第1話 We knew・mysterious・SISTER(Ⅱ)
プシュケにいるサヨコに会うのは不可能と判断したアタシは、会社に戻ってあらためてプロジェクター通話に切り替えて話す事にした。
「至聖宮に、いや、ルキフ・ロフォに何を語らせるつもり?」
「ヤハウェ襲撃事件から復興までのドキュメンタリー企画なのよ。私はあまり乗り気じゃないんだけどね。ルキフ・ロフォ氏には当時の事や現在の事を語ってもらうつもりよ」
確かにあの件は瞬く間に全銀河を駆け抜けた。アタシ達も一枚噛んでいるのだが……って、それはともかく、できればあの事件はウラを暴いて欲しくないのだが、そうもいかないのだろう。
「あまり大事にしないほうがいいと思うけどね。それはともかく、一つ聞きたいことがあるんだけど、ユングの妹さんの名前って知ってる?」
「ユングの……ああ、フレイさんの事かしら。それがどうしたの?」
フレイさんと言うのか。
「そのフレイさんをZ・E・U・Sで見かけたって言う情報を得たのよ。信じられる?」
誰もがそんな話を信じるなど出来るはずが無い。しかし、ユングの生存を確信しているのであろう彼女は当然のごとくその話を受け入れていた。
「あの事故での死者はいない、と言うことの証明になったわね。フレイさんの生存が確認されたのならユングもきっとどこかで生きているはずよ!」
受話器の向こうの声が嬉々としているところ申し訳ないが、アタシの中の何かが危険信号をかき鳴らしている。この先に足を踏み入れたが最後、二度とここには戻ってこられない、そんな気がしてならないのだ。
普通の思考で考えるならば、あれだけの大惨事の中で生存者がいるとは思えない。遺体すら残らなかったと考える方がまだ筋が通るというものだ。しかし、サヨコはそうは思っていないようだ。
「ありがとう、レイア。きっとユングはフレイさんを探していると思うの。フレイさんがZ・E・U・Sに姿を現したのもユングを探しているからじゃないかしら?」
「うーん……その先に何があるのかは分からないけれどね。やれるトコまでやってみるわ」
仕事の依頼なのだから手を抜くなんて事はあり得ない。ましてや旧知の仲である友人からの頼みならばなおさらだ。まあ、そこに命の危険が伴うのであれば考えるが。
そしてもう一つ、聞かなければならない事がある。
「あの実験に立ち会ったのは、ユングとフレイさんの他に誰がいたか知ってる?」
「前にも言った通り、あの実験は非公式のものだから、ユングが主導権を握っていたのよ。おそらく、本来なら彼以外には私だけのはずよ」
「つまり、ユングとフレイさんだけ、と?」
「そうなるわね」
真っ正直な本音を言わせてもらうならば、圧倒的に情報が足りていない。今するべき事は情報収集か。
サヨコとの通話を終え、今後の対策を練るべくクリスと相談しようと思ったが、そのクリスの姿が見当たらないではないか。ったく、あのバカ女はどこで油売ってんのかしら。
探しに行くのも面倒なのでカフェ・オ・レを買いに自販機へ走ろうと廊下に出たところでクリスと鉢合わせた。
「どこ行ってたのよ、クリス」
「オフィスのPCで色々調べていたのよ。銀河樹とかレウケーとか、事前情報は仕入れておかないとね」
「なるほど、それは確かに一理ある」
「サヨコは何て?」
「ユングが生きているという証拠が見つかったって喜んでたわ」
少し呆れながらも事の顛末を告げると、クリスは眉をひそめて小首を傾げる。うん、大して可愛くはないが、クリスもやはりサヨコの楽天的な考えに呆れているのだろう。
「フレイさん、ね。銀河樹へ行けば全てが分かるかもしれないわね」
「は? どゆこと?」
「銀河樹の別名が分かったのよ」
「別名も何も銀河樹は銀河樹でしょ。この広大な銀河のどこかにどーんと根を張ってる巨大な木、それが銀河樹なんでしょ?」
「ユグドラシル」
クリスの口をついて出た言葉に息を飲む。ユグドラシル、それはつまりパルティクラールの事を指しており、リック達アンドロメダ銀河役所の連中やフェイ達、そしてミスターが席を置いている組織だ。しかし、リック達とフェイ達は対立関係にある。そして、その渦中にケイやピカちゃんやベルカ達、さらにはおそらくシンと編集長も巻き込まれているのだろう。
一度整理してみよう。
対立関係を明確にするために、それぞれを『元・パルティクラール』と『ユグドラシル』に分けてみる。『元・パルティクラール』側をリック達アンドロメダ銀河役所、ピカちゃん、シン、ケイ、そして編集長。そして『ユグドラシル』側にはフェイ、タケルとメインの双子姉弟。そのどちらにも所属していない第三勢力とでもいうべき存在がベルカ達か。ミスターは正直いって分からない。現時点で判明しているのはこの程度かしら。
何かまだピースが足りていない気もするが、クリスが言った銀河樹へ行けば分かるというのは、ユグドラシル……つまりフェイに会わなければならないということだ。やはりヤツとは正式にケリをつけなければならない。
「ちょっとレイア! モバイル着信入ってるわよ!」
「え?」
深い考察に耽っていると周りの雑音をシャットアウトしてしまうのはアタシの良いクセでもあり悪いクセでもある。今回は悪いクセにあたるだろう。
着信表示に現れた名前はアルバート教授だった。