第2話 Youth・Stray・Labyrinth(Ⅰ)
前回の取材から三カ月が経とうとしている夏の午後。ガンガンに効いたクーラーによってキンキンに冷やされたオフィスの中、僕はとある記事の作成に追われていた。この記事を作成するにあたって、僕は誰の許可も得ていない。レイアさんはもちろん、編集長にも、だ。
この記事を公表するかどうかもまだ決めていない。
惑星ヤハウェで起きた事件の中、僕はある違和感を覚えていた。それは他ならぬ事件の首謀者であるフェイの事だ。あの時、なぜフェイは単独行動をとっていたのだろうか。
惑星ロキで対峙した時は、DOOMやホムンクルス達がフェイの下にいた。DOOMはフェイに見限られたが、ホムンクルス達はフェイの────こんな言い方はしたくないのだけど────尖兵となるべき実験体である。しかしあの時は、そのホムンクルス達が現れる事はなく、ルキフ・ロフォとも簡単に手を切っていた。
結果的には単独で行動していたわけではなく、メインとタケルの双子の姉弟が密偵としてレイアさん達と行動を共にしていたのだけど、それならば惑星ヤハウェでのフェイの目的とは一体何だったのだろうか。
パルティクラールという組織が何なのか、それはシンさんがいずれ語ってくれると信じて待つとして、今は出来る事をしよう。
幸いにも、と言うか何と言うか、急ぎの仕事も無く、レイアさんも自分の仕事に追われている。書き上げるなら今がチャンスだ。よし、と袖をまくったところでモバイルに着信が入り、勢いは削がれる。恨めしく画面を見ると、そこにはケイさんの名前が表示されていた。
「はい、アストです」
「よう、元気にしてるか?」
「お久しぶりです」
「ちょっと話したい事があるんだが、今、時間取れそうか?」
「今、ですか?」
チラッとレイアさんの顔色を窺うが、手の甲で追い払うような仕草で『行っといで』のサインを貰えた。
「はい、大丈夫です」
「そうか。確かお前ンとこのオフィスの下にサ店があったよな? 近くまで来てるからそこで待っててくれ」
「え? 下のサ店って……」
「じゃ、すぐ行くから」
そう言って一方的に通話を終わらせたケイさんに、僕は誰かの影を重ねるようにレイアさんを見つめた。
「あん? 何よ?」
「いえ、別に……」
「呼び出されたんでしょ? 取材の依頼?」
「と言う訳でも無いようなんですが……」
「何よ、歯切れが悪いわね。誰からなの?」
「……ケイさんからです」
「ケイ? あぁ、あのカメラマン?」
どうやらレイアさんはケイさんの事をあまり良く思っていないようだけど、似た者同士は反発しあう、というヤツだろうか。
「アンタ、あの男にずいぶん気に入られてるみたいだけどさぁ」
そう言われて悪い気がするはずもなく、少し顔がニヤけてしまう。
「アイツはそれなりにヤバい道を歩いてきた人種よ。今後も付き合うんならそれなりの覚悟はしとくのね」
「……それはケイさんがパルティクラールのメンバーだからですか?」
「それもあるけど、ケイの歩く道は常に死と隣り合わせにあるって事よ。これでも一応アンタの事を心配して言ってるんだからね」
不意打ち気味にそんな事を言われては反応に困る。おそらく僕の顔は赤くなっている事だろう。やばい、まともにレイアさんを見る事が出来ない。
「と、とにかく行ってきます!」
「それはそうと、下のサ店ってププリエでしょ? アンタ、行った事あったっけ?」
「いえ、横目に通り過ぎるだけですけど」
「ふーん……」
含み笑いがこもった返事に一抹の不安を覚えたが、今は一刻も早くこの火照った顔を冷ますためにクーラーの効いたオフィスを後にした。