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83 映画監督

 撮影現場で、グラサンにハンチング帽という出で立ちの映画監督が、メガホンを振り回しながら怒鳴っている。

「おい、そこはそうじゃないだろう。これはこうやって使うんだよ。そうじゃないとおかしいだろ、このドシロウトどもが! いったい何年この仕事やってんだ?」

 スタッフたちはぺこぺこと頭を下げながら作業を再開する。ようやく撮影の準備が整ったかと思いきや、またもや映画監督のグラサンが光った。

「おい、お前」

 視線の先をたどると、そこには鎧武者の格好をした若い男がいた。

「おい、お前、主演俳優! お前は立ち位置が違うだろ! なんで主役のお前が脇の連中より引っ込んだところに立ってるんだ! もっと前へ出ろ! 前へ!」

「……」

「どうした? なんで前へ出て来ないんだ?」

「……」

「何とか言えよ! 黙ってたってわからんだろうが、バカヤロー!」

「……あの」

「何だ?」

「あの、監督。実は、さっきから監督の剣幕が恐くて、実は、その、僕、おしっこ漏らしちゃいました」

「は?」

「だから、僕、監督が恐くて、おしっこ漏らしちゃったんです」

 脇の武者たちが場所をあけると、水たまりの上に立つ若武者がいた。水たまりには湯気が立っている。なるほど、小便を漏らしたに違いなかった。

「おい、お前、何やってんだよ! さっさと着替えて来い、バカヤロー!」

「は、はい」

 ぽたぽたと滴を垂らしながら退場する若武者。映画監督はドサリと椅子に座り込み、そしてうなだれて額に手を当てた。

「なんだよ。いい大人が小便を漏らすなんて。やり過ぎだろ。いや、やり過ぎてたのは俺の方か。俺が怒り過ぎてたってことかよ。そうかよ。悪かったよ。もう怒らないよ。優しくするよ。心、入れ替えるよ。だから、もう小便漏らさないでくれよ。頼むよ。俺はただ、いい映画が撮りたかっただけで……」

 その声が少しずつ小さくなった。

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