ウサギが見てる
仕事を終えた帰り道。
俺は空を見上げていた。
護衛の仕事を終えて酒場へと向かう道にはまだ多くの人が居た。
空をぼんやりと眺めていても酒を飲める訳でもない。
曇り空で星も見れないのだ。
俺は視線を戻して一人夜道を歩いていった。
「いらっしゃい、今日の仕事は終ったのかい」
店主が何も聞かないでも出してくれる酒。
常連だから何時も同じ物を注文するうちに決まって出て来る様になった。
かれこれ7年の付き合いになる。
「ああ、明日からまた別の仕事を探さないといけないよ」
別に首になった訳じゃなく契約期間が過ぎただけだ。本来の仕事は狩猟なんだが頼まれたから引き受けたに過ぎない。
「そうなのか、依頼主も残念がっただろう」
「俺は次が斡旋されるまでの約束だったから受けただけだよ」
「相変わらず金に頓着しないんだから」
「食べて寝てってだけなら狩猟で十分蓄えがあるさ」
「そりゃアンタの腕だから言えるんだ」
元々この店主と知り合ったのは同じ冒険者としてだった。
「今日の目的はこれだろ」
目の前に出されたのは特性の団子だ。
「ハハ、相変わらず良く覚えてるな」
「そりゃ惚れた相手の事だ」
困った奴だ、冗談でも本気にするぞ。冒険者組合で知り合ってから幾度もパーティーを組んだが超絶美人で愛想もいい。金が貯まって始めた酒屋は何時も繁盛してるってのに。
「冗談はよしてくれ」
フフフ、と笑顔で答えられてもどっちの笑みかも解らない。
昔、ふとした機会話した団子の話を覚えてるなんてな…
しかも間違った覚え方をしたもんだから毎月の如く出してくる。
俺が来なかったらどうするんだよこの団子。
酒の肴ようにと塩と魚醤で焼き少し焦げた月見団子だぞ。この世界には団子すらないんだから誰も食べないだろう。そうか、そう考えればもう10年経ったんだな。
俺が神隠しにでもあったようにこの世界にやってきてから10年か…
あの時は深夜に夜食を買いに出かけたんだよな。帰り道に月を眺めてたらいつもより大きな満月で、しかも色も金色になってて…気が付いたらこの世界だ。
あれ以来俺はこの世界に来てからも月を見上げていた。
もしかしたら帰れるかもしれないと思って。
そんな俺を一緒にパーティーを組んだコイツは不思議そうにみてたんだよな。どうして月を眺めるんだと。
故郷を思い出すからだと応えた時だったか。中秋の名月ってのを説明したのは。
ついでに月ではウサギが餅をついて丸めてって話もしたな。
次の日に得体の知れない小麦粉団子を食わされたのは懐かしい。
「なあ、最初は小麦粉だったのを覚えてるか」
「う、あれは説明に不備があったからだ」
不備で生煮えの小麦粉団子を食べさせられたこっちの身にもなれ、あれは喉にへばりついて死ぬかと思った。そういやコイツって料理下手だったのにな。
「いつの間にやら人気酒屋の店主か」
「そ、それは……」
言い寄る男を片っ端から切り捨ててるらしいからな。全く少しは幸せになろうとしないのかね。
俺は元の世界に帰りたかったからこれまで一人を貫いてきたけどな。
コイツは何を考えているんだろう。この世界の結婚適齢期はもうちょっとで過ぎ去るぞ。
「まったく、折角店も構えたのに困った奴だな」
「アンタには言われたくないさ、この大陸一番の冒険者」
「俺は一人が気楽だからな、パーティも組まずに狩りの仕事だけしてる方が気が楽だ」
「……」
コイツとは気があって4年間パーティーを組んだ。目標が自分の店を持つ事。帰りたいと願い続けてた俺は目の前に人生の目標を掲げて頑張る少女の志に感銘を受けて手助けしたいと思った。
店を持ってからも2日に一度は必ず顔を出している。
そろそろ店じまいの時間か…
「月見団子美味かったよ、料理が上手くなるなんて思わなかったけどな」
それじゃあまた来る。
そう言って店を出た俺はそこで立ち止まった。
後ろから手首を捕まえられたから。
「アタシは、アタシが結婚しないのはアンタが好きだからだ」
振り返った俺は抱きしめた。
気がつかないフリをしていたのは俺だったんだ。望郷の念を消すのは難しい、だが俺はコイツを放っておけない。だから一緒に冒険を続けてたんだ。
雲の切れ間から餅を搗くウサギたちが俺達を見ているだろう。笑われないようにコイツを幸せにしないといけない。抱き合った俺達は店へともどっていった。