05
暗かった森が一層真っ暗になる夜。
以前の姿ならほぼ食すことがないだろう狼の肉を食べて飢えを満たした俺は、不思議な感覚に包まれていた。
てっきりもっと抵抗感が出るものだと俺は思っていたのだ、しかしいざ腹が減ってくると“全く躊躇なく食した”。
魂が身体に引っ張られるってこんな感じなんだろうか……でも俺はまだ“人間”の感覚が残ってるつもりだ。
……いつかはこの感覚もなくしてしまうのだろうか?それはあまり考えたくはないな。
目の前を見ると、植物で腹を満たしたプランちゃんが安心して眠っている。
「どうした、眠れんのか?」
不意にオーさんから声がかかる。
その目は孫を見る爺さんのような慈愛が見て取れた。
「ちょっと考え事してただけですよ」
「……これからが不安かのう?」
「ん、多少は」
オーさんは俺の内情を知らない、でも俺の内にある不安な気持ちは察していたようだ。
そこの辺りはやはり年の功と言うべきか、まぁ何歳かは知らないんだけども。
「皆同じじゃよ、わしも……そこに寝とる子もな」
「……」
「新しいことを始める、それも常識を変える革命的な事ともなるとのう」
そっか、そういう意味じゃ俺も同じだ。
人間だったのにリザードとして、邪龍の眷属として異世界で生活を始める……これも新しく革命的なことだ。
「時間が、必要ですね」
「そうじゃな……言うてわしは老い先短いが」
「いやいや、あんたはしぶといからまだまだ生きそうだぞ」
「ぬかしよる」
プランちゃんが寝ている為、二匹で静かに笑いあう。
不思議なものだ、誰かと話すだけでここまで気持ちって軽くなるものだったのか。
「寝ます、明日も頑張らなきゃ」
「おう、わしも寝るとしよう」
不安が和らいだ俺は、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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『目覚めよ、我が眷属』
『!』
つい最近聞いたはずなのに、久しぶりに思える感覚の声がした。
俺は八ッと目を覚ます。
目の前には巨大なオーさんする霞むレベルでデカい黒龍、龍王ティアマト様がいた。
『もはやお目覚めに?しばらくと聞いていましたが……』
『うむ、こちらとそちらでは時間の流れが違う故……そちらで言う一日がこちらでは五日である』
おお、新事実が発覚した。
俺が必死に一日を生きている間に、向こうは五日も寝てたのか……よほど消耗してたんだな。
『正直まだ寝足りないが、おぬしの近況が知りたくてな』
『なるほど、では報告をば』
訂正、かなりギリギリだったんだな……。
とそんな無粋な思考は横に置いておき、俺は今日一日でどれだけのことが起こったのか報告をしていった。
俺の話を聞くたびに龍王様の顔は険しくなっていく。
『それほどまでに追い込まれているとは、異界のリザードは情けない』
『はっ、このままでは絶滅は必至かと』
『であるな、なればこそお前がいるのだ』
龍王様は俺に顔を近づけると、じっと見据えてきた。
『多少だが魔物を狩ったか』
『狼系の魔物を四匹ほど』
『いまのお主はその下郎四匹分の魂をその身に内包しておる』
ファッ!?
そんなことになってるなんて全く自覚が湧かなかったが……もしかして。
『龍王様のお力でしょうか?』
『然り、我が眷属は狩った者の魂を内包して利用する力が与えられる』
『なんと……』
そんな力があるなら早く知りたかった!
……まぁ時間なかったし、今聞けばいいんだけどさ。
『その力はどのように扱えばよろしいのでしょうか?』
『自ら聞いてくるとは殊勝な心掛けだ、教えよう』
龍王様の話によると、その力の概要とは……。
一つ 狩った者は人だろうが魔物だろうが、その魂を内包できる。
二つ 魂を魔力に変換して、己を強化できる。
三つ 魂に魔力を与えて、新たな眷属を生み出せる。
四つ 一定量魔力を貯めると、進化が出来る。
五つ 魂によっては刻まれたスキルを使用することができる。
『これは、強いですね』
『であろう、さすがは我よ』
得意げな龍王様、だがこれは無理ない。
眷属になるだけでこれだけの恩恵に与れるとか、そりゃ誇っていいわ。
まぁ他者の魂を消耗する術だから、邪法っちゃ邪法なんだけれども……邪龍の眷属なんだから当たり前か。
『では早速実践せよ、己の中に意識を集中するのだ』
『心得ました!むむむ……』
意識を集中集中……とやってると見る見るうちに狼四匹の姿が見えてきた。
ただその姿は青白い炎に包まれ、揺らめいて不定形になっているが。
『見えました』
『では改めて喰らい、魔力に変換せい……獣畜生など眷属にするには力不足だ』
やってやろーじゃん!
俺は浮かび上がる魂の狼四匹を次々噛み砕く、すると青白いオーラとなって俺の中に吸われた。
そうしてようやくわかった、明確な変化が。
『おお、なんだか力が増した気がします!』
『そうだ眷属、それを繰り返して強くなれ……そして我が望みを果たすのだ』
『かしこまりました、我が祖よ』
なるほど、これなら強くなる実感が湧く。
といえど増した力は微弱だろう、本当に強くなるにはもっともっと狩らないと。
そしてゆくゆくは……ドラゴンになってみたいかもなぁ。
俺の中にまだ小さいが、野望が芽生えていた。