第2話 Prototype・human・made of(Ⅳ)
次元改変によって歴史が変わる、それは必ずしも良い方向に舵を切るという事ではない。それを行う者の意思が善意か悪意か、それが問題なのだ。
そもそもの大前提として、次元改変を行える人物とは誰なのか。そして、何故神器を持つ者は違和感を覚えるのか。答えはフレイア様が知っていた。
「神器を持つ者はすべからく特異点と呼ばれる存在となる。その事は存じておるな?」
「ええ。あらゆる事象に関与するという事ですね」
「その解釈はちと違うのう。結果的にはそうなるのじゃが、特異点とは特異、つまり特殊な異常事態が起こっても影響を受けぬ存在の事を指すのじゃよ」
つまり、神器の所持者ではない人達にとっては何気ない日常や当たり前の歴史である出来事が、僕達には異常事態が起こる前と起こった後の出来事が記憶として残ってしまうという事だ。その記憶の混在や、周りの人たちとの間に生じる齟齬、それこそが違和感の正体だった。
おぼろげながら見えてきた答えの核心に迫るべく、僕はあの事を聞いてみる事にした。
「フレイア様。カイルさん達が操る精霊の力ですが、あれはもしかしたら神器の力なのではないですか?」
「ワシが授けた力だと聞いたのじゃな。その通り、アレは神器じゃ。そして、この次元改変も神器の力によるものじゃ。神器とはロストオーバーテクノロジー、つまり、封印されし技術から生まれた、存在するべきではない力なのじゃよ」
「では何故神器は存在しているのですか?」
「全てはフェイ……いや、ユングヴィ・シュトライヒに抵抗するためじゃ」
何かが繋がりそうな予感がしたその時だった。
「面白そうな話をしてンじゃねぇか! アタシらにも聞かせてくれよ」
声がした方を向くと、そこにはクイーン・ベルカ海賊団の一味と、大量の食材を抱えたジェフさんが立っていた。
「待ち合わせの時間はとっくに過ぎてんだろうが。レディを待たせてンじゃねぇ! まあ、そこにコイツが通りかかったもんだから道案内をさせてみりゃあ、コイツは相当なお宝に巡り合ったもんだねぇ」
「いい女を待たせるのもいい男の条件だろ。そんな事より相当なお宝ってのはどういう事だ?」
銀河に名を轟かす大海賊相手に堂々と渡り合えるケイさんを心強い存在だと思う反面、その怖いもの知らずの行動に恐ろしささえ感じた。
ベルカさんの言うお宝が何を指すのか。これまでの経緯を鑑みれば、それは神器の事だろうと予想できる。しかし、ベルカさんにとってそれはただのお宝であり、相当なお宝とは言い難いのではないだろうか。
「ケイ、お前はやっぱりこっち側の人間なんじゃねぇか? まあいい。お宝ってのはそこの婆さんだ」
「フレイア様が?」
「フレイアだぁ? フレイの間違いだろう?」
「フレイ?」
「フレイ・シュトライヒ、それがソイツの名前だ、そうだろう?」
ベルカさんがフレイア様の前に立つと、二人の間にボナンザさんが割って入る。ボナンザさんはフレイア様を護るように両手を広げ、ベルカさんを睨みつけるが、ベルカさんは微動だにせず咥えていたキセルを大きく吸い、その煙をボナンザさんの顔に吹き付けた。
「どきな、お前にゃ用は無い」
「覇王のキセルの持ち主に会えて光栄だけど、ちょっとばかりマナーがなってないわねン。それはそうとアナタ、フレイア様をどうなさるおつもりなのかしらン?」
ベルカさんを相手に一歩も引けを取らないボナンザさんの肝が据わっているというべきか、僕には到底真似できる芸当ではなく、ベルカさんは半ば呆れながらもボナンザさんに向き合う姿勢を見せていた。
ベルカさんはフレイア様の事をフレイ・シュトライヒだと言ったが、ユングヴィ・シュトライヒと何か関係があるのだろうか。
「ま、正直に言うならアンタじゃなく、アンタの兄貴に用があるんだがな。どこにいるんだい?」
「……アナタ、どこまで知っているの?」
ボナンザさんの口調が変わったという事は、ベルカさんが語った事は真実であるという可能性が高い。それはこれまでの僕のジャーナリストとしての経験上からの推察によるものだが、同時にレイアさんからの教えでもある。
ベルカさんはフレイア様の兄に用があると言ったが、それはすなわちユングヴィ・シュトライヒの事を指している。しかし、彼は推定死亡扱いのはずだが。
「フレイさんよ、ヤツは何を企んでやがる? アンタはそこに関与してんのか?」
「フレイア様はあの人を止めようとしているのよ」
「ハッ、そんな戯言をアタシが信じると思うか? アイツのせいでアタシらがどんな目に遭ったかも知らねぇクセに。次元転移やら次元改変やらホムンクルスやら、アイツのくだらねぇ実験の被害者はアタシらだけじゃねぇんだ。紛い物の神を気取りやがるアイツだけはアタシの手で始末してやる」
次元転移、次元改変、ホムンクルス、それらのキーワードから導き出される人物を僕は知っている。しかし、ベルカさんが言う人物の事ではない。もしかして次元改変で歴史が変わったのだろうか、そう考えたのはケイさん達も同じだった。しかし、神器の力を持たないジェフさんも同じ違和感を覚えている事や、アルヴィさんやリオさんが平然としている様相は明らかな矛盾だった。
ベルカさんの言う『アイツ』が誰なのか、そして自らの存在を証明せんとするジェフさんが口を開いた。
「ベルカ・テウタ、貴女がおっしゃるその人物が私の思う人物であるならば、私やこのグレイ・ボニータにも関係する人物ということでしょうか?」
「あん? どういうこった?」
「私はアンドロイドである、そう信じておりました。しかし、グレイ・ボニータは私の事をサイボーグだとおっしゃいました。サイボーグとアンドロイドの違いとは何なのでしょうか?」
ジェフさんにとっては重要な問題なのだが、ベルカさんはそれを一笑に伏す。
「フ、フッハハハハ! 何かと思えばそんな事かよ。じゃあ聞くが、お前はホムンクルスなのか?」
「……いえ、私は、元は人間でした」
「ならお前はサイボーグだ。ホムンクルスをアイツにいじくり回されたなれの果てに造られた機械人間、それがアンドロイドだ」
そう言ってグレイさんを一瞥したベルカさんの表情が、一瞬悲しげに見えたのは僕の気のせいだろうか。
ジェフさんは、自らがアンドロイドではなく、サイボーグという存在であるという事実を突き付けられたのだが、そこに衝撃を受けている様子は無く、むしろ悲壮感さえ漂っていた。
「私はサイボーグだったのですね。この世界には無かった言葉ですが、私がその第一号なのだと思えば、この先の生きがいにもなりましょう」
自らに言い聞かせるように語るジェフさんに対し、フレイア様はそこに警鐘を鳴らすかのように口を開いた。
「ジェフや、お前はこの先、永遠とも思える時を生きる事になる。お前は本当にそれでいいと思っておるのか?」
その問いにジェフさんは口を閉ざす。正確に言うならば、ジェフさんを含め、その場にいる全員が何も言いだせずにただ立ち尽くしてしまったのだ。
永遠を生きる、それはすなわち『永久心臓』を手にするという事であり、僕達が探し求めるものでもある。ならば、ジェフさんは『永久心臓』を手に入れたのだろうか。答えはノーだろう。だとすれば、ますます『永久心臓』とは何なのか分からなくなってきた。
「ユングヴィは、兄は、自分自身を証明するために永遠の命を求めた。ワシは、いえ、私はその実験のサンプルにすぎないのです」
話し終えると同時にフレイア様の神器が光を放ち、その光の球がフレイア様を包み込む。光が晴れたそこに居たのはフレイア様ではなく、一人の若い女性だった。おそらく、僕と同じくらいだろうか。
「私はフレイ・シュトライヒの記憶を植え付けられたホムンクルスなのです。兄は時空転移を繰り返し、過去へとさかのぼって歴史を改変してきました。名をフェイ・シルフォイと変えて」
どくん、と心臓が弾ける。
ケイさんが見せてくれたあの写真を思い出した。五百年前の写真のあの人物はやはりフェイ本人だったのだ。
「全ての答えはパレスにあります。もし行かれるのであれば、私も連れて行ってください。兄を、フェイを止めるのは私の責務ですから」
その眼からは悲壮なまでの決意が読み取れた。僕は一人っ子だから分からないが、兄妹というのは互いに抱く想いというのは、すれ違ってしまうものなのだろうか。そんな疑念を打ち砕くのはやはり銀河最強のシスコン兄様だった。
「兄は妹を守るものであり、妹は兄を陰で助け支えるものだ。フレイア様は俺が全力で守る」
間違った方向に全力を注いでいる気がしなくもないが、アインさんの力は必要である事に違いは無い。
これからの行動はより一層、最新の注意を払う必要がある。気を引き締め直そうと営利を正そうとした矢先にパイが僕の顔付近に近寄ってきた。
「アスト、おねーさんに連絡したのか?」
「レイアさんに? いや、まだしてないけど」
「早く来てもらった方がいい気がする……」
こういう時のパイの予感は当たる。それが良くも悪くも、だ。
僕はレイアさんに連絡を入れ、そして、常夜の国へと向かうため、アルテミシア号へと乗り込んだ。
「よし、リオ、錨を上げな! グレイは帆を張れ! アルヴィ、お前が舵を切れ! アストとジェフは料理番だ! 美味いカレーを作れ!」
忘れていた大事な事、それはカレーの材料を仕入れる事だった。
「ジェフさん……カレーの材料って……」
恐る恐る尋ねると、ジェフさんはお得意のサムズアップポーズをとりながら満面の笑みで白い歯を見せる。
「お任せください、プロの宮廷料理人に不可能はありません。それに、私の存在意義は厨房にこそありますからね」
運命を受け入れた人の強さをジェフさんは改めて示してくれた、そう僕は思った。




