01
“ドラゴン”、それはファンタジーの世界において最強クラスの戦闘力を保有するモンスターである。
巨大な体躯に強靭な鱗や甲殻、鋭い爪や牙に美しい角と翼。
口から火炎を吐き出し、様々な魔法を操り、長命で沢山の知識がある。
『さぁ、時間がないぞ……早く決めるがよい……!』
そんな存在が今、リアルな世界を生きて“いた”俺の目の前にいる。
どうしてこんな状況になったのかと言えば……不幸な事故だった。
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俺の父親は元々名の知れた実業家だったけど、母さんが病気で早くに亡くなってから唐突に辞めてしまった。
てっきり当時の俺みたいにショックで何もする気力が無くなっちまったからなのかなって、そう思って聞いてみたら全く違う答えが返ってきた。
「悪いが俺は旅に出る、お前も好きにしろ」
思わず面喰っちまった……悲しみも暗い気持ちも何も感も吹っ飛んでしまった。
必死に理由を聞く俺の話を聞かず、てきぱき荷物を纏め始める親父の姿を見た時に、母さんが亡くなる前俺に言った言葉を思い出した。
『父さんを……よろしくね』
そんなもんで放っておけず、好きにしろというなら俺も連れていけと言ってやった。
結果色んな国を巡った長い旅をすることとなったのだ。
北へ東へ、南へ西へ……親父の目的は全く分からない、けれど旅の過程で沢山の事を経験させてもらった。
そして……。
「いよいよだぞ」
「何が?」
「俺たちの旅の終着点だ」
「は?え?」
親父がそう言った場所は、北欧にある人が入るには険しすぎる谷。
なんでもUMAがいるだの、国の秘密兵器があるだの……妙な噂が絶えないとか。
「なんでこんな場所が……」
「嫌なら来なくていい」
「……嫌とは言ってないだろ」
ここまで付き合ったのだ、ここで帰るほど柔な根性していない。
そうして俺と親父は万全な装備で谷を降り始めた。
だが散々修羅場はくぐってきた俺も、吹き上がる風と降りていく恐怖感には慣れようがない。
それでも深い深い谷の3分の1に差し掛かかる所まで順調にやってこれた、その時だった。
「うお!?まぶしッ!!」
「むぅ!」
暗くて何も見えない谷の底より謎の光が襲ってきた。
親父は上手く避けれたようだったが……俺はダメだった。
「なんだ……頭が……クラクラして……?」
「----!?」
何やら叫ぶ親父を横目にしながら、謎の光で混乱した俺は。
自らの命綱を、谷降り用のピックで攻撃してしまった。
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どれほど気を失ったのかは知らないが、目を覚ました俺。
そこで目にしたのが……冒頭のドラゴンなのである。
『ど、ドラゴン!!?』
『目覚めたか人の子よ……確かに我はドラゴン、だがただのドラゴンではない』
ドラゴンは翼を広げて名乗りを上げる。
『我こそは龍王ティアマト、一つの世界を征服せしめんとした邪龍なるぞ!』
ドラゴンの類に対面したのはこれが初めてであるが、とにかく明確に分かるレベルで凄まじい力を感じる。
正直夢だと思いたいくらい身体が恐怖で震える。
『そ、そんなヤバいお方が何で俺の目の前に?』
『……気づかぬのか?』
『な、何のことでしょう?』
『ふむ、ならばまどろっこしいのは好きではないので単刀直入に言ってやろう』
困惑する俺に龍王が告げたのは残酷な現実だった。
『人の子よ、おぬしは死んだのだ』
『……ファッ!?』
あっ、そっかぁ……夢なら覚めてほしいって、自分の頬を抓るが痛いだけだ。
『正確には我が出現した余波の魔力を受けたおぬしが混乱して自ら命を絶ったところを、我がその魂を喰らい一時的に保管しているといった状況である』
……それ直接的にあなたのせいじゃございませんか?
そう言いたかったが、死すら生ぬるい状況になる可能性があったため飲み込んだ。
まぁ命がけかもしれない場所に、親父に追従した自分にも責任はあるし……。
『でだ、我も多少はだがおぬしの死に責任を感じている』
『あ、はい』
『故にここはひとつ選択肢をやろう』
尊大な龍王様は俺の前に顔を降ろし、不敵に笑う。
『我が眷属となり新たな世界の尖兵として転生するか、このまま天に召されるか……どちらか選ぶがよい』
……おっ、絶望的状況かと思ってたけどなんだか面白くなってきたぞ。
俺も多少はアニメや漫画、ライトノベルを嗜む方だったがこの手の展開はなくはない。
だがお決まりの神様や女神様ではなく、邪龍によって眷属として異世界に転生とは……。
『えっと……一応聞いておきますけど、記憶とか残るんでしょうか?転生って……』
『無論だ、我は神とは違い魂を弄るような術はないからな』
『天に召されれば?』
『間違いなく、記憶を新たに生まれ変わらされるであろうな』
ですよね、だが安心した。
……母さん、どうやらまだそちらには行けないみたいです。
親父、先に逝った挙句に邪龍の手先になる不孝を許してくれ。
『さぁ、時間がないぞ……早く決めるがよい……!』
やれやれドラゴンはせっかちだな。
大体そんな選択肢なら答えは一つだろ!
『俺をあなたさまの眷属にしてください!龍王ティアマト様!!』
『ほう、良き返事だ!』
龍王様の口から漏れ出した黒い靄が、俺の魂を包み込む。
しばらくして靄が晴れると、身体は四つん這いになっていた。
はたと手の甲を見ると、THE爬虫類と言った鱗で包まれた巨大な前脚になっていた。
『おぬしは今日より我が眷属たるブラックリザードだ』
『おお……ありがたき幸せ』
って言っとかないと、後が怖い。
しかし眷属って言うからもうちょい竜っぽいのを期待したんだけど……大きな黒いトカゲかぁ。
『そしておぬしを送り込むのは……我の元いた世界ではなく、おぬしの世界でもない……ドラゴンが存在せぬ全く異なる世界よ!』
『なんと!?』
『ふふふ、今の我は酷く弱体化している……だがドラゴンへの耐性がない場所に、眷属を送るのならばなんの損失もない!』
すごく、合理的です……感情に任せて元の世界に復讐するとかではないんだな。
『ティアマト様は如何するのです?』
『我はしばらくこの谷で傷を癒しながら、力を戻していくのだ……それまではここからおぬしの目を通しながら如何なって行くのか楽しみにしている』
『ははっ、心得ました』
ふむふむ、となれば気は抜けないな……頑張って勢力を拡大しなきゃね。
『ではそろそろおぬしを留めておくのも限界だ、神に引っ張られる前に異世界に送り込む』
龍王ティアマト様が手を翳すと、俺の周囲に魔法陣が現れる。
魔法陣からの光が段々強くなっていくと同時に気が高ぶっていくのと比例して、龍王様はあくびをしてお疲れ気味のご様子。
『もうこれで力を使い切った、我は寝る故しばらくは一匹で頑張れ』
……より詳しい説明が欲しかったが、時間ないらしいし仕方ないか……。
えぇい!なるようになれ!とそんな気持ちで俺は異世界での新生活の成功を祈った。
新世界のおっさんと申します、今後ともよろしくです