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不穏な予感

 朝7時。

 激しいベル音、携帯電話のアラーム音、鶏の泣き声……ベッド周りに置かれた複数の目覚ましを解除することから俺の一日が始まる。それぞれの目覚まし時間は微妙にずらしているので、煩わしいことこの上ないが、典型的な夜型人間で朝に弱い俺には必要だ。

 全ての目覚ましを止めた後、ふらふらしながら前日に準備しておいたワイシャツとスラックスに着替え、寝室からリビングに移動する。ぼんやりした意識のまま、冷蔵庫から買い込んであるミネラルウォーターを取り出し、テレビのリモコンを入れる。ニュースやら天気予報を眺めているうちに徐々に頭が動くようになって、一気に出かける準備を済ませて、7時30分頃には自宅を出る。ジャケットやネクタイはもちろん、靴も前日に決めてあるし、鞄の中身は眠る前に確認済みだから、さほど時間はかからない。

 自宅から会社までの所要時間は約30分。マンションから最寄り駅までは徒歩10分以内で行ける。そこから会社の最寄り駅までは2駅、時間にして5分。そこから駅に直結しているオフィスには5分以内に着く。

 始業時間までは1時間あるので、1階にあるコンビニでパンと缶コーヒーを買い、自席で朝食を取りながら新聞に目を通したり、メールをチェックする。そうしている間にエンジンが温まり、起床してから引き摺っていた睡魔は完全に消える。

 こうして、部下達が出社してくる頃には、周囲が言うところの冷静に淡々と仕事をこなす俺が出来上がっているという訳だ。

 だけど……今日はそう順調には行かないらしい。


 ──停止信号です。しばらくお待ち下さい。……お客様に申し上げます。隣の駅にて、具合の悪いお客様の救護活動を行っております。そのため、この電車はしばらく停車致します。お急ぎのところ、誠に申し訳ございません。


 他線の振替輸送による混雑、混雑した車内で体調不良を引き起こす乗客、その乗客の救助作業による運転停止、それに伴う電車の徐行運転と渋滞、運転間隔の拡大により増加する乗客。まさに負のスパイラルに陥っている。そして、乗客の一人である俺もそのスパイラルに巻き込まれている。

 目的地まで2駅。時間にして5分のはずが、かれこれ10分以上もの間、電車の中に閉じ込められている。


「ちっ、具合悪いのに無理して乗車するなよ」


 車内のどこかから聴こえてきた苛立ちを含んだ声に、文句を言ったところで仕方がないだろ……と呆れつつも、始発駅に近い駅から乗っていたのなら毒づきたくもなるかと納得もする。

 ノロノロ進んでは止まり、ノロノロ進んでは止まる。さっきからこの繰り返しだからな。

 普段は遅延することのない路線だからこそ、乗客にも免疫がなくて余計にイライラしてしまうんだろう──と呑気に考察しているのは、イライラしたところでどうにもならないと悟っているからだ。まだ8時なんだから焦ることもない。人身事故や車両故障が原因なら話は別だが、混雑と乗客の救護なら会社の始業時間である9時には間に合うだろう。今日の午前中は資料作成に充てているので、リスケしなければいけない予定もない。

 問題は目的地に着く前の時間をどう過ごすかだ。

 いつもくらいの混雑だったら、新聞に目を通したりできるのだが、今日はちょっと難しそうだ。携帯でニュースをチェックしようにも、電車の乗客数やここが地下だということを考えると難しい気がする。

 だが、このまま突っ立っているだけだと確実に眠ってしまう。厄介なことに俺の頭はまだ完全に覚めきっておらず、睡魔の誘惑に勝てる気がしない。俺の場合、ここで眠ってしまったら終点まで起きない可能性が高い。せめて携帯にパズルゲームでも入っていればと思うが、余計なものが入っていない機種を選んでいるのでその手も使えない。

 ……いいよな。始発から座って乗車組は。

 普段はそんな風に思わないが、こういう事態に遭遇すると始発駅から座って通勤している人間が羨ましくなる。もっとも、今の倍以上の時間をかけて通勤する気など、俺にはさらさらないが……。

 始発駅から座っている客なら、立っている客よりはイライラしないで済むだろうし、目的地に着くまでの時間潰しだって準備しているだろう。

 多少の遅延なんて気にしないんだろうなと、何気なく座っている乗客を眺めてみる。案の定、時間を気にしている客は少ない。熟睡しきっている制服姿の学生、ゲームに熱中している大学生らしき若者、新聞に目を通しているサラリーマン……皆、それぞれの世界に集中している。

 俺だったら……音楽を聴きながらの読書一択だ。音楽を聴いていたら本の中身が頭に入らないと言う奴もいるが、逆に集中できる奴もいる。俺は後者のタイプだ。難解な本や読書に集中できない時は、音楽を流してその勢いを借りて読み進めていく。そうしているうちに、音を意識しなくなり本だけに没頭するできるようになる。そう、目の前に座っている彼女のように──。

 ……って、ちょっと待て。

 何でこいつがここにいる?

 俺の目の前に座っている存在に、睡魔が一気に引いていくのがわかった。

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