プロローグ
「諸行無常」「盛者必衰」
そんな言葉を古典でやったのはいつだったか。習った当時は何の気もなしにただ、響きがかっこいいから、会話で使えたらかっこいいから、などと思っていたかもしれない。今もどこかに、そう思っている自分がいる。
しかし、今は違う。その言葉の意味を目の当たりにしているから。
この世界に今や「平穏」という言葉の面影はなく、崩壊への道筋を辿っていた。目にするのも嫌になるくらいに。
アルファリーナの王都グランはかつての美しさを失い、建物は瓦礫の山と化していた。至る所で炎の手が上がり、人々は見たことのない魔法を使って抗争を繰り広げる。絶望の世界という言葉以外に形容する言葉が見つからない。
本当にこれは現実なのだろうか、と疑ってしまうほどである。
微睡みの中にいるようにぼんやりとしていた意識はだんだんはっきりしてきた。体がなく魂だけの状態だったようだが、徐々に肉体の重力を感じ始める。いつの間にか私にはいつも通りの体があり、その場に突っ立って絶望の光景を傍観している状態となっていた。助けを求める人々がそこら中にいるというのに、助けることはおろか、声をかけることすらできないもどかしさ。何故自分には何もできないのだろう。そんなことを思っていた時だった。
「君が......か」
不意に後ろから声を掛けられ、反射的に振り返る。
そこには見知らぬ白法衣の男がいた。顔は大きめのフードに隠れて見えなかったが、明らかに只者ではないとわかるオーラを感じた。
"こいつと関わったら生命が危険に晒される"
本能がそう告げていたが、私は動くことが出来なかった。
遠くで「ナギ、逃げろ!」と私を呼ぶ声が聞こえる。そんなことはわかっている。しかし、どんなに足掻いても、私の体は金縛りにでもあったように言うことを聞いてくれないのだ。
そうしている間にも、白法衣の男はどんどん私に歩み寄ってきている。
「全く、君はどれだけワタシの手を煩わせたら気が済むんだろうね?おとなしくこっちに来てくれればよかったものを...」
早く逃げたい。とにかくこの男の目が届かない場所へ一刻も早く行きたい。そう思うのに、なおも体は動かない。
「言っておくけど、こうなったのは君、ナギ・カミヤという英雄がたった一つの判断を間違えた結果なんだ。だから、どうなっても文句は言えないんだよ。たとえ、こうなってもね。」
英雄?私が?冗談じゃない。私はただのしがない女子高生なのに。そのはずなのに...
男はウインクしながらそう言って私に手を伸ばす。直後、私の胸に味わったことのないような激痛が走った。
とっさに自分の胸元を見ると、クリスタルのように透明な鋭く尖った破片のようなものがいくつも突き刺さっている。いつの間にか金縛りが解けて動けるようになっていた右手で触れる。触れた手には自分の血液の生々しい温度と破片の冷たさが伝わってきて、刺さったものが氷の破片だと気づく。が、その頃には時すでに遅し。遠くで誰かが私の名を呼ぶ声を聞きながらも、激痛と傷口から広がっていく熱に耐えられなくなった私は、その場に崩れ落ちた。
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