第1話 Influencer・Blast・Mystery(Ⅰ)
惑星ムーサ。人類が三十三番目に入植を果たした惑星であり、修道惑星とも呼ばれている。その二つ名の通り、ここにはありとあらゆる学習施設が乱立している。
乱立というと語弊があるように聞こえるかもしれないが、実際に訪れてみればその言葉に納得するだろう。なにせ、小中高大一貫のメガトン級の学校────総敷地面積が二百万平方メートル以上だとか────を中心とし、周囲には専門スキルを身につけるための学校が数百校も軒を連ねているのだから。
修道に特化した惑星はムーサの他にも実はあるのだが、ムーサは特に規模が巨大であり、名のある優秀な指導者が多く常駐しているという事でも話題を集め、将来有望な生徒がその門を叩きにやってくる。しかし、当然の事ながら入学希望者は銀河中からやってくる。それもエリート候補生を自称する猛者や己の信念を曲げる事の無い頑固者ばかりだ。アタシやクリスは当然ながら後者だが、エミリーは謎の存在である。
ほぼ寡占市場と化している惑星ムーサの中央部に位置する『Z・E・U・S』の前にアタシは五年ぶりにやってきた。おお、変わりなく壮大かな、我が母校。と、感慨に耽っているところを空気など読まぬクソメガネが水を差す。
「このZenith・Effect・Union・Schoolの大学部へ行けばいいのは分かるが、そもそもアポイントは取ってあるのかい?」
「アポなんて昨日の今日なんだから取ってるわけ無いじゃない。突撃取材よ」
「机上の空論じゃないか。由緒正しきご大層な学校の卒業生がそんな事でいいのかい?」
「ご大層とは随分とご挨拶ね。長ったらしくご大層な名前だから由緒正しいワケなの、分かる?」
それだけの説明で分かるはずも無いだろう。事実としてシンは腕組をしたまま首を百八十度傾けた。しかし、クリスはそんな素振りなどお構いなしに持論を強引に展開していく。
「それにね、これだけ広大でご大層で由緒正しい学校なら、常任している先生達はもちろん、在校生達も偉大な先輩の事は知ってると思うワケよ。当然ワタシ達の事も噂くらいは聞いてるだろうし、ユングの事も知ってると思うのよね」
「想像の斜め上を行く机上の確率論だね……」
シンが呆れかえるのも無理はないが、クリスの言い分も解らないわけではない。とは言え、ユングやサヨコはともかくアタシやクリスの事を知っている学生などいるはずが無かろう。コイツの思い上がりも甚だしい。
「アタシ達はともかく。てゆーか、アタシ達はジャーナリストとして取材に来てるんだから、その辺にいる学生を手当たり次第にひっ捕まえて聞きだせばいいでしょ」
幸いにも構内のエントランスでは多くの学生たちが思い思いの時間を過ごしている。正午過ぎなので食堂にも多数の学生がいるだろうし、分散して情報を得て三時間後にこのエントランスにて落ち合う事にした。
食い意地が張っているのかクリスは食堂へ向かうと言いだし、勝手が分からぬシンはエントランスにて話を聞くと言い出したので、アタシは思い当たる節を当たる事にする。
「思い当たる節ってアルバート教授の事?」
「そ。あのセンセなら何か知ってるかもしれないじゃない?」
「んー……専門分野が違うからユングの事を知ってるかどうかってトコだけど、カレ、有名人だったからねぇ」
アルバート教授の専門は宇宙素粒子物理力学であり、ユングが専攻していた……あれ、ユングが専攻していた学部って何だったかしら? てゆーか専攻科目という物がユングにあったのかも不確かになってきた。
「確かにユングの専攻が何だったかって言われれば答えられないわね。でも、教授ならユングが所属していた研究室くらいは知ってるかもしれないわ」
「そうと決まれば早速始めよう。時間が惜しい」
シンが率先してやる気を見せるとは珍しい事もあるものだ。近いうちに隕石群でも降ってくるのではないだろうか。確かにシンの言うようにいつまでもエントランスに立ちつくしていても仕方が無い。それに、学生達からの不審者を見るような視線がザクザク刺さってきて有りもしない痛みを感じてしまう.
シンの言うようにさっさと取材に当たる事が賢明である。
「それじゃ後で。吉報が得られる事を期待しているわ」
「お互いにね」
「教授によろしく伝えておいてね」
サヨコのためにも、この仕事は絶対にしくじる事は出来ない。両の頬をピシャリと叩き、自分自身に気合を入れ直し、全ての謎を暴いてやると改めて誓おう。