うなじ
「なあ、女子高生のうなじを吸いに行こうぜ」
それは、ほんのバカな友人のささやき声から始まった。
「え、どういうことだよ?」
「今夜、夏祭りがあるだろ?浴衣姿の女子高生がたくさんやってくるのは、言うまでもない。そこで、俺たち蚊はこっそり女子高生の背後に忍び寄り、うなじの血をちゅうちゅうしちゃうというわけだ」
我ながら、とんでもない友人を持ったものだ。
この頃、中年のおっさんの美味しくない血ばかり吸ってきたので、若い女の子の血に飢えていた。
そんな時に、こんな魅惑な提案をされてしまっては、抗う術を僕は知らない。
「素晴らしい、素晴らしいよ」
「へへへ。だろ?」
こうして僕たちは、明日の夏祭りで、女子高生のうなじちゅうちゅうプロジェクトを決行することにした。
この時は想像もしていなかった。
まさか、あんなことになるなんて……。
⭐︎
その夜、僕と友人は夏祭りの現場にやってきた。
縦に連なるように立ち並ぶ屋台には、おっさん達がたこ焼きやらお好み焼きやらを鉄板の上で焼いている。
しかし、今日のターゲットはこんなおっさん達ではない。
「な?たくさんいるだろ?」
「本当だ。美味しそう……」
友人の言った通り、夏祭りという催し物ひとつで、女子高生らしき若い娘がホイホイと集まっている。
それに、普段は長髪の女の子も、この日に限っては髪をまとめてうなじが露わになっている。
「素晴らしい、素晴らしいよ!さっそく吸いに行こう!」
「まてまて。この夏祭りでのメインイベント、花火が始まってからだ。人間ったのは花火が上がると感激して見入ってしまうのだ。当然、蚊の1匹や2匹に気がつくはずもない」
「なるほど!花火が上がっている間に吸っちゃうわけだね」
「そういうことだ」
僕たちは花火が打ち上がると思われる場所の付近で、身を潜めて待機した。
その場所には、血を吸われるとも思っていない女子高生たちが、綿菓子やらたこ焼きやらを頬張りながら、花火が打ち上がるのを待っていた。
フフフ、花火を待っているのは僕たちも同じだ。いやあ、それにしても若くて健康な血は美味しくていいんだよお。
ヒュルルルルル〜パァアアンッ!
その時、一筋の光が空に向かい飛び上がったかと思うと、花が開くように爆発する。
「今だ!行くぞ」
人々が花火に感激する中、友人の掛け声で飛び上がる。
「お。かわい子ちゃんみーつけた!」
こういうことへの行動だけは早い友人は、可愛らしい浴衣姿の女子高生らしき少女のうなじに吸い付く。
「あっ!ずるい!僕もその子がいい!」
「早い者勝ちだ……あれ?」
うなじに針を突き刺した友人は、怪訝な顔を浮かべる。
「どうしたの?」
「ち……血が吸えねぇ……」
「え?どういうこと?」
「コイツ……人間じゃない」
「あんた達」
「「ひっ!?」」
少女は振り向き、僕たちと目が合う。
右目で友人を捉え、左目で僕を捉えている……そんなバカな。僕たち蚊を人間の目視で追うのは簡単じゃないはず。それも、こんな花火くらいしか光のない状態ではまず不可能だ。
「そう、私は機械都市ソラネットから召喚された不死身のサイボーグよ。だから、あんた達のような微生物も見逃さないわ」
「ギャァアアッ!」
彼女の右目がピカッと光ったかと思うと、友人は断末魔を上げ粉々に霧散した。
「いきなりレディのうなじを吸おうなんて失礼な虫さんね。砕け散りなさい」
蚊の諸君、可愛い子のうなじには気をつけよう。
綺麗な花にはトゲがあるといったように、女子高生のうなじはトゲどころかメタリックであることも……
ひぎゃっ!