さらば! 本物川!
港での取引を提案された本物川はすでに息絶え絶えで、今にも目を開いたまま心臓を止めそうな顔色でその場に座り込んでいた。
潮風に当てられて煤けた地面を見れば、数分前まで本物川の一部だった物は、沢山沢山流れだして溜まりを作っている。
何故か左手の先だけ異様に無感覚な気がしたので、少し動かそうとしてみたりした。
動きはするし動かしている感覚もある、しかし物を持ったり何かを操作することが一切出来ないと思わせる程に硬直している様な気もする。
そんな不思議な痺れが左手を覆っていた。
どうしてこんな事になってしまったのか
いや、そもそもこんな稼業をしていれば、刺した刺されたの世界で生きていれば。
こんな日が来るのは当然だったのかもしれない。
この街では殺したり殺されたり、刺されたり刺したりなんて話は珍しくないのだ。
いつも朝起きてから寝るまで握りしめていた携帯電話は、裏切った部下の仲間が持って行ってしまった。 助けを呼ぶことは出来そうにない。
頭はきっかりと冴えていてほんの少しの可能性で状況を打破できそうな気がして、本物川はどうにも悔しい気持ちがふつふつと湧いてくるのである。
このような状況でも冷静でいられるのは、ひとえに自責の念があったからだ。
そもそも自分の背中を撃った部下に、貴重なトカレフを預けたのも本物川自身であった。
あまりにも部下に対して不干渉で油断をしていたのは事実なのである。
「うぅ.....ちっくしょうあの馬鹿野郎......この上着いくらすると思ってんだ......」
減らず口を叩きながら本物川は胸ポケットを弄って、愛飲していたショートピースを探し始めた。
『こんなもん吸ってたって平和になんかなりゃあしねえな』と今わの際に呟いたりすれば、少なくと自己満足をして死ぬことが出来るど思ったからだ、と言うよりもそれしか彼女には残されていなかったである。
「死に際の一服がこんな場所だなんて、死神様ってのもなかなかおつな事しやがるな」
どうやらそれは達成されそうだ。
しっかりと両切りの煙草を咥え、ダグラスのオイルライターを、感覚の薄い左手で包むようにして火をつけた。
一回、二回と紫煙を吐くたびに酩酊感と眠気が増すようだった。
眠気に抵抗するまでもなく、夕日をちらりと見遣ると本物川は目を閉じだ。
裏社会で四半世紀に渡り暗躍し続けたアウトサイダーの人生は
インサイダーの人間が週末にするような眠り方で幕を閉じたのである。