66 トミヨばあさんと新人サラリーマン
ある朝、トミヨばあさんが電車に乗っていた時のことである。
トミヨばあさんが長椅子状の座席に座っていると、近くの吊革をつかんで立っていた学ラン姿の男子高校生たちが、大きな声で話していた。
トミヨばあさんは顔をしかめていた。男子高校生たちの声の大きさにではない。彼らの話す内容に、いら立ちを募らせていたのである。
ある男子高校生が言う。
「うちのババアがさ、勉強しろ勉強しろってうるせえんだよ」
別の男子高校生が、
「うちのババアもだよ。うちのババアもテストの点数がどうのこうのとうるせえわ」
さらに別の男子高校生が、
「どこのババアも同じだな。世の中、口うるさいババアであふれかえってるみてえだわ」
と、こんな調子である。
トミヨばあさんのこめかみに青筋が浮かんだ。
(ババアババアとやかましいわ)
全身が怒りで小刻みに震えている。
(最近の若いもんはまるでなっとらん。近くに年寄りがいるというのに、ババアババアと、汚い言葉を連呼しおって)
立てた杖を握る手にぐっと力が込もった。
(この杖で一撃くれてやろうか。年長者への敬意も持たず、まわりへの気遣いもマナーもない若造どもに、ひとつ思い知らせてやろうか。私もまだまだ若いもんに負けんぞ)
そんなことを思いつつ、トミヨばあさんがカッと目を見開いた時、それまで黙ってトミヨばあさんの隣の席に座っていたスーツ姿の男が不意に立ち上がった。
トミヨばあさんが見上げると、スーツ姿の男はまだ若く、黒縁の眼鏡をかけた顔はいかにも真面目そうで、新人のサラリーマンといった様子であった。
「おい、お前ら」
新人サラリーマンが声をかけると、男子高校生たちが一斉にけげんそうに顔を向けた。
「お前ら、いいかげんにしろよ。さっきから黙って聞いていれば、口汚い言葉を連呼しやがって。いったい何回その言葉を口にした? 聞いていて不愉快だ」
この言葉に、たちまち、トミヨばあさんの胸に温かいものが広がった。
(ほほう。ちゃんとした若者もいるではないか。礼儀知らずな若造ばかりと思ったが、どうしてどうして、この国の若者もまだまだ捨てたものではないぞ)
トミヨばあさんが思わず笑みを浮かべていると、新人サラリーマンはさらに続けた。
「まわりの迷惑も考えろ。公共の場では、礼儀と敬意と気遣いを持って行動しろ。人に対して失礼のないように言葉に気を付けろ。お前らの汚い言葉に、さっきからまわりのみんなが迷惑してるんだ。だいたい、お前ら――」
そこで新人サラリーマンは一度言葉を切って息を吸い込んだ。
トミヨばあさんは胸がすっと軽くなるのを感じながら、もっと言ってやれ、と内心で声援を送り、次の言葉を待った。
「だいたい、お前ら――」
新人サラリーマンの表情は一層険しくなる。その手がすっと持ち上がり、
「ここにいるババアに失礼だろが!」
新人サラリーマンはトミヨばあさんを指差した。




