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104 無影の太刀

 夜が更けている。ロウソクの頼りない光に照らされた道場で、二人の男が向かい合っていた。

 かつて当代随一と評された老兵法者と、その高弟である。

 道場には、冷え冷えとした夜気が漂っていた。

 やがて、老兵法者が重々しく口を開いた。

「今宵、お主にわが流派の奥義を授けようと思う」

 その言葉に、高弟はゴクリと唾を呑み込んだ。老兵法者が続ける。

「わが秘剣……無影の太刀!」

「無影の太刀……」

 高弟の顔がサッと青ざめた。話には聞いたことがあった。無影の太刀。師である老兵法者が、とある山地で、長い山ごもりの末に編み出したというその秘剣は、これまでに十度、達人との果たし合いで使われ、十人の達人をあの世へ送ったという。

 しかし、その無影の太刀がいかなる秘剣であるか、それを知る者は他ならぬ老兵法者ただ一人であった。見た者は全員死んでいる。

「無影の太刀は……」

 と、老兵法者が語る。

「返し技の一種じゃ。いついかなる状況で斬りかかられようと、ことごとくこれを防ぎ、返す刀で敵を斬る」

 そう言って、老兵法者は高弟に背を向けると、どかりと道場の床にあぐらをかいた。大刀と脇差は左横に置かれている。

「さあ、どこからでも打ちかかって来い」

 高弟は、老兵法者の言葉の意図を察して、木刀のかかった壁へ走った。老兵法者は、究極の返し技であるという無影の太刀を、今、実演してみせようと言っているのだ。だが、高弟が木刀を手に、老兵法者の座り込む背後に戻ると、老兵法者は次のようなことを言った。

「真剣で打ちかかって来い」

 そう言って老兵法者は己の愛用の大刀を高弟の方へ押して寄越した。そして、

「その木刀を寄越せ」

 と言う。高弟は言われた通りに木刀を老兵法者へ渡すと、震える手で師の愛刀を手に取り、鞘から抜いた。

 刹那、背筋も凍るような刃の光が辺りを払った。かつて当代随一と評され、数えきれぬほどの果たし合いで勝利を収めてきた師の愛刀である。並の業物であるはずがなかった。

(真剣で打ちかかってこそ、無影の太刀はその真価を発揮するということか)

 高弟の顔は一層青ざめている。真剣を手に師の後ろ姿に対することの緊張ばかりではない。ついに、あの、無影の太刀をこの目で見るのかという興奮がそうさせるのであった。高弟もまた、剣の道に生きる一人の兵法者であった。

 高弟がそろそろと大刀を右肩へ担ぎ上げると、まさにその機に、あたかも背中に目が付いているかの如くに、木刀を左脇に置いた老兵法者が大喝した。

「さあ、どこからでも打ちかかって参れ!」

「い……いざ!」

「参れ!」

「テエェイ!」

 白刃がきらめき、振り下ろされる。そして、次の瞬間、

「ぐあああああああああああっ!」

 老兵法者は斬死した。

 享年六十八歳。カッと目を見開いた、すさまじい死に顔であったという。

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