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俺は眷属にしたばかりなアンも一緒に連れて、彼女の現状について説明しながら黒亜の森を目指していた。
元々拠点にしていた洞窟では、オーさんやアニーとイモトの兄妹が籠城しながら帰りを待っている。
日も暮れてきている、早く帰らなければ。
「なるほど、わたくしはブラック様の眷属の一員に……」
『他に救う方法がなかったとは言え、アンの命を奪ったこと……許せ』
「そ、そのような!わたくしは寧ろ新たな生を与えていただけたことを、深く感謝いたしていますです!」
アンは俺に対して非常に好意的だ。
どうもサラマンダーの身体は彼女の美意識的にドストライクらしい。
まぁ、嫌われるよりいいが……妙な気分だ。
『それならば良かった……ところでアンは何故あのような場所に?』
「……それは……」
アンは己の身の上を語った。
名家の末娘として生まれ、両親や兄姉達に蝶よ花よと可愛がられていた事。
しかし当人としてはそんな環境は望んでいなく、兄姉たちの様に強く優秀な魔法使いになりたがっていた事。
戦いに身を置こうとすると止められるため、使用人から拝借した地味なローブを纏ってこっそり家出した事。
それから暫く冒険者として旅をしていたが、あの村落を目指していた時に大量のアント族に襲撃された事。
必死の抵抗も虚しく、生かさず殺さずで嬲られてからあの食糧庫に運ばれた事。
彼女は思い出しながら苦い表情をしていた。
「あの場所に押し込められてから、ずっと死への恐怖に怯えていましたです……そして自分の選んだ道に後悔しだしていましたのです!」
『無理もない、その齢でそこまで追いつめられて自害を選ばなかっただけ高尚だ』
「いいえ、違うのです!死ぬ勇気すらもわたくしにはなかっただけ……力もないのに外に出た自業自得、本当に愚かだったです」
俯いて自嘲するアン。
その手は強く握りしめられ、拳が震えている。
「家族のように、ご先祖様のように……わたくしに力があれば……!」
涙は流すまいと涙腺に雫を溜めるも、何とか堪えている。
俺はその雫をぺろりと舌先で舐めとる、すると驚いたようにアンが視線を向けてくる。
「ブラック、様……?」
『力を求めるのは結構、だがそれだけではダメだな……いつか呑まれて自分が灼かれる』
ただただ大きな力は、いつの世も身を滅ぼす。
無論生きるのに力は必要だろう……しかし、彼女は本当に自分に必要なものを理解していない。
『アンよ、何故お前はそんなにも力を欲する?戦いに身を置こうとする?』
「それは……強くて優秀な魔法使いにーーーー」
『強くて優秀な魔法使いになってどうする?その先は?』
「その……先?」
やはり考えてなかったか。
目標とする者達がいて、それに近づく為に力が欲しい。
けどその先は考えない……幼い故に、考えなしで突っ走るのはしょうがないのかもしれん。
名家の出故に、才能と多少でも力があったのがそれを助長した。
だが……目の前の事に捉われて、その先が見れずに我武者羅に力を得ようとする。
それはいつしか目的と手段が入れ替わり、暴走していく……そう言う流れだ。
『アン、お前は運がいい』
「運が良い、です?」
『ああ……俺がお前のその先となってやる』
俺はアンの魂スキルのおかげでサラマンダーになれた、だからこれはお礼だ。
彼女の望みと生に、意味を与えてやる。
『アントワーヌ・ベルリオーズ!眷属となった以上、お前は我の物だ!故に命ずる……己が希望を貫き、その力を我が下で揮うがいい!』
「----ッ!!?」
アンは雷に撃たれた様な衝撃を受けている様子だ。
……無論嫌ならば無理強いはしないが、まぁ答えは決まりきっていた。
「は、はい!!わたくし、アントワーヌ・ベルリオーズの力はブラック様が為に!!」
『……良い目になった、では行くぞ』
「はっ!」
先ほどまでは己の非力を嘆き、純粋な力への渇望で目が曇っていた。
けれど今の彼女の目は……非常に透き通っており、美しい輝きを放ちだしていた。
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父が言った、火のように暖かな子になってほしいと。
母が言った、火のように明るい子になってほしいと。
兄が言った、火のように綺麗な子になってほしいと。
姉が言った、火のように元気な子になってほしいと。
わたくしはそれらに笑顔で頷いていたのです。
けど本当はそんなの嫌です……だって。
ーーーーわたくしは軟弱な火じゃなくて、燃え盛る炎でありたかったのです。
家族は皆炎、強くて華麗で美しく……眩しいです。
そんな炎に憧れて、己の小さな火を疎ましく思っていたのです。
だから家を出たのです……火を炎にするために!
ーーーーけれど火は火でしかなかったのです。
黒い強風に吹かれた火は、まさに風前の灯火です。
このままじゃ消えてしまう、誰でもいいから助けて……ちっぽけプライドを捨ててまで、火はそう願ったのです。
すると白い光が現れた、それを見た火は救いを求めたのです。
けれどその願いは叶えられなかった、光は救いなどではなかったです。
ーーーー火は絶望し、全てを諦めた……はずでした。
『助けよう』
確かに光は救いではなかったです。
けど、確かな希望を運んでいたのです。
暗い場所から目覚めたわたくしの前にいたのは……あの時救ってもらえなかったはずの光と、炎すらも圧倒されそうな豪火でした。
『アンよ、何故お前はそんなにも力を欲する?戦いに身を置こうとする?』
「それは……強くて優秀な魔法使いにーーーー」
『強くて優秀な魔法使いになってどうする?その先は?』
「その……先?」
考えてみたこともなかったです。
わたくしはただ大きな炎になりたがっていただけのちっぽけな火。
その先など、考える余裕なんて……そう思って縮こまったわたくしを、豪火が包み込みました。
『アントワーヌ・ベルリオーズ!眷属となった以上、お前は我の物だ!故に命ずる……己が希望を貫き、その力を我が下で揮うがいい!』
「----ッ!!?」
豪火は弱くなっていたわたくしの火を、今まで以上に燃え上がらせたのです。
何より……わたくしの気持ちを汲んで、受け入れてくれた。
ーーーーこれは、運命だ。
この日、火は真に灯るべき場所を得たのです。




