105 ある引きこもり女性に起こった恐怖体験
部屋の中は暗い。カーテンを閉めきっているからだ。日中でも、こうしてカーテンを閉めきってしまえば、自分の世界から外の世界を閉め出してしまえる気がする。もっとも、閉め出されてしまったのは彼女自身の方かもしれないが。
ベッドの枕元のスタンドライトのおかげで、彼女の手元は明るい。人工的な光。久しく外のお日様の光に当たっていない。でも、それでいい。どうせ自分は日陰者だ。お日様の光なんて似合わない。
今はただ、お気に入りの漫画を読む手元を照らすだけの光があればいい。本当にもう、それだけでいいのだ。
こうしてベッドに寝ながら漫画を読みふける日々が、いったいどれほど続いているのか、引きこもりの彼女には時間や曜日の感覚がないから、定かなところはわからない。
ただ、こういう緩慢な日々を送りながら、静かにひっそりと朽ちていけばいい。仕事のために両親の出払った家で、一人漫画を読みふけりながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
今となっては、この、もろくて平和な毎日を、誰にも邪魔してほしくなかった。
と、その時、カタン、という物音が聞こえた。どうやら一階の玄関かららしかった。その物音は、一人きりの静けさに慣れ親しんだ彼女にとっては、一瞬心臓をドキリとさせるに充分な物音だった。突然、一人きりの時間を乱されたような、そんな不安を彼女は覚えた。
「郵便……かしら?」
パジャマ姿の彼女はベッドから身を起こし、漫画を閉じた。
普段なら、家に郵便が届いたからといって、確かめに行ったりはしない。しかし、この日はなぜか、妙な胸騒ぎがして、家に届いた何かの正体を確かめずにはいられない気がした。
まるで何かに操られているかのようだった。
彼女は部屋を出た。部屋のドアを閉める音が、やけに大きく響いた。自分のたてるスリッパの足音さえも、本当は至ってかすかなはずが、この時はやけに大きく聞こえた。
薄暗い廊下を抜け、薄暗い階段を下り、薄暗い玄関にたどり着いた。
郵便受けの下、靴入れの上に、それはあった。茶色い封筒。A4の紙を三つ折りにして入れるのにちょうどの大きさだ。
彼女はそれを取り、表面を見た。
「わたし……宛てだ」
印刷された文字で、彼女の名前と住所と郵便番号が書かれていた。
「誰……から?」
裏面を見る。しかし、裏には何も書かれておらず、差出人は不明だった。
また、妙な胸騒ぎがした。学生だった頃の数少ない友達とは、もう連絡を取っていない。彼女に郵便を送って来る人の心当たりがまったくなかった。
彼女はけげんに思いながらも、リビングへ行き、ペン立てのハサミを取った。
彼女はそれを開けてはいけない気がして、少しの間ためらった。
しかし、同時に、自分はその郵便を確かめるべきだという気もした。
ようやく決心して、彼女はその封筒を開封した。
中身は、厚い、紙の束だった。心臓がバクバクいっている。恐る恐る、彼女はその紙の束を開いた。そして、
「ひっ……!」
彼女は紙の束をバサバサと落とした。
「いやあああああああああっ!」
悲鳴が上がる。
彼女はその場に座り込み、恐怖のあまり涙を流しながら、頭を抱えた。
封筒の中に入っていた紙束、それは――
おびただしい量の求人票だった。




