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論者の夢想論議  作者: 飯島鈴
第一部
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六・五話 主張するは未完の現れ

 トイレに行くと歩いていったトガミと入れ替わりに、ナガミが俺の席の前に来た。

「また距離が近くなったな」

 その声からは内心を読み取ることができない。

「一緒にいる時間が減って寂しい、なんてタイプには見えないが」

 様子見の言葉を投げる。

「無駄口を叩きたいなら止めないが……」

 ナガミはトガミの歩いていった方を見る。ナガミがトガミに隠し事とは珍しい。

「なんだよ」

「いや、まぁせいぜい贄にされぬよう気を付けるんだな」

 高校という場には似つかわしくない言葉を吐くナガミの顔は、冷笑のそれに近い。

「なんのことかは分からないが、お前はいつも自分のことを言わないな。自分のことを話したがるトガミとは逆にも見える」

 裏にあるのはなんだろうか。可愛がる弟にまで冷笑を向けているかのように見える姿は、薄ら寒い。

「私のそれは語る必要などない域に達している。言わずとも理解されるそれは、言っても躍起になった馬鹿どもの標的にされるだけだ」

 『言うだけ無駄』ではなく『言う必要がない』ということか。未だになんのことを言っているのかは分からない。

「だが、あの子のは違う。メイリンやユウカは自分が確信しているから、必要以上のことは言わない。しかしトガミは、自分ですら信じきれないために、他人の共感を得て自分を納得させようとする」

 それは寂しいことか、悲しいことか。そもそも、トガミの言っていることも理解できていない俺には、考えられることなどない。

「それはまぁ、仕方のないことだ。それだけ荒唐無稽なことを考えているのだから」

 呆れるような口調で言ったナガミが、「だが」と俺を見据える。その目にあるのは明確な怒りだ。

「だからといって、貴様が聞いた振りをしていていいというわけではない。一度でも相手の言葉を真剣に聞いたことはあるか? メイリンとは兄妹なのだから、何度も話す機会があっただろう。それを、ちゃんと聞いてきたか?」

 意味が分からない、破綻していると決め付けて、聞こうとしなかったのではないか。そう問うナガミの言葉は、胸に突き刺さる。

 これはメイリンのことだけでなく、トガミにナガミ、ユウカのことまで言っているのだ。

「だが」

 言葉を紡ぐ。論理的な言葉ではなく、感情的な言葉を。

「俺には分からん。うーめ論とか特に分からん。理性の化物は分からないでもないが、それがどうしたのかは分からん。そもそもなんの話をしているんだ? ただ意味深な言葉を吐くだけで、何を言いたいのか明確なことは何も言ってないだろうが」

 教室のすぐ近くまで来ていたトガミに聞こえてしまった、なんていうありきたりなミスをしないように、抑えた声で言う。

「ならば聞こう。貴様に自分の考えはあるか?」

 ナガミの言葉は、これまでと同じように要点が抜けている。

「知らんな。要点をまとめろと小学校のテストで言われなかったか?」

 俺の言葉に、ナガミが呆れるようにため息をついた。

「分からないならいい。お前に考えがないということは分かった」

 どこをどう取れば考えがないと分かるのかも分からない。

「これは姉としての言葉だが」

 教室にトガミが戻ってきたことを確認したナガミが、締めるように言う。

「話を聞く気がないなら聞いた振りはするな。あの子が不憫だ」

 その言葉は正論だ。

「分かったよ」

 俺が答えてすぐに「あれ? どうしたの?」とトガミが声を上げた。

「こいつがお前にちょっかいを出したんじゃないかと心配になってな」

 笑って言うナガミの目は、全く笑っていなかった。

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