第1話 We knew・mysterious・SISTER(Ⅲ)
「誰から?」
「アルバート教授だわ」
「教授!?」
なにか新たな情報提供か、と僅かな期待を胸に秘めながら壁にプロジェクター投影させる。教授に会いにいく手間が省けたが、モバイル画面越しのアルバート教授は神妙な面持ちだった。
「教授、どうされたのですか?」
「あぁ、ルシール君。サクラノ君もいるのか、ならば丁度いい。実はのう、フレイ・シュトライヒと名乗る相手からメールが届いたんじゃよ」
「「フレイさんから!?」」
同時に声をあげたアタシとクリスは互いに顔を見合わせる。やはりフレイは生きていた。そうなるとユングの生存確率もかなり上がってくる。
「それで、そのメールには何と書かれていたのですか?」
「それがのぅ、なかなかに変則的な文法、というにはお粗末な暗号じみた文章なのじゃよ。そちらへ転送してもよいかの?」
「是非お願いします」
オフィスにある自身のPCのアドレスを伝えると、数秒後に転送されてきた。ファイルを開くと、そこには奇妙な詩のような文章が書かれていた。
ダーナのアクロを望むなら
汝の命を供物とせよ
トールの怒りに触れぬよう
ディオスクロイの反逆に
末後の声が聞こえたならば
罪を数えて業に抗え
ろうそくの芯に明かりを灯し
禁断の扉が開かるれば
並行の地への道見ゆる
イデアの姿はそこにあり
幻想の民は死に急ぐ
まるで抒情詩か叙事詩である。確かに謎めいた文章ではあるが、これが暗号めいているとは思えない。教授にその旨を伝えてみた。
「君の言うように一見すると抒情詩や叙事詩にも見えるが、それにしては短すぎる」
「なるほど……他には何も書かれていなかったのですか?」
首を横にふりながら教授は話を続ける。
「不審に思ってこちらからもアクセスしてみたのじゃが、アドレスは既に消されておってのぅ……」
「不可解な話ですね。一方的に意図をつかめない文章を送り付けてくるなんて余程の理由があるのでしょうか」
「意図をつかめない文章、というわけでもなさそうよ」
先程から黙りこくっていたクリスがやおら口走る。なるほど、この文章を解読していたのか。
「サクラノ君は神話に造詣が深いのじゃな?」
「やはり教授も神話が関係していると思われましたか」
「うむ。しかし、それにしては意図が読めんのじゃよ」
「そうですね。まず、最初の一文からして意味不明です。ダーナのアクロ……お布施の先端……意味が通じませんね」
それが何を意味するのかはまだ解らないが、この詩が何かを示唆しているのか、それとも何の意味も持たないのか、神話マニアのクリスが何かしらの道標を示してくれるかもしれない。ここはじっと我慢の子を決め込もう。それにしても、ダーナ……お布施……ヤハウェの至聖所での屈辱を思い出してしまったではないか。
「命を供物とせよ、というのは神話あるあるですね。トールは最高神の一柱ですが、ディオスクロイ……」
「ふむ、それは別名をジェミニとする双子の神の事ではなかったかな?」
双子といえばあの二人……本当にアタシ達を裏切ったのかしら。それとも最初からフェイの仲間だったのか……今は分からないが、あのゴンドラの中でメインを見つめるタケルが純粋で真っ直ぐな目をしていた事だけは憶えている。
「ここで節が分かれている事に意味はあるのでしょうか? 教授はどうお考えですか?」
「確かにここからの文章は何かを指し示しているように読み解けるのう。イデアの姿……イデア……哲学的じゃのう」
そう言えば、教授はこの詩のような文章が暗号のようだと言っていたが、違う視点から考えてみてはどうだろう。
暗号と言えば、換字式や転置式、単一換字や鍵暗号などがあるが、おそらくそこまで複雑なものではないと思われる。そう、もっと単純な、誰にでもすぐに解るようなものであるべきだ。そうでなければ、送信元のアドレスを削除してまで送り付ける意味が無い。そして、一方的に送り付けてくるからには、悠長に謎解きを楽しむ時間もないのではなかろうか。
これはフレイ・シュトライヒからのSOSと捉えてもいい、アタシの直感がそう訴えかけてくる。彼女の身に危険が迫っているのならば、こんな所でグダグダやってる場合ではない。解析結果はまだ出ないのかしら。こんな時にシンがいれば瞬殺でやっつけてくれるのになぁ。
「ふむ、これは縦読みだね」
「縦読み、か。なるほど……って、シン!?」
いつの間にやら背後に立ってモニターを覗いていたシンが言った『縦読み』とは、暗号でもなんでもない、ただの言葉遊びだ。
「解析は終わったの?」
「お待たせしたね」
「おっけ。じゃ、こっちの解読もヨロシク」
「人使いの荒い御人だ。さっきも言ったように、この文章を一旦平仮名なり片仮名なりに直して考えてみる。そして、最初の文字、つまり一番左の文字を上から下に縦読みするんだ」
言われた通りに解読していくと『だなとでまつ ろきへいげ』となる。
「だなと……ダナト……でまつ……デマツ……うーん、解んないなぁ。でも、後半のコレって……」
「ろきはロキ、つまり惑星ロキか。へいげ……ヘイゲ……いや、げの濁点を取るのか!」
アタシよりも優秀な脳みそをフル回転させてシンが導き出した答えは『ロキへ行け』だった。




