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今私は、人生で初めての経験をしている。
自分で選択したのに、後悔の津波が私を飲み込もうとしている。高台へ逃げるもなにも、自分からつっこんできたのだから、今更逃げるのは負けたみたいで嫌なんだけど。
変なところで負けず嫌いな自分が悲しい。
そんな葛藤をよそに、私を出迎えた人たちは、私を好奇の目で見つめていた。その中には、先日あった可愛い男の子、飯田弓弦もいた。
イケメンが揃っている。イケメンがたくさん出て来る、そんなドラマあったよね。これはもしかしたら、盛大なドッキリなのかもしれない。
というか、暇なお金持ちが、庶民をだまして遊んでいるのかも知れない。その方が、なんか納得できるし。うん。私にドッキリ仕掛けても面白くないでしょう?
「みなさん! ちょっとそんなにじーっと見たら、失礼じゃないですか」
あれ、まともな意見が聞こえた。しかも、女の子の声。
その声で初めて、この場所に女子がいたことに気がついた。おそるべし、イケメンパワー。
私の人生にイケメンなんて、縁がなかったから。
っていうか、イケメンの中の紅一点てさ、どんな乙女ゲーなの? あ、ここ二次元? 夢の中?
「ほら、混乱させちゃってますよ」
誰に向かって言っていいのかわからないようで、あっちへいったりこっちへいったり。
いやいや、私より貴女の方が混乱してるじゃん。
女の子、と言って良いのかわからないけれど、その人は落ち着きなく、うろうろと歩いていた。
「早紀ちゃん、落ち着いて」
飯田弓弦がくすくすと笑いながら、その人物を止めた。
ああ、あれが噂の早紀ちゃんね。と思った。
「確かに、早紀の方が慌ててるな。あちらのお客さんは驚いているようだけど、そんなに慌てているようには見えない」
イケメンの一人が口を開いた。
『○○に見えない』
聞きあきた言葉だ。心はそう簡単に見えるわけがないのに、どうしてそうやって私を決めつけるのだろう。
反射的にそういう風に思ってしまうあたり、どれだけ卑屈なのだろうか。
「とにかく皆さん、お客様がいらっしゃったのだから、道をあけてください。今日は弓弦がお招きしたのだから、本来なら弓弦がエスコートすべきだったんですよ?」
横田総一郎は飯田弓弦をまっすぐ見据えていった。
穏やかに話しているように見えるのに、その言葉には力がこもっているのがわかった。
人の上に立つ人間。
まさに、そんな感じだった。
「だって、この間行ったけどだめだったし」
飯田弓弦は口をとがらせた。その仕草はとても幼く見えた。
「それは弓弦にどこか非があったのだろう?」
声は穏やかなのに、有無を言わせない威圧感。彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
たぶん、知らない方が自分の為のような気がした。
「総一郎さんも、弓弦くんも、お客様がいるんだからいつまでも立ったままじゃダメじゃない?」
二人の空気をものともせず、早紀と呼ばれた人は会話に入ってきた。
空気を読むとか、そう言う事はおそらく、この子には関係ないのだろう。羨ましいくらい、優しく温かな家庭で育ったのだろう。
「早紀さんの言うとおりでしたね。弓弦を叱るのは、また後でにしましょう」
横田総一郎の声のトーンが、普通に戻った。
ゆっくりと息を吐いた背中が揺れた。そんな普通の仕草すら、艶めいている。
「普段はここにはこんなに集まらないんですけれど、早紀さんが風間さんに興味を抱いたら、そのせいで外野まできてしまいました」
「ごめんなさい。私が上手く友達を作れないから、そのきっかけになるんじゃないかって、弓弦君の言葉に……」
「早紀ちゃんは悪くないよ」
飯田弓弦は本当に、この早紀という娘が好きなのだろう。私を横田総一郎という人間を使ってでも、ここに寄越した理由なのだろう。
「私と友達なんて、やめた方がいいよ」
私と関わったせいで、いったい何人の友人だった人たちを傷つけたことか。
というか、友達ってこんな風に作るものじゃないような気がする。いくら友達のいない私でも、それくらいはわかる。
「え?」
「お詫びじゃなくて、そちらがメインだったんですね」
それなら、やはり来ない方がよかった。
あんな強引な空気に押された自分が悲しい。権力者に巻かれろ、という刷り込みなのかもしれない。
「友達って、こんな風に『作る』ものじゃないでしょう?」
私の言葉に早紀という子は、しょんぼりと明らかに肩を落とした。
その様子に、イケメン達がはっとした表情を浮かべたのを、私は見逃さなかった。
彼女はここにいる人達の『お気に入り』なのだろう。
「ごめんなさい、世間知らずで……」
その声は今にも消えてしまいそうなほど儚かった。
ちくりと胸の奥が痛んだ。私の方が悪者みたいじゃないか。
居たたまれない、とはこういう事だろう。
「まぁ、知らないなら、これから知れば良いんじゃない?」
あまりの居心地の悪さに、そう言うしかなかった。しかし、その言葉を聞いた彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね。ありがとうございます」
本当に箱入り娘なんだ――。
何となくだけど、彼女が『気になる』と言ったら、動いてあげたくなってしまう気持ちが少しだけ理解できた。
そして、私とは全く別の生き物だと言うことも、わかった。
「貴女の為に、こんな見ず知らずの人間を呼んでしまうくらいの友人がいるのだから、別に無理に訳のわからない私みたいなのと友達になる必要はないんじゃないかな」
少なくとも、今日ここに集まっている人間は、恋心とかそう言うところまではわからないけれど、好意を抱いているのは感じられた。
「女の子のお友達が欲しくて」
おずおずと話す姿が、またいじらしい。私が男だったら落とされてるかもしれない。
「友達に、性別とか関係ないと思うけど」
男女の友情があるのかは、いまいちわからない。でも、あったら良いかなとは思う。
そもそも、女同士の友情というのも、私にはよくわからない。
ここまでまっすぐ、純粋な培養液にでも漬かって育ったのなら、友人の一人や二人、すぐに出来るだろう。
どこまでも、彼女は私とは違う。
でもだからといって、どうとかは思わない。
もう、私は若くはない。
彼女は彼女。私は私。
違うのは当たり前だ。自分だけの定規では、世界は測れない。
「立ち話もあれですし、せっかく来ていただいたのでお食事だけでもどうぞ」
紳士スマイルを浮かべた、横田総一郎が私と彼女に向かって言った。
異論は認めないと、その琥珀の瞳が物語っていた。
「わかりました」
私は観念して、一緒に食事をすることにした。
「では、どうぞ」
促されるまま、私は一番奥にあるVIPの為の個室へと案内された。