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君は……バカなのか?

「フォローしてやれよ」

「何で私達が手伝わなきゃなんないのよ!」

「お前らが姫島さんに仕事を押し付けてたからこうなったんだろう」


 技術営業支援課に着いた俺達が目にしたものは、男どもと女どもの醜い言い争いだった。

 それにしても……やっぱり体よく仕事を押し付けられていたのか。この男性社員でもわかるって相当なものだ。選択肢が他になかったとは言え、こんなところに姫島を送り込んでしまったことに責任を感じる。

 だが、言われた側の女性社員は悪びれる様子もなく、堂々としている。


「押し付けてません。できるって言うから、お任せしただけです。それなのに……うちらのせいにされて、ほんと迷惑なんですけど?」

「本当よね。それに私達だって忙しいんですよ? 姫島さんのフォローに時間なんて割けません」

「よく言うぜ。さっきまで優雅なティータイムを送っていたくせに」

「はあ? 打ち合わせですけど? そんなに言うならあんたらが手伝ってやればいいでしょうが。日頃チヤホヤしてるんだから」

「お、俺らだって忙しいんだよ。来週の商談の資料集めとかしないといけないし」

「ふーん……ゲームの攻略法が商談に必要なんだ? うちの会社、ゲーマー向けの部品なんて作ってないのにねぇ。あ~おかしい」


 目の前で繰り広げられているバカバカしいやり取りに呆れていたら、隣からとても冷たい空気が流れてくるのを感じた。

 ……柏原だ。

 氷のように冷たい視線を奴らに送っている。

 ゴミを見るような目をしている柏原に、恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。頼むから……これがこの会社の全てと思ってくれるなよ。お前がいた会社より温いのは否定しないが、こんなバカらしい言い争いが存在するのはこの課だけだ。

 姫島はこの喧騒の中、黙ったまま体を震わせていた。ことの重大さはわかっているが、どう対処すればいいのかわからず、混乱しているのだろう。

 そして、こういう時に課の人間を諌めて、対応の指揮を執るべき人間は……青ざめた顔で呆然としている。

 毅然と部下を叱りつけて働かせるとか、ダメ元で客先に日時の変更を打診するとか、部長を通して俺を説得させるとか……まだ取れる策はあるだろう。


「バッカみたい」


 後ろから吐き捨てるような南の声が聴こえた。


「技術営業支援課に届ける資料があったので……。重いので大路さんに手伝ってもらっています」


 どうしてここにいる? と尋ねる前に南はにこやかな笑みを浮かべて答えた。その後には顔を隠すようにダンボールを抱えた大路。

 随分と軽そうな荷物だな……と言いたいところだが、妻を心配する気持ちはわかるので黙っておく。

 南は笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。その目から興味本位ではなく、柏原を心配してここに来たのだとわかる。

 俺の部下は思いやりがあるんだな。それに引き換えこいつらは……。こんな茶番さっさと終わらせてやる。


「佐々木課長」


 怒鳴るわけではないが、言い争いを止めるくらいの大きな声で呼びかけた。

 すると、さっきまで騒がしさが嘘のように、部屋が一気に静寂に包まれた。そこにいる奴らの視線が俺と柏原に集まる。

 佐々木課長は俺の隣に柏原を目にするなり、助けてもらえると踏んだのかほっとした表情を浮かべた。

 それと対照的なのが女性社員達の表情だ。三人とも苦虫を噛み潰したような醜い顔をしている。

 ああ、ここは本当に……仕事を何だと思っていると説教した気持ちに駆られるが、ここはぐっと堪える。


「先程はお断り致しましたが、柏原さんが引き受けてくれるそうなので、今回だけという条件で柏原さんを派遣させて頂きます。で、うちの課の業務との兼ね合いもあるので状況をもう一度ご説明頂けますか」

「ああ、悪いね。助かるよ……。客先は今日の17時に来る予定だ。それで……肝心の資料がなくてね。途中まで出来ていた分はフォルダに入っていたんだが、そのデータを消してしまってね……」


 そう言って、佐々木課長はデータを消した女性社員の方をちらりと見た。それを追うかのように全員の視線が彼女に集まった。

 誰が消したかまで明確にするとは……一人で責任を負う気はないらしい。


「だって……何の資料か意味不明なファイル名だったんですよ それに、不要なファイルは消すようにって情報システム部から通達が出てましたよね?」


 彼女はその視線に逆らうように反論した。他の女性社員達も「そうだ」と頷く仕草をして、俺の方に同意を求めてきた。

 確かに情報システム部から、サーバーの負荷軽減のために不要なデータを削除するようにという通達は出ていた。だが、それは去年の12月のことだ。このタイミングでのデータ削除に作為的なものを感じるのは俺だけではないだろう。


「確かに通達は出ていたね」


 俺の言葉に彼女達はそうでしょうと言うように大きく頷く。だか、俺は彼女達の言い分を全て肯定するつもりはない。


「でも、それって去年の年末くらいに出ていたやつだよね。何で今頃やっているの? 市場開発課では2月に終わらせていたよ? まあ、課によって事情はあるだろうけどね。でも、何の資料かわからないからって、勝手に不要と判断してデータを削除したのは軽率だったんじゃないかな。メールとかで課の全員にこんなファイルがありますけど、削除していいですか? って尋ねることくらいできただろう」


 淡々と事実を告げると、データを削除した女性社員は顔を曇らせたが、沈黙は不利だと思ったのか言い返してきた。


「……今まで忙しかったから、データの削除まで手が回らなかったんです。姫島さんが仕事を手伝ってくれるようになって、時間ができたからやれたんです」

「手伝ってじゃなくて押し付けてただけだろ」


 彼女の言い訳に男性社員が噛みつく。


「でも、姫島さんは頼ってもらって嬉しいって言ってくれたもん。それにデータだって、佐々木課長に不明なファイルがあるんですけどって聞きました。そしたら消していいよって言ったから」


 あくまで私は悪くありませんと言いたいらしい。

 名前を出された佐々木課長は目を泳がせている。言ってないと思うけど、言ったかもしれないってところだろう。

 上司が最低なら部下も最低だ。

 だけど、一番最低なのは姫島の元上司である俺だ。

 状況から察するに、女性社員達が姫島に仕事を押し付けていたのは間違いない。

 押し付ける奴らが悪いのは、言うこともないことだが、押し付けられる方にも隙があったことは否めない。そんな隙を作らせてしまったのは、俺の指導不足に他ならない。

 それどころか……姫島は仕事を押し付けられている現実を頼ってもらって楽しいと言っていた。それは俺が姫島を信頼して仕事を任せていなかったと言われているのと同じだ。

 今回の事態の根幹にあるのは、姫島の市場開発課での日々だ。そして……その責任は管理者の俺にある。


「もういいじゃないか。柏原さんが来てくれたんだから。柏原さん悪いけど、もう一度作ってくれる。どれくらいでできそうかな?」

「……」


 柏原は黙っている。

 そして……俺は怒っている。あと数時間でプレゼンに耐えうる資料をイチから作れという無茶ぶりを軽い口調で話す佐々木課長に。

 我慢できずに口を出した。


「そんなに簡単に仰らないで下さい。事情を伺った限りだと、かなり厳しいと思いますよ。最悪、間に合わない可能性もあることを頭に入れておいて頂かないと。あと……当然のことですが、資料の作成が間に合わなくても、柏原さんには一切非はないですから、間違っても彼女の名前を出さないで頂きたい」

「……間に合わないと困るよ。それに柏原さんはここにいた人だよ。関係ないとは言えないだろう」

「……」


 呆れ果てて言葉が出てこない。ここまで空気や状況を読めない奴だったとは……。


「えー何それ。姫島さんが仕事しなかったツケを柏原さんに払わせるってこと? ひどくない?」


 女性社員の一人が声を上げた。ひどくない? とか言っているが、そこの声音からはそんな気はさらさら無いことが伝わってくる。柏原を利用して姫島を攻撃したいだけだろう。彼女に同調するように女性社員が次々と声を上げる。


「ほんと、やってられないですよね。大体、姫島さんが悪いのにさあ、何で関係ない私達や柏原さんが責められるの?」

「そうですよね。何もやってなかった姫島さんが無傷で、データの整理をしていた私やフォローしに来た柏原さんが傷を負うって不公平ですよ」


 お前らと柏原を同列で語るなと言いたいが、彼女達の文句は止む気配がない。これだから若くて可愛いと得なのよね……等と本人に聞こえる声で話している。南の後ろにいるダンボールが震えているのがわかる。気持ちはわかるが……お前が下手に動くと余計に拗れるから今は堪えろ。


「その言い方は無いだろう。姫島さんはよくやってくれてるよ」

「そうだ。お前らは冷たすぎなんだよ。妊娠している姫島さんにもっと優しくできないのか?」

「はあ? 何それ。妊娠してれば迷惑かけても問題ないってこと? うちの課のために来てくれた柏原さんの前でよく言えるわね」

「そんなこと言っていないだろう。柏原さんだって高いお金払って来てもらっているんだから、これくらいしてくれて当然だろう」

「ねえ……柏原さん、今からでも断っていいのよ」

「そうですよ。姫島さんや佐々木課長のために無駄な労力使うなんてバカみたいでしょう」

「ちょっと余計なことを言うな。せっかく谷崎がうちの課のためにって貸してくれたんだから」


 醜い言い争いは止む気配が無い。それどころかヒートアップしている。

 姫島は体を震わせたまま、今にも泣き出そうな顔をしている。

 そろそろ大路の我慢も限界だな。

 俺も今、最高に気分が悪い。ここは俺が締めるしかない。少々、乱暴な口調になるかもしれないが、ここまで来てしまったなら致し方あるまい。

 それにしても……柏原は大丈夫だろうか。

 仕事量を増やされるという不利な条件を飲んでここに来たのに、こんなバカバカしいものを見せられて、気持ちが変わったりしないだろうか。気になって柏原の方を見やった。

 柏原は俯いていた。

 まさか……中途半端に名前を出されて、傷ついているのか?

 心配になり声をかけようとした途端、柏原は天井を仰いだ。大きな瞳で上を見つめてゆっくりと息を吐く。眺めているのは天井だが、柏原はもっと遠くを見つめているような目をしていた。

 そして、顔を下ろして喧騒の方に向かって声を発した。


「あの」


 今まで黙っでいた柏原の声に一同が静まる。全員が柏原に視線を向ける。大路もダンボールを適当な場所に置き、柏原の方を見ている。


「勘違いしないで下さい。私がここに来たのは、仕事ができないくせに担当外の仕事を引き受け、優先順位もつけられず、データのバックアップも取っていないバカな社員のせいで、山路さんのしてきたことが無駄になるのを見過ごせなかったからです。技術営業支援課のためなんかじゃありません」


 辛辣な物言いに技術営業支援課の奴らの表情が凍っていく。

 それだけで十分だというのに、柏原は真っ青な顔をしている姫島の前に行き、厳しい顔で言葉をぶつけた。


「あなた何してたの? 佐々木課長に進捗状況を報告しなかったの? やる気があるのは構わないけど、やらなきゃいけない仕事を蔑ろにして、関係ない他人の仕事を引き受けてんじゃないわよ。しかも、あなた妊娠してるんでしょ? 無理ができないことも考えて仕事しなさい。それができないなら、さっさと会社を辞めれば?」


 言っていることは正しい。

 だが、どうして今、ここでそれを言う?

 黙っておけばいいものを……姫をいたぶる魔女みたいになっているぞ。

 柏原つぐみ……君はバカなのか?

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