第2話 Meet・Again・Fantasy&Calamity(Ⅰ)
惑星ロキ……この惑星に降り立つのは二度目だ。しかし、前回と違うのは僕一人だという事。今回の取材は僕一人でやり遂げなければならないのだ。しかし、それとは別に独断で進めている記事もこの惑星でなければ調べる事が出来ないのだから、単独行動はむしろ好都合である。
空港のロビーから閑散とした大通りへと出る。懐かしい記憶がよみがえり、右手の指に嵌められているルードの指輪に目をやった。この神器に見染められてしまった事で僕の運命が変わった事は間違いないが、幸か不幸かそれが悪かったとは今のところ思っていない。なぜなら、運命を受け入れた事で僕は強くなれた気がするからだ。
僕は一人でこの取材をやり遂げてみせる。
さて、まずはケイさん達と合流しなければ話が進むわけでもないので、モバイルを通話モードにしてケイさんへ連絡を入れる。
「おう、着いたか?」
「はい。えっと、とりあえず僕はどこへ行けばいいですか?」
「一旦、合流するか。今どこにいる?」
「空港を出たところです」
「そこから王宮は見えるな? 一番でっけぇ建物だ」
周りをぐるりと見渡してみると、確かに白く大きな宮殿らしき建物が見えた。そう言えば、以前に来た時は気にも留めていなかったが、あの時は『人がいない』という衝撃が大きかったからだろう。まぁ、実際には少なからず人はいたのだが。
「ではそちらに向かいます」
「おう、待ってるぜ」
モバイルをポケットにねじ込んで空を見上げる。頭上に輝く人工太陽が眩しい。あんなものを作り上げてしまう人類の英知には頭が下がるが、そういえば惑星プシュケは人工惑星だったのだから、太陽の一つや二つ作るなど造作もない事なのか。
さて、遅れて怒鳴られるのも嫌なので少し早足で王宮へ向かおう。王宮という事はミリューさん達もいるのだろう。懐かしい顔に出会う高揚感を抑えながら歩き出した。
王宮の前に立つとすぐに大きな扉が開いた。そう言えばお城はフェイに焼かれたのではなかっただろうか。目の前にある建物は焼け跡ひとつ見当たらないのだが。
開いた先のエントランスでは、浅黒い肌のコック帽をかぶった男が満面の笑顔と共に出迎えてくれる。
「お待ちしておりました、アスト様。ご無沙汰しております」
「ジェフさん! お久しぶりです。てゆーか、今この扉って勝手に開きませんでした?」
「ええ、私の認証センサーに登録されているお方がお越しになられた際には自動的に開くシステムでして」
シェフというより執事だ、と思ったが、どうやらジェフさんは王宮では執事も兼任しているそうだ。万能アンドロイドっぷりをいかんなく発揮している彼に会うのも、僕がここに来た目的の一つでもある。
宇宙海賊ベルカ。全銀河にその名を轟かせる銀河一の女海賊である。彼女の仲間であるグレイさんは、自身の事をアンドロイドだと言い、ケイさんはジェフさんの事をサイボーグだと言った。その言葉を受けたジェフさんはケイさんとアインさんに同行していた。
ジェフさんが辿り着いた答えがどういったものかはまだ分からないが、僕はそこにホムンクルスというキーワードが関与していると思っている。時間を見計らってジェフさんに取材を申し込む腹積もりである。
そして、もう一つ。
並行世界。
これについては、誰に聞くのが一番早いかは分かっている。それは、フェイだ。だけど、さすがにフェイと一対一で相対するのは自殺行為だろう。ケイさんやアインさん達の助力を是非とも請いたいものだ。
「さあ、アスト様。中へどうぞお入りください。皆様がお待ちしておりますよ」
「あの、お城ってフェイの襲撃を受けて焼かれたんじゃなかったでしたっけ?」
「なんの事でしょう?」
「え? ヤハウェでの一件でカイルさんからそう連絡があったのでは……」
「ふーむ……そのような事実はなかったと記憶しますが……気になりますな。調べておきましょう。ささ、中へどうぞ」
何かがおかしい。しかし、今はそれを考えていても仕方がない。
促されるまま中へ入ると、広い部屋には見知った顔が並んでいた。中央あたりに置かれている大きな長テーブルの最奥の上座にはミリューさんが座っており、その傍らには白いフェレット……ではなく、小憎たらしいドラゴンのパイの姿もあった。そして、ミリューさんを中心として両隣には、ハルさん、エルマさん、リサさん、そしてレビさんがそれぞれティーカップを片手に優雅なティータイムを嗜んでいた。
僕が入ってきた入り口付近では、ケイさんとアインさんがカイルさんを挟んで、茶会を催している女性陣をチラチラと横目で見ながらも神妙な面持ちで額を突き合わせていた。なんだか関わると面倒事に巻き込まれそうなので、見て見ぬふりをしてそそくさとミリューさんの近くの椅子に座る事にした。
「アストさん、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「ちゃんと生きてたか、お坊ちゃん」
「お前にお坊ちゃん呼ばわりされる筋合いはないね」
パイの言う『ちゃんと生きる』にどんな意味が含まれているかを測り知ることはできないが、僕は僕なりに経験値を積み上げてきたつもりだ。
ふてぶてしくニヤついているパイに対し、レビさんが鼻を鳴らした。
「相変わらず子供よね、ハクは」
「ハクって呼ぶなよ。オイラはもうその名前は捨てたんだから。それはお前だってそうだろう、レビ」
パイの本名はハクという。そして、レビさんの本名はタオというそうだ。
「私はドラゴンの姿を封印したといっても、ドラゴン族の誇りまでは捨てていないわ。この髪色も気に入ってるし」
そう言ってピンク色のソバージュがかった髪に指を通して撫でる。あどけない見た目であるせいか、その様はまるで大人びている少女であり、レビさんを囲んでいる大人の女性達が代わる代わるレビさんを撫でまわしていく。
「あぁ~ん、もう! こういう妹、欲しかったのよねぇ~!」
「あ、ちょっとハル! 独り占めは良くないわよ?」
「そうそう、ハルにはカイルがいるんだからレビはボクらに譲ってよね」
「ちょ、私は誰のものでもないぞ!?」
微笑ましい光景に心を和ませていると、背後から迫り寄ってきた影に不意を突かれてのスリーパー・ホールドを食らってしまった。
「おいコラ、アスト! お前の居場所はココじゃなくてこっちだろうが!」
背後から僕の顔を覗き込むケイさんに逆らうなど出来るはずもない。咳き込みながら腕をタップし技を解いてもらう。
「お前が女に囲まれるなんざ十年早ぇんだよ」
「ゲホッ、ゲホッ……そ、そうですよね、ハハ……」
首根っこをむんずと掴まれ、男達の園へ連行される僕の姿を見て笑い転げているパイを許すことはできないだろう。
「ところでケイさん、この間の食事代って……?」
「あぁ、ごっそさん、美味かったぜ。またいつか行きてぇな」
「……」
もしかしたら僕にとってケイさんと言う人は厄災なのかもしれない。