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その4

次の日、早朝から三者会議をすることになった。


「それで、実際作れるんだろ?」


「うん、まあね。気は進まないけど、仕方ないよね。」


「俺もさ、こんな事やりたくねえな。でも、もう既に先手を打たれているかも知れないんだよな。」


次元部屋の中でラヴィ様とサットで何を話し合っているかと言うと、微量なマナを感知して測定できる器具を開発できるか、という話だ。


ヴァンパイアの中でも「真祖」と呼ばれる血脈は、文字通り根元と言う事になる。前次元では伝説しか残っておらず、それも中世くらい古い時代の話だ。


結構いかがわしい逸話が多い。中でも邪神に最も近い存在だという事、それ故に知性が高いこと、狡猾で奸計に長けている事、情報戦やサイレント・インベージョンを仕掛けてくる場合もある事、特殊な呪いをかけていて、直射日光を浴びるか、白木の杭で心臓を貫かないと死なない事、等々。


そして魔術や呪術に長けており、色々な使い方を長い寿命を利用して研鑽し続けている事。ここが最も恐ろしい部分だと俺は思っている。


万が一、俺達の計画が露呈していたら?相手の拠点を監視する魔法とかが存在していたら?都の職員の「地域を監視する」という行為は、反乱とかを抑止する事なのでは?


そうであれば、悪気がなくても協力させられているかもしれない。職員の視界を利用して、相手の情報をキャッチするとかやれそうだよな。


とりま現状で監視されているかだけでもチェックしなければ。何の対策もせずに、都にのこのこ出かけて行ってハイお終い、なんて洒落にならない。


自分や身内が守れたとしても、都の一般人を人質に取られる事だって想定できるよな。


大体、真祖は死んだって言ったって元々死んでる訳だし、寿命で死んだ後にトリガーが発動してヴァンパイアとしての人生が始まる、何て事もあるかもね。


準備は万全にしなくては。何事も精一杯やるって決めてるんだ!


「うむ、我もその事を昨日から考えておったのじゃ。」


ラヴィ様が、精神に語りかけてきた。念には念を入れて、だね。


「そうじゃ、音声は不味いでな。それにな、御主の仮説で、真祖は死後にヴァンパイアトリガー発動という意見な、充分に考慮するのじゃぞ。」


「そうですよねー、それくらいはやりそうな相手ですものね。都の民草を自分の食料扱い、なんて事もですよね。」


「私もそう思う。問題は解決手段だな。」


サットも、悩ましげだ。相対するのは初めてだし、未知の敵ほど恐ろしいものはない。


「監視については我に任せるのじゃ。そう言うのは得意じゃしの。」


ラヴィ様が引き受けてくれるようだ。ありがたい。


「では、お頼みします。今現時点で、監視されていますか?」


「今と言うか、昨日からの時点では村の周囲に異常は認められないのう。」


「流石はラヴィ様。とても助かります。」


「よいよい、朝飯前じゃ。じゃがな、人体に入り込んだ呪いは気血がバリアーになるので、今は確かめようがない。何かきっかけを作らんとのう。」


「何か情報を与える振りをして、誘いをかけてみますかね?」


「そうじゃのう、それも一興じゃな。」


ま、何でも頼るのは良くないな。それに、敵の俺達に対する認識や現状も知らないのでは、判断の基準がね。可能性は超低いけど、向こうが友好的ならそもそも悩む必要もないのだし。


「サットさあ、誰かの記憶の場所に瞬間移動って可能かな?」


「やってみないと判らん。でも行けると思う。と言うか、今からそれをやるのか?」


「成る程のう、都の現状視察を先にやるということかの。御主単独なら大丈夫じゃろうよ。」


「真祖を見つけたら、一応話し合いに応じてもらえるか聞いてみて、不可ならその場で処理ですかね。」


「我に振られても、処理できぬな。業の深い魂は、数えきれぬ輪廻で償うしか術は無いのじゃ。」


「分かりました。準備が出来たら、すぐにでも向かいますね。」


「我も連れて行くのじゃ。何かと助けになるぞよ。」


「助かります。ラヴィ様いれば、百人力です。」


俺は、万が一真祖と対峙した時の方法を考えることにした。攻撃を食らうことは無いと思うが、逃げられたら面倒だ。


瞬間移動の記憶を提供してもらうのに、誰が適任かな?ナル以外の都組は情報漏洩する恐れがあるし、ナルもまだ影響が残っているかもしれない。


すると、村長かマニかマデュレか、そんな所だろう。マニだと一緒についてくるとか言い出しそうで困るな。


親父様に頼んでみるかな...と言うか、事情を説明するところからだな。ナルとの結婚についても報告しなくてはだしな。



俺は村長にメッセージを送り、マニに気付かれないように次元部屋から瞬間移動でジオフロントヘ飛んだ。そこが待ち合わせ場所だ。ちょっと申し訳ないが、都へは単独が安全で都合がよい。


入り口で村長は待っていた。正門のすぐ手前だ。俺に気づくと、手招きをして倉庫の奥へ案内された。


「珍しく話があるとか聞いたと思えば、男同士の話とは何の話かな?」


村長は怪訝そうな表情だ。俺も彼も、隠し事は基本しない主義だ。だから、逆に何かあるのだろうと思うのは当然だろう。


「御母様には何て言って出てこられたのですか?」


「いや、マルタにはちょっとそこまで出てくるとしか。」


「上出来です。マニには知られたくないので。」


「まさか、ナルキスさんと結婚した話の関連かな?」


「いや、それは別で報告しようと思ってました。ご存知なら問題なしです。」


「今度皆でお祝いしなくてはな。君も隅には置けないねえ。」


「それは、これから話すことが済んでから考えましょう。此方へ。」


次元部屋の入り口が開いた。中で打合せするのが最も確実と思える。村長は眉をピクリと動かした。無言で中に入る。俺も入って、次元の扉は閉じた。


「ま、そこにお座りください。」


俺は、用意しておいたコーヒーとバタークッキーを出した。これもクラフト品なんだが、再現度は折紙付きだ。一口飲んだ村長は、感嘆の声を上げた。


「うーん、この香り。香しく甘く、それでいて意識を高めるこの苦味。バランスが最高ではないか!何と言うお茶なのかね?」


「コーヒーって言います。このバタークッキーも最高ですよ。」


「ほう、一口かじるとホロッと崩れ、香りと味わいの良い油分が口の中に広がる!これとコーヒーの相性は、最高だね。うちの村でも流行らせる事は出来ないだろうか?」


「量産は無理ですが、俺が作って出す量位なら行けますよ。今度御母様に渡しておきますね。」


「是非頼む。労働の疲れが一気にとれる感じだな。」


「これ、2人とも脱線は後にせい。マサよ、急ぐのであろう?」


ラヴィ様が、実体化して出て来られた。今度はちゃんと衣服を着ている。何で俺の前では半裸なのか?(笑)


「そうですね。親父殿、此方へ。」


俺は額に手を当てた。ナルに教わった意思の伝達法で、村長に情報を渡す。


「...お前が嘘をつくとは思えないしな。そんな事があり得るのか。」


「これを。ナルの時の画像です。」


額で意思伝達をしながら、以前の動画を観せる。村長は一気に悩ましい顔になる。


「...やはり、あのモヤモヤはこう言う事だったか。」


「ひょっとして、アズ様から血の継承を求められた時ですか?」


「そうだね。師匠には申し訳なかったが何と言うか、どうも胡散臭さが拭えなくてな。信用する気になれなかった。」


「何故そんな事をする必要があったのですかね?」


「本来、血の継承は真祖様が始めた事らしい。師匠も、上の命令だと困惑しておられたな。」


そう言うことか。自分の因子をバラ撒いていたんだな。やはり支配するのが目的だろうか?それにしては、アズ様の行動が自由すぎるな。


今回のフロートジョイ計画だって、都から見たら地方の反逆になるだろうしな。それを、ここまで放置しておくだろうか?


「俺が懸念しているのは、今回の計画で都が反発した場合、強制的に血の継承者のトリガーを発動させたりしてヴァンパイア化させたりする可能性です。民を人質に、脅迫される可能性も。」


「あってほしくはないが、無いとは言い切れないな。今のナルの絵を観せられたら、そんな気にはなるな。」


「ですよね。あくまで可能性、ですがね。それを確かめないと、下手に計画が漏れたら大事になります。親父様には是非協力して貰いたいです。」


「この事を知っているのは?」


「マニとナルキス、ラヴィ様、ライエだけです。」


「うむ、漏洩の可能性はライエ位かな。まあ、あの子も賢いから大丈夫だろう。」


「一応口外しないようにと言ってあります。ナルの秘密は守ってねとか言ってあるので。」


「うむ。それで私は何をすれば良いのかな?」


「俺はこれから都へ飛んで、真祖は本当に死んだのかと言う事、都の現状、血の継承がどの程度行われているか、あちらの首脳部が我々の情報をどれだけ知っているか等を調査してきます。」


「飛ぶって...瞬間移動かね?」


「はい、親父様には行ったことのある都の風景を思い浮かべて欲しいです。それを元に、飛びます。隠密は俺の十八番ですので。」


「全くお前は、何につけ万能だな。一体いくつのスキルを身に付けているんだい?」


「生きるのに必要な分だけですよ。一人の長年の放浪は、そんな感じになるものかなと。」


「全く、想像できんな。過酷なのは間違いないだろう。グレイターエッジのこちら側を単身で生き延びるのは奇跡に等しいからな。」


村長はそう言うと、俺の額に手を当てた。ぽうっと、立派な1本の果樹の生えた広場が見える。足元は大理石のような素材がブロック状に敷き詰められていて、大きな建物の中庭に見える。


「魔法学園の中庭だ。ここは人気が少ないし、誰も注意して見ていないだろう。」


「親父様に感謝。私は誰にも気付かれないように行って来ますので。マニはついて来たがると思いますので、出来るだけ内密に。」


「そうだな、隠密向けでは無いからな。お前の事だから大丈夫だと思うが、気をつけて行くのだぞ。」


「皆の事、頼みます。」


「分かった。任せてほしい。」


「うむ、これで準備万端じゃな。マサよ、我にも茶と菓子を。」


「はい、こちらに用意しますので。」


3人で、お茶を楽しんだ。村長は小一時間くらい雑談して、帰宅した。外に出て、全然時間が経っていないのに驚いた様だ。


部屋の時間は、MAXに設定してあるしな。まだ外では1分位しか経っていないだろう。この調子で、サットに呪いの因子を解析してもらわんと。



部屋の中にこもる事約3日後に、因子解析は終了した。外はまだ2時間弱しか経っていない。結果は、深刻な問題を抱えたものだった。いや、古典的で実に単純な、とも言えるか。


この世のどんな存在であれ、森羅万象を司る法則と言うものがある。それを「真理」と言う。天使だろうと悪魔だろうと、これに抗うことはできない。


この宇宙や次元を設計、創造した者の決めた事は、それ以上の存在にならないと変更はできない。我々には絶対不変に限り無く近い法則だ。それに反することを反真理という。


正に、この呪いは反真理なのだ。邪神と呼ばれる存在の娯楽を実現させるために、いかなる手段でも滅ぼすことは出来ない呪法で、当たり前だが不浄な代物だ。


主に物質の原子と霊波に直接干渉し、あらゆる物理的な活動を停止させてしまう上に、物質と結び付いている霊を部分的に解放して、物質に影響されにくい状態にしてしまう。


つまり、肉体が死んで別のものに変質しても、霊体は離魂せずに残り続けてしまう。そして希薄になった存在理由を、邪神の依り代として存在し続ける事で代償を支払うことになる。


つまりヴァンパイア=邪神、不自然の極みと言っても差し支えないのだ。故に反真理だ。


ただ、ここが感染症のウィルスのように拡散しにくい点なのだが、直接接触するか、体内に取り入れるかしなければ効果は発動しない。


それも一定の量を取り込まないと効果がないのが不幸中の幸いだ。だが、都の場合はどうだろう?閉鎖的な空間で水や食物に因子が混じっていたら、徐々に呪われて行くのかもしれない。


教練場の飯が不味いと言う話を以前に聞いて、俺は職員が操られているのではと疑った。多分この考えで間違っていないだろう。


サットが考案したのは、呪われた因子を分離して体外に排出させる因子を組み込んだウィルスだ。


これを直接体内に入れるか飲食に混ぜれば、ナルのように因子が毛穴より体外へ排出される。俺は、都の飲料水に混ぜることにした。


まずは自分自身に感染させ、人体実験と予防を兼ねて試してみた。結果は良好だ。


不調も出ないし、サットの経過観察も問題なかったそうだ。何事にも絶対はないが、被害はほとんど出ないだろうとのお墨付きだ。


外はまだ午前10時過ぎ位だろう。今から都へ飛んでも、帰って来るのは夕方くらいかな。皆が心配するだろうしな。


「では、都へ飛びます。すぐ着きますよ。」


「善きに計らえ。」


俺は次元部屋を出ると、レイスフォームを発動させて姿を消し、瞬間移動した。



白い靄が晴れると、そこは異世界だった。中世ヨーロッパ風の建物が周囲を取り囲んでいる。大きな施設の中の小さい庭、と言うイメージの場所だ。植物が綺麗に手入れされていて、美しい。


そして庭の中央には立派な果樹があり、柑橘系の実がついている。イメージ通りの場所だ。


足下も煉瓦が敷いてあって舗装されている。辺りを見回すと、アーチ型のトンネルがある。この庭園の唯一の出入り口らしい。俺は姿を隠したまま、周辺を見物することにした。


通路を抜けると屋根付の廊下が続いており、500m位先に壁が見える。高さは10m位だろうか。どうやら敷地の囲いらしい。


廊下の左右は広場になっており、左側では身体訓練を薄着の若者達が行っている。右側は、天辺が四角い帽子をかぶった若者達が、小さなワンドを持って講師風の人から授業を受けている様だ。


講師が何か声を出すと、杖の先が光って氷の槍が空中に現れた。それを、20m位先のターゲットに命中させた。若者達から感嘆の声が漏れる。まあ普通に生徒達だよな。


ここは間違いなく魔法学園なのだろう。何だか映画のワンシーンみたいだ。人種もマニ達と違って、まるでアングロサクソンの様だ。


ふと前方から、プルと同じ人猫族が歩いて来た。あいつは和猫みたいだったが、前の奴はサーバルキャットみたいに精悍な顔つきをしていてカッコイイ。


ふと、何かに気づいたのか、あちこちを見回している。俺に近づいても存在は認識していないようだが、鼻をヒクヒクさせたり、首を傾げたりしている。


「勘の良い奴じゃな。ここまで隠密性が高いのに気付くとはのう。」


ラヴィ様が念を送ってきた。


「動物的勘は侮れませんからね。気を付けないとですね。」


早々からばれては元も子もない...何だろう、理由は分からんのだけど、既に誰かに監視されている気がする。いや、絶対監視されてる。複数ではないけど、結構的確だな。


「誰だろう、こっちを視ている。いや、感じ取っているのかな。向こうも多分俺が気付いたことに気付いているな。」


「ほう、流石は我が司祭よの。我も今判った所じゃ。御主は直感的だのう。」


「以前は、判断の基準はこっちでしたからね。」


「益々面白い奴じゃ。一体幾つの側面を持っておるのかのう。飽きんから良いわい。」


「お褒めにあずかり光栄ですよ。サットとも、こう言う感じで出会いましたからね。」


「懐かしいなあ。もう10年弱くらいだよな?マサは野生の獣だったからね。」


「サット、その表現は間違っている。知的で野性味のある原始生活者と言ってほしい。」


「そんなもの、野性動物と同じだよ。」


「なにおう!(笑)」


「これ、脱線するでない。彼方から仕掛けて来なそうだし、先へ進もう。その内現れるじゃろうて。」


廊下をまっすぐ進むと、学校風の建物がある。この高い壁は全てが3階建ての校舎の様で、窓があちらこちらに付いている。


廊下は両開きの大きな扉の前でT字路になっていて、左右とも壁沿いに続いている。俺は扉をすり抜けた。中は左右がカウンターになっていて、通路が狭くなっている。


守衛の人が何か書き物をしている。音もなく通り過ぎる。すると、広間に出た。階段が左右に別れて設置されており、左右共に緩やかにカーブして上階へつながっている。


俺は空中を移動して上階へ出た。すると目の前が職員室のようだ。そして廊下が左右へ伸びている。職員室の左右隣は教室らしい。


職員室の壁を真っ直ぐ通り抜けると、何人かの講師が机に向かって作業している。その向こうに、都の町並みが見える。


俺は面倒なので、職員室の壁をすり抜けて町に出た。また風景が一変し、煉瓦造りの大衆的町並みが、そこにあった。露店のテントが建ち並び、美味しそうな匂いが立ち込めている。


ああそうか、もう少しで昼になるから、ランチの仕込みをしてるんだな。結構な人通りで、様々な人種がいる。


見るからにエルフとドワーフ、リザードマン、人猫、コボルドではない人犬っぽいの、オーク、オーガー、人豹っぽい奴、etc...。


俺、こう言うの好きなんだよな。一回でいいから、エルフの耳を触ってみてー。あ、ナルがそうだった。(笑)うちへ帰ってからにしよう。貴奴は性格とかもあまりエルフっぽくないんだよな。


しかし、ファンタジー世界では人間の敵であるオーガーやオークが、知的生物なんだなあ。ここはそもそも自然にこう言う構成なのかなあ。何だか後天的に作り込まれている気がするな。


「そうじゃ、これだけの人種が纏まって居るのは都だけじゃ。恐らく創られているのだろうて。」


「ですよねー、いくら何でもこれはファンタジー過ぎますよね。味付け過多だなあ。」


「何だかバランスをとりすぎて、逆にアンバランスになってる気がするよ。マサは、こう言うの好きだよね?」


「うん、そうだなあ。でも、リアルと区別がつかなくなりそうだなあ。」


「それは同感じゃな。落ち着かないのう。」


「賑やかなのが好きな人向けですね。」


午前中の人通りがまだ少ない時間帯を利用して、俺たちは繁華街を抜けた。途中に道具屋さんや、居酒屋、鍛冶屋、洋服とか小物屋さんがあった。後で寄ってみたい。


町を抜けると、農村地帯だ。穀物や果樹、牧畜がテンプレ通りに備わっている。かなりの面積で、見渡す限りでは遥か数キロ先に城壁のようなものが見える。


多分、その外側は堀で、橋でもかけてあるんだろうな。如何にも中世好きな奴の設計だな。まあ、比較的平和だから実現できる城塞構造で、近代化された武力侵攻には対応できないんだけどな。


のどかな農地を移動し、やがて城壁が前に見えてきた。近付くと、兵士が壁の上をうろついている。


無論こちらは見えない。真面目に仕事する奴、サボる奴。上空からだとよく見える。うちの村には、こんな余裕ないなあ。


都と地域の文化的な格差は、かなりあると思う。何故首脳部は、地域援助をしないのだろう?アズ様みたいな善良な人もいるのにな。


案の定、城壁の先は川になっていた。結構深そうで、城壁外の住民とおぼしき人が釣りをしている。


俺は川の水を採取した。岩の影に隠れて手だけ実体化し、専用の試験管に入れる。次に瞬間移動で町の中に戻り、近くの井戸から水を採取した。


「サット、解析頼む。」


「頼まれた。」


それから、露店の食事や飲料を少し拝借した。旨そうな全粒粉のサンドイッチとレモネードを貰い、即席で虫素材からのコピー品を代わりに置いた。


勿論食べても俺には害はない。と言うか腹が減ったな。(笑)


「サット、これも。」


「ほい」


さて、一通りうろついてみたが、政治的な問題はよくあるパターンで見受けられるものの、民衆は普通と言うか幸せそうに暮らしている。


日々の暮らしの格差はあるだろうが、何とか飢えずに毎日を暮らしてると言う意味では、全然悪くない。むしろ、コンプライアンス含めてこの状況なら良い方だろう。


そう言えば、血の継承者は何処に住んでいるんだろう。それらしき建物は...ああ、魔法学園の向こうに、何やらタワーが見えるな。あれかもしれないな。


不意に、背後で気配がした。俺のように瞬間移動でもしたかの様だ。振り向くと、銀髪で縁なしの丸眼鏡をかけて、杖をついた穏やかそうな老人が立っていた。


服装は近代風のジーンズとチョッキの下に長袖シャツを着ている。杖も、近代風な奴だ。ああもう、誰でも一目で判る違和感だな。


「お初にお目にかかります、ドラキュラ伯爵。」


俺は隠密を解いて可視化した。気付くと不思議と周囲には誰も居ない。真っ昼間の町中なのに、だ。


「私を知っているとは、どこぞの次元から旅をされてきたのかな?」


老人は、あっさり正体を告白した。どうやら戦う気は無いらしい。むしろ、相手からは平和のオーラと友好の感情が滲み出ている。


「良かったら、こちらへついて来られては如何だろうか?ここを長く魔法で支配するのは、民の迷惑になるから。」


老人は、杖をつきながら踵を返して歩き出した。改めてこの人がドラキュラだと確信できる。何故なら、いくら早く移動しようとしても、全然距離が縮まらないからだ。


純血の吸血鬼の能力だ。とても不思議な魔力だなと感じる。


「これは、空間をコントロールしているな。君と彼との間の空間を、固定する魔法を行使している。侮れない相手だな。」


サットは、緊張しているようだ。まあ無理もないだろう。前次元でも滅多にお目にかかれない、本物を目の当たりにしているんだからな。


誰もいない町を抜けて、タワーの方へ歩いて行く。後ろを振り向くと、何故か人が普通に歩いている。前には誰もいない。こりゃ面白い。


やがて、タワーの入り口に来た。城壁とは違った格好の衛士が2人、入り口に立っているが、真っ直ぐ前を向いたままピクリとも動かない。どうやら時間が止まっているらしい。


「時空魔法。マナを行使して行える秘技の1つだね。我等に対抗出来る、数少ない技能だね。」


サットは、戦慄と感嘆の感情がない交ぜになっていているようだ。ま、対抗策でも考えているのだろう。俺は老人に集中しよう。


階段を上っていく。滑るような足の動きだ。今気付いたのだが、俺が歩かなくても景色が動く。(笑) つまり、空間ごと虜になっているのだろう。


やがて、最上階に到着した。扉の前で老人は止まり、手をかざすと一瞬で景色が変わった。石造りの、品の良い部屋だ。昔のドワーフが作ったみたいな、かなり手の込んだ調度品や家具だ。


飾り気はなく地味だが、老人の性格を表している。これが、真祖なのか。これが、悠久の時を生きたドラキュラ伯爵なのか。


椅子を勧められたので、座った。既に実体化をしている。多分この老人は、何か用があるのだろう。それがある限り、殺されたりはしないだろう。


「マサ、対策は万全だから安心して。」


サットから、嬉しい情報が来た。老人は、右脇の椅子に腰を掛けた。


「さて、君に来てもらったのは、話がしたかったからだ。もう百年位は、誰とも話していない。先程も、上手く喋れるか不安だったくらいだ。」


「場所の提供を、ありがとうございます。貴方のような方がお誘いくださるとは、思いもしませんでした。」


「時間を取らせて済まんな。君が19番から来たことは知っている。何をやろうとしているかも、何となくな。」


「不都合がありましたかね?私は平和が好きなので、1度は話をするべきだと思い、都へ来ました。まさか貴方に直接会えるとは思いませんでしたが。」


「うむ、嘘は言っていないな。君は、本当に正直なのだな。それは、守護者がいるからなのかな?余裕があるのも、それかな?」


「おっしゃる通りで、ここに神が居られます。しかし私は自分の胆力と意思で、貴方や都の責任者と話をしたかったのです。話ができれば、でしたが。」


「なるほど、君は自信があるわけだな。結構。それなら男同士の話ができそうだ。」


老人は、にこやかに笑った。そして次に口にした言葉に、俺達は驚いた。


「この都を君が統治してくれと私が頼んだら、君はどうするかね?」


「お引き受けします。精一杯勤めさせていただく所存です。」


「躊躇がないな。腹が据わっている。意味は解っているだろうが、理由を聞きたい。」


「まず、私は1度しか次元転移していません。貴方の次元がここ以外のどちらから来られて、どの次元を渡って来たかは判断しかねますが、私の住んでいた次元にも居られたのであれば、あの惨状を知っているはずです。」


「もしかして地球かな?...ふむ、そうだね。あの世界は怠惰と汚濁にまみれていた。私が言うのも何だが、物質信仰が極まっていたね。」


「ですから、この次元では前の過ちを繰り返さないように考えて来ました。至らなかった事もあったかもしれませんが、民草の為になるようにと、自分なりにやって来たつもりです。」


「そうだね。君のことは、19番に辿り着いてからずっと観察させてもらった。太い男だね、君は。」


「ありがとうございます。ご存知かもですが、私の妾が貴方の血を宿しているものでした。その因子は取り除きました。」


「解っている。君の立場や、やろうとしていることには不要な因子だろうからね。」


「申し訳ないですが、何故寿命が短いものが居るのかと言えば、そういう目的で生まれてくるからです。延命は、霊のためにならない場合が多いと思っています。」


「完全否定はせんのだね。」


「今あなたを見て、無駄なことばかりでもないと気付かされました。新たな学びを、ありがとうございます。」


「君は謙虚だね。そんなに良いものではなかったさ。私もこう言う境地になったのはつい最近でね。この次元に来て、都を創ってからだね。」


「そうでしたか。御苦労されたでしょうに。」


「いや何、趣味の延長だったのさ。」


「楽しまれもした訳ですね。分かります。それで、皆が精一杯生命を活かせる場所が必要だと思ったのです。今やろうとしていることも、ここへ来たのも、その延長です。」


「成る程。」


「もしかすると貴方の意思に反するかもしれませんけど、健全な知的生物の一生を全うできる場所であれば、都でも何処でも構わないんです。私の趣味も込みで、楽しもうとした結果が今持っているプランなのですがね。」


「解るよ。私もそうだったからね。楽しいよな、居場所を創造するのは。」


「はい、共感します。ですから、今の都は貴方のような人が望んだものとは、少し方向性がずれていると私は感じています。それを私なりに改善できるなら、この大所帯の長として時間を割くのも、悪くないと考えました。」


「想像以上の答えだね。君が政治的にどのくらいの力量があるかを知りたかった。小賢しい仕組みなど、下の者に任せておけば良い。だが、君の言う大所帯の命を預かる者として、その方向性を示せない者は為政者たる資格はないと思っている。」


「はい、私の住んでいた日本では、特にそういう部分が足りない政治家ばかりでした。」


「結局、政治家やそれを操っている者の独裁下での民主主義。これ以上の矛盾と怠惰があるだろうか?いや、無い。偽善はもう沢山だ。」


「今の貴方があの世界で政治家や専制君主をやっておられたら、変わっていたかもしれませんね。」


「どうかな?民衆が怠惰なのは、食い止められなかっただろう。政治に興味がなくなった民衆など、奴隷と同じだと思う。」


「失礼ですが、私の先入観で貴方のことを誤解していたようです。でも、それなら何故都を他人に渡すと言う話になるのでしょうか?今のあなたなら、血の継承さえ行わなければ最高の為政者でありましょうに。」


「私はかつて、それを奨めていた側だった。この体になって数千年、魔導の極みを尽くして造り上げたこの血を、失わせるのは愚行だと最初から勘違いしていた。」


彼は、ため息をついた。深く、歴史のある吐息を。


「都で寿命が長くなった者達が何をしたかと言えば、傲慢、強欲、侮り、怠惰、色情、汚濁を産み出しているだけだ。数千年の研鑽の結果得た至高の一滴と、私は自分の血を誇ってきた。」


老人の表情は、苦悩に歪んでいる。


「しかし結局私以外の血族が産み出したものは、人間の産物そのものであった。なんと言う屈辱か!何が高貴な血族か!」


怒り、自分の愚かさを呪う熱が、マグマのように伝わってくる。


「例外はあったが、血は高潔を生むにあらず。その者の霊がそうさせるのだと気付いたときには、都は今の現状になっていた。私にここを存続させる資格はないのだ。」


老人はため息をつくと沈黙した。この、壮絶な徒労感を一緒に味わう事で、俺は違う学びを得た。これは反面教師なのだ。自分は出来るだけこの間違いを犯すまいと神に誓った。


「...今なら、大丈夫な気もしますけどね。元は貴方のプランです。御随意になされば宜しいと思います。私は自分のプランが上手く行って、都と共生できれば最高だと思っていましたから。」


老人は頷いた。深く、覗き込むような視線で俺の目を直視しながら。


「武力や侵略は、結局その果報が自分達に返るだけです。そういう結果は、私は望みません。この通り神も居られますし、貴方の想いとは関係なしで誓います。両方の民草が、幸せになりますように。」


「今、人を得た。今日は滅多にない慶事が起きているのかもしれない。君に、真祖ドラキュラ伯爵の名に於いて都の権限を委譲しよう。頼む、皆を幸せにしてやってほしい。」


彼は、肩を震わせた。穏やかな目になり、涙が頬を流れた。


「あの、差し出がましいようですが、宜しければ私達の場所へ来ませんか?申し訳ないですが、吸血や血の継承をやらないとお約束頂ければですが。」


「君は、豪胆だね。しかも物言いがストレートで嫌味がない。時々話し相手になってくれたら、私は幸せなんだがね。住む場所や時間や距離など、私には意味がないからね。」


「命の続く限り、貴方が今のままでいらっしゃるなら、喜んで。とても興味深い話なので尽きそうにありません。」


「ここへ来て、君のような者と友好になるとはね。人生は、本当に何があるかわからん。」


「申し遅れましたし知っているかもですが、私はマサと言います。ああ、少し待ってください。」


ラヴィ様が実体化された。少し怪訝そうな表情をされている。


「何とも狐につままれたようじゃの。我はラヴィダースと言う。インドで行者をしておった。」


「伝説の!確か、ブラーフミンの晩酌に複数の御自身を出現させたとか。」


「流石は次元渡りだのう。神は遍在じゃ。それは邪神とて同じであろうに。」


「耳が痛いですな。もうこうなっている以上、開き直る以外に私には道がないのです。後は消滅するくらいしか。」


「強かじゃの。自分の命と都を交換するとはの。じゃが、これ以外の道は却下じゃ。裏を返せば、この者達を今後害さなければ、御主の存在は我が認めよう。」


「助かります。正直、相対しても彼に勝てる自信など皆無でしたからな。」


そうだろうな。でも、これを嘘偽りなく吐露したことで繋がったな。俺のプランをダシにした形になった訳だが、そこが彼の目的ではなかったと俺は感じている。


「御主の心意気が、我には意外であった。今でも血の呪いで縛られているとは到底思えぬ。」


「私はベルゼバブに仕える者。しかし、ある時「しゃぶり飽きたので暫くは要らん。」と言われましてな。このまま永久に用済みなのかもしれません。」


「蝿の王か。アンデッドの主神じゃな。酔狂な奴じゃ。」


「邪神は、どれもその様な者です。奔放ですので。」


「まだ心が残っているなら、希望するときに願い出よ。躊躇なく浄化してしんぜようぞ。」


「まだ暫くは。彼と話をする楽しみができましたので。」


「手加減してやるのじゃぞ?御主より大分若手じゃからの。」


「心得ています。が、彼の霊は巨大です。私など比べられない位に。」


「今の御主なら、そう卑屈にならんでも良い。じゃが、いつまた邪心の虜になって後戻りするやら。」


「保証はありませんな。その時は、彼に滅せられるでしょう。」


「むふふ、我もそう思う。」


ラヴィ様は、納得したようだ。依り代へお戻りになられた。


「貴方のことを、今後は伯爵様と呼べば良いでしょうか?」


「そうだね、それも良いかもな...そうだな、もっと庶民的で親しみ易いのもありだろう。」


「では、頭文字を取ってディーさんと言うのはどうでしょう?」


「そうだね、そうしようか。他にアイディアも無いしな。」


「では、決まりで。これからもよろしくお願いします。」


「堅苦しいのは無しにしよう。ざっくばらんに、友人として話しかけてくれ。」


「...じゃ、ディーさん宜しく。」


「なんだか、ディレクターって呼ばれているみたいだ。」


2人で笑った。結構面白い人だなと、俺は気楽になった。


「それで、都の血統ですがどうしましょうかね?」


「それなんだが、二位の奴な、あれと取り巻きが問題なのだ。根っからの権力至上主義でな。下らない生物になり下がっているわ。大した能力もない癖にな。」


「それは、話し合いは無理と言うことでしょうか?」


「あれは、私が消滅したと思い込んでいる。最後の仕事で、話をしてみようと思う。」


「そういう人は、狡いパターンですよね?」


「うん、そうだな。小賢しいのは一人前だな。」


「何か、貴方が蒔いた種を否定するなとか言い出しそうですね。」


「充分にありうるな。最終的にはごり押すしかないだろうな。」


「あのですね、実はアイディアがあるんですがね。」


「君も相当な策士だね。ここで即アイディアは普通出ないだろう?」


「えへへ、実は幾つかのシナリオを作って対応を予め考えておいたんですよ。」


「ほう、中々有能だね。私の会社で使いたかったな。」


「社長さんだったのですか?」


「ああ、グローバル企業と言うやつだな。」


「ディープステイトじゃないですか。」


「そうとも言う。(笑)」


「じゃあ、ディーさんと言うとディープの方になっちゃいますね?(笑)」


「...何だかそれを聞いたら罪悪感がな。やっぱり違うあだ名にしようか。」


「じゃ、単に社長さんで。」


「何か凄いしっくり来るな!決定で。(笑)」


「そうだ、その最後の仕事と言う奴ですがね、もうひとつお願いできないでしょうか?」


「何をやらせる気なんだ?」


「魔導研究所長の件で。」


「ああ、アズナイル君か。面識があるな。今は19番に居るのだろう?」


「はい、彼女の血の事と、婚約者の事で。」


「血は解るが、何で婚約者の話が?」


「はい、結婚を申し込むと言うか、申し込ませる予定なので。」


「...呆れるな。方法はあるのかね?ああ、もしかしてごり押すアイディアと同じ流れとか?」


「凄いです!さすが社長!」


「そう言えば、二位の所の息子が婚約者だったな。これは面白くなってきたな。(笑)」


「ええ...そこまで予想できませんでした。」


「ここまで予想できる奴が怖いわ!(笑)」


そこから、社長とアイディア(わるだくみ)を練った。流石は元グローバル企業の社長さんで、この上無く上手く行きそうな計画が出来上がった。何だかここに来て、楽しくなってきたぞ。


「マサ、サンプルの解析が出来たよ。川の水は大丈夫だが、井戸水と食品は真っ黒だね。」


「ありがとう。やっぱりそうだよな。」


そう、血が飲料水や食品に混じっていた。都全体を吸血鬼化する計画だろう。


「社長、食品と井戸から血が検出されました。」


「...あいつ、いよいよ手段を選ばなくなって来たな。マサ、急がなくては。」


「そうですね、実は既に一般向けの解呪法はあるのですよ。」


「それ、すぐに実行できるかね?」


「水源は分かりますか?」


「こっちだ。」


俺は社長について行った。正確には引きずられて、だが。

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