表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

8. "con acqua"

お久しぶりですm(*_ _)m

慣れない環境だったからか、翌日の目覚めは早かった。


数字の代わりにそれぞれの月の誕生石である宝石があしらわれている文字盤がおしゃれな壁掛け時計を見ると、時刻は6:00過ぎだった。普段の私なら間違いなくまだベッドの中だろう。まあ今も目が覚めているだけで、ベッドの中にいることは変わらないのだが。


まだ半分くらいしか目覚めていない体を奮い立たせながらベッドから出て、昨日買ったばかりのセットアップに着替え身支度を済ませる。部屋に備え付けのティーポットに淹れてあった紅茶を飲みながら優雅な朝の読書タイムを楽しんでいると、誰かが部屋の扉をノックしてきた。


はい、と返事をしながら扉を開けると、昨日と同じメイドがいて、朝食の時間だと告げられた。


食事まで案内してもらいながら話を聞くと、彼女の名前はファルニアと言って、王宮における私の筆頭専属メイドらしい。っていうかいつの間に私に専属メイドなるものが付いたのか...どこぞの富豪の娘になった気分である。しかも彼女は"筆頭"専属メイドということだから、他にもいることが窺える。...そこまでしなくても良いというのに、英雄への待遇はこれほどまでに手厚いのか。


食堂に着くと、やはり既に多くの人が集まっていて、昨夜と同じように談笑しながら皆で食事をした。今回は国王直々にお話、などはなかったようで、少し安心する。そのまま何事もなく食事を終えると、部屋に戻ろうとしたタイミングでオルガットに呼び止められた。


「早速だが、今からやってみるか」


何を、とは聞かずともわかる。昨日話を聞いたばかりの魔法のことだ。


練習場に行くぞ、と言われてついて行った先は、王宮の一角にある競技場のような場所だった。私たちは中央、スタジアムなどならばトラックなどがあるような場所に立っている。


「威力の調節を誤れば、建物どころか街一つくらい吹き飛ばすような魔法もあるからな。ここだったら練習場全体に防護魔法がかかってるし、万が一魔法が暴走してもいいように威力軽減の魔法もかかってるから安心安全ってな!」


ということらしい。


「...ちなみに、その防護&威力軽減魔法を24時間ほぼ無休で張り巡らせているのが、国王か、次期国王が成人しているなら次期国王、今だと第一王子のネオヴァール様だな」


...すごいな。魔力が尽きることはないのだろうか?



「さてと。とりあえず一番基本的な魔法をひとつ見せるから、実際にやってみてくれ」


「......えっと、それマジで言ってます?」


「ああ。呪文はみんな同じだから、それを口にしたときに強かれ弱かれ魔法の効果が出れば"その人には魔法の素質がある"と判断されるんだ。威力調整を行わずに発動した魔法の威力によって、その人がどれほど魔法の適性を持っているかを知ることができる。

というわけで、今から俺が一度やって見せよう。さすがに俺は最大出力よりかなり加減して発動するからな(苦笑)。俺が全力出したら、多分この練習場どころかこの街くらいは水没させちまう...」


さすが水属性を極めたトップとでも言うべきか、サラッとやばいことを言っている。


「とりあえず、オルガットの見本を見て、そのあとに言われた呪文を唱えればいいんだな」


「そういうことだ。んじゃ、始めるぞ」



オルガットがそう言い終えると、一気に周囲の緊張感が高まる。オルガットが目を瞑り右手を前にかざして小声で何かをつぶやくと、彼の体は濃紺のオーラを纏った。手の先に目を向けると球体の水が現れており、それは少しずつ大きくなっていた。というか、大きくなっていたどころではなく、練習場を埋め尽くしてしまうのではないかと思うほどに巨大化していた。

横向きでは支えきれなくなったのか、オルガットは少し顔を歪めながら手を上に向け、練習場の上空に膜のように変形させた水を覆わせる。そして次の瞬間、水の膜は消え去り、この辺り一帯に細かな霧雨が降り注いだ。


「......すごい」


それ以外の言葉は脳内から消え去ったようだ。本当に何も言葉が出てこない。改めてまじまじと見ると、こうもすごいものなのか。地面は先程の雨で濡れているし、私自身もかなりずぶ濡れだ。幻覚などではなく、本当にオルガットの魔法で水が現れたということが現実味を帯びる。魔法を使ったオルガット本人はというと、かなりの体力を使ったようで、地面に片膝をついて少し荒めの息をしていた。


「っと、ちょっとやりすぎたか...本当ならもう少し簡単な見本にするつもりだったんだが、形状変化だの霧散だの詰め込みすぎて思ったより魔力の消耗が激しくなっちまった......前やった時より魔力の減りが速いのは気のせいだといいが。

あ、ナギにやってもらうのはここまで激しく消耗しないはずだから安心してくれ。加減を誤るとこうなるだけだ」


...なんかだいぶ不安になってきた。本当に大丈夫だろうか?


「さて、実践に入っていこう。まずは前に手をかざして、今から教える言葉を言ってみるだけでいい。できそうなら、なにか形をイメージしてみてもいいかもな。目を瞑ると意識を集中させられるから、そうするといい。何か他に聞きたいことは?」


私は首を振る。


「まあやってみないことには、何もわからないからな。というわけで、魔法を発動させる言葉は"con acqua"だ。さっき言ったようにやってみるといい」


「わかった」


形、か...どういうものがいいのかさっぱりわからない。まあ単純に球体でいいか、初めてだし。

半信半疑ながらも、私は言われた通りに手を前にかざして目を瞑り、"con acqua"とつぶやいた。


体から何かが吸い取られていくような感覚がした。おそらくこれが魔力だろう。まあ止めたり加減したりする方法も分からないので、出せるところまで出し切ってみるかと思い、とりあえずそのまま流れに身を任せるようにする。

目を瞑っているので分からないが、おそらく先程のオルガット同様手の先には水球ができているのだろうと想像がついた。よほど水球が大きいのか、辺り一帯がかなりじめじめとしてきている。



「...っ!?」


しばらく同じ状態をキープしていると、少し離れたところで息を吞む音が聞こえた。オルガットだろうか。目を開けて周囲の状況を確認しようとすると、「そのまま動くな!」と切羽詰まったようなオルガットの声が聞こえたので、目を開けることも無く動かないようにした。何か異常事態でも起こったのか、全く状況がつかめていない私はオルガットに言われた通り動かずにいることしかできない。

不安が募っていく中、しばらくすると、オルガットの"Aspirare"という何かの魔法を発動する言葉が聞こえ、周囲に満ちていた湿気が少しずつ減り始めた。しかし半分ほど湿気が減ったところで減少のスピードはかなり減速する。


「ヴィユークか? ナギの魔力が思いの外多くて、俺だけじゃ吸い取り切れん。辺り一面が水浸しになる前に、至急人を集めて練習場に来てくれ!できれば魔力色が低彩度色か濃い色の奴が望ましい。あと魔力量の多いやつも中身減らして連れて来い!」


かなり大変なことになっているようだ。どうやら、万全な対策をしていそうなオルガットでも想定外なほどに私の持っていた魔力はかなり多かったらしい。見本を見せてくれた時に魔力を消耗しすぎてへとへとになっていたオルガットが私の魔力を吸い取ってもまだまだ残っているということは、それほど深刻な状況なのだろう。ヴィユークに連絡を取ったのも頷ける。


「ナギ、辛いかもしれないが、もう少しだけそのままでいてくれ! 返事もしなくていいから! 集中を切らすな!

お前が集中を切らしてその水の制御をやめると、グランが水没都市になっちまう可能性もあるんだ、それだけは何としても避けたい」


一つの町を水没させるだけの水というと、さっき言っていた本気のオルガットの魔力の最大量に匹敵する量だ。しかも、現時点で外に具現化している水量でそれだ。私の感覚では全く限度に達していないので、私はオルガットよりも魔力が多いということになる。いささか信じられないが、彼はこんな状況で噓をつくような人ではないのは出会って間もない私にも感じられたので、現実味はないが本当なのだろう。

私はまた手の先に集中を戻し、自分の方で少し制御できないか試みることにした。...まあそれはすぐに断念することになったのだが。魔力を出すことは簡単でも、抑えることは圧倒的に難しかったのだ。下手をすれば更に大量に放出しかねない。それを悟った私はオルガットたちに協力できないのを申し訳なく思いながら、これ以上一気に出すことのないように今の状態を保つようにした。



やがて、人の気配が増え、周囲が騒がしくなってくる。


「こういうのは大人数で一気に吸い取った方がバラバラでやるよりも効果が出やすいんだ。できるだけ魔力量多いやつは後ろから援護する感じにしてくれ。そろそろ行くぞ!」


オルガットの指示する声が聞こえた。と同時に、大量の魔力が吸い取られていく。湿度もだいぶ下がってきた気がした。水に変換された魔力も一緒に吸い取られているのだろう。それでも残念なことに、私的には魔力が枯渇していく感覚には一向にならない。せいぜい2/3といったところか。


「まだ全然だめそうだな...一体どれだけの魔力を持っているんだか。量を測るためにも、一回枯渇させた方がいいだろう。お前ら、あともう一息だ!」


...本当に一息で終わればいいが。まあ半分はなくなったし、一息と言えなくもないか。どうすることも出来ない私はそのままの体勢を維持する。



「オルガット、これ一息じゃ多分済みませんよ。結構みんな吸い取りすぎて疲弊してます。別の、環境にあまり影響がない魔法に切り替えて放出した方が良いのでは?」


「一息って言った方が多少気は楽になるだろ。ってヴィユーク、来てたのか!? 普段は司令だけ出して、自分は部屋で優雅にくつろいでる奴が部屋から出てくるなんて、異常気象の前触れなのかこれは...」


「酷い言われようですね...僕もたまには動かないと体が鈍りますから。そのせいでティアズの称号を剥奪されたら最悪過ぎますし。とにかく急がないと持ちません。僕が光の呪文を教えてくるので、オルガットはこの場にいる全員にブラインドの魔法をかけさせてください。街の方に広域でかけるのもお忘れなく」




言葉を聞き取るまではできないが、なんとなく聞こえてくるオルガットと話している声でヴィユークだと判断する。第二王子まで出てくる事態にまでなってしまったのか。

オルガットの指示する声が遠ざかっていくと、今度は人の気配が私に近づいてくる。と言っても50mくらいは離れていそうだが。


「ナギさん、僕の声は聞こえますか? ヴィユークです。聞こえるようでしたら、返事代わりに水球を8分音符の形に変えてこちらに差し出してください」


......その独特過ぎる返事の代わりの方法はどこからでてきたんだよ!?


「あ、無理なようでしたら適当に何か空いている方の手で合図を送ってください。......あぁ、それで大丈夫です。素早い返事をありがとうございます。事態が逼迫しているので手短に話させていただきますが、今からちょっと魔法を切り替えてもらいます。あなたの魔力をすべて吸い取るには人手が足りませんので、周りへの影響が少ない魔法に切りかえて放出してもらおうと。おそらくその方が早いので。とりあえず安全のための目隠しをしておきましょう。"Blocca la tua vista"


では、オルガットから連絡も来たようですし始めていきましょう。先程までの水のイメージは一度捨てて、そうですね、太陽のように周りを照らすイメージにしましょう。 ......

―――貴方は闇の中に一人佇んでいる太陽です。周りを照らして、闇の世界を眩い光で溢れさせるのです。貴方はこの世界で唯一それができる、選ばれし存在なのだから―――」


一人で一気に喋ったかと思えばまたいきなり要求を...まあいいんだが、ヴィユークのイメージの世界が完全に厨二病のそれだった。と思った瞬間、ヴィユークの言った情景が映像として私の頭の中に流れ込んできた。今なら本当にやれそうな気がしてくる。いや、絶対にやれる。


...違和感が頭を掠める。なぜ私はこんなにも根拠のない自信を持っているのだろうか。


「―――"con leggero"と唱え、今こそ闇を打ち払うのです―――」


違和感の正体を探れないまま、ありったけの魔力を放つイメージに切り替えて光の呪文を唱える。


「"con leggero"」


大気中の水蒸気は一気に適量に戻り、一瞬だけ体全体が熱くなったかと思えばすぐに収まる。何が起こったのだろう。まさか、失敗したのか? 詳しく考える隙もなく、私の意識はそこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いつもとても面白いですこれからも頑張ってください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ