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私と貴女と… 2  作者: 菜央実


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第十三話 立秋

あの日、涼さんに拒否されたような気がして、私は否定して欲しかった。だけど何も言ってくれないまま別れて、結局私は呆然としたまま帰った。

私の気持ちは、あの人にとって重荷にしかならなかったのだろうか…何も分からなかった自分が悔しくて、悲しくて、その日はひたすら泣いた。


あの日以降、学校が終わると家や他の場所で勉強したが、今いち集中出来なくて、お盆休みを過ぎてから、再び図書館に行こうと決心がついた。涼さんとの思い出が詰まったあの場所に惹かれるように少し遅い時間に足を向けた。


「こんにちは…」

「早川さん?」


久しぶりに訪れた私を、少し驚いた様子で見た立木さんは、慌てて挨拶を返してくれた。そのままいつもの席に座り、鞄の中を出す。室内に流れていた洋楽が、不意に聞こえなくなり振り向くと立木さんがラジカセを止めていた。そういえば、私がここにいる間、ラジカセは殆ど動いていなかった気がする。きっと、勉強する私に、立木さんが気を使ってくれていたに違いない。

視線があった立木さんに、ぺこりと会釈した。


「すいません」

「ううん、気にしないで。

頑張っている早川さんに、私が出来ることはこの位しかないから…」


微笑む立木さんが何となく涼さんが重なり、涙が零れた。ぼろぼろと零れる涙に慌てて拭うも止まらなくて、何度も擦る。


「早川さん、これ、使って?」


不意にハンカチが差し出され、顔を上げると立木さんが傍にいた。


「ちょっと待っててね」


そう言うと、立木さんは室内のカーテンを閉めて、玄関のプレートを'閉館'に変えた。驚く私に構わず隣に座ると、私の手を取ってにこりと笑いかける。


「少し早いけど、今日の仕事は、もうおしまい。

…だから、好きなだけ泣いて良いよ」


「…」


こんな大人になりたい…そう強く思いながら、立木さんの優しさに甘えて、私はわんわん泣いた。


落ち着いてから、私は涼さんとの事を打ち明けた。立木さんは「話したくないなら聞かないよ」と言ってくれたのだが、私の気持ちを知っている立木さんになら、聞いて欲しかった。


「そうだったの…」


立木さんはぽつりと呟いた。彼女の表情は何か悩んでいるように見えたが、やがて、私を真っ直ぐに見た。


「あのね、あなたは、涼さんが子供だからっていう理由で、そんな事を言うと思う?」


立木さんの質問に黙り込む。涼さんは私を子供扱いしてからかう事もあったけど、必ず約束を守ってくれていたし、対等に扱ってくれた。


「思わないです…」

「うん、良かった」


立木さんは、嬉しそうに笑った。


「私も、そう思っているから。

涼さんには理由があったんじゃないかな…」

「理由…」

「うん、あなたには話せなかったんだよ」

「私が、信頼されていないから…?」


「違うよ」


優しく手を握った彼女はまるで理由を知っているかのように、続けた。


「きっと、あなたが大切だからだよ」



暦の上では秋になっても、日中の暑さは変わらないような気がする。今年は台風が多いらしく、テレビで盛んに注意を促していたが、今季最大勢力の大型台風が数日後、この地方に直撃するらしい。スマホとテレビを何度も確認しても、勢力も進路は変わらず、仕方なく早めに台風対策をすることにした。風で飛ばされないように外の物を片付け、車庫も風次第では倒れる可能性があったので、バイクと車を出しておいた。バイクは風が当たらない所に避難して板とシートで覆っておく。ごまの小屋もロープで補強してから、小屋に向かった。


「この小屋、大丈夫かな…」


昔作られた木造の小屋は、屋根を張り替えたものの、土台は古いままだった。餌と道具を最低限の量だけ置いて、雨風で濡れないように全てシートで覆う。空はうんざりするような青さで、これから台風が来るなんて考えられない天気だった。とりあえず、停電に備えて、自分の食料や日用品を買うため車に乗って街に降りた。

図書館に続く道に出ると、心がざわめいた。あれから夏樹さんに会っていない。そして、彼女にも…

今日も図書館にいるのだろうか、あれから元気に過ごしているのだろうか。

いつまでも消えない痛みから逃げるように、図書館とは反対方向に向かった。


閉館時間になり、戸締まりの手伝いをした後、夏樹さんは申し訳なさそうに私を見た。


「桜ちゃん、申し訳ないのだけど、明日はお休みの予定なの。

ごめんなさいね」

「あ、はい。台風ですか?」

「ええ、こちらに向かって来るみたいだから。風も強そうだし…」

「台風で、学校も休校なんです」

「そうなんだ。気を付けないとね」


立木さんと話ながら、何となく涼さんが思い浮かんだ。あの人が図書館に来る事もなくなり、いつしか立木さんと二人で過ごす事が多くなった。立木さんに励まされてから、学校や勉強の事を何かと相談するようになり、私は立木さんと次第に打ち解けるようになった。立木さんは涼さんの事は何も言わなかったが、元気だという事と、仕事が忙しくて会えていない事だけは教えてくれた。


「気をつけて帰ってね」


笑って手を降る立木さんに会釈して、駅に向かった。一人歩く帰り道にいつも思い出すのは涼さんの事だった。


'きっと、あなたが大切だからだよ'


立木さんに言われた言葉が、心の中の涼さんへの想いを蘇らせた。あの人に救われた日の事を思い出す。自棄になって行き場すらなかった見ず知らずの私を、助けてくれた人。誰にも言えなかった悩みに気がついて、手をさしのべてくれた人…


「…涼さん」


私は、あの人が好きだ。例え、あの人が振り向いてくれなくても、この気持ちだけは大切にしたい。


風が強く吹いた。見上げると、空の雲がぐんぐんと流れていく。

台風が近づいてくるのはもうすぐだ。


この嵐が去ったら、もう一度、会いに行こう―


そう決心すると、ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

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