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異世界転移したよ! 外伝

 思えば誤魔化しの多い人生だった、何処から自分を誤魔化し始めたのだろうかと考えてみたが恐らくは最愛の女房と娘が乗った乗り合い馬車が山賊に襲われたと聞き襲撃現場に向かう馬の背中の上から始まったのでは、無いだろうか……現地に着いたら俺に抱き着きどれだけ怖かったか、どれだけ危なかったかをいつもみたいに舌ったらずな口調で堰を切ったように喋り出す女房をどうやって宥めるようか、恐ろしい体験をしたまだ乳飲み子の娘は今夜寝付けるのだろうか、などと現実から逃避して自分を誤魔化しながら貸馬の背中に乗り手綱を握り締めていた。


 現地に着いた俺は道路一面に広がるどす黒い染みを視界に捉えながらも自分を誤魔化し女房と娘を探していた。


 道路一面に広がるどす黒い染みは凄まじい血臭を放ち辺り一帯の虫やそれを狙う小動物まで誘き寄せていた。


 ズタズタに裂かれた馬車と大型モンスターに内蔵を綺麗に食べ尽くされた馬の死骸とびっしりと虫の集った赤黒い何かの塊、俺は必死に女房と娘を探し続けるが現地の処理に当たっていた騎士団の連中は首を横に振るだけで何も言わなかった。


 それでも諦めずに探し続ける俺を見兼ねた騎士団の一人が俺を殴りつけ赤黒い虫の塊の前に引きずって行き引き倒した、倒された衝撃で集っていた虫が一斉に空を飛んだ、何処までも澄んだ青い空に虫達が集っているようだった、誰かの慟哭が遠くに聞こえた気がしたが虫の羽音のせいで誰の慟哭かは解らなかった。


 襲撃現場はエンガルと言う田舎町からほど近い商業道路だった筈だ、心配してくれた騎士団の若い兵士にこのままキタミスの町に帰ると告げてエンガルの町の近くにある森の中で一晩中泣いていた記憶がある。


 何故女房が、何故娘が、何故俺だけが、答えの出ない問いがぐるぐると頭の中に張り付き離れない、疲れ果てて横になると虫の羽音が頭の中に木霊してまた誰かの慟哭が遠くに聞こえた。


 次の日の夕方近くまで、いや、数日間森の中に居たのかもしれない、女房と娘を探す為に街道に出ると田舎町の風景が眼下に広がっていた、恐らくエンガルの町だろう、女房と娘に呼ばれた先に向かうと町外れの一軒家に二人の笑い声が聞こえた。


 薄暗い家屋に入り込み二人の名を呼ぶとあんなに愛した女房は俺の知らない顔と声で俺を拒否した、どれだけ心配したのか、どれだけ探したのかを力説しても女房は俺の知らない顔で出て行って欲しいと懇願した。


 俺の知らない女房はそのうち虫の羽音を立て始めまだ乳飲み子の娘を自分の懐に抱え出したので娘を救う為に仕方なく持っていた斧で女房の羽音を止めた。


 娘を救い出し森の中に戻り娘の顔見ると寝息を立てているようだった、月明かりに照らされスヤスヤと眠る娘の顔を見ているうちに後悔のせいか、恐ろしさのせいか、涙が溢れて止まらなくなっていた。


 こんなに可愛い娘が虫の羽音を出すのが怖くて音が出る前に首を締めた時、溢れた涙が娘の柔らかい頬に落ちて娘が目を覚ました、月明かりの下ニコニコと笑う娘の産着には赤い文字で「エリー、君の笑顔の為に」と刺繍が施してあった、赤黒く汚れた俺の手の中で天使の様な笑顔を見た途端、あれだけ煩かった虫の羽音がぴたりと止んで、自分の犯した恐ろしい行為に嘔吐した。


 泣きながら蹲る俺の頬を優しく柔らかい手が触れ、立ち上がる力をくれた気がした。



 これは全て誤魔化しだったのだろう。


「君の笑顔の為に……」



 エリーを連れ帰った俺は自分の子供としてエリーを育て、自分の知るべには孤児院からのもらい子として誤魔化した。


 エリーの笑顔の為に俺は何でもやった、ハンター登録をして日帰りの距離だけの限定依頼を山の様にこなした、エリーを寂しがらせぬ様に。


 エリーが五才になった頃ギルドの緊急依頼で仕方なく一泊二日の依頼を受けた、近所の知り合いの奧さんに預け行った先は、エンガルだった。


 エンガルギルド合同の依頼だったのでそれとなく探りを入れるとアレックスと言う男が女房と娘を当時暴れ回っていた山賊に殺され、あの一軒家に一人で住んでいるらしかった。


 全てを打ち明け謝罪をして命を差し出したかった、家に帰り着きエリーが俺の胸に縋り付き留守番の報告と笑顔を俺に見せるまでは、エリーの笑顔の為、俺は地獄の門番すら誤魔化す気でいた。


 エリーに片親故の不憫さを感じさせない為に日帰り限定ならば、どんな地獄にでも足を踏み入れた。


 エリーが十六歳になった時俺は毒蛇の群れに襲われ致死量である毒を食らった、成人の祝いを贈る為に無理をしたのか、油断したのか、地獄の門番を誤魔化しきれなかった様だ。


 家に帰りつき心配顔のエリーに成人の祝いである首飾りと、震える手で書いたこの手記と、産着を託す。





「エリー、笑っておくれ、俺は君の笑顔の為に……」


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