第1話 Risky・Lady・Sophisticated(Ⅲ)
編集長室では、二人の男が神妙な面持ちで顔を突き合わせていた。我らがロイス・ジャーナルの編集長兼社長であるロイス・スタンレーとクリスの相棒であるシンジロウ・ゴウトクジ。この二人が何やら密談しているとはあからさまに怪しい。
「レイアちゃ~ん、部屋に入るときはちゃんとノックして……」
「う~るっさい! それどころじゃないのよ、こっちは!」
編集長室の半分を占める程、無駄に大きい机に両手を叩きつけたアタシの勢いに押された編集長はすっかり委縮してしまった。ほんの少しだけやり過ぎだったかもしれないが、反省している暇はない。
「今回はいつにも増して威勢がいいね。さっき話をしていた相手は確か人気ニュースキャスターのサヨコ女史じゃなかったかな?」
「あら、珍しい事もあるものね。サヨコの事を知ってるワケ?」
年がら年中変わり映えのしない白衣姿のシンでさえ知ってるとは、さすが売れっ子人気女子アナね。
「ボクだってニュース番組くらいはチェックしているよ。パートナーだというのに失敬だね、キミは」
「はいはい、痴話喧嘩は後にして。で、何の話をしてたの? この昼行燈と」
「あのねぇ、レイアちゃん。その昼行燈っていうのやめてくれないかな」
「じゃ、給料上げて」
「う、いや、それは……」
「冗談よ、半分はね。で、何の話?」
大体の見当は付いている。おそらくはパルティクラールかユグドラシルの事だろう。
編集長もパルティクラールの元メンバーであるという事はアストから聞いているし、その情報源であるケイが、メンバーの中でも重要な役割を担っているであろうという事も把握済みだ。なんとも濃いメンバーが揃ったものだと思う。とは言え、今回の取材にはパルティクラールやユグドラシルが関わる事は無さそうなので不問としよう。
「何の話って、次号の巻頭記事に何がいいかを話し合っていたんだよ」
ミエミエのはぐらかしだが、ここは話を合わせておこう。
「それなら丁度いいネタがあるわよ。件のサヨコ女史からのタレこみなんだけど、シュトライヒ・ツリーに咲くレウケーの調査なんてのはどう?」
アタシと同等か、あるいはそれ以上に科学やオカルトに造詣が深いシンならば必ず食らいつくであろうネタだ。案の定、彼の眉頭がピクリと上がる。
「それは実に興味深い事案だ。レウケーはともかく、シュトライヒ・ツリーはぜひ一度見てみたいと思っていた。シュトライヒ博士が御存命なら、お会いして語り合いたかったものだ」
愛用のよれよれ白衣は科学者としての威厳かと思ったが、そもそもコイツは科学者でも何でもなく、ただの同僚であると同時に白衣を愛用している理由は今もって謎だ。
「シュトライヒ博士といえば真っ先に話題に上がるのはシュトライヒ・ツリーだね。しかし、彼に関する検索項目が閲覧できない状況にあるのはボクも以前から不思議に思っていた」
「閲覧できないってどういう事だい?」
「削除されているんですよ」
「削除?」
「ええ。実のところ、彼に関する情報は頻繁に更新されているんですが、何故かその都度誰かが削除しているようなんです」
「ふーむ……故人の記事を誰かが作為的に消すなんて、余程の事情が無ければやらない事だよねぇ。読者の興味を引くには十分かな」
世間一般にはユングは事故死だと報道されているが、サヨコはユングが生きているかもしれないと言った。それが真実なのか、サヨコの願望なのかは分からないが、請け負った仕事はキッチリと完遂するというのがアタシの信条だ。
「サヨコはユング……ユングヴィ・シュトライヒが生きているかもしれない、と言ったわ」
「本当かい!? だとしたらとんでもないスクープになるぞ!」
「いや、まぁ……真偽のほどは定かじゃないんだけどね……ひょっとしたらサヨコの思い過ごしかもしれないし」
予想以上のリアクションを示したシンに気圧されたものの、どうにかなだめすかして改めて昼行燈からの承認をもらう事にする。
「うーん、確かにシュトライヒ博士が存命ならば特ダネ中の特ダネだけどねぇ……」
「けど何よ?」
「いやね、博士に関する検索項目がことごとく削除されているというのがどうにも引っかかってねぇ……」
「報道機関からの依頼なんてそうそうあるものじゃないでしょ?」
「そりゃ確かにそうなんだけど……」
「依頼報酬もそれなりに弾んでくれるんじゃない?」
ウチみたいな弱小出版社には大口からの依頼なんてものは皆無に等しい。過去を振り返ってみても常連の定期購読者からの怪しいタレこみ情報が大半であり、独占スクープとは縁遠い人生(社生?)を送ってきたものだが、今回に至ってはさすがに我が社の独占ぶっこ抜きスクープとなり得るだろう。
しかし、それでも昼行燈の口から景気のいい返事が得られる事はなかった。