9.真相
大変お待たせいたしました!!
目を開けると、朝起きた時と同じような景色が広がっている。ようするに、昨日私に与えられたアウィンの間のベッドである。服装は意識を失う前と同じまま、手には磨けばかなりの高値で売れるであろう深紅の石が握らされていた。部屋内は暗く、電気はついていない。
......これは一体?
あとから聞いた話だが、これは倒れた日から数日後の夜だったらしい。
・・・
辺りを見回していると、ノックの音と控えめな女性の声が聞こえた。返事をしようとしたが声は出ず、息が漏れる音しか出なかった。それを察してくれたのか、入るわね、と声をかけられてドアが開く。部屋の照明がつき入ってきた人を見えるようになると、そこには同じ顔をした女性が二人。ドッペルゲンガー...いや違う。それだったら二人が会った瞬間に死んでいるはず。ならば双子か? 前髪の伸びているのが左右で違う以外は深緑色のショートヘアに白衣というほぼ同じ出で立ちだ。格好から察するに、医者だろう。
「よかった、目が覚めたのね!」
「......」
右側の前髪を伸ばした方の人が話しかけてくれ、応えようと口を開けるもやはり声は出ず、金魚のように口をパクパクさせるだけとなってしまう。
「声が出ないみたいね... レイ、お願いできる?」
「ええ」
左側を伸ばした方が私の喉に手をかざして何かの術をかけてくれる。
「...声が、出る」
「よかった! でもそれは一時的な術だから、あとでゆっくり時間をかけてちゃんと治していかなきゃだめよ。さて、体調も完全に復活したわけではないでしょうし、術が効いているうちにお話は済ませてしまいましょう」
二人はにっこり笑うと私が寝ているベッドの両サイドに腰掛けた。
「あの、あなた方は?」
「私たちはアルファリーナ王宮専属の医師。ナギさんの主治医になったから、これからもよろしくね。私がルイ・メディリーゼ、こっちの妹がレイ・メディリーゼというの。よく似てるから双子かってよく聞かれるのだけど、実は単なる年子なのよね...私は右、レイは左の前髪を伸ばしてるから、それで見分けてちょうだい」
年子でもこんなに似ることがあるのか。見分け方に慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
「あなたのことはオルガットさんから聞いているから、自己紹介はしなくても大丈夫よ、神谷凪さん。ひとまず、どこまで記憶が残っているか聞いてもいいかしら?」
オルガット、有能なのか抜けているのか...まあいいか。
「確か......練習場でオルガットと水の魔法を試していたな。オルガットが見せてくれた見本と同じようにやったはずだったんだが、暴走したのか、オルガットでも制御不能になったんだ。そしたら急にヴィユークの声が聞こえて、彼の声に従うまま他の魔法を使った。
...そこまでは覚えてるんだけど、そこから先の記憶は皆無だ。気づいたらこのベッドの上にいた」
私がそこまで言うと、ルイとレイは二人そろって顎に手を当て、考えるそぶりを見せる。まるでミラー・ツインのようだ。数秒そのまま固まっていたかと思うと、今度は左側を伸ばしている方、レイが口を開いた。
「私たちはいつも通り王宮の医務室にいたのだけれど、いきなりブラインド魔法がかけられたかと思ったら窓の外から光が溢れて、何が起こったのかいまいち理解出来ていなかった。ルイと二人で緊急事態に備えて医務室を整理していたら第一王子のネオヴァール様から、「練習場の防護魔法が内側から破られた。自分は動けないし怪我人が出ているかもしれないから、何が起きたのか見に行ってほしい」と言われてね。練習場に行ったらあなたが倒れていたのよ。
ざっとその場であなたのことについて教えてもらって、部屋に運んで軽く治療魔法をかけたの。あなたが今握っているその石は、あなたの意識が戻ったら私たちに伝えてくれる連絡の術式が刻まれた魔法石ね。
......実のところ、私たちも治療をしただけで詳しいことはあまり聞かされていないの。さっき連絡したから、もうすぐオルガットさんやヴィユーク様もいらっしゃると思うのだけど...」
レイがそう言い終わりドアの方を三人で見つめること数秒。バンッと大きな音を立てて扉が開けられ、オルガットは駆け込み、ヴィユークは遠慮がちに入ってきた。
「ナギ! 大丈夫か!?」
あの、そんなに勢いよく入ってこられたらビビるんですけど。オルガットの慌てぶりに、ルイとレイは少々呆れ顔だった。
「オルガットさん、凪さんが目を覚まして嬉しいのはわかってます。しかし、年頃の少女の部屋に入るときはノックぐらいしていただけませんか? 」
「今は大丈夫でしたけど、もし着替えでもしていたらどうするつもりだったんです...」
「そ、それは......すまない。数日ぶりにナギの意識が戻ったと聞いたら、いてもたってもいられなくてな...」
「さすがの私でも躊躇しましたよ、淑女の眠っている部屋に入るのは。あなたがどんどん入っていくので、廊下にポツンといるのもどうかと思って入らせていただきましたが...」
お淑やかな女性二人にちくちく言われ、オルガットもタジタジとしている。挙句の果てにはヴィユークにまで言われる始末だ。
「そこまで言わなくてもいいんじゃないか?(苦笑) 結果的に何も無かったし」
「凪さんの方も、もう少し危機感というものを持って欲しいわね...」
私がたしなめると、ルイの呆れの矢がこちらにも飛んできた。このままいくと女性陣からのお叱りが止まないと見たのか、ヴィユークが助け舟を出す。
「ひとまず、ナギさんの状態の推移を聞かせていただいても?」
王子の一言はかなり効いたらしく、一瞬でその場の空気が真剣なものとなる。そこですかさずルイが手を挙げ、「私から説明させていただきます」と言った。
「練習場で診たときは魔力切れで衰弱が激しく、意識もありませんでした。また、凪さんの場合は喉に魔力源があったようで、喉の損傷が特に激しかったです。今は術が効いているので話せていますが、意識が戻ってすぐは声が出ませんでした。また後で大掛かりな治癒魔法を使わなければいけませんね。
他の部位には特に怪我等は見られませんので、2日程で万全な状態に戻せるでしょう。しかし、如何にして喉があれほどまでに傷ついたのかは気になるところですね...私からは以上となります」
...やはり影響は出ていたか、とヴィユークが呟く。
「実は、ナギさんが眠っている間にこちらでも少し魔力の解析を行っていたんです。
...魔力とは、その人が持つ音楽的才能によって増幅はされるものの、基本的な魔力量にはあまり個人差は見られません。数値にすると、平均は500くらい、増幅されても元の5倍くらいにしか増えないんです。
ところがナギさんの場合、基本の魔力量は我々の予想を遥かに超えており、さらに増幅したものですから、とんでもないことになっていました。練習場に残っていた魔力の水やあの時発動した光の強さなどを調べたところ、基本の魔力量は約10000、増幅すると約100000にまで上がっていました。それだけの魔力が一気に使われたとなれば、魔力源のある喉に大きな傷を負ったのは当然の結果でしょう。私も未だに信じられないのですが......」
周囲の皆、そして私は絶句する。魔力の説明を今初めて聞いた私でさえも、自分がどれだけ規格外の存在なのかを嫌でも理解した。そもそも基本が平均の20倍あるというのに、増幅すればさらに10倍である。
「それだけではないのです。通常、魔力を回復する手段は食事か睡眠、余程の事情があれば薬を使うしかありません。睡眠の方が多少回復は速いですが、それでも常人で魔力が底を尽きた場合、完全回復までには1か月程かかるのが現実です。まあそんなに長く寝込んでいると仕事に支障が出るので、半分程度回復したら仕事に復帰していますけど。けれどもナギさんは、常人よりも遥かに多い魔力をたった3日で完全回復してしまったんです。これを驚異的と言わずして何と言いましょうか...」
自分で言うのもどうかと思うが、ヤバい奴だと言わざるを得ないだろう、これは。基本量が多いうえに回復スピードも速いなんて、チートか。チート以外の何物でもないだろう。......私、そんなハイスペックだったのか。
「えっと...皆さん、思考が彼方へ追いやられているようですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫なわけないだろ......! 今までの黒の英雄たちもそんなに持ってたって言うのか...? 規格外すぎる......」
「ねぇ、レイ...今までにこんな魔力量の人診たことあったかしら......?」
「あるわけないでしょ...こんな人が二人以上も存在したら世の中終わるわよ」
どうもこの世界では、私は人間扱いされないらしい。一人くらいは味方がいてくれてもいいと思うのだが。
「...とりあえず、今後どういう風にしていくかみたいな方針は決めといたほうがいいよな。しばらくは王宮で療養か?」
「そうですね。急激に魔力が回復したことによる弊害がないとも言い切れませんし、こちらとしてもいろんな検証をさせていただきたいと思います。主治医としてルイとレイには体調面でのケアをしてもらい、それと同時進行で諸々の検証、水魔法の習得......ああでもこれはしっかり回復して、魔力を多少はコントロールできるようになった後に屋外でやらなくては。とにかく、やることは山積みです。
まあ今日のところは時間も遅いですし、明日から仕切り直しとしましょう。異論はありませんね?」
ヴィユークが諸々の指示を出し、今後の行動をまとめる。しばらくは実験漬けの日々になりそうだが、この世界に慣れるいい機会だと思うことにしよう。...慣れることができるかは正直微妙だが。