1覚醒の日
二章になります。視点変更。
目の前で何が起きているのか、理解できなかった。
『金糸雀』である私の歌に力がある事は知っていたけれど、ここ数年は使おうとしても使えず、大丈夫だと思いこんでいた。こんなことが起きるなんて想像も出来なかった……。
誰かに助けを求めようと、室内をぐるりと見渡すけれど、こんなに日に限って誰もいない。
押し寄せる不安に、私は携帯を取り出して迷わず玲一さんを選んだ。
彼は、総一郎さんの双子の兄弟で、お医者さんだ。
私が関わった事象は、一般のお医者さんに診せるわけにはいかないので、こういうことの担当は玲一さんに任せることになっている。
玲一さんが医者になる前は、本家の主治医に診てもらっていた。
それも昔の話。総一郎さんや拓海くんに出会ってからは、私は横田家の財力によって保護される事になり、それなりの自由を得た。
私を特別扱いする、弓弦くんや総一郎さん……他のみんなと違って、玲一さんだけは私を普通の女の子として扱ってくれたのだ。
それがとても嬉しくて、私は玲一さんを好きになった。
そして、その恋はあっけなく終わり、それ以来、連絡するなと言われていた。けれど、これは連絡しても怒られないだろう。
『金糸雀』が絡んだ事なのだから。
そう自分に言い聞かせて、私は発信をタップした。
呼び出し音に、ドキドキと心臓の音が大きくなる。もしかしたら出てくれないかもしれない。
連絡するなと言われるくらいだから――。
いち、にー、さん……10回鳴ったら諦めよう。
そして、最後の1回。
「約束破るなんて、なんかあったのか?」
怒られるかと思っていたのに、玲一さんは思った以上に優しい声で電話に出てくれた。
「あ、れ、玲一さん」
「おいおい、まさか悪戯じゃないよな?」
「ち、違います! 助けて欲しいんです」
「助けるって?」
怪訝そうな声が聞こえた。おそらく、電話の向こうの玲一さんの表情も、そうなっているのだろうと思うとおかしく思えた。
私は簡単に玲一さんに一連の出来事を報告した。
「そう言うことならすぐ行く。あと、総一郎にも連絡入れておけよ?」
そう言い終えると、玲一さんは電話を切った。
久しぶりに会話をして、ドキドキしていたのはやはり自分だけだった。期待しているわけじゃなかったけれど、やはり私は玲一さんの特別にはなれないのだと、改めて知らされた気がした。
ちょっぴり悲しくて、泣きそうになった。
けれどその涙は、倒れて居る花梨ちゃんを見たら引いていった。
そうだ、自分の恋心よりもまず、初めて出来たと言える、普通の友達の花梨ちゃん。
息はしているし、頭を打った形跡はない。見た感じ、ただ気を失っているだけに見える。見えるだけで、もしかしたら思いがけない事態が花梨ちゃんの中で起きているかもしれない。
そう思うと、怖くて体が震えた。
「早紀さん」
ドアが開く音と共に、総一郎さんの声が響いた。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。でも、花梨ちゃんが……花梨ちゃんが……」
総一郎さんの顔を見たら、一気に涙があふれてきた。
「大丈夫。玲一から連絡がありました」
「玲一さんから?」
「珍しく連絡が来たと思ったら、どうせあなたの事だから、私に連絡することを忘れて呆けているだろうから、早く行って安心させてやれ。と、相変わらず偉そうでしたよ」
玲一さんから総一郎さんへ連絡するように言われていたのを、総一郎さんに言われるまで忘れてしまっていた。
「とりあえず、涙を拭いてください」
そっとさしのべられた手には、ハンカチが乗せられていた。
私はそのハンカチを受け取って、涙をぬぐった。
「さて、とりあえず床に寝かしたままはまずいので、ソファへと運びましょう」
総一郎さんは花梨ちゃんへゆっくりと近づき、その背中と膝の裏に手を差し入れ、抱き上げた。
そして、落とさないように注意を払って、ソファへと近づいた。
私はただ見ているだけは嫌で、ソファの前に置いてあったテーブルを引っ張ってずらした。
「ありがとうございます」
総一郎さんは穏やかに微笑んだ。
玲一さんが来る頃には、弓弦くんや他のみんなも集まっていた。
「なんだなんだ、お前ら……揃いも揃って……暇人だな」
玲一さんは一瞥すると、意地悪そうに笑った。
「皆は花梨さんを心配しているのですよ」
「どうだかな。そのお姫様とやらを傷つけてしまった、と嘆いているそちらの金糸雀の方が心配なんじゃないか?」
「まったく、あなたは本当にかわいげがない」
「俺は男だから、かわいげなんてものはいらないんだ」
玲一さんと総一郎さんが言葉のやりとりを交わす。この二人の会話に立ち入れる人間は、ここには居ない。
一卵性双生児で、顔立ちは勿論、背丈も声も似ている。それでも、その中に宿した魂が違うから、見慣れてしまえば、全く違う人物だと言うことがわかる。
私は幼い頃から二人に囲まれているから、間違えることはほぼない。
「で、その眠れるお姫様とやらはどこに?」
「奥のソファで横になっています」
「これ、報告すんの?」
玲一さんはゆっくりと、花梨ちゃんの眠るソファに近付いた。
「一応そのつもりですけれど」
「じゃあ、ついでに俺が経過観察するから、監視は無しにしろ」
その言葉に私だけではなく、総一郎さんも驚いた様子だった。
力を封じられている私の、被害者である花梨ちゃん。被験者として、どこかの部屋で隔離されてもおかしくないくらいの事態なのだ。
そして、当然当事者である私もしばらくは、施設へと戻されるのだろう。
「玲一、それはいくら何でも難しいのでは」
「この子、一般人なんだろ? いきなり仕事とか休めるわけないんじゃないか?」
言われて見れば、花梨ちゃんは普通の人だ。
でも、ここに集まっている人たちは、それぞれのジャンルで上に居る人たち。仕事を明ける事がいいことではないけれど「彼らくらいになると、多少の無理はまかり通るんじゃない?」と、花梨ちゃんが言ってた所をみると、たぶん、そうなのだと思う。
「どれくらいで目を覚ますかはわからないけど、とりあえず、うちで検査して、家に帰す。で、後は俺が経過観察する」
「はぁ」
総一郎さんは盛大に溜息をついた。
「やっぱり、玲一さんはすごいね」
弓弦くんが笑った。
「ただの自分勝手な人ですよ」
総一郎さんは苦笑いを浮かべながら、弓弦くんへ視線を向けた。
「だって、総一郎さんを折れさせちゃうのなんて、早紀ちゃんと玲一さんくらいじゃない?」
「どうでしょうかね」
総一郎さんは不敵に笑った。
「私?」
どうしてそこで、私の名前が出るのか、わからなかった。
「弓弦も余計な事は言わないでください」
「お前も余計な事は言うなよ?」
総一郎さんと玲一さんがほぼ同時に、釘を刺すように行った。
「わかりましたよ。今回、花梨さんの事はお任せします。その代わり、早紀さんはこちらでどうにか保護します」
一瞬だけ玲一さんと目が合った。
でも、すぐにその視線は外されて、ソファで眠る花梨ちゃんへと向けられた。
花梨ちゃんを巻き込みたくない。その気持ちは、たぶんここにいる全員の総意だと思う。けれど、どうして初対面とも言えるような、花梨ちゃんを玲一さんがかばおうとしているのか、私にはまだわからなかった。