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金糸雀の唄  作者: 羽衣石みお
有栖川早紀
9/18

 ふわふわと不思議な感触の床を、一人歩いて居た。

 どこかわからないのに、不思議と恐怖を感じる事はなく、むしろ懐かしく、安心さえしてしまう。

 あたりを見回すと、色んな景色が切り貼りされた、不思議な景色が広がっていた。

 目が回ってもおかしくないほど、異質な空間なのに、それなのに、私はこの場所を知っているような気がした。初めて来るのに、おかしいけれど、昔からずっと知っている、そんな感覚。

 黒い一筋の光が突然現れて、堕ちていく。

 本能に導かれるままに、私はその黒い光の下へ足を向けた。

「目覚めの時は近い」

 知らない声が空間に響いた。

「裏切り者には罰を」

「ああ、ようやく私たちは繋がれる」

 声は一つじゃなく、複数だった。どれも日本語のように聞き取れるけれど、それは感覚的なもので感じているだけで、本来は違う国の言葉なのだと、すんなりと心に入った。

 歓喜と恐怖と、畏敬。

 色々な感情が入り交じっているのがわかる。

 それなら、私は?

 光に近付くにつれ、心が躍る。それが、答えだった。

 もっと近くへ――。

 一歩ずつ近付いていく度に、足に枷が付いたように重くなり、進めなくなった。

「それ以上は近付いてはダメだよ」

「新人さんには、あの光は魅力的だから仕方ないのよ」

 男の人の声。女の人の声。

 色んな声が入り交じっている。その声から感じる年齢も、それぞれだった。

「でも、この子は最後の子」

「最後の子よ、お主に黒の御方の運命が委ねられた」

 私の事を言っているようだったけれど、私にはどれ一つも言葉の意味を理解することが出来なかった。

「黒の御方? 最後の子? それって何ですか?」

「いずれ、わかる時が来る」

「時は、もうすぐ満ちる」

「さぁ、行くのだ。運命は、その手で」

 後ろから突然誰かに押された。

 いつの間にか床はなくなっていて、私は堕ちた。

 どうにかしようと手足をばたつかせてみるけれど、逆らえず私は堕ちていった。





「きゃあああああああ」

 自分の悲鳴で目が覚めた。

「夢、か」

 夢と表現するのに、引っかかりを覚えたけれど、それ以外の言葉を私は知らない。

 ドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

 私は普通に答えた。

「早紀さん、何かありましたか? 入っても大丈夫ですか?」

「あ、何もないです! 今、着替えるので少し待ってもらっても良いでしょうか?」

 いくら幼い頃からの知り合いといえども、寝起きそのままの姿を見られるのは恥ずかしい……。

「何もないのなら、ゆっくり支度してください。下で待っていますね」

 そう言って、ドアの前から総一郎さんの気配は消えた。

 総一郎さんがいるという事は、今は何時なのだろう? 外を見る為に、カーテンを開けると、お日様は高く昇っていた。

「……ちょっと寝過ぎだよね」

 溜息が漏れた。別荘に時計がないといえ、のんびり過ぎる自分に少し悲しくなった。

「あ、総一郎さんが待っているんだった!」

 思い出して、私は急いで着替えて、総一郎さんの待つリビングへ向かった。

 リビングに着くと、総一郎さんは優雅に紅茶を飲んでいた。

 そして私に気づくと、ゆっくりと顔を上げた。

「おはようございます」

 穏やかな笑みを浮かべて、総一郎さんは私を迎えてくれた。

「おはようございます……。お待たせしてしまって、ごめんなさい」

「いえ、早紀さんがお休みの所をおじゃましてしまった私が悪いのですよ」

「それは甘やかしすぎです」

 総一郎さんは優しい。花梨ちゃんの言葉を借りると「甘い」という事らしい。

 ずっとそうだったから、それが当たり前だと思っていたけれど、当たり前の事は当たり前ではないのだと、花梨ちゃんが教えてくれた。

「総一郎さん……」

 私は、一番気になっていることを尋ねる事にした。

「立ち話も何ですから、おかけになってください」

 総一郎さんは立ち上がり、向かいの席へ私を導いた。その自然な動作に、私は総一郎さんに導かれるままに、椅子に腰掛けた。

「ありがとうございます」

 花梨ちゃんが呆れたように笑うのが、見えた気がした。

「あの」

「愛子が来たそうですね」

 私が話すよりも早く、総一郎さんが口を開いた。

「もう知っていたんですね」

 横田グループに、総一郎さんに知らないことなど存在しないのではないかと、時々思う。彼はいつも私が考えている事の、先の先まで考えている。きっと、私から見える世界と総一郎さんの見える世界は違うのだろうと思う。私は、有栖川の家から出ることは出来たけれど、結局、横田グループに保護と言う名の監視されているのだから。狭い世界で生きる私。

 それでも、昔より自由になれた。それだけで、私は幸せなのだ。

「あの人は静かに動くと言うことが出来ないので、嫌でも耳に入ってくるのですよ」

 困った様に総一郎さんは笑った。

「そうなんですか」

「そうなんです。何をするにも大げさというか、大ざっぱというか、考えがないというか……」

「玲一さんが絡むと、ますますそんな感じかもしれないですね」

 先日の愛子さんの様子を思い出すと、まさにそんな感じだった。

「そうなんです。愛子は玲一が絡むと暴走するのが、困りものです」

「大丈夫、なんでしょうか」

 愛子さんは、花梨ちゃんのことを知りたがっていたように見えた。それも、玲一さんへの『切り札』と言っていた。いくら世間知らずの私でも、それが良い意味ではないということくらい、感じ取ることは出来た。

「大丈夫ですよ。早紀さんが心配する事は何もありません。花梨さんは元気に仕事に行っていますし、愛子は花梨さんにたどり着けずにいますし」

「花梨ちゃん、元気なんですね!」

 嬉しかった。意識を取り戻していたことは聞いていたけれど、元気だと言うことがわかった。

「早く花梨ちゃんに会いたいなぁ」

「早紀さんは、どうしてそんなに花梨さんを気にとめるのですか?」

 心底不思議そうな表情を浮かべて、総一郎さんが私を見つめた。

「初めてのお友達だからですか?」

「それも、もちろんあります。でも、なんか、とても気になるんです」

「花梨さんは不思議な方ですね。早紀さんも弓弦も、それにあの玲一すらも惹かれている」

 玲一さんも……?

 弓弦くんが、花梨ちゃんを気にかけているのは知っていた。でも、玲一さんがあの後、花梨ちゃんとどんな風なやりとりをしたのか、私は一度も見ていない。

 ただ、目に焼き付いているのは、玲一さんが花梨ちゃんをとても心配そうに、私も一度も見たことのない、玲一さんの優しい瞳で見つめている姿。

 私がきっかけで、二人は会うことになった。そう思うと、胸の奥がちくりと針が刺さったように、痛くなった。

「早紀さんは、本当に玲一が好きなんですね」

 困った声色。

 私はその声に我に返って、総一郎さんへ視線を向けた。

「それはもちろん、総一郎さんも玲一さんも、他のみんなも好きですよ」

「そうですか」

 そう言って、総一郎さんは不思議な笑みを浮かべていた。

「早紀さんを少し、甘やかしてしまっていたようですね。花梨さんに呆れられるワケですね」

「花梨ちゃんに言われたんですか?」

「ええ、それはもう、何度も」

「意外です」

 花梨ちゃんが、総一郎さんとまともに話している所を見たことがない。いつも、弓弦くんと話をしているか、ゲームをしているか、輪に交じろうとしようとしている所を見たことがなかった。

 私が勝手に花梨ちゃんにくっついて、話しかけて……。花梨ちゃんは大人で、優しい人だから、私を邪険に扱うこともなく、そして私の本性を知らないから、普通に接してくれる。

「彼女は、私やあそこに居る人間がどんな職業で、どんな地位であろうが、何も変わらずに接してくれる、貴重な人です」

 総一郎さんにとっても、私の中の位置づけに近いようだった。

「で、早紀さんに甘過ぎだと、叱責されました。親鳥がずっと小鳥を守っていたら、小鳥は生き方も知らずに、もし親鳥を失ったら、何も出来ないで死んでしまうと」

 花梨ちゃんの表現は時々、総一郎さんのように小説の一節のような時がある。

「花梨ちゃんは、総一郎さんにも似てますね」

「いえ、それは花梨さんに失礼だと思いますよ」

「そうですか? 親鳥とか、小鳥とか……そんな表現を私にするのは総一郎さんくらいだったので」

「ああ、そう言うことですか。まぁ、ロマンチストなんでしょうね」

 いたずらっ子のように、総一郎さんは笑った。

「さて、花梨さんの話をしにきたわけでも、愛子の話をしにきたわけでも、実はなくてですね」

 突然真剣な目つきに変わり、その瞳が私を映した。

「早紀さん。金糸雀は、世界に複数居るというのはご存じですよね」

「はい。話には聞いたことはあります」

 会ったことはないし、気配を感じる事もないけれど。

「他の金糸雀と接触する事に成功しまして……」

 私は次の言葉を待った。

「元々、金糸雀には国境などなかったと、教わりました」

 総一郎さんの言っている事がわからず、私は首を傾げた。


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