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ヴィンテージギターとそのレプリカについての騒動とその報告 中編

9/26投稿

9/29加筆修正


ロベール家には様々な貴重品や貴金属類をしまっている大きな金庫があった。

その中にはロベール家が代々預かり継いできた宝石なども入っている。

そんな金庫を荒そうと盗みに賊が入ったという。

しかし、金庫の暗証番号がわからず手間取っているあいだにワイン畑で働く従業員に見つかり警察に通報されお縄になったようだった。

そんな事件があったものだからイザベルの母は娘が心配になり電話をかけてきたのだ。


「もしかしてその賊が間違えた暗唱番号っていうのは690815とかじゃないかな。」

横で聞き耳を立てていた蔵之介が尋ねてきた。

「”ええ、そうです。でもなぜそのことを?”」

電話越しの母は驚きと不思議さを混ぜ合わせたような不思議な声を出した。

「それじゃあもう一度ニューヨークまで行かないとだな。」

蔵之介は、心配そうに見つめてくるイザベルを安心させるようにぽつりと独り言をつぶやいた。




イザベルはその言葉ともとれない雰囲気に対して、不思議と信頼することができた。

日本人は言葉以外にも、雰囲気でコミュニケーションをとることができる超能力者だとはよく言ったものだ。

彼の言葉遣いや立ち振る舞いは決して上品とは言えないが、それこそが蔵之介という人格を真摯に表現する最大のコミュニケーションのようだ。

それは彼の今までのギターに対する紳士的な振る舞いを間近で見たからということもあるだろう。

しかし、彼はギターという無機質なものに対しての熱意だけではなく、その先にいる持ち主の気持ちを見据えている。

彼がギターに触れる時にはいったいどんな景色が見えるのだろうか。

イザベルにはまだわかりかねる感覚ではあったが、それはとても興味深いものだった。


再び蔵之介とイザベルはニューヨークにあるフランス貴族相互協力会の支部へと向かった。

先ほどと同じように押しかける形での訪問となったが、マルセルはまだ協会にいるようだった。

いや、おそらく蔵之介は彼のここまでの動きも考えていたのだろう。

そしてその思惑はイザベルもかすかではあるが理解しており、この先マルセルとは喉元に切っ先を突きつけ合うようなやりとりが必要になるとわかっていた。


「やあ、しばらくぶりだね。マルセルさん。」

部屋に入るなり蔵之介はマルセルに対して挨拶を握手を求め出た。

それは一般的な会話のとっかかりではあるが、この状況においては最大の牽制に他ならない。

「やあ、クラノスケ。僕も君に会いたかったよ。」

余裕のある雰囲気を取り繕うとマルセルは握手に応じるも、その目つきに友好的な感情は持ち合わせていなかった。

「さっそくだがクラノスケ、君はこの一連の騒動の筋書きはおおよそ見えているんだろう?」

「ああ、ロベール家を襲撃したマフィアの依頼主も、どっちのギターが本物なのかもなんとなくわかっていたよ。」

マルセルは応接室のソファに腰深く座り込んだ。

蔵之介はそのままそこからゆっくりと部屋を海遊するように歩きだす。

「このレプリカのレリック加工は見事なものだった。ただしかし、このレリックはあまりにも完璧だった。ということはこのギターについて詳しい人物が手掛けているないし、実際に触ったことのある人物の仕事だと考えるのが普通だ。」

そして蔵之介はカバンの中から古い1冊の雑誌を取り出した。

その表紙にはサンバーストのストラトキャスターが写っている。

「そのギターはまさか…!?」

「そう、ロベールの旦那が所有していたものだよ。貴重なギターってのは人手に渡る際に多かれ少なかれその価値から雑誌の取材をうけてるもんなんだ。そしてさらにはそれがいつどこで誰がリペアをして、どうやって保管されていたかなんてのも記されている。」

蔵之介はペラペラとページをめくり、マルセルの前の机へその雑誌を投げよこした。

「ここに書いてあるルシアーの名前はに心当たりがあってね。と、いうよりもこの御仁こそがギターレリック加工の第一人者のB.B.ブラックという人でね。ちょうど知り合いにそのブラックのリペア道具を譲り受けた男がいたんだ。そしてその道具をレプリカのギターにあてがってみたら細かな擦り傷や傷とぴったり一致した。もしよければ、本人に誰がこんなオーダーをしたのか聞いてもいいんだが、それは本人の信用に関わることだ。なるべく本人から話を伺いたいものなんだが。」

弁逹でないにしても、とどこおりなく語る蔵之介に対して、マルセルはひたすらに俯いていた。

「しかし、あの番号はなんだったんだ?ロベール家の金庫かなにかの暗証番号かと見積もっていたんだが。」

「あれは金や宝石が欲しかっただとかそんなもんじゃない。もっと大切なものを守っている番号なんだ。」

マルセルは重い口を開いた。

「ロベールさんと私は下から貴族相互協会繋がりで面識はあった。しかし、仲良くなれたキッカケはやはりギターだった。」

マルセルは伏し目がちだった視線を少しあげ、机に置かれたギター雑誌を見つめた。

「共通の知人を介して、お互いが趣味の話で打ち解けるまで時間は掛からなかった。そのうちにロベールさんの事業に私も誘われるようになった。それが中南米へのワインの輸出ルートの確保だ。」


そしてマルセルは贖罪するかのように訥々と語り出す。

蔵之介はなにも言わずただ聞いている。

警察でもなければ、正義の味方でもないただのギターの鑑定士である以上は当たり前の配慮だ。


ロベールのフィールドワークの先は主にカリブ海に囲まれた、グアテマラ、コスタリカ、パナマのあたりであった。

そして活動地域の中にはギタリストには憧れの素材の産地であるホンジュラスがある。

ホンジュラスマホガニーといえば伝説のギターに採用されている材で、ギターを語る上でつねに最高の材料と語り継がれている。

しかし、今ではその数の減少からワシントン条約により輸出が制限されているとても希少な材だ。

「ある日商談のためロベールさんと一緒にホンジュラスをめぐっている中で、とある材商人と知り合ったんだ。ぼくらをギターマニアとみるや希少材の商談を持ちかけてきた。しかし僕らはコレクターであって、その材を手に入れてどうこうできるものじゃない。正直、あまり興味はなかったんだ。」

マルセルはチラッと蔵之介を一瞥した。

それは、これから言う話がちゃんと伝わるかどうか心配している様子だった。

「それはホンジュラスマホガニー 材のサルベージウッドだ。」

マルセルのため息じみた告白に蔵之介は小さくとも確実に驚くような様子を見せた。

「あの、サルベージウッドってなんなのでしょうか?」

「沈没船なんかを引き揚げたときに、積まれていた木材や船そのものの材で使えるものを使う場合にサルベージウッドなんて言われていてな。木材を水中で保管することで、木材に無理なく加工に必要な乾燥状態にさせることができるから最近わりと注目されている素材だな。しかし、サルベージウッドと呼ばれるものは一般的に質が悪くすでに加工後のものだからそこまで魅力的じゃないもんなんだが。」

「それがどうやらその商人が言うには特別な曰く付きの材でね、そのマホガニー 材が実際にあるかどうかや、どんな状態かは関係なかった。」

マルセルは顔を上げ、蔵之介を見据えた。

その瞳にはわずかではあるが、光がある。

ギラギラとした野心のようなものではなく、玩具箱を覗きこんだ童心のような光が。

「キャプテン・キッドの沈没船「アドベンチャーギャレー号」。その船の船首の装飾に使われていたという女神像が引き揚げられたというんだ。そしてその女神像はまさにこのホンジュラスマホガニー を彫られたものらしい。」

「まさかそんなのはできすぎてないか?」

マルセルの話に対して蔵之介は全く信用していないようだった。

ほとほと呆れた様子でマルセルを見返した。

「もちろんそんなことはわかっているよ。僕だってほとんど信用していなかった。しかし、ロベールさんはこの話に強く食いついた。そして、翌日にロベールさんとその商人はそのマホガニー 材が保管されているという場所へ出かけて行った。僕は別の商談の用があって同席できなかったのだが、1週間ほどして帰ってきたロベールさんはえらく興奮した様子だったよ。」

マルセルは一息ためてからこうつぶやいた。

「ロベールさんはこう言った。「カリブの宝を手に入れたぞ」と。」


マルセルの独白は今まで以上に重く、言葉を探しながらしゃべり続けた。

「ロベールさんが持ち帰ってきたそれはなにか特別大きなものでもなく、1本のなんの変哲もない古いギターだった。とはいえロベールさんの気持ちの昂りはおかしいほどで、僕は少し心配になった。そこで気になった僕はこっそりとこの間の商人を再び尋ねた。そしたら、ちょうど間が悪かったんだろうね。そこは良くないクスリのやりとりの現場だったんだ。それはマリファナだとかタバコなんかじゃなく、精神的によくないものだって断定できるものだ。そのまま僕は現地の警察へ報告をして彼らを取り押さえることに成功した。そのあとでゆっくりとロベールさんの件について問いただそうと思ったんだが、あのあたりの警察は信用ならないな、その商人はすぐに釈放されて雲隠れされてしまった。そのことについてロベールさんに言及しようと思ったが、すぐにフランスに帰ることになってしまい、ことの顛末はわからないまま。」

マルセルはより深くため息をつき、言葉を続けた。

「そして思い出したんだ。ギターのキャビティ内に麻薬を詰め込んで密輸する方法がギタリストの間で冗談めかして言われていることを。疑いたくはないが、どうしても辻褄があいすぎる。そこで協会に手を貸してもらい、ロベールさんを調べることにしたんだ。そして、彼は定期的にホンジュラスとなにか荷物のやり取りをしている形跡と、どこかに大きめの金庫があるということまでは確認できた。」

「それで査問委員会をけしかけたってことか。」

「ああ、そこでロベールさんがホンジュラスから持ち帰ったギターを引き上げさせてもらい、中を調べてみたが確証は得られなかった。となると、怪しくなってくるのがあの金庫なのだが、こればかりはどうしてもロベールさんから預かることができなかった。それよりも先に査問委員会へ調度品や家具を差し出して来たからだ。もう少しで金庫まで届きそうと、そんなところで査問委員会は閉会して、真実は闇の中さ。そこで仕方がなく、フランスのギャングにツテをもって彼らに開けてもらおうとした。しかし、暗証番号がわからない。そんな時に君たちがやってきた。」

「ギターをバラした時にこのシリアルナンバーは気づかなかったのかい。」

「その作業はフランスの工房に任せていたからね。詳細も伝えずに「キャビティ内になにかおかしなところはなかったか」聞いただけで、細かなチェックはできなかった。」

「それじゃあ同じギターが2本あるというのは…。」

「いや、それに関しては僕も知らないんだ。」

その返答に関しては蔵之介も顔をしかめた。

おそらく、レプリカのギターは協会が関与しているという算段だったのだろうか。

蔵之介はふと、気がついたようにイザベルのほうを見た。

そこにはどうやって感情を表現していいのかわからない様子のイザベルがいた。

「わかった、それじゃあ今日のところはここでおいとまさせてもらうよ。なにかあればまた尋ねさせてもらってもいいかな。」

そういって蔵之介はギターケースを担ぎ、イザベルと共に部屋を出た。


2人は再び蔵之介の倉庫へ戻って来たが、会話はないままだった。

イザベルのショックというのは、蔵之介は想像できないしそんな空気を打開できるほど口は達者ではなかった。

2本のギターのうち、どちらが父のギターかは判断できた。

イザベルにはここにいる意味はもうないのだが、この様子ではすぐにフランスへ帰ることなどできないだろう。

かといって、こんなホコリっぽい倉庫に年頃の女の子がいる状態を蔵之介は快く思っていなかった。

仕方がないから、コーヒーでも入れようかとキッチンへと向かった時、倉庫の扉を細かくノックする音が聞こえた。

「おい、クラノスケ!待たせたな!」

そこにはクイーンズの工房で会ったジェフリー・ブラックがいた。

ジェフリーはかって知ったるかのごとく、倉庫に足を踏み入れ入り口横においてあったペール缶に腰掛けた。

「例の依頼がどこから来ているか確認がとれたぜ。あれは北フランスのロベールさんってのからだ。」

ジェフリーはおそらく父の工房に連絡を取って確認してくれたのだろう。

持っていたタブレットに映った明細書を蔵之介に提示した。

そこには英語のフォーマットにフランス語で署名がされている。

「なんだって?ニューヨークの協会とかからじゃなくって?」

蔵之介はあのギターはマルセルが注文したものだと考えていたようだ。

つまるところ、あのギターを調べるためにレプリカのギターとすり替えられれば、その間に細かな部分の調査をできる。

そのためのレプリカをマルセルがオーダーしたかと思ったら、オーダーはなんとロベール本人からのものだった。

その報告にはイザベルも驚いた様子だった。

蔵之介とジェフリーの間に割り込み、タブレットに映った署名を確認する。

声には出さなかったが、たしかにこれは父の字だと確信したような様子だった。

「つまりはこの2本のギターは本物のヴィンテージとレプリカという違いはあるものの、どちらもロベールの父親のものだってことか。」

蔵之介は



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