1.運命の夜明け
はっ、とそこで私は唐突に目を覚ました。
誰かに刺されて死んだような記憶は残っているものの、体に異常は見られない。
夢だったのだと気づいてほっと一息ついていると、枕元でスマホのアラームが鳴る。いつも通りの私の好きな「英雄ポロネーズ」は、最初の左手の低音が響くところで私の脳を目覚めさせてくれて、これで朝の目覚めを迎えるのが私の習慣だった。ふと目をやった時計は、7時を指している。
「はぁ、もうこんな時間なのか...もう少し眠っていたかったのだが。」
最近の私は寝不足の傾向にあるように思える。それもこれも全て、趣味のために寝る間を惜しんで時間を費やした結果なのだが、私は朝に弱いようだ。自分でも今まで知ることのなかった弱点である。今日こそは早めに寝よう、と思いながらも眠りにつけない日々が何日続いたであろうか...
そんなことを考えながらも、いつも通り足に纏わりついてくる愛猫のキンバーを踏まぬようにテキパキと登校する準備を進めていくが、今日は何故かキンバーがいつもより熱烈にすり寄ってくる。昨日はあまりかまってあげられなかっただろうか、と考えたが、昨日の行動にいつもと大きく違うところはなかったはずだ。今しがた着替え終わった制服に毛があまりつかないように気を付けながら抱き上げ、
「どうした、今日はいつもより構ってほしいようだが。何かあったのか?」
と問いかけるも、キンバーは「んみゃ?」と僅かに首を傾げるだけである。特に異常も見られないようだし、良いと思うことにし、腕をすり抜けようとしたキンバーをそっと床に降ろし、自由にさせる。
あれこれしている間にいつのまにか時間は経ち、家を出る時間が迫ってきていた。少しキンバーと戯れすぎただろうか。焦り気味で一階のリビングに降りていくと、既に母は仕事で家を出ており、いつものトーストと蓋をされたミルクティーが置いてあった。珍しく母からの差し入れで、のんびりと味わいたいところだったが、時間がない私はそれらを急いで口に押し込み、カバンを持って玄関を出る。スマホの時計を見ると、7:52を示していた。丁度いい、いつも通りの時間である。少し急がなければと思ったが、この時間なら電車にも間に合うだろう。そのまま私はいつものペースで駅まで歩いていく。
そういえば、自己紹介をしていなかったな。ここでさせてもらおう。
私の名は神谷 凪。N市の某公立高校に通う高校1年生だ。
話し方や性格から、よく人に「クールだ」と言われる。私としてはおっちょこちょいな部分の方が目立つと思うのだが、第三者の目線とはよくわからないものだな。
他に特徴としてよくいろんな人から言われるのが、「音楽と本が好きすぎる」と言うことだろうか。実際私は幼少期からエレクトーンで様々な音に触れていたこともあり、絶対音感もある。その辺のただの高校生とは比べ物にならない音楽の知識がある、と言っていいだろう。...その割に学校の音楽の成績が伸びないのは本当に謎はであるが。鑑賞が苦手だからなのだろうか?
本についても同様で、暇さえあればいつも本を読んでいる。
その他にも紅茶や宝石には目がない。宝石については愛猫の名前にまでしている始末だ。ちなみに、キンバーというのは私の誕生日石であるキンバーライトからとったものである。だが、私の一番好きな宝石はアウイナイトだ。キンバーライトも嫌いではないが、あの美しい鮮やかな青い石にかなうものはないと思ってしまう。その他の石は・・・
っと危ない...さすがにこの辺にしておかなければ、話が止まらなくなってしまう。名残惜しいがここまでにしておこう。まあここで言わずとも、様々なタイミングで知ることになるだろう。
そうこうしているうちにいつもの駅が見えてきた。ふと近くの公園を見ると、いつもと変わらない風景、かと思いきや、見慣れない人がいた。
あれは...まさか。でも何故ここに?
あの子はここにいるはずがないのに。
本当はいるはずのない人物の発見に、少し狼狽える。
あの子・・・神野 詩音は、私の"元"親友だった。
"元"という訳を詳しく話せば長くなるが、簡潔に言おう。
彼女は"既に他界している"のだ。しかも、たった一年前。表向きは交通事故だが、受験ノイローゼによる飛び込み自殺という見解も出るなど、受験シーズン真っ只中でも詩音の死には学校内で様々な臆説が飛び交っていた。
そんな不可解な死を遂げた親友の姿を見つけた私は、いてもたってもいられなくなり、登校途中なのも忘れて無意識に追いかけていた。
私が追いかけていることに気づいているのかどうかは定かではないが、詩音とみられる人物はその公園で一番大きな木の裏側へ回り込むと、そのまま姿を消した。
慌てて私も木の裏側に近づき、周囲を見渡してみたが辺りには誰もいない。
今のは何だったのだろうか、と思ったその時。不意に誰かが息を呑む音が聞こえた。
「...っ!」
音に驚いて顔を上げると、高貴な気品を感じさせる美青年が木の枝に腰掛けていた。
年の頃は二十歳前後くらいに見えるが、実年齢はもう少し下かもしれない。どちらにせよ、落ち着いた雰囲気の好青年だと感じた。
息を呑む、ということは彼の方にも私が来ることは予想できていなかったのであろう。それにしても驚きすぎな気もするが。
「・・・やっと見つけられた。やはり、あなたなのですね!」
誰かに探されるようなことをした覚えはないし、ましてや私にはこの男との面識すらない。
一方的な知り合いということか。それか、私をよく似た誰かと間違えているのか。後者の方が可能性は高いだろう。
「どういうことなんでしょう?私はあなたと会ったことは無いと思いますが。他のどなたかと間違えている可能性はありませんか。」
私がそう言っても、彼は首を振るだけだった。
「私があなたの魂の色を見間違えるはずはありません!彼の英雄の魂ならばなおさらのこと。
・・・こうしてはいられません。早く帰還しなければ!」
魂の色、英雄、帰還。現実では耳慣れない言葉が聞こえてくるのは気のせいではなさそうだ。
「どういうことなのか、一から説明をしていただきたいのですが?」
「詳しい説明をさせていただきたいのは山々なんですが、我々には時間がありません。
...手荒な真似をお許しください」
こいつ、せっかく丁寧に聞いたというのに説明を省いた上、手荒な真似とは...初対面の人に対して、いささか対応のしかたが雑なように感じるのだが。
しかし彼の慌てぶりと申し訳なさそうな表情から察するに、時間がないのは本当で、手荒な真似というのも不本意なのだろう。
あれこれ思考を巡らしていると、謎の男は呪文のようなものを唱え始め、私に向かって手をかざしていた。
「coda:アルファリーナ、ピウスの森...”To Coda”」
その瞬間、私は一瞬宙に浮かんだような感覚になる。が、それは足元の地面がなくなったためであった。
文字通り、「なくなった」のである。
そのまま私は地球の重力に引かれるまま、突如発生した黄色の穴の中へ落ちていった。
”手荒な真似”とはこういうことだったのか。遠くから声が聞こえた。
”向こうに着いたら、オルガットという青年に指示を仰いでください。ヴィユークから言われて来た、と...”
補足。
ナギと詩音は二人とも読書家なので性格こそ似ていますが、似ているようで対になっています。
例・・・
ナギ:基本無口ですが、言いたいことがあるときははっきり言いますし、たまに男子がうるさいと怒鳴ります。
詩音:基本無口なのは変わりませんが、自分が他人の意見と違っても反論できないような気弱な女子設定です。