第1話 Risky・Lady・Sophisticated(Ⅰ)
惑星プシュケにおけるフェイの暗躍は、この先の未来にどんな物語を紡ぐのだろうか。まぁ、幸せハッピー溢れるようなストーリーではないだろう。
パルティクラールのメンバーとしてアタシ達と行動を共にし、怪盗マスケレジーナを名乗ったメインとタケルの双子の姉弟はフェイと繋がっており、アタシ達の行動は逐一報告されていたという。挙句の果てには聖櫃を奪われてしまう始末だ。
なんてこったい、大失態。ホントに奴らはとんでもない物を盗んでいったものだわ……などと悲嘆に暮れていても仕事という物は猶予を与えてくれる間も容赦もなく、アタシの前に立ちふさがったのであった。
アタシのモバイルに届けられた一通のメールの宛名は三年振りに目にする名前だった。
サヨコ・インヴェルス。アカデミーでアタシとクリスとは同級生だった才女。成績優秀、眉目秀麗、天衣無縫、明朗快活、明朗会計……は違うか。とにかく、当時から『二物どころか三物、四物を天から賜った完璧超人』と言われており、あまりにも完璧すぎてひがむ事すらバカバカしくなったものだ。
知性と美貌と類い稀なるコミュニケーション能力を兼ね備えた彼女は、成るべくして報道の道へと進む。私見だが、彼女は女子アナになるために生まれたような人物だと思う。ジャーナリストを志していたアタシとクリスとは妙にウマが合い、よく三人で将来を語りながら飲み明かしたのも今となっては懐かしい思い出だ。
そんなサヨコから届いたメールの内容はなかなかに荒唐無稽で意図を汲み取る事は難しく、アタシは思わず電話を掛けた。しかし、彼女は売れっ子のニュースキャスターだという事に気付き、二度目のコールが鳴り終わる前に電話を切ってしまった。が、すぐさま折り返しの着信が来る。案外ヒマなのか。
「ワン切りとは随分とご挨拶ね、レイア」
「あー、ごめんごめん、忙しくしてるかと思って咄嗟に切っちゃったのよ。悪く思わないで、サヨコ」
「フフ、冗談よ。こっちこそ変なメール送っちゃってゴメンね」
プロジェクターに映し出される理知的な表情はアカデミーの頃と少しも変わらず、艶めく目を細めて笑う彼女に惚れる男たちの気持ちが少し分かる気がする。背筋がゾクゾクするようなこんな魔性の微笑みを向けられたらアタシでもなんか色々持ってかれそうになる。
美人は得ね、ちくせう。自称美人のアタシではどう逆立ちしたって敵いっこない。まあいい、とりあえず本題に移ろう。
「ところであのメールにあった『魔法術』って何?」
見慣れない、聞き慣れない言葉で読み方はよく解らなかったが『マホウジュツ』で合っていたようだ。
何を意味するのかも解らなかったが、サヨコによればそれは失われた技術なのだそうだ。
「ロストオーバーテクノロジー……今はもう失われた超技術の一つ。フェイって言ったかしら? あの男が使うのは魔法術だと私は思うの」
「ちょっと待って。アタシが知ってる人にもフェイと同じ力を使う人がいるけど、その人は精霊の力を借りていると言っていたわ」
「精霊? 本当にそんなものが存在するの?」
「うーん、アタシはその力を目の当たりにしたけど、精霊そのものを見たわけじゃないから何とも言えないわね。でも、そう考えれば辻褄は合うっちゃ合うのよね」
確証を得たわけではないので答えようがないのだが、契約云々言っていたのだからそれが真実なのだろう。
「ところで、クリスはそこにいないの?」
「取材に出てるわ。そろそろ戻ってくると思うけど」
「貴女達は相変わらずね。ちょっぴり妬けちゃうわ」
相変わらずという言葉も妬けちゃうという言葉も心外だし、何を勘違いしているのか知らないが、まあ良しとしよう。と、そこへクリスとシンがタイミング良く取材から戻ってきたようだ。帰社の挨拶もそこそこに編集長室へと向かったシンをよそに、クリスはプロジェクターの向こうのサヨコに語りかける。
「ハーイ、サヨコ。久しぶりじゃない?」
「あら、クリス。取材帰り? お疲れ様」
「サンキュ。そんで、どしたの? まさか仕事の依頼かしら?」
放送局が新聞社に仕事の依頼とか無いでしょ。アホか、この女。
「さすがに話が早いわね。デスクとも話は付いているんだけど、是非ともロイス・ジャーナルに依頼したい事があるのよ」
あんのかいっ! アホはアタシの方じゃない!
「さっきレイアに話した事も関係してくるんだけど、その前に。『シュトライヒ・ツリー』って聞いた事がある?」
「「しゅとらいひつりー?」」
アタシ達の顔面一杯には大きなクエスチョン・マークが貼り付けられているのだろう。知らない言葉にアタシの知的好奇心は大いにくすぐられる。
「彗星上で成長する遺伝子操作された木、それがシュトライヒ・ツリーと呼ばれているものよ。我々人類が宇宙の果てにまで生活圏を広げられたのも、シュトライヒ・ツリーの恩恵があってこそなのよ」
へぇ、と感嘆の声を上げたものの、それはそれでジャーナリストとして勉強不足を露呈したようなものである。これは恥ずかしい。しかし、シュトライヒという単語には憶えがある。まさかとは思うが……まぁ、今は彼女の依頼の内容を伺おう。
「それで、仕事の依頼にそのシュトライヒ・ツリーってのが関係するのね?」
「こういう事には察しがいいのも変わらないのね。貴女達は『永久心臓』について調査しているのよね?」
「ええ、まあ」
「シュトライヒ・ツリーに咲く花『レウケー』にまつわる噂の解明をお願いしたいのよ」
「レウケー?」
アタシは知らなかったが、古代神話をかじったクリスは知っているようだ。
「確か、冥界の王ハデスに白ポプラへと姿を変えられたニンフの事じゃなかったかしら?」
「神話マニアなトコも変わらなくて安心したわ、クリス。そのレウケーには不老不死の伝説があるの。私はそこに永久心臓の謎を解くカギがあるんじゃないかと思うの」
我々ロイス・ジャーナルが追い求めるネタを提供してくれるのはありがたい話だが、サヨコ・インヴェルスという女が無償でネタを提供する女ではない、という事をアタシ達は分かっている。
「情報提供はありがたい話だけど、本命はコレじゃ無いんでしょ?」
眼鏡の奥の瞳が光る。理知的に見えた表情は一変し、口の端を上げる彼女の顔を見るのは久しく懐かしい。
艶やかな舌で下唇をひと舐めしたサヨコの口から発せられた人物の名にアタシ達は顔を見合わせた。
「ユングの事……憶えてる?」