第2話 Meet・Again・Fantasy&Calamity(Ⅳ)
モバイルの向こうの声の主からの怒声を涼しい顔で受け流しているケイさんの肝の座りようは、とても僕には真似出来ない。アインさんもアインさんで腕を組んで目を閉じて壁の花を演じているのだから、僕はどうすればいいのか分からず、ただオロオロするばかりだった。
「アスト君、少し落ち着きたまえ」
「だだだ、だってあの電話の相手ってあの……」
「いつもの事だ。この程度の事でうろたえているようでは南十字星の名が泣くぞ」
そりゃ、北十字星の戦士たるアインさんは数々の死地をくぐり抜けてきたのだから、と喉元まで出かかったが、すんでのところでルードの指輪が視界に入ったものだから、その言葉を飲み込むしか無かった。
アインさんが言うにはルードの指輪の支配者、つまり南十字星の支配者は、北十字星の戦士、つまりアインさんの相棒たる存在なのだそうだ。果たして僕にそんな大役が務まるのか、いや、そもそもそんな資格があるのかも怪しいものだ。
「俺達は今、惑星ロキにいる。J・D・Uのとある施設に用事があってな」
「ロキだぁ? そこにある施設っていやぁ……パレスか?」
「話が早いな、さすがは宇宙海賊だ」
ケイさんの通話の相手、それは出来うるならば二度と会いたくない相手だ。
「このベルカ・テウタを引っ捕まえておいてくだらねぇ話だったら、テメェの脳天をブチ抜いてやるからな」
こちらとしては移動手段として船を出せと言っているのだから、脳天をぶち抜かれるだけで済むはずもない。顔見知りのよしみで、ビンタ十発くらいで済ませてもらえてもよさそうなものだけど、それは甘い考えなのだろうか。ここはひとつジャーナリストとしてのケイさんが、全銀河にその名を轟かせる宇宙海賊相手にどう主導権を握るのか勉強させて頂きたいものである。
アインさんと行動を共にしているケイさんもまた、死地をくぐり抜けてきたのだから肝も座っているというものだ。ベルカさんの脅しには簡単に屈しない。
「まあまあ、そう血圧ブチ上げなさんなって。くだらねぇかどうかを見極めるのはこれからだろ? 今回は俺達以外にもゲストがいるし、それにパレスの跡地を調べりゃヤツらを追い込める何かが見つかるかも知んねぇぜ?」
「ヤツらってのはフェイ達の事か?」
「他に誰がいる?」
「ふん、面白ぇ。んで、ゲストってのは?」
「それは会ってからのお楽しみだ」
「勿体付けんじゃねぇよ!」
「ここで言ったら来てくれねぇかも知れねぇだろ?」
「お前の知り合いなんて数えるくらいしかいねぇだろうが」
「確かにな。じゃあ言うか、アストだよ」
「アストだと!?」
ベルカさんの声のトーンが1オクターブ上がったように聞こえた。プロジェクター投影もしていないのに聞こえてくるとは、どれだけ大きな声を発しているのやら。しかし、僕の名前を使ってベルカさん達を呼び出したという事は、今後の交渉事は僕次第という事になるのだろうか。
……これは荷が重すぎる。
「アストがいるんなら、また美味ぇカレーが食えるんだな? 二時間後にそっちに行ってやる。場所は……そうだな、夕闇の国でどうだ?」
「夕闇の国か……明星の国じゃダメか?」
「アタシに指図すんじゃないよ! じゃあ、カレー作って待ってな!」
「あ、おい……一方的に切りやがって。これじゃ意味が無ぇじゃねぇか」
ここから海を隔てた彼方にある夕闇の国へ行くにはゲートを通らなければならない。やはりミリューさんにお願いするしかないのか。
「先程も言った通り、ミリエスタにそれを言えば必ず一緒に行くと言うだろう。危険を伴う常夜の国では何が起こるか分からん。ミリエスタを連れて行くわけにはいかんのだ」
「でしたらミリューさんには夕闇の国で待っていてもらうというのはどうでしょうか」
「そう聞き分けが良ければいいんだが……」
ミリューさんがそこまで頑固な性格とは思えないし、むしろパイの方がうるさそうだ。
確かにアインさんが言うように決して安全な旅になるという保証はどこにもない。護衛は多いに越したことはないが、このお城を無人にする訳にも行かない。それに、何よりも危険なのはベルカさん達だ。そもそも宇宙海賊と行動を共にするなどレビさんが断固拒否するだろう。
「そうか。レビさんですよ!」
「レビが何だってんだ?」
「レビさんはベルカさん達と行動するなんて拒否するに決まってます」
「まぁ、そりゃそうだろうな」
腑に落ちないケイさんは、それがどうしたと言わんばかりの表情でアインさんと顔を見合わせ首を捻る。
「つまりですよ、レビさんの留守番が確定すればミリューさんも思いとどまると思うんですよ」
レビさんだけを置いていくわけにはいかないだろう、というのが僕の考えだ。
「なるほど、それは確かに有り得そうだな」
「しかし、そうなると護衛はアイン、お前に負担がかかってくるな」
カイルさんだけを連れていくのはほぼ絶望的だ、そう思った時だった。突然、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼いたします」
声の主はジェフさんだった。