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牧場でスローライフを楽しもう! ~僕はのんびり生活を捨てキミを助けに駆け回る~  作者: Jint
第1章 ネーハの祈り

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第21話 この幸せが永遠に続けばいい


 結局、僕はネーハと付き合うことになった。

 イシャンを失って心に空いた隙間に入り込むような行為はどうかと思っている。

 彼女は僕を本当に愛してくれているのか。

 助けられたことに対する感謝の気持ちが好意を抱かせているだけじゃないのか。

 そんな不安がまったくないと言えば嘘になる。

 彼女が何を考えているかなど、全てわかるわけではないのだから。


 だから最終的には僕がどうしたいか次第だ。

 その観点で見れば答えは決まっている。

 僕は彼女の優しさを知っているし、彼女のかわいさにハートを鷲掴みにされていた。

 誰にも渡したくないとの強い思いが心の中で渦巻いている。


 ネーハの秘密の場所はそのまま二人の秘密の場所になった。

 牧場の仕事を終えると、彼女が迎えに来て外へ出かけるのが日課になっている。


「ディネシュ、そろそろお昼にしない?」

 釣りをしていた僕に彼女の声がかかった。

 想像していた通り、この川の魚影は濃い。

 岩の裏から捕った川虫を餌にして一時間余りで20匹も釣り上げていた。

 ネーハの家に持ち帰っても食べきれない量だ。

 モーハンさんにもお裾分けしようかと考えていると催促の声がかかった。

 慌てて竿を片付けて彼女のところに戻る。


「村の人たちは釣りをしないの?」

「狩りをする人はいるけど、釣りをする人は見たことがないわね」

 顎に人差し指を当ててネーハは記憶を掘り返す。

「こんなにいい穴場があるのに、もったいない」

「あまり食べたことがないけれど、魚ってそんなに美味しい?」

 彼女は不思議そうに僕の顔をのぞき込んだ。


 どうも村ではそれほど魚を食べる習慣がないようだ。

 漁村から運ばれた干物ぐらいしかモーハンさんの店でも見なかったように思う。

 それは畑や山の幸に恵まれている証でもあった。

 しかし、一方で手つかずの資源が眠っていることになる。

 穴場を独占して美味しい魚を振る舞えることが約束されたのだ。


「きっと美味しくて病みつきになるよ。ネーハも釣りをしてみない?」

「でも、虫を餌にするんでしょ?」

 露骨に気が進まないといった表情だ。

 農場の娘であるネーハは虫を見て大騒ぎするような繊細さは持ち合わせていない。

 とはいえ好き好んで触りたいと思うようなものでもなかった。


「それじゃ、毛針を使うといい。鳥の羽根を使って針を羽虫みたいに飾るんだ」

「餌と間違えるの?」

「そうそう、魚を上手く騙す感じで」

「ふうん、それなら私にもできそう」

 僕があまりに熱心に勧めるせいか少し興味が出てきたようだ。

 どうせなら彼女も一緒に釣りを楽しんで欲しいという下心もある。


「今度来る時は用意しておくからやってみようよ」

「そうね、ここで見ているだけでも十分楽しいのだけれど」

 彼女は首を傾げて微かに笑みを浮かべる。

 どうやら僕の思惑は見透かされているようだ。


 ネーハが籠の中からサンドイッチを取り出して渡してくれた。

 燻製肉の薄切りにレタスとタマネギ、トマト、それに牧場で作ったチーズ。

 パンはディピカの店で買ってきたものだけど、それ以外は牧場で作った食材だ。

 出かける前に台所で作っていたのを作っていたのを横目に見ていた。

 もう僕の家の台所を使いこなしている。

 その内に彼女のものが少しずつ増えていくかもしれない。

 そんな先のことを想像してだらしない顔を晒していた。

 彼女はそんな僕の様子に半ば呆れたような眼差しを向ける。


 腹の虫が鳴っていた僕は感謝の言葉もそぞろにサンドイッチにかぶりついた。

 燻製肉の塩味にタマネギの甘み、トマトの酸味、チーズの旨味が口の中で混ざり合う。

 シンプルだけどこうして外で食べると、また違った味わいで格別だ。


「美味しいよ。ほら、ネーハも食べて」

 手にしたサンドイッチにかぶりつきながら、もう一方の手で勧める。

「そんなに慌てなくても、まだたくさんあるから」

 そんな僕の姿を見て彼女は目を細めた。


 付き合い出してから僕は手のかかる子供といった扱いだ。

 とても彼女を守るといった包容力を見せられていない。

 今はまだそれでいいかもしれない。

 けれどこれからのことを考えれば、足踏みをしている暇はないだろう。

 僕にできることは牧場を大きくして彼女の両親に認めてもらうことだ。

 そんな決意を胸にサンドイッチを頬張っていたら、彼女からリスみたいといって笑われた。


 食事を終え、水筒からお茶をもらって一息つく。

 僕はぼんやりと空を眺めていた。

 牧場は自給自足とささやかな生産品をモーハンさんの店に卸して生計を立てている。

 これから稼いでいくためには売れる商品が必要だ。

 ほとんど閉じた村では消費するものも限られている。

「ねえ」

 街で売れるものでないと、それほどの収益にはならない。

 となると保存がきく加工品、チーズかソーセージあたりが適当か。

「ねえってば」

 ネーハに肩を揺すられて我に返った。


「ごめん、考え事をしていたよ。どうしたの?」

「もうっ、二人っきりなんだから、もっと私のことも見てよ」

 久しぶりに彼女の鋭い視線に貫かれた。

 最初は震えあがったこの目つきも今はかわいく見える。

「ごめん、これからのことを考えていたんだ」

「これからのこと?」

 きょとんとした顔で首を傾げた。

 くるくると変わる彼女の表情を見ているのは飽きない。

 もっと色々な面を引き出したいと思ってしまうのも仕方のないことだろう。


「キミと二人で暮らしていくにはどうしたらいいか、とか」

「ちょ、ちょっと何言ってるの、早過ぎない?」

 熟れたトマトのように赤くなった彼女は視線を外して俯いた。

 そんな姿をじっと眺めていると、もっともっとと僕の心が暴走を始める。


「ソース、口についているよ」

「えっ、本当?」

 慌ててハンカチを取り出して拭こうとする彼女の手を握りしめた。

 そのまま顔を引き寄せて唇を合わせる。

 舌がぴりりとした香辛料と塩辛さを感じた。


「やだ、キスの味がしょっぱくなっちゃう」

「毎日、違う味で飽きないでしょ」

「本当にバカなんだから」

 僕はそのまま何度も彼女の唇を味わった。


  ◇◆◇


 川のそばの大岩にネーハが腰かけていた。

 夕日に照らされて燃え上がるように輝く赤い髪。

 スカートから伸びた白く細い脚が所在無げにぶらついている。

 少し前まで川に入ってはしゃいでいた彼女は靴も脱ぎ捨てて素足を晒していた。


「こうしていると時間を忘れてしまうね」

 ネーハの言葉が葉擦れの音と共に消えていく。

 この時間帯はどこか物悲しい雰囲気を助長した。

「ずっとここでこうしていたいよ」

「大変、ディネシュが働かなくなっちゃう!?」


 おどける彼女の膝を手の甲で軽く叩いた。

 その時、天啓のような閃きが僕の体を走る。

 その衝撃を受け止めきれず、大岩に手をついて心を落ち着けた。


 ――そうか、そういうことだったのか。それならイシャンさんは助けられるはずだ!?







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