その5
社長について行くと、タワーの地下へ降りる階段まで案内された。ここに入る前から気付いていたのだが、この建築物、完全に物理法則を無視しているような気がする。
仮に地震とか全く無い世界だとして、円筒形の寸胴型だと、経年で傾いて来たりするもんだが、しっかり真っ直ぐに建っているように見える。空間魔法でも使っているのかも。
しかも、地上30階建てとか、登る人のことを考えてない。(笑)
相変わらず、すれ違う人や衛士は時間が止まっている。途中、社長がついでだと言って、29階に立ち寄り、勝手に扉を開けて中に入っていった。
扉の前に衛士が2人居るが、完全にスルーだ。(笑) 中に入ると、最初の部屋が客間になっていた。その左側の扉へ、つかつかと社長は入っていく。
客間は、物凄い豪華な部屋だ。前次元でも、ここまでだと宮殿並みではないか?いや、チラッと映像でしか観たことはないんだが。
まあ血族は自分の子供や孫みたいなもんなんだろう。左の扉を出て、廊下を進んだ突き当たりに扉があり、社長が手をかざすとカチッと音がした。どうもロックが解除されたらしい。
中に入ると、色の浅黒い男女がナニかをやっていた。(笑) 男の方は百貫DBというやつで、女性はまだ若い風だが、色が浅黒いと年齢が判り辛い。2人とも同様に固まっている。
「見ろ、これが二位で、女は2番目の息子の嫁だ。」
「二位の人って、名前は何と言うのですか?」
「純血の血族は、ファミリーネームが全てドラクレシュティだな。こいつはイグナシア・ドラクレシュティと言う。」
「名前はカッコいいのに...」
「残念なやつだろう?本っ当に一族の面汚しめ!」
社長は前屈みになっている二位の尻を足蹴にした。肉でたるんだ顔面を、ベッドの枕に突っ込ませる。丁度股間が女性の顔の上になってしまった。(笑)
「社長、扱いが酷いです。(笑)」
「ゴミなどどうでも良い。顔は覚えたな?息子は何処へ行ったかな...」
その後も部屋を数分探したが、たまたま居なかった様だ。
「仕方がないので、地下を優先させよう。」
2人で階段を降りて行き、地上の入り口まで来ると、社長は外へ出て建物の裏側へ回った。
地面に木製の扉が据え付けてある。石の枠にはまっており、取っ手が付いていて鍵がかかっている。
「この建物の鍵は、私なら全て素通り出来る。」
手をかざすと、解錠音がした。取っ手を引いて、地下へ降りていく。周辺の石壁が青く光っていて、灯りは要らない。
螺旋状にぐるっと降りて行くと、やがて広いホールに出た。中央に噴水が設置されており、人工の池になっている。
覗き込むと水量が豊富で、石の水路へ流れ出ていた。何でも天然の湧水を魔法で吸い上げているとか。
俺は試験管で水を採取した。サットに分析を依頼する。俺が試験管を懐にしまうのを見て、社長は首を傾げた。
「それを、どうする気なのかね?」
「すぐ済みます。成分分析していますので。」
「君は、色々なスキルを持っているんだね。本当に有能だな。」
「本職がクラフターなんです。分析や解析は得意なんです。」
「全く、前次元だけの転位とは思えんな。私は前次元ではイギリスにいたが、その前はフォールグラウンドという世界にいた。君たちで言うファンタジーの世界と言う奴だな。」
「それ、異次元なんですか?」
「正確には異世界、だね。全く違う宇宙の、この世と違う時間軸の世界だね。」
「そう言う世界もあるんですね。初めて知りました。」
「こんな話、前の次元でしたって誰も信じないだろう?」
「そうですねえ。頭おかしいと思われますね。」
「頭の弱い連中だよな。すぐ隠謀論とか、妄想とか言い出すんだよな。」
「私も、こちらの存在を知るまでは同じでしたから...終わったようです。微量に血液が混じっていますね。」
「やはりここが根源だな。奴には鍵は渡してなかったと思うんだがな。よし、魔法錠を変えよう。」
俺は、さっきと違う試験管を取り出した。中に少量の液体が入っている。自分で試した解呪ウィルスだ。
「これは、解呪ウィルスです。コロナウィルスを変異させています。自分で試した限りでは、問題は起こりませんでした。」
「何だか君だと、バイオ兵器でも耐えられそうだがね。(笑) 安全だと言う話は信用しよう。」
俺は中身を水源に入れた。すると、小さい小蝿の様な虫が、泉から煙のように沸いて石壁に消えて行った。
「よし、大丈夫です。効果は数ヶ月続くそうで、すぐには消えません。」
「分かった。その間に、事を片付けないとな。」
俺達は外に出ると、ドアを閉めた。社長が何やら小声で呪文らしきものを唱えている。すると、扉が「ガチン!」と大きめに鳴った。
次いで、また小声で何かを唱えている。今度は、石の扉が紫色に一瞬光った。
「この扉の向こう側を、半永久的に城壁の外の川の上につないでやった。私以外がこの扉を開けると、近くにいる全員が川へドボンだな。(笑)」
「社長、痛快ですね!(笑)」
「だろう?彼処からここまで歩いて来させれば、二位の奴も少しはスマートになるだろうよ。(笑)」
あっはっは、やんちゃ坊主みたいだ。社長も、楽しそうに笑っていた。油断している訳ではないけど、イメージが全然違うなあ。
町の方を見ると、何か黒い靄がかかっているみたいだ。恐らく解呪されたものが、空気中に逃げているんだろう。町の人からも、出ているかも。とりあえず、この件はこれでよし。
「社長、こちらへどうぞ。」
俺は次元部屋の扉を開いた。丸眼鏡をかけ直して、社長は目をみはった。
「これは、次元空間だね。何処へ繋がっているのかな?」
「これは通路ではなく、異次元に人間が居られる立体スペースを確保したものです。部屋ですね。」
「面白い使い方だな。しかも、魔法ではない。超科学とかかな?」
「そうです、前次元の人間では理論も構築できていないかと。」
「凄いイノベーションだな。住宅事情が変わるよこれ?」
社長は笑いながら、中へ入った。靴を脱いでもらって、部屋に通す。
「おおっ、これはジャパニーズ・タタミだね!私は、この感触が堪らなく好きなんだよ...」
実は、少し前に模様替えしたんだよね。日本の文化を、少しでも感じていたいから。
「足を伸ばして座ってください。5分以内に移動が終わりますから。」
「何処へ行くんだい?ああ、19番だね。」
「流石社長、察しが良いですね!」
俺は扉を閉めた。そしてレイスモードになると、瞬間移動した。
ヴン!と音がして、靄が晴れてきた。都から、2分も経ってない。ここは村の教練場の傍らだ。もう夕方で、周囲は誰も居ない。俺は扉を開けた。
「着きました。どうぞこちらへ。」
「早いね!まだ3分位だったよ?」
社長は靴を履いて、外へ出て来た。オレンジ色の黄昏時が広がっていた。
「うーん、都から出たのは久しぶりだね。ここへ来たのは、創設以来だね。」
「ああ、一度は来られたのですね?」
「そうだね。正体を隠して視察にな。もうかれこれ20年ぶり位かな。」
教練場の片隅で話していると、職員がこちらを指差しながらアズ様を連れてきた。いつの間にか見つかったらしい。
アズ様は、俺を見つけると小走りで近付いてきた。そして老人を見て、怪訝そうな顔をした。
「マサさん、何処へ行ってらしたの?マニさんが探してたわよ?」
「ああ、ありがとうございます。今、メッセージを送りましたので。」
「珍しいわね、貴方が黙って単独行動なんて。何処へいらしていたのかしら?」
「アズナイル君、君はそんな感じの性格だったかね?大分明け透けになったような...」
社長が会ったのはずいぶん前だろう。魔導研究所開設とか言ってたし。
「社長、何時ぶりですか?」
「かれこれ百数十年ぶりだね。研究所の開設が、それくらいだったからね。」
アズ様は両手で口を押さえると、その場でよろめいた。
「マサさん、も、もしやこのお方は...」
「しーっ、感情を乱さないで。」
「マサ、大丈夫だ。今時空を隔離したから。」
本当だ、周囲の時間が止まっている。相変わらず凄いな。アズ様は周囲を見回し、驚嘆した。
「この不可思議な能力、間違いないわ。生きてらしたんですね!ああ、何て事なの...。」
彼女は涙目になり、社長の手を両手で握った。尊敬していたんだね、アズ様。
「アズ様、実は重大な話があります。貴女の血の事についてです。」
「...真祖様が居られると言うことも、関係するのね?」
「そうです、わざわざこの為にお越しいただきました。」
「分かりました、伺います。でも、何故時間を止めたんですか?マニも来ると言うのに。」
「説明には時間がかかるので、こちらへ。」
クラフトで椅子を出して、座ってもらう。社長が驚いているが、とりまスルー。(笑)
額に手を当てて、マナ伝達でナルの事件からこっちの記憶を送った。最初は「あら、マナ伝達を教わったのですか?」とか言ってたけど、その内沈黙してしまった。
額から手を離すと、アズ様は俺の目を見ながら質問を始めた。
「そうね、この血が全てを露見させてたとは、想像もつかなかったわ。しかも、呪いだったなんて。真祖様に会ったのも、そう言う訳だったのね?」
「記憶でも見たと思いますけど、真祖様との出会いはこの件がなくても必然でした。これだけ霊感に優れた御方なら、何れはどちらかが感付いて会っていたでしょう。」
「そうね。でも、やはりこのタイミングなのは、都の問題とか血の依存とか、そう言う問題が折り重なって必要性を生んだからでしょう?」
「アズ様は凄いですね!そこまで理解していただけるとは。」
「そうじゃ、アズナイルよ。御主が思っている通りじゃ。」
ラヴィ様が実体化された。ちゃんと服を着ている。(笑)
「こ奴が悟って、都を委譲する代わりに存在を見逃すことにしたのじゃ。二位とやらが何と言おうと、都の権限はマサに委譲された。もう、都での血の価値は無くなったに等しいのじゃ。」
ラヴィ様は、社長を指差して言った。アズ様は黙っていた。この人なら、前からそう思っていたのだろう。そして、長寿化を含めた優位性を手放そうか、迷っているに違いない。
「アズナイル君。私はね、この血を造り上げるのに数千年をかけたのだよ。だが、私の血統は肉体進化だけのものだった。君も都の連中のやっていることが納得行かないから、ここで新たにやり直そうとしているのではないかね?」
社長はアズ様を諭した。都でも吐露していた事を、怒りと失望をもって省みながら。
「高潔な魂は、呪われた血からはほとんど生まれないと、あれらを見ていて悟った。例外はあるかもしれないがね。多くが短命に生まれた目的とは合致しないと今は思っている。」
「...では、真祖様がご自身の血を否定なされるのですね?」
アズ様は悲しそうな顔をして言った。いきなりこんな話をされたって、納得しろと言う方が無理があるだろう。
「俺はね、アズ様、こう思うんだ。それでも真祖様は、周囲が認める人物だとね。彼にとっては、血の呪いで長寿化したことは、時間はかかったけど決して悪い方向にならなかったと言う事だなと。彼には正解なんだよ。」
「ああ、マサさんの言う通りだわ。前から真祖様のような人が生きておられたら都は違っていたのにと、どんなに思ったことか。少なくとも、高潔であらせられたわ。」
「人間はの、誰もが生きる目的が違うのじゃ。マサの記憶を見たなら、御主がマニとナルの実の姉だったことも知っておるだろう?そういう過去世からの因縁で、皆の目的があるのじゃ。長寿だから良いとは限らん。だが、長寿でないと果たせない目的の者も居ると言うことじゃ。」
ラヴィ様も口添えしてくれた。アズ様の表情が、スッキリした感じだ。
「はい、よく理解できました。私は自分の欲を捨てなくてはね。」
「アズ様、呪いはすぐに解けますよ。と言うか、この空間を解除する前に解かないと、都に情報がね。」
「そうよね。今が決断の時なのね。分かったわ、やって頂戴。」
「では、これを。」
試験管に入ったウィルスを渡した。アズ様は、一気に飲み干した。すると、身体中から無数の蚊が黒い塊になって吹き出し、空へ飛んでいった。
「何だか、気持ちがスッキリしたわ。マサさん、ありがとう。私、貴方にして貰った事をどうやって返せば良いのか分からないわ。これだけの事を、これからの事だって、どうやっても返しきれるものではないと思う。」
「そんな事考えなくても良いですよ。最初に言ったでしょう?貴女は家族も同然だってね。」
「まったく、あなたと言う人は...」
「アズナイルよ、それは後ででもゆっくり考えるのがよいじゃろうて。今は、ここの職員を解呪せんとな。その後も、目まぐるしく事が進むじゃろう。」
「そうですよね。都が監視をしているのがバレたと判りますからね。すぐに対応してくるでしょう。」
「アズ様、俺と社長でね、良いアイディアを練ったのですよ。解呪が終わったら、対策しますのでお任せを。」
「流石マサさんね。...ところで、シャチョウって誰かしら?」