようで。」
「うんむ、前の食べ物はうまいのう。こちらのも捨てた物ではないがの。」
ラヴィ様は、結構満足そうだ。うん、これ旨かったな。久々に濃厚なソフトクリームを食べたな。
「義兄さん、本戦は何回戦うのです?」
マデュレが聞いてきた。頬っぺたにクリームが付いている。それをサヴィネが指で取って食べている。
あれ?ひょっとして2人共、何か進展が...
「うん、決勝まで行けば4回だね。」
「あのですね、サヴィネが次の大会にはシューティングアーツで出場したいそうですよ。今回は、下見だそうで。」
「マサさん、あと1年くらい練習したら、行けそうなんです。」
「君さ、血を見るとまずいんでしょ?」
「何時までもそれじゃあ、マデュレの護衛は務まらないと思ったのです。これも、マサさんのお陰ですよ。」
サヴィネは結構楽しそうだ。2人で「ねーっ」と言うと、キャッキャウフフと食事を楽しんでいる。ああ、これはもう...
「あの2人、絶対出来てるわよね?」
「ん、アツアツ。」
左脇にマニが、右脇にナルがくっついてフィジカルコンタクトで雑談している。(笑) 俺を挟まないと出来ないから仕方無いのだが。
「今はそっとしてあげよう。その内何か言ってくるだろうよ。」
「やっぱり、あなたのお陰ね。あんなに自信のあるマデュレは、見たこと無いもの。」
マニが、姉として感動している。マルタも、安心した顔で2人を見ている。マデュレ、何とかなって良かったなあ。俺は嬉しいよ。
ナルがお茶を入れてくれた。村長に頼まれて、ドリップパックにしたコーヒーだ。
俺がクラフトでお湯の入ったポットを出して、彼女が全員分を入れてくれた。甘いものの後に、堪らなく合う。
「うーん、これは堪らんね!君が作ったのかい?」
社長が最高に嬉しそうな顔をしている。どうやら好物の様だ。
「再現度は、如何です?一応、炭焼き焙煎のつもりなんですけどね。」
「やっぱり!この芳醇な香り、コクがありながら後を引かない爽やかな風味、懐かしさと相まって脳が溶けそうだよ。」
「そんなに喜んで貰えると、嬉しいですね。実は飲茶セットもあるんですよ。」
「是非、後で分けてくれ。懐かしいなあ、また味わえるなんて思ってもみなかった。私では再現できなかったのだよ。」
目が嬉しそうに輝いている。ふと思ったのだが、これが本当に悪魔契約者なのだろうか?寧ろこう言う人だから、なのかもしれないが。
「何だか2人共、昔からの知り合いみたいだね?」
村長が不思議そうに聞いてきた。その内、家族全員にも俺の秘密を教えないとな。マニの変化の事も。
「ええ、偶然なのですが、彼は同郷繋がりなんですよ。」
「本当かね?それは嬉しい偶然だね!真祖様とマサが知り合いとは、何か因縁を感じるね。」
そうかもしれない。これだけウマが合うのも、縁があるからとしか思えない。その内ラヴィ様に聞いてみよう。
「マサ、どういう話になっているのかね?」
社長がこっそり聞いてきた。
「故郷が滅んだと言ってあるんですよ。うちの嫁達は、全部知ってますけどね。」
「何でそんな回りくどいことを?早めに真実を話しておかないと、いざと言う時に墓穴を掘るよ?」
「この件が終わったら、そうします。実は、前々から気にはしていたんです。」
「それがいいと思う。早めにな。」
俺としては、マニが長寿化を断ったと言う所に本質があると思っている。村長が、そう言う主義なのでは?という事だ。
理由ははっきり分からないが、そう言う事も含めて話し合っておく必要があるかも知れない。社長の言う通り、後のしこりになるかも。
「予選通過された方、あと30分後に本戦が始まります。決勝トーナメントの試合順番を決めますので、闘技場までお越しください。」
スピーカーらしきものは見当たらないのだが、場内放送が流れる。俺とマニは立ち上がって、階下に向かう。
社長も腰をあげた。運営本部に行くらしい。メインイベントの仕込みをするんだろうな。
マニと2人で階下に移動した。闘技場では、既にくじ引きが行われていた。俺達は、各々の対戦相手を探した。
このくじのポイントは、初戦シードのギュスタヴとの対戦クジのようなものだ。決勝まで前回の優勝者と当たらない方を、皆選びたいだろう。
「対戦相手で42番、いますか?」
俺は大声で呼んでみた。するとすぐ近くから返事があった。
「オウ、呼んだか?」
色白で物凄く痩せていて、老人のようにシワでたるんだ皮膚の男が、近付いてきた。彼は対戦番号の13の文字を持っていた。
「俺が13番です。くじ引きはどうしますか?」
「そうだな、じゃあ俺が引いてもいいか?」
「お任せしますよ。」
「任せておけ。クジ運は良い方なんだ。」
42番は、1番乗りでクジ引きの箱に手を突っ込んだ。そしておもむろに手を上にあげた。彼は15と言う数字の書かれたクジを引いた。
「15番試合は、13VS42となりました!他の選手も、対戦相手を見つけてクジを引いて下さいね!」
場内放送が流れる。15番...やった、シードには決勝までいかないと当たらないな。
「ほらみろ、俺はクジ引きだけは自信があるんだよ。」
「お見事。お陰さまでギュスタヴ氏とは最後まで当たらなそうですな。」
「まあ、俺かお前のどちらかが、だな。」
「あはは、そうでしたね。」
「ま、お互い思い残すことがないように戦おう。」
「ですね。では、また試合で。」
会釈して別れる。マニもくじ引きが終わったようだ。彼女は...9番。ああ、準決勝で俺と当たるのか。
「マニ、準決勝だな。」
「あなた、今からルール決めない?」
「お、おお。どうするのさ?」
「うふふ、夫婦対決と言うことで、腕相撲と言うのはどうかしら?」
「何だろう、腕相撲なら俺に勝つ自信があると言うことなの?」
「殺し合いよりは上品だし、会場が盛り上がりそうでしょ?社長にでも審判をやってもらいましょうよ。」
「分かった、それで行こう。」
「何かあなたの試合を見ていて思ったのが、よりルールで縛った方が勝てそうな気がしたの。」
「間違ってないな。フリーなら、無敵に近いからな。」
俺達は、指切りをした。それを聞いていたマニの対戦相手が、
「俺に勝ってない内に申し送りの打合せするな!」
とクレームをつけてきたが、マニがフフンと笑って相手を見返したら、ムッとした顔で去っていった。
「まあ、試合前だし穏便にね。」
「何だろう、あなたの対戦相手、何処かで見た記憶が...」
「過去の対戦相手とかかな?」
「うーん、そうかもしれないけど、何か引っ掛かるのよね...」
「ま、大丈夫だよ。思い出せないと言うことは、今は必要ないってことだから。」
「そうよね、思い出せないし。あなた、割り切りが早いわね。(笑)」
「決断は早く、思考は念入りにという主義なもので。悩むのはよっぽどだね。」
「うふふ、あなたが旦那様で本当によかったわ。ずっとそばにいてね?」
「マニ、愛してる。」
フィジカルコンタクトで、囁き合う。こんな会話、恥ずかしすぎて誰かに聞こえたら悶絶死する。(笑)
本戦が始まった。流石に高度な戦闘が見物できるのだろう。魔法と近接格闘がメインで、弓は1人も居ない。
魔法の方が強力だしな。ただ、発動は弓の方が早いのに。何で人気がないんだろうな。
そうこう考えている内に、あっという間に第1試合が終わった。勝者は、どうやら剣術家の様だ。
次の対戦相手はギュスタヴで、居合いっぽいスタイルらしいから、その試合は要チェックだな。
後はマニの試合をチェックね。9試合目と17試合目を見物すれば良いのだな。じゃあ、少し休憩にいくかな。
俺はボックス席に移動した。マニは試合が近いので、試合見物で闘技場に残るそうだ。
戻ると、ライエがマルタに抱っこされていた。何か仲良く話をしている。
「お祖母ちゃん、お祖父ちゃんとはどうやって知り合ったの?」
と、丁度ライエがマルタに質問した所だった。
「あら、マサは試合見学は大丈夫なのかしら?」
「御母様、大丈夫です。マニの試合は9試合目ですので、それまでは休憩を。」
ナルがお茶を持ってきてくれた。親指をたててグッとしたら、同じくやり返してきた。(笑)
そのままナルは隣に座る。マルタはライエの頭を撫でながら、遠い目をして村長との出会いを話始めた。
「お祖父ちゃんとはね、ここで知り合ったのよ。」
「ここって?闘技場?」
ライエが不思議そうな顔をした。
「そう、昔の武術大会でね、そこで私は運営委員をしていたわ。」
ほえー、意外な過去が。でも、村長のあの格闘好きを見ていると頷けるな。
「えーそうなんだあ。お祖父ちゃんて、強かったの?」
「ええ、とっても。丁度知り合った時はね、優勝したのよ。」
ああ、村長って優勝経験者だったのか。ひょっとして、その時の優勝で...?
「御母様、親父様はもしかして、その時の優勝で魔法を学ぶ道とかを選んだので?」
「その通りよ。その当時でも血統を選ぶ人が多かったけど、あの人は違った。最初から地方に行って、自分の力で運命を切り開いたわ。」
「ん、御父様凄い。」
ナルが同意した。実はナルも、その時都に居たらしい。ホムンクルスとしての肉体で、長寿化していたのだ。一体何歳なのやら。
「マサ、年齢関係ない。」
知らない間にくっつかれていて、フィジカルコンタクト状態になっていた。油断大敵。(笑)
「ゴメン、俺は君の事をまだよく知らないからね。ちょっと疑問に思っただけさ。」
「700歳は越えてる。」
「えっ、アズ様より歳上なの?」
「絶対内緒。」
「わ、わかりました。(笑)」
マルタが喋っている最中だったが、同時進行でナルとも会話できる。情報入力の並列化は、サット氏の十八番だしね。マルタの思い出話はつづく。
「...最初からそう言うつもりで、武術大会で優勝を狙っていたのよ。魔法学園に入る目的でね。地域で生存するには、魔法が必要不可欠なの。私は、そこが真面目で気に入ったのよ。」
「ふーん、それじゃあ、お祖母ちゃんは都の人だったの?」
「いいえ、元は都の近くの農村から、都へ働きに来ていたのよ。」
「ライエ、この前までそういう所で冒険してたよ。どこの村なの?」
「...もうね、その村は無いのよ。私が都で働いている時にね、無くなってしまったの。」
「ライエ、お祖母ちゃんの辛い記憶を思い出させては、いけないよ。」
俺は、優しく注意した。ライエはハッと気付いてマルタの顔を見た。
「...ごめんなさい。お祖母ちゃん元気出して。」
「良いの、聞いてもらいたかったのよ。ライエ、地方を生きるなら、強くないとね。」
優しい子だ。ライエは大人の会話をしっかり聞いているせいか、話す内容が大人じみている。時にハッとさせられることが多い。
マルタはライエをギュッと抱き締めた。そして村長との出会いに話を戻す。
「まあそれで、魔法学園を卒業したお祖父ちゃんから、結婚を申し込まれたのよ。地域のために、一緒に働かないか、ってね。」
「おい...恥ずかしいからその辺にしておきなさい。」
村長が顔を赤くして話を遮った。そう言えば、こういう話は聞いたことがなかったな。
「あらあら、年柄にもなく照れちゃって。(笑)」
マルタがオホホと笑った。そうかあ、村長達は元から開拓者だったのな。でも、それじゃ何で...?
「都に住んでいても問題は無かったと思うのですが、何故地域に?」
「まあつまりな、二位の支配が嫌いだったのだよ。只、自由な生活がしたかっただけさ。他の村の連中も、大体同じ理由だな。」
何となく理解できた。地域社会は、都の圧政から逃れるためにできた、と言うことか。
あれだけ人が死んで不自由でも、それでも自由を渇望したと言う訳か...。
あれ?そうすると俺が都の管理者になったら、そんな生活や浮遊都市計画なんて要らなくなるのでは?
うーん、新たな付加価値を見出だす必要があるかもしれないな。まあ時間はある。今後はそれを考えて行かないとな。
「第9試合が始まります。対戦者は闘技場へ。」
おおっ、もうそんな時間か。村長たちに会釈すると、俺は階下に移動した。
闘技場へ着くと、既にマニは中央付近に立っていた。俺はさっきと同じく脇のベンチに座った。
ふと視線を感じて振り向くと、ギュスタヴがマニを睨んでいた。大分警戒しているようだ。目つきがヘビのようだな。
マニは気付いていて、流しているらしい。何かメッセージの特性で感情が分かる気がする。
審判が申し合わせを聞いている。いよいよだ。
「では、お互いに、礼。」
互いにお辞儀をする。盾と剣を持った屈強そうな男が、鋭い眼光をたたえ構えている。
「いざ!尋常に、勝負!」
ドン!と踏み込みの音がして、男はマニに急速接近した。マニは動かず、呪文に専念している。
男が剣を振り下ろした瞬間、マニはシミターを抜いて剣を受け流しながら、呪文詠唱している。
男はすかさず、シールドバッシュした。それを高いジャンプでかわした直後に、呪文は完成した。
「...エアシールド!」
マニの周囲に立体型の球形シールドが展開した。ああいう使い方もできるんだな。
「おおおおおおおおりゃあああああああっ!」
男は物凄い速さで剣と盾を叩きつけている。物理ダメージでエアシールドを破壊しようと言うのか?
マニは既に次の呪文を完成させようとしていた。男は瞬時に盾を構えた。
「...ショック!」
バチン!と音がして、男が崩れ落ちた。感電で気絶したらしい。盾も金属製らしく、電撃は防げなかった様だ。
「勝負あり!!81番!」
審判がマニの腕を挙げた。会場から歓声が沸き上がる。
「へえ、あいつを倒すのか。御宅の嫁は強いね。」
振り向くと、俺の対戦相手が立っていた。ああ、こいつが勝てばマニと当たるしな。
「知り合いですか?」
「知り合いも何も、奴は前回の3位だからな。片手剣技はちょっとしたものだよ?」
「そうですね。あれに当たらなくて良かったです。」
「...俺はあいつより、あんたと当たりたくなかったよ。じゃあな。」
42番は足早に立ち去った。入れ替わりでマニが闘技場から降りてきた。俺は拍手で迎えた。
「大見事。エアシールドって、ああいう風に展開できるんだね。」
「でも、気付いたのはついこの前よ。多分チャネリングレベルが高くなったせいかしらね。」
「そうかもね。まだこうなって日が浅いからね。」
「それにしても、あの42番、どっかで...」
「何か、君のこと強いって誉めてたよ。相手が前回の3位だからって。」
「知らない人から誉められると嬉しい...ああああああああああ!」
マニは叫んだ。そして俺の胸ぐらを両手で掴むと、
「思い出したわ!あいつ前回の準優勝よ!」
あはは、3位の話で思い出すとか。別に相手がギュスタヴ氏だろうと、何の問題もないけどね。
「そう、それは良かった。」
「えええ...あなた、緊張感とか無いわけ?」
「緊張する相手じゃないな。強いだろうけど。」
「確かあいつ、特殊な魔法を武器に付与する戦法だわよ?」
「それの何が問題かな?」
「いや、いわゆる魔法剣とかは、使える人が少ない代わりに超強力なのよ。この会場くらい吹っ飛ばせるわよ。」
「それなら、恐らくギュスタヴ氏も同じだよ。」
「...と言うことは、あなたも、と言うことね?」
「さあね。」
「今更隠すなあ!」
何か、両手で首絞められているんだが。止めてください死んでしまいます。
「ま、俺を信じて。大丈夫、絶対勝てるから。」
「何を言ってるの、ギュスタヴの戦法だって誰も判ってないのに...」
俺はマニの両手を掴み、首を絞めてる力を分散させた。流石に苦しい。(笑) フィジカルコンタクトで、
「いや、もう見切ったよ。彼のは邪法剣だね。纏っている気で、判別がついた。」
「どういうこと?」
「ライブラリーに載っているかも知れないけど、剣術とは到底言えないんだよなあれ。まあ、お楽しみだね。」
「...ひょっとして前次元で経験済みってこと?」
「まあね。超インチキなんだが、ある意味あれが使えるのは凄いけどね。」
「ワケわかんない。」
「ま、君に腕相撲で負けたら、教えるよ。勝ったら、決勝までおあずけ。」
「もう、マサのイケズ!」
マニがふくれた。が、すぐに機嫌を直した。急にニッコリ笑うと「ねえ、ひょっとしてアズ様とかに配慮してる?」
「うん、あれに負けたんだろう?誇り高そうだからなあ、彼女。」
「私にはそう言うの無いわけ?何か最近冷たくない?」
「そんなことないよ。マニ、この件が終わったらさ、子供作ろう。」
マニは急に言われて顔が真っ赤になる。ボッと火がついたみたいに。(笑)
「...じ、じゃあ、義父様に宜しくして貰わないとね。」
おっ、急に大人しくなったぞ。何で今更照れているんだ?(笑)
「だ、だってあなたが急に...」
「そうなればお互い大変だろうけど、ナルにもせがまれているしね。君との子供は、俺の気持ちと言うかで早く相談しようと思っていたんだ。」
「分かったわ。じゃあ許してあげる。」
「現金だなあ。(笑) 親父殿、たのんだぜ。」
「頼まれた。」
サットが二つ返事だ。マニはまだ真っ赤な顔をして、下を向いている。
「マニ、上に行こう。ライエが待ってるから。」
「そうね、戻りましょ。」
この間1秒!(笑)脳内処理って凄い。(笑) 一緒にボックス席に移動した。
「おお、勝ったようだね。」
村長がマニを見て嬉しそうに言った。ちょっと照れ隠しに不機嫌そうな顔をしながら、
「...あまり手応えがなかったわ。」
と返事をする所が可愛い。(笑)
「俺の嫁はツンデレだった件。」
「なあに?それの何処が問題なわけ?」
「問題はないです。はい。」
俺はつまらないことで口論になるのを避けた。精神的な疲労の方が効くんだものな。
ライエがマニにベッタリだ。
「ママ、強い!」
「でしょう?ママと対等に戦えるのはパパだけよ。」
「パパも強い?のかな...」
ああ、目の前で人間を倒したことがあまり無かったしな。虫と戦う人位にしか思ってないのかな。
「ライエ、パパは優勝するつもりだから。」
「パパの試合、観てなかったの...」
「まあ...ライエが見てなくてもお...優勝しますからあ...」
「ライエ、パパがガッカリしちゃったでしょう? ああ言うときは、嘘でも頑張ってねって言わないと。」
「マニさんや、俺の目の前でそれいっちゃダメ。」
こいつわざとだろ。(笑) くっそ、俺の実力でライエを振り向かせてみせる!そして「パパ、カッコイイ!」とか言われるようになりたい...。
「そう言えば、マサの試合は後どれ位なんだい?」
「ええと、15試合です。」
「もう少し後だね。相手は?」
「何でも前回の準優勝とか。」
「ライフドレインの奴かな?」
「色白でしわくちゃの人です。」
「多分間違いないな。吸血生物をイメージして魔法付与し、ジャイアントスパルチュラの糸を紡いだ紐に刃物を結びつけた武器で攻撃してくる。」
スパルチュラ?ああ、語感からして大蜘蛛の事かな?
「ああ、攻撃が当たると血を奪われる?」
「そうらしい。私も彼とは当たった事はないんだよ。結構戦い辛い相手らしい。」
「情報をありがとうございます。少し楽になります。」
「マサには要らない情報だったかもしれんがね。少しでも役に立てれば。」
その気持ちが嬉しかった。村長は品行方正だ。老後も、こう言う人間で在りたいものだと、何時も思うんだ。
「そうじゃのう、アルタレスはお前の手本になりうる男じゃの。」
いつの間にか依り代へお戻りになったラヴィ様が、精神に語りかけてきた。
「親父様は、巨大な霊だと感じます。俺を村に迎え入れてくれたり、マニとの結婚を世話してくれたり。頭が上がりません。」
「ほほ、殊勝なことじゃ。我が不在時は、あの者に頼るが良かろうて。」
「ええ、相談できる男性が少ないので、本当に助かっているんですよ。」
「...実の親も老後はああなってしもうたが、拠り所ができたのは御主の行いの影響じゃ。大事にせよ。」
「私がこの次元に何時まで居られるか分かりませんが、それまでは精一杯良い関係を築きたいです。」
「それよりアルタレスの寿命が早い気がするのう。まあ、精進することじゃ。」
村長の寿命なんて考えてもみなかったが、人はいつか死ぬわけだしな。そう言うことを前向きに考えるのだって、大事な事だと俺は思った。
「第15試合が始まります。対戦者は闘技場へ。」
おっ、出番だ。さて、行ってきますかね。
「パパー、頑張ってねー!」
「俺がライエの前で負けるわけないだろう?行ってくるよ。」
「あなた、私も降りるわ。」
俺達は階下へ向かった。