4.「黒の英雄伝説」
「早速黒の英雄伝説について語りたいところですが、その前に一つ。
ナギは、音楽は好きですか?」
オルガットが3人分のお茶セットとキンバー用のミルクを持ってきて席についたのを確認すると、ヴィユークはそう切り出した。なんか関係なさそうな話に聞こえるが、まあ私は別に嫌でもなかったので答えた。
「ああ。幼い頃から歌うのが好きで得意だったし、楽器も習ってたから、絶対音感もあるよ。」
「いっつも部屋でうるさいくらい歌ってるからな!」
「キンバー、それ以上は黙りなさい」
「ごめんなさい...」
キンバーが少々余分なことを付け加えるも、私としては至って普通に答えたつもりだが、二人にとっては違ったようだ。二人とも大袈裟な程に驚いて固まっている。私は何か失言でもしただろうか。次に聞こえてきたのは、聞き間違いかと思うような言葉だった。
「まさか、伝説の能力を持っているとは...さすが英雄の魂を持つ者だと言えばいいのでしょうか」
「マジかよ...俺の相対音感でも珍しいってのに、絶対音感ともなると、どんだけ能力高いんだよ!?」
やっぱり話についていけなくなっていく。というか絶対音感が伝説の能力って、そんなに珍しいのか!?向こうの世界だと思いの外いるんだけどな。
私の世界の常識とこの世界の常識の違いに、先程からカルチャーショックを受けるばかりだ。
「...いささか凄すぎる気がしないでもないですが、それだけの能力があれば"奴"とも対等に渡り合えるでしょう。この世界の魔法の威力は、術者の音楽的な才能に左右されるので、かの英雄も絶対音感を持っていたようですし。楽器の演奏にも長けていたという記録も残っていますよ。
まあこの話はここまでにして、早速本題に入りましょうか」
少し引きつり気味の笑顔でそう言うと、ヴィユークは"黒の英雄伝説"を語り始めた。
〜〜〜〜〜
今から千年ほど前、この世界「アルファリーナ」はさまざまな音で溢れていて、人々は音楽を心から楽しむことが出来るというまさに音楽の理想郷でした。魔法の威力でさえも術者の音楽的な才能に左右されるのですから、アルファリーナが音楽によって支えられていると言っても過言ではなかったでしょう。...今もですが。
そんな音楽に満ち溢れた世界に、一人の少年がいました。少年の名はシレン・ウィートといい、幼少期から楽器演奏や歌などが上手で、数々のコンクールでも金賞をたくさんとっていて、天才少年として崇められていました。シレンはそれだけの音楽能力を持っていることから、魔法も一般の大人を凌駕するほどの威力を持っていました。
しかし、盛者必衰という言葉通り、そんなシレンの華やかな日々も長くは続きませんでした。ある日のピアノコンクールでのことです。またいつものように、シレンは大会を連覇すると思われていて、本人も自分に勝つ人はいないだろうと思っていました。ところが、そのコンクールでのシレンの結果は銀賞でした。
金賞を取ることはできなかったのです。
シレンは驚きましたが、「たまたま体調がすぐれなかったのだ」と考え、次のコンクールにも挑みました。が、結果はまたもや銀賞。しかも、前回と同じ人・・・ソルヴィア・サジクという同じ年齢の、珍しい黒髪を持つ女性に金賞を取られてしまったのです。その後もコンクールに出場し続けますが、ことごとくソルヴィアに金賞を奪われ、シレンは銀賞しかとれませんでした。
次第に皆はシレンのことを、限界に達した天才、と認識し、ソルヴィアの方を、突如現れた秀才として崇めるようになりました。
このことにショックを受けたシレンは、ソルヴィアのことを憎むようになり、コンクールなどにも全く出場しなくなりました。まあ当然でしょうね。今まで自分の上に立たれたことなどなかったのですから、シレンのショックの大きさは計り知れません。
その後も独りで演奏能力を磨き続けたシレンは、音楽スキルと同時に魔法のスキルも上がっていきました。そしてある日、とんでもないことを思いついてしまったのです。
「自分が一番になれないような音楽なら、消えてしまえばいいんだ」と...
当初にも言った通り、今も昔もアルファリーナは音楽によって支えられている世界ですから、そんなことを言い出す人は異端者扱いになって処刑される恐れもあったのです。そんな中でこの事を思いついてしまったシレンも、よくないことだとはわかっていました。が、シレンの中では処刑される怖さよりもソルヴィアに対する憎しみの方が勝ってしまっていたのです。
とうとうシレンはアルファリーナ王宮の立入厳禁の機密書庫に忍び込み、音楽を消すための魔法を探し始めました。とはいえ、そうそう見つかるものではありません。見つからないことを悟ったシレンは、またもやとんでもないことを思いつきました。
「ないのなら、自分で作ってしまえばいい...!」
この時のシレンの実力なら、一応できなくはなかったのです。資格を持たない民間人が魔法を新たに作り出すことは禁忌とされていましたが、シレンは王宮の機密書庫から何冊かの魔法の創作に関する書物を持ち出し、自室で魔法を研究し始めました。何度も試行錯誤を繰り返すうち、なぜかシレンの魔力の色は、澄んだ空のような水色だったのが雪のような白に変わっていきました。理由は定かではありませんが、本人も気づいていなかったようですね。
そしてついに、この世の全ての音を消してしまうという禁忌のオリジナル魔法、"Niente"を完成させてしまったのです...
〜〜〜〜〜
ヴィユークはそこまで話すと、紅茶を一口飲んだ。
「とりあえず、ここまでは把握できたか?一気に話してたが...」
今まで何も口出ししなかったオルガットが遠慮がちに尋ねてきた。今のところ彼の補足もなしで大丈夫だったし、なんとなくはこの世界の情勢が掴めた。
「今のところ大丈夫だ。ありがとう。」
それにしても、シレンという人物はとんでもないことを考えたものだ、と改めて自分の中で反芻する。私からすると、今まで頑張ってきた音楽を捨ててまでライバルに勝とうとするシレンの心情はあまり理解できない。まあ私に今までシレンにとってのソルヴィアのようなライバルはいたことがなかったし、理解ができないのも仕方がないと言えよう。
それにしても。
「そのオリジナル魔法は使うとどうなるんだ?」
ヴィユークはそれを先を促しているとみたのだろう。苦笑して、
「続きが気になりますか?」
と聞いてきた。
「もちろん続きはお話ししますが、ここから先はナギさんにやっていただくことも入ってくるので話が複雑化してくるかと。一度この辺りで休憩といたしましょう。」
そう言うと、ヴィユークはテーブルに置いてあったお茶菓子を勧めてきた。カヌレのような形をした焼き菓子だ。味も似ていて、私の好きな感じのものだった。
ふと下を見ると、キンバーは私の膝の上ですやすやと眠っていた。この子には難しい話だっただろうか。この様子ならしばらく放っておいても大丈夫だろう。
先程オルガットが淹れてくれた紅茶を飲みながら目の前のオルガットとヴィユークを見ていると、やはりこの二人は美形だと改めて思った。それぞれ違うタイプの。
オルガットはどちらかと言うと武闘派というか、体を動かすのが好きそうな感じなのに対し、ヴィユークは頭脳派の、研究こそが生きがいだ!とでも言っていそうな感じで、正反対と言ってもいいだろう。
そんな二人のイケメンたちは、片方は見た目からは想像できないほどの、もう片方は外見通りの優雅な仕草で紅茶を味わっていた。よくよく聞くと、「今日も上手く淹れられたな」というオルガットの呟きも聞こえてきた。確かに美味しい。紅茶にはうるさい私の舌をも、虜にしているのだから。
これを機に世間話でもするか。
「そういえば、二人はいつから一緒にいるんだ?」
二人は同時に顔を見合せた。
「...そういやいつだっけ?」
「...いつでしたっけ?物心ついた時からずっと一緒にいましたからね」
ということはかなり長そうだな...
「俺が今21でヴィユークは20だから...ざっくり言うと15年以上か」
「本当にざっくりだな...(苦笑)」
というかヴィユーク20歳だったのか...もう少し上だと思っていた。オルガットについても同様だ。二人とも年の割に大人びているので、せいぜい20代真ん中から後半にかけてだと思っていたのだがな。まあ私の年齢予想が毎回のように外れるのは今に始まったことではないか。
「僕に付いてくれたのがオルガットで良かったと思いますよ。それまでの人たちはみんなすぐにやめていきましたから。」
「それはお前がいろいろと要望を押し付けるからだろ。その量が多すぎてもう無理ってなったやつがどんだけいると思ってんだ...」
「オルガットは、すべてのお願いに迅速且つ丁寧に要望に答えてくれた初めての人です。並の人間ができることではないと私もわかってはいますから、あれでも量は人に合わせて調整していたんですよ?
...深い海底から実験に使う特殊な海藻を、酸素ボンベもなしの素潜りで取ってくるだとか、火山の活動状況を間近で調査してもらったら、何も言っていなかったのに欲しいと思っていた薬草を、死にかけながら"生息地の近くに寄ったついでだ"と言って取ってきてくれるだとか」
すごいの次元を通り越している気がする。なんなんだこの人は...怪人のようだ。そんなヤバい逸話を持っている当の本人は、呑気に笑顔を見せている。
「まあ俺独りでできたわけじゃないしな。それに、何年も一緒にいると、話さなくても考えてることは大体わかるようになってんだよ。」
...性格までイケメンである。そしてすごい。
「さて、そろそろ続きを話しましょうか。
ナギさん、準備はよろしいですか?」
「ああ。続きをよろしく。」
講座の続きが始まった。